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クロノ死す

「おめでとうございます。あなたは死にましたーっ!」


「……ここが天国? 何もないね。退屈でおじさん死んでしまいそうだよ」



 いきなり死んだと言われても何もめでたくないが、白いだけの空間にはうんざりしていたところだ。失礼かつ得体の知れない相手だが、今はありがたい。



「私はテイマーの神・リヴィーズです。おじさんには、主神アルフレイヤ様が創りし箱庭に、魔王を倒す勇者の一人として転生してもらいます。そう、おじさんは選ばれたのです!」



 神だの転生だのいまいちピンと来ないが、魔王が居る世界ならば剣と魔法の世界ってやつだろう。文化の違いはあるにせよ、言葉が通じるなら何とかなるか。それよりも気になるのは……。



「リヴィーズ様は、テイマーの神様。俺もテイマーになるんですか?」


「もちろんです。テイマーはいいですよ。仲間の力がそのまま自分の力になりますから。序盤は苦労するかもしれないけど最強の職業で……どうしました?」



 悪く言えば他者に任せて自分は何もしないのか。せっかく生まれ変わるなら、自分がやりたいことをしてみたいじゃないか。



「あの、魔法使いになりたいんです。適正は光と闇で」



 リヴィーズ様は眉間にシワを寄せ、何かを言いかけたが、口を閉じてこれまた思案にふけっている。テイマーの神としては畑違いの職業に憧れられては、いい気分はしないのは当然のことだろう。



「……無理ですよね。すみません、ワガママを言ってしまって」


「で、出来なくもないですよ。ただ、光と闇は反属性ですから、それを無理やり合わせるとなると、何かしらのデメリットが出ると思いますよ……?」


「どちらの魔法も使えなくなる、とか?」


「いえ、使えます。使えるようにします。その代償に、おじさんは大切な何かを失うはずです。具体的には言えません。世界が決めることですから。それでも魔法使いを望みますか?」


「……はい。お願いします。テイマーの神様に言うのは失礼なのですが、誰かに自分の命運を任せるのは受け入れがたいんです」


「えー、別に良くないですか? 出来る人に任せれば早いし楽だし。おじさん、私がガチで選んだのでテイマーの才能ありますよ」


「魔王討伐となると危険と困難は避けて通れない。もしかしたら死ぬかもしれない。そうなったとき、誰かを恨みながら死にたくない。後悔のないように生きたいんです」


「……分かりました。私の負けです。魔法使いにして差し上げましょう。さっそく、おじさんの名前を決めちゃいましょうか」



 名は自分を表す重要なものだが、いざ決めるとなると難しい。こちらの常識が分からない俺は黙ってリヴィーズ様に任せることにした。



「クロノ・ノワール、なんてどうですか? おじさんにとって黒、闇を連想させる単語がいいですよ」


「えっ……他の候補を聞いても……?」


「じゃあ、クロノ・ブラック。ダークも合ってますか?」



 いずれもバリバリ全開の中二病ネーム。どれを選んでも誤差だろう。もう最初に言われたやつでいいか……。


「ノワールでお願いします」


「はーい。おじさんは今からクロノ・ノワールです。あなたが悔いのない人生を送れるように、祈っていますよ。では、いってらっしゃーい!」



 視界がブラックアウトする。まず感じたのは風の冷たさ。そして虫たちの鳴き声と、濃い緑の匂い。星の淡い光が、木々を照らし出す。



「ここ、どこ……?」


 森だ。知ってる。問題は、どこの森なのか。土地勘もないし、とりあえず南を目指したいが、星の並びが記憶にないものばかりだ。



「誰か――」



 ここは日本とは違う。魔王が居るなら魔物も居る。声を出して居場所を知らせるのは危ない。黙って闇雲に歩くしかなかった。



 もう随分と歩いたはずだが、不思議と疲労感は少ない。そこで初めて、自分の体が若返っていることに気づいた。体の軽さは地球と重力が違うからだと思っていたが、単純に体重が減ったから楽なのだ。腹も引っ込んでるし。



「……おぉ、ひょっとして果実か。さっそく味見を――」



 待て、食えるのか? 毒があったり腹を下したら? 異世界で初めてのビッグイベントが『森の中で脱糞』なんて嫌すぎる。食うのは最後の手段だ。


 幸いにも果実を食さずに済んだ。とうとう森を抜けたのだ。朝日が照らし出したのは広大な草原と、その先にある高い壁……町だ!



 「右よし、左よし、動く影なし! ヒャッハー! 町だぁぁぁっ!!」



 当初の警戒心は吹っ飛び、テンションの赴くままに駆け出した。疲労を忘れて走り続ければ、外壁の高さに驚きながらも、門の前に立つ人の姿を見つけた。

目頭に熱いものを感じながら、手を振って駆け寄る。



「お゛ーい! 門番さぁぁぁん゛っ!」


「くそっ、ユニークか!?」



 鎧を身に着けた門番が槍を構えて後ずさる。気になって背後を振り返っても、何も居ない。



「はぁはぁ……やっと着いた……」



 肩で息をしていると、なぜか槍を向けられた。疲労で倒れ込みたい気持ちをぐっと抑えて、両手を上げて固まるしかない。



「あの、俺っ、何か悪いことしましたかっ!?」


「馬鹿なッ! 喋るオークだと!? いや、ゴブリンか……?」



 オーク、ゴブリン。どちらも醜悪な見た目の人型モンスター。俺はそんなに酷い顔をしているのか?



「すいません、人間です。モンスターじゃないので助けてください」


「信じられん。頭からつま先まで肌色のオークだ……どこから来た?」



 おいおい、初めてのビッグイベントが職質じゃねーか。勘弁してくれ。だが、脱糞よりはましか? いや、どっちもクソだわ。



「も、森から来ました。ほら、あそこの森です」


「やっぱりオークじゃないか!」



 やべぇ、言い方を間違えた。深呼吸をして冷静に会話しなければ殺される。



「き、気づいたら森の中に居たんです。本当に人間なんですって!」


「生まれはどこだ? 通行書は持っているのか?」



 門番として当たり前の質問に困り果ててしまった。生まれは日本ですと言って通じるはずがない。神に選ばれた、なんて論外。こうなりゃヤケだ。



「分かりません。俺はクロノ・ノワールです。名前以外は、何も分かりません。通行書も持ってないけど殺さないでください」


「まさか記憶喪失だとでも? 怪しいやつめ。犯罪歴を調べるから、この水晶に触れてみろ」



 犯罪歴などあるはずがない。生まれたてだよ。ピュアピュアなんだよ。顔が犯罪だと言われない限りは問題ない。そこのところ頼むぞ、水晶くん。



「ふむ、白だな。記憶喪失はともかく、犯罪歴はなし。通っていいぞ」


「あのー、その水晶で本当に犯罪歴が分かるんですか?」


「子供でも知ってる常識だぞ。まぁ、いい。疑った罪滅ぼしに教えてやる」



 この世界で罪を犯した人間は、牢屋にぶち込まれたのち、裁判で有罪になると魂に赤色を植え付けられる。この水晶はそれを調べる魔道具というわけだ。



「なるほど。分かりやすくて聞き入っちゃいましたよ。話し方も堂々として、これが熟練の門番の対応なんですね。今後の基準にします」


「そ、そうか? ふむ、もし本当に記憶喪失なら、行く宛もあるまい。素性が分からない人間を雇うのはよほどの物好きか、裏の人間だ。真っ当に生きたいなら冒険者になって市民権を買うしかないだろうな」



 少し褒めたら途端にデレた。この手のひら返しは見習いたい。



「俺は門番のガイルだ。お前は運がいい。ここは見習い冒険者の町、アルバだ。とにかく真っ直ぐ進め。町の中央に一番デカい建物がある。そこで冒険者登録を済ませろ。身元を聞かれたら俺の名前を出せ」


「ありがとうございます。このお礼はいつか必ず……」


「門番として当然の仕事をしただけだ。では、達者でな」



 門の中の景色は、欧州の町並みに似ている。年季が入った石造りやレンガ調の建物が並び、木材の簡素な屋台には山積みの果実や野菜が売られていた。



 異世界で初めての町なのだから観光をしたいところだが、そんな余裕はなさそうだ。金がないのはもちろんだが、人々が俺を見て噂していた。



「うわっ……何あれ……ぶっさ」


「マ゛マ゛ァァァァァァァッ!!」



 先を急いでいた人も俺を避けてくれるおかげで、視界は良好。すぐに目的地らしき建物が見えてきた。



「冒険者ギルドかぁ。襲われなきゃいいけどな。ないか」



 大きな扉を押し開け中に入ると、大勢の男達が酒を片手に騒いでいる。建物を間違えたかと思ったが、受付のようなところもあるし、ギルドと酒場が一体化しているようだ。



 流石に喉が乾いてきたが、まずは冒険者登録だろう。熱心に書類整理をしている受付嬢に話しかける。



「すみません、冒険者ギルドはここですか? 冒険者登録をしたいんですけど」


「あっ、はい、ここで……きゃあぁぁぁぁっ!!」



 顔を上げた受付嬢は盛大に悲鳴を上げる。その声量は酒場の酔っ払いたちの気を引き、全ての人の視線が俺に集まった。



「ユニーク!? 嬢ちゃんが危ねぇ!!」



 あっという間に男たちに取り囲まれ、武器を向けられた。こんな世界、滅んでいいんじゃないかと思うが、命乞いから始まる異世界生活は始まったばかりだ。


ストックがあるうちは毎日2話投稿です!

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