僧侶ホランドの血をひくもの
「あのう、すいません、ちょっと、そこで財布をすられたものなんですけれども」
ちょっとした火事を引き起こしたフアンズが臆面もなく交番に出向くと、そこには先客がいた。
後姿で、顔はよく確認できないが、ちりちりの金髪で、全身薄汚れていて、腕に怪我をしたのかちょっと宙に浮かせている。
まさか、フアンズの魔法の被害者が訴えに来たのではないかと、あわてて、顔を隠して、半身の状態で
状況を見守るのだが、
「そこで、事故にあったんだよ」
「へえ~ それで」
「犯人はわかっているんだ、オレの親父、バスの運転手でわざとひいたんだ」
「なるほど」
フアンズは火事の被害者でなく安心するどころか、先客が、ひかれて死んだはずだったアイツであることに、戸惑い驚きを隠せない。
「あの男? ひかれて死んだはずだろ? あの勢いで衝突されたら、普通即死だぜ?」
「回復魔法の『ホランド』を使えたからいいものの、じゃなきゃ死んでるぜ、オレ。とっとと、捕まえて、死刑にでもしてくれな」
あんな頭の悪そうなチンピラでも、自分の使えない回復魔法が使えるのかと、フアンズはため息をつく。
ただ、取調べをしている警察の様子がおかしい。
「なるほど」
「さっきから、なるほどばかりじゃーねか、とっとと、親父捕まえに動きや」
「ここは無法地帯ですぞ、警察に逮捕の権利などあるわけないでしょうが」
「ならなんで、オメーここで交番やってるんだよ」
「趣味ですわい。普通の町で、警察の仕事を勝手にしたら、捕まるでしょ? 法律のないここなら警察ごっこも本格的にできるわけですから」
「なにい~ それじゃあ、遊びってこったい?」
「遊びとは、失礼ですな。法律による拘束力はないが、全力で業務は遂行しますぞい」
「お巡りさん! 大変だ! そこで魔法が暴発して、多数の被害者が出てる!」
いきなり、交番に飛び込んできた男に、フアンズは、順番を追い越される。
それどころか、その加害者はフアンズである。
「なんだって」
警察官の真似事をしたおっさんが飛び上がって、現場に向かう。
残されたアイツは不満を漏らす。
「くそ、オレ、後回しか」
アイツは、フアンズの存在に気がついたのか、
「お、オメーは」
「あ、どうも」
「バスに乗ってた奴ジャン」
「ええまあ…」
「金貸せよ」
「え、なんで?」
「金ねーから」
「だから、なんで貸さなきゃいけない」
「貸さないなら、奪い取るぜ」
「残念でした~ 今、すられたところです~」
「ち、腑抜野郎が…、で、さあ」
「なに?」
「なんで、お前、似合わないヒゲはやしてるの?」
「は? オレがヒゲだって?」
「それも、今時、チョビヒゲって…」
「は、だから、オレはヒゲなど…」
扉にある、ガラス戸で、確認してみたところ、たしかにちょびヒゲがはいているように見えるのだ。
「あ、これマジック、ち、さっきのドサクサでいたずらされたか」
「おめー、面白い顔だなあ、ヒゲあんとよけによお~」
「悪かったな」
「そのボケ面が役に立つときが来たぜ」
「は?」
「そこで、お笑いコンテストやってるんだ」
「だから」
「オメーとオレで、コンビを組んで一攫千金だぜ」
「ちょっと、待て、オレ、お笑いに興味も自信もないから…」
「任せとけって…」
フアンズは、無理やり、交番の外に連れ出されて、すぐ近くにあった建物に連れて行かれる。
「このホールで、もうすぐに始まるんだ」
断ろうとしたフアンズであるが、賞金を見て考え直す。
「うへ…100万?」
「そう、ただのコンテストで、この大金だ、この町は、何もかもスケールがデカイ」
「しゃあねえ~ 出てやるかかあ~」
口ではいやいやであるが、妙に色気を出したフアンズ。
「で、コンビ名が必須だってさ」
「オメー名前、なんだ?」
「フアンズ、アンタは」
「オレは、ホランド」
「ホランド? 回復魔法の名称と一緒じゃん」
「そりゃそうさ、オレは名誉ある、僧侶ホランドの末裔で、その名を継ぐ後継者だからな」
「ウソーだ、オマエが?」
ホランドといえば、教科書にも出てくる大僧侶。その末裔が、こんなチンピラ野郎とは、フアンズもたまげた?




