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 リョウコたち4人の女子大生が、街に出来たカワウソカフェ『カワイイカワウソカフェ』の事を知ってから、少しの時が流れた。


「「「「お邪魔しまーす」」」」

「あら、いらっしゃい♪」


 誰もが振り向く美人店長と、純和風の店内で頂く美味しい飲み物やスイーツ、そして一番の名物である愛くるしい仕草と表情を振りまくカワウソたち――街の中に忽然と現れたこの動物カフェに、可愛いものに目がない4人がハマらない訳はなかった。初めて訪れた時の素晴らしい体験がきっかけとなり、彼女たちは時間があれば訪れる常連客になっていたのである。


「わー、今日も可愛いねー♪」

「見てみてー、すっかりあたしと仲良くなったみたい♪」

「写真撮ってSNSにあげよっか♪」

「いいねー♪」


 ラテやスイーツを頂いた後、今日も4人は店で飼われているカワウソたちと戯れ始めた。小さく可愛いカワウソを抱きしめたり、おねだりをするカワウソに美味しい餌をあげたり、何度同じ事をやっても彼女たちは決して飽きる事なく、カワウソの可愛さをたっぷりと楽しみ続けていた。しかし、リョウコだけは何度か訪れる間に友達が少しづつ変わっている事に薄々気づいていた。最初に訪れた時、カワウソ目掛けてフラッシュを焚いていた友人の態度が、少しづつ良い方向へと変わり始めたのだ。


「おっとっと……ごめんね」

「ふふ……」


 以前の友人は、悪くいってしまえばカワウソを単に可愛らしい生きた人形のように扱っていたのかもしれない、とリョウコは内心考えた。自分本位に動くことで動物たちが大変な目に遭う事まで思い当たらなかったのだろう、と。でも、今の友人はそういったマナー以前の問題行動を一切起こさず、カワウソに対して常に優しく接している。きっとあの日がきっかけとなり、動物との触れ合い方を知ったのだろう、と理系女子であるリョウコは少しだけ嬉しい気分だった。残りの2人は相変わらず相変わらず大声をあげて興奮してはカワウソを驚かせてばかりだったが。


 そんな彼女たちの背後から、どこか艶やかさが混ざった声が聞こえた。


「あら、今日もお揃いでようこそ」

「あ、店長」「お邪魔してまーす」


 このカワウソカフェを経営している、美人の女性店長である。


 既に何度もこの場所に訪れていたリョウコたちは、店長ともすっかり顔馴染みになっていた。店で飼育されているカワウソについての様々な知識を教えてくれるだけではなく、様々な相談に乗ってくれたり、時に美味しいスイーツをサービスで振舞ってくれたり、気づけば店長は彼女たちの良き『先輩』になっていたのである。


「今日のチーズケーキ美味しかったです~!」

「また作ってくださいね、あたし幾らでも食べますから!」

「ふふ、了解♪」


 カワウソ以外にもこの場所を訪れる楽しみを見つけていたリョウコたち女子大生が美人店長との会話を弾ませていた時、ふとリョウコの友人――先程興奮してカワウソへ向けて大声を挙げてしまった1人が、ふと浮かんだ疑問を口に出した。このカフェで飼育されているカワウソは『コツメカワウソ』、名前の通り小さな爪を生やし愛嬌ある姿をいつも見せてくれる小さな種類である。しかし、この日本にはそれとは別にもう1種類、古くから知られていたあるカワウソが生息していたはずだ――。



「……このカフェに『ニホンカワウソ』って、いないんですかー?」



 ――一瞬の沈黙の後、彼女に返ってきたのはリョウコを含む3人からのツッコミであった。日本の固有種であったニホンカワウソは、毛皮を目当てにした乱獲や環境破壊によって何十年も前に姿を消し、既に絶滅宣言も出されている動物なのだから。1匹もいなくなってしまった動物がカフェにいるわけないじゃないか、と至極まっとうな指摘を受けてしまっては、流石の友人も苦笑いしながら先程の質問を謝罪するしかなかった。しかし、店長はそんなやり取りに呆れたり怒ったりする事無く、彼女を優しく励ました。確かにこのカフェの中で飼育されているカワウソにニホンカワウソはいないけれど、別の場所で今も平和に暮らしている可能性は十分にある、と。



「ずっと絶滅したと思われていた魚が、別の湖で偶然生き残っていた。そんな話、聞いた事ないかしら?」

「あ、ああ……そういえば……」

「そんなニュース、昔あったよねー」



 もしかしたらこの近くにも、二ホンカワウソが住んでいるかもしれない――どこか夢溢れる話に友達3人が興奮する一方、リョウコは少しだけ妙な違和感を感じていた。折角店長が素晴らしい話をしてくれているのにこのような気持ちを抱いてしまう理由はさっぱり分からなかったが、一瞬だけ店長が何か別の存在のように見えたのである。しかし、すぐ彼女はそんな自分の思いを否定した。瞳の中に映っているのは、間違いなく大人の雰囲気をたっぷりと醸し出しているいつもの美人店長だったからだ。

 そしてたっぷりと楽しい時間を味わったリョウコたちがこの場を去ろうとした時、先程質問をした彼女の友人が恐る恐る手を挙げ、店長に何かを耳打ちした。直後、店長が指さした場所――カワウソたちがいる部屋から廊下を少し歩いた先にある、「WC」と書かれた扉へ向け、友人は急いで駆けていった。そして数分後、友人が戻ってきたのを見計らって、今度こそ4人は店長に礼を言い、カフェを後にしたのであった。




 リョウコたちがその友人の『異変』に気づいたのは、その翌日だった。


「あれ、最近メイク変えたの?」

「なんか雰囲気違うねー」


「えへへ……どうかな?」


 前日――ニホンカワウソの話題で盛り上がった時の彼女の髪型やメイク、アクセサリーは、どちらかと言えば年下の女の子をイメージしたものが多かった。しかし、休憩時間に大学で再会した彼女の姿は打って変わって大人っぽい雰囲気に包まれていたのだ。今までどこかふわふわしていた衣装もどこか落ち着いたものに様変わりしていた状況に驚くリョウコたちに、彼女は笑顔のままその理由を簡潔に伝えた。あの美人店長みたいになりたくなったからだ、と。


「なるほどねー、分かる分かる!」

「女子でもあれは憧れちゃうからねー」

「でしょー。ね、リョウコ?」

「う、うん……」


 その気持ちは、リョウコも大いに理解する事が出来た。抜群のスタイルや衣装は勿論、人々の心を掴む魅力も同性として見習いたい要素に満ちていたからだ。しかし、同時に彼女の心には、何度も現れては消えていた『違和感』が再び姿を見せようとしていた。何かがおかしい、何かが変わっている、でもその『何か』の正体が掴めない。一体、何がどうなっているのだろうか――。



「そんな難しい顔しないでさー、これ食べなよ?」

「あれ、これ……?」

「歯が鍛えられるよー♪」


 ――疑問が消えないまま、リョウコは友人に礼を言いつつ、貰った煮干しを口いっぱいに頬張った……。

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