暗唱される暗証番号
ルーゴが仕方なしに選んだ銀行は、ステッター支店であった。逃げやすいようにと、一番外寄りのATMの前に立つのだが、その後がスムーズにいかない。
「暗証番号がわからない」
当然である。
「ノラスコは、とにかく考えなしのバカで、単純で、用心棒のクセに用心深さが足りないろくでなしの半端野郎だから…」
悪口の雨あられであるあ、的を射ているだけに。より悪質である。
「となると、四桁の暗証番号は、誕生日」
スタンダード。
「誕生日がわからない」
中学までの同級生とはいえ、誕生日を知っているとは、限らない。
「思いだせ、思いだせ、あれは、たしか夏の日……。オレがノラ公に誕生日プレゼントをあげる、翌日、それを盗み返して、その翌年、また同じものをあげたら、バカのように喜んでいたのは、夏の日の出来事…。店内放送から、季節外れのクリスマスソングが流れていた、あの日……。って、それクリスマスじゃん。あのバカ、12月24日生まれじゃねえかよ」
試行錯誤の上、見事にたどりつく。
「1224…」
暗証番号を暗唱しながら、手早く、ボタンを押す。
「お客様の押した暗証番号は違います、よくお確かめになって、もう一度押してください」
ATMから無情なアナウンスが流れる。
「誕生日じゃないだって? なんだよ、ノラノラの奴、意外と奥深いな……。もしかして、適当な数字? それはないな、あいつが適当な数字を記憶できるわけがない…。ん? 記憶できないとすると、記録してあるはず?」
ルーゴは、サイフをまさぐる。カードの中に、指二本くらいの紙切れがあった。紙切れには、四つの数字が書かれている。
「7654…。これだ、これに違いねえ。あのバカのことだから、どこかに記録してあると思ったぜ」
再入力。それでもATMは、ルーゴに、ゲートを開けることを許さない。
「番号違います、もう一度よく見て」
二度目の誤入力となると、促すアマウンスも手短かというか、若干切れ気味? だ。
「おかしい…。たどり着かない」
メモの裏を見る。
「なになに、この番号で、ナンバーズ4買ってきてね、母より…。だって? なんだよ、これ数字選択式宝くじの購入依頼メモじゃねえかよ」
当たっても、見返りの少ないナンバーズを選ぶとは、ノラスコの母親も、ささやかな夢を持ったものだ。
「って待てよ、ノラスコのかあちゃんって、たしか、変わった名前だったよな。ヨヨイイさんだったはず……。とっと確定しないとまずいな、たしかにノラスコ母の名前は、ヨヨイイだ。お前の母ちゃん、ヨヨイーって、からかった記憶が、フラッシュバックしてきたぞ。クジの依頼をするところを見ると親子の仲は、いまだいいに違いない。しかもヨヨイイなんて、数字変換にもってこいの名前」
見事な名推理。
「4411…。これで決まりだ」
三度目の入力である、これで間違えたらどうなるのよ?
「何度も違うっていってるだろ。暗証番号がわからないって怪しいぞ、おまえ、もしかすると…」
ついにアナウンスも切れてしまった。
「やばい、これも違う。つうか、もうダメ? チャンスは三度までだっけ?」
この町において、ATMの暗証番号の打ち間違いが許されるのは、二度目まで。三度目の間違いは許さない。
たとえ、物忘れが激しい老人だろうと、うっかり押し間違えたろうと、盗んだカードであるから番号を、そもそも知らないから適当に入れただろうと、容赦しない。平等に罰がくだるのだ。
ルーゴは、もちろん、打ち間違えは二度までと知っていた。何度も盗んだカードで、金を下ろしていたからだ。
それでも、知らなかったことがある、三度目の入力ミスで罰が発生することだ。
いつのまに、法律が厳しくなっていたのだ。
無理もない、この法律自体、つい先日、効力を発効したに過ぎないのだから。
悠然としたノラスコに理解不能のフアンズ。
「どういうことだよ、ノラスコ、動かないていいってのは」
「今にわかる……。今わかる、今すぐに…」
「はい? 今わかる?」
「そう、い…ま…に…」
すると、謎の言葉だけを残して、フアンズの目の前からノラスコが忽然と消えた。
「? どこにいった? なんだ、アイツ、ワープ系統の魔法でマスターしたのか?」
そんな高等な魔法、脳みその容量自体が少ないノラスコが使いこなせるわけがない。
ATMのアナウンスはすでに、常軌を逸している。
「罰!! 毎度、手を替え品を替えの、誤入力の罰!」
とっと逃げ出せばいいものの、ルーゴは逆に、どんな罰かを楽しみにしている気配さえある。
はたしてルーゴにくだる罰とは? そして消えたノラスコはどこに?




