一時的記憶喪失な二人
ポランコを乗せたセーザー・Vは、蛇行する。フアンズは、ポランコを追いかける。もはや今の今までルーゴを追いかけていたことなど、とうに忘れている。今フアンズは、ただポランコを追いかけるだけだ。
「おい、ちょっと待て、ポランコ」
これだから、あれだけ好意を寄せていたポランコにてんで興味をなくしたんだ。フアンズは。あまりにもマイペース過ぎて、ついていけない。お目々ぱっちりの二重で、ちょっと丸顔で、黒髪のツインテールという、フアンズのストライクゾーンど真ん中でも、もはや、フアンズのとってのポランコは、ボールボールボールボールの連続押し出しだ。
逃げる、逃げる。ルーゴはどこまでも逃げる。ただ前を向いて、ひたすらに走る。後方確認のタイムログは、すなわち追いつかれることにつながる致命的ミスになると判断しているからだ。
だから、フアンズが追ってきていないことを知らない。それでいて闇雲に走っている。
ノラスコをどこで埋めたかも忘れている。けして広くない町中。出会ってしまうこともある。
「なんだよ、ノラスコ。そんなところで埋まって」
自分が埋めたクセに。
「わからない。落とし穴に落ちたと思ったら、塞がりはじめて、首だけ出ている状態」
さっきルーゴの仕業だと気づいてなかった?
「助けてくれ」
窃盗犯に頼むなよ。
「急いでるんだ」
「そこは同級生のよしみで」
「お前、バカみたいに力があるんだから、自力で抜けれるだろう?」
「あ、そうか」
ノラスコは、体をもぞもぞと動かし始めた。コンクリートに覆われているために、いくら力を込めても、抜け出すことができない。
「ムリだ」
「そりゃ、ご愁傷様、じゃあな、オレ急いでるんでねえ」
軽く別れの挨拶をすると、ルーゴは先に行く。
ルーゴは、ふと立ち止まって、頭をフル回転させる。
「あれ、そういえば、あの落とし穴、オレの魔法で掘ったんだっけ? そもそも、オレは、フアンズに追われる前、ノラスコに追われていた。そもそも、オレが、なぜ、追われているかというと…。う〜ん、混乱してきた」
するなよ。
「あ、そうだ。オレは今逃亡中の身、立ち止まっているヒマはないんだ」
また、無意味に逃げ始めた。誰も追ってもいないのに。
それから、十分たった頃だろうか、ルーゴは唐突に気づく。
「追ってきてない」
ようやく気づいたか。ルーゴの頭は、ほんの時々鋭く真実をつく。
「なんだ、追いかけっこはもうおしまいか。今日もオレの勝利」
安心しきったルーゴの耳に、まるで猛牛の突進のような重い足音が響く。
「ここは、スペインだっけ?」
思わず、後方を確認だ。
突進いてきたのは、ノラスコだ。
「なんだよ、ノラスコ、いつのまに出れたんだよ」
「説明する必要はない。サイフを返せ」
怒りで燃えたノラスコは、弾丸のようなスピードでルーゴに襲いかかる。
ルーゴは逃げる。また逃げる。たとえノラスコが怒りに任せても、ルーゴのスピードには、かなわない。
ただルーゴの様子が、明らかにおかしい。
体力が切れかかっている。もはや稲妻のようなスピードはどこにもない。このままでは、ノラスコに捕まってしまう。窮地に追い込まれたルーゴは、
「バルブエナ」
残った魔力を絞りきって、魔法を唱えた。
ただ残念なことに、バルブエナは状態促進魔法であり、けして加速する手段ではない。疲れきったルーゴの状態を促進する。
襲いかかる疲れと、魔力切れによる虚脱感。
ルーゴは、その場に倒れ込んだ。
ノラスコは、やっとの思いで、ルーゴを捕まえることができた。ルーゴの胸元から、盗まれたサイフを取り出すと、天高く掲げた。
ところで、ノラスコはどうして、出れたんだっけ?




