三者のたわむれ
フアンズはセーザー・Vに乗り込んだ。
「どこ行ったんだノラスコの奴。というか、よく考えると、盗まれたのサイフも、捕まえる仕事もノラスコただ一人の問題。オレ関係ないな」
目的を忘れたフアンズは、今の自分を暇でしょうがないと解釈して、
「ま、ヒマだし、やっぱり協力してやろうかな。面白そうだし。町の西か…」
しぶしぶ、セーザー・Vを発進させる。
さあ、ルーゴを追いかけろ。
ノラスコは、ルーゴの逃走経路を見当をつけている。
「ルーゴは、左利き。とっさの判断となると、利き足が回りやすい左回りを選択するはず。つまり、こっちだ」
銀行を出て左には、コンビニを挟んで、小さな路地がある。ノラスコは、ルーゴを路地に消えたと判断した。
「それならば」
ノラスコは、右回りを取った。
「オレは右だ、挟み撃ちにしてやる」
銀行を出て右は、小さな公園が広がっている。公園の奥を進むと、右周りの道がある。つまり、ノラスコがこのルートを取ると、左に逃げたはずのルーゴに合流する。
ルーゴは町の外には出れない。ただ、さほど広くない町の中を逃げ回るしかない。
むやみに魔力は使えない。あまりに多くの魔力を一気に消費すると、どっと疲れがきて逃げられるなるからだ。
さらにいうと、サイフをすったときに、全力で下山したときと、小一時間で、二度にわたり魔法を使ってる。現状、魔力も体力もゲージの半分を切っているだろう。
となると、補助魔法バルブエナを封印して逃げるしかないのだ。
だが、悪知恵の働く、ルーゴは、それを、逆手に取っていた。魔力を使わずして町の中を逃げるしかないことを。
町の中を逃げるイメージは、錯誤を生む。誰しも、ルーゴは、町の中心の周囲をうごめいていると思うだろう。境界線には近づきもしないのではないかと。
だが、ルーゴは境界線ギリギリを狙い、逃走を企てていた。町の全長を取り囲むように、逃げていたのだ。
ルーゴの知恵に翻弄されたのか、ルーゴの行く手にノラスコの影も見当たらない。
セーザーVに乗り込んだフアンズが横切る事もない。
ルーゴは悠々と逃げる。ルーゴは目指していた場所がある。
それはルーゴの家。
ルーゴの家が見えると、足を緩めた。
つまり、ルーゴは逃げ切ったのである。
ルーゴの生家はすでにもうない。両親は、幼い頃に、どこかへ蒸発した。ルーゴは、残された兄弟を頼りながら、生きてきた。
現在、ルーゴが住むのは、質素な長屋である。
長屋も生きながら、死んでいる。何かを不利益を及ぼすより、何もしないことが、讃えられる紛争のない町。
長屋には、何もしない者が集まっていた。ルーゴは長屋で、生き生きと生きているわずかな住人の一人だ。
長屋の人々は、揃って、ルーゴの帰還を歓迎する。
お帰り、ルーゴ。
今日の戦利品はなんだい?
どんな馬鹿野郎から、くすねてきた?
ルーゴは、自分で取ってきた物を、人々に分け与えることには、強い抵抗がある。ただ、町の規律が、抵抗する感情を懐柔する。
彼の行為は、ある意味、何もしない人々を救っている。
町が、彼を野放しにしている理由の一つである。
「ほら、イデホさんには、ポイントカードやるよ。門のスーパーで、パンくらい買えるくらい、貯まってるぜ」
手渡すとき、ルーゴは照れくさいのか、それとも、根本的に、生きながら死ぬものの顔など見たくもないのか、ろくに正面を見ない。
ルーゴに物乞いのように手が次々と手が差し出される。
ルーゴはある伸びた手に疑問を感じる。
長屋の住人に珍しく、血色よく伸びた手。
それでも、ルーゴは機械的に物を与えるのであるが、
「ありがとう、ルーゴ」
その手の持ち主は、聞き覚えのある声だ。
とはいえ、長屋でなじんだ声ではない。
若さにあふれているが、どこか自信なさげで張りがない。負の方向に落ちかかっているが、完全には、死んでいない、死にかかった声。
声は続く。
「でもね、これノラスコのだから、返しておくよ」
ルーゴは、はっとして、ついに顔をまじまじと見る。
「やあ」
「は、なんで、お前が、ここにいるんだよ」
そこにいたのは、フアンズであった。
「そりゃあ、いつか、家に帰るだろうと思って、先に寄ってたんだ。思ってたより、結構、早く帰ってきたな」
実にシンプルな発想な勝利だ。知恵のない者のアイデアもおろそかにできない。
「お、お前、なんでオレの住居知ってるんだよ」
「市役所行ったら、教えてくれたよ」
「なに? この町には、個人情報保護の精神はないのか」
「だって、お前、犯罪者じゃん。犯罪者の住居は一定期間開示されるんだぜ、この町」
「くっ…」
ルーゴは、後ずさりしながら、フアンズから、距離をとり始めた。逃げる準備に入っている。
「逃げることもなくないか? 別にオレは、お前を捕まる義務を権利もない。ただサイフを返してくれればいいんだ」
「いや、オレは逃げる」
サイフを持ったまま、ルーゴは逃走だ。ところで、どこへ逃げるつもりだ? あてはあるのか?
「おい、待てよ。逃げるなら追いかける」
ルーゴは、速い。とにかく速い。あっというまに逃げられるぞ。
早くセーザーVに乗り込め、フアンズ。
というか、ノラスコといい、お前ら、追い詰めといて、簡単に逃げられるすぎだぞ。
その頃、ノラスコは、なぜか、道の真ん中にできた穴にはまっていて、身動きが取れなくなっていた。
「お〜い、だ、誰か、助けてくれ〜」




