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五章② 呪いの始まり



「――996年。


魑魅魍魎(ちみもうりょう)跋扈(ばっこ)していた、平安京の時代。

一千世紀が終わろうとする頃、この土地に、16になる少女がいました。


その少女の両親は妖怪を祓う退魔師――。禁忌である不死の研究をしていて、あらゆる生き物の命を冒涜していました。

このような両親を生まれたときから見てきた少女は、人としての心が欠落していて善悪がわかりません。


ある日、両親は不死に近い生き物を捕まえました。

妖怪の類いではなく、外国から逃れてきた悪魔でした。

両親の奸計により、悪魔を騙して捕らえたのです。



不死に近いと表現したのは悪魔がまだ成長段階だったから。

両親は悪魔を地下室に磔にして拷問しました。


それはどちらが悪魔がわからなくなるほどの残酷さで――


肉体を痛めつけられる度に、悪魔の身体は再生を繰りかえします。



――そのたびに、悪魔は不死に近づいていくのです。

両親はこれが目的だったのでした。

何故なら、生命力に満ち溢れた悪魔の心臓がどうしても必要だったからです」


「生に満ち満ちた、悪魔の心臓を食べること――

それが、不死になる条件。


少女は不死に憧れ、悪魔が立派な材料になるまで待ち続けました。


まさしく悪魔の所業を、少女が17才となるまでの一年間、休むことなく両親は続けました。



――運命のその日、

両親は悪魔の心臓を取り出します。

これ以上責めると悪魔のほうが不死になってしまうから。


両親は実験を切りあげ悪魔を殺してしまいました。


死ぬ直前に悪魔は言いました。

恐ろしく憎しみに満ちた声で――。


『悔しい――悔しい――。貴様ら人間などの甘い言葉に騙され捕らえられた――。長きに渡って凌辱され、あまつさえ食い殺されることになろうとは――』目から血を流し、悪魔は憎しみを口から垂らし続けます。『我が血肉は憎しみで満ちている! さあ、食らえっ……望み通り、不老不死の力をくれてやろう! 満月の日に訪れる、10秒の呪いとともにな! 楽には死なせん――永久とも変わらぬ時間のなか、発狂せずに寿命を全うすることができるか? いや――、できるものか!』


できてたまるものか――と。



増悪の叫び声に震えあがる両親。


――満月の日に、

不老の力は止まり10秒だけ時間が動く――この土地だけの呪い。


いや、情けだと悪魔は言いました。

いつかは訪れる死を残している――と」




「――悪魔は死にました。


――不死に近い悪魔は死にました。



両親は躊躇(ためら)います。

悪魔の言葉に恐怖を覚えたからにほかなりません。


しかし、少女は違いました。


身の毛がよだつ誰も幸せになれない現実を見せつけられても、少女は高ぶる気持ちを抑えられず、

いまだに脈打つ心臓に静かに口をつけたのです。





自ら呪われたのです」


 輪廻(りんね)さんは悲しそうに口を閉じた。



「ギャギャギャッ! ウマイジャナイカ。出来ノ悪イ御伽話(おとぎばなし)ミタイダッタガナ!」


 下品に笑う小鬼を無視して、輪廻さんは物語を終りへと導いていく。



「その少女は裏苑(りおん)。両親が死んで、長い時間を一人すごしてきた。時代が大正へと移り変わった頃に、神楽坂夫妻に引き取られた。とても、人のいい夫妻だったらしいけど当然裏苑の時間にはついて行けなかった。今は、神楽坂夫妻が遺した家に一人住んでいるわ」輪廻さんは、その後の注釈を加えて寂しく微笑む。「こんな感じで理解できたかな?」


「はい……大体は……」


 理解はできた――しかし現実味がない。

 いまだに小鬼のことがなければ絵空事にしか思えない。



「この土地から出たらどうなるんです? この土地の呪いなんですよね?」


「10秒だけ歳をとる……ね」



 ああ、そうか。

 10秒が呪いで、それ以外の不老不死は呪いじゃないんだ……。


 そんな風に理解した自分に輪廻さんは言葉を繋ぐ。



「この土地を離れたら呪いが解けて、死ねなくなる――永遠に。だから、どんなに苦しくても、辛くても、死にたかったらここに居続けて生きるしかないの」



 僕は絶句する。

 想像以上に、重い(かせ)を背負ってしまった裏苑――。



「裏苑とは昔、鬼抜村(おにぬきむら)の夏祭りで会った話はしましたよね? この土地からもう出てるんじゃないですか? だったら呪いはすでに――」


 言い終わる前に、静かに首を横に振る輪廻さん。



「鬼抜村は元々この土地の一部だったの。何百年も前に大勢の人間が、鬼を忌み嫌い、人間だけの村を作って拒絶した……」


 なるほど……、鬼抜村――鬼を抜く村――か。

 いくつかのピースが埋まってきたときに、ふと裏苑の言葉を思い出した。



「裏苑は呪いを解いて欲しい――そう言っていました。あれはどういう意味なんですか?」


 死にたいなら、呪いを解いて欲しいと言うのは矛盾している。10秒だけ歳をとる呪いが解かれたら、本当に死ねなくなってしまう。



「本人ハ、モウ……ヨクワカッテナインダヨ……記憶ガ、グチャグチャダカラナ」小鬼が横槍を入れる。記憶がぐちゃぐちゃ? どういうことだろう。小鬼は続ける。「ソレジャア……ソロソロ、『アレ』ヲ見ニ行コウカ?」


「『アレ』を……見に行く?」



 突然の小鬼の言葉に戸惑いを隠せない。



「ソウダ。ソシテ――見タアトハ余計ナコトハ考エズニ、呪ワレタ人間ト血鬼ニ幻滅シテ帰レ。所詮チガウ世界ノ住人ナンダヨ」



 違う世界――。

 禍女にも言われたな……世界のルールが違うと。



「焔くんは、どこまで首を突っ込む気なのかしら?」


 輪廻さんは真面目な顔で問う。



「どこまでって……そんな……僕はただ……ただ、裏苑のことが……」



 夏祭りの『あの人』――裏苑が好きなだけで、裏苑がずっと好きだっただけで――関わりをもっと持ちたい、


 それだけなんだ。



「そう。焔くんには、何か理由があるのね」輪廻さんは目を瞑り、嘆息した後、再び見開く。「禍女のことは知ってる?」


「えっと……、血鬼だってことですか?」


「いえ、禍女のことだから自分が血鬼なのは、焔くんに教えているでしょう。私が訊いてるのは血鬼の名の持つ意味――」




 血鬼の名の持つ意味――。



 母の血で塗れる鬼。



「母血鬼――」


 僕は呟いていた……

 あんな検索サイトの情報なんて、真実かどうかだなんてわからないのに。

 だけど輪廻さんの反応で、それが真実であったと理解する。



「驚いたわ……。禍女はそこまで話していたの?」


「違います。僕に少し血鬼の知識があったので……」


 先刻仕入れた、新鮮な知識。



「禍女は焔くんを気に入ってるわ。あの子が裏苑や私以外になつくなんて珍しいもの」禍女が僕になついてるのか? 蔑ろにされている自覚はあるのだが。「だから――だからこそ。焔くんが禍女や裏苑に対して、同情みたいなもので関わろうとするならやめて頂戴」


「どうしてですか? 裏苑や禍女の背景に同情ぐらいしたっていいじゃないですか。小鬼が言ったように僕は違う世界の人間だから駄目なんですか!?」


 少し苛ついた僕は語気を強めに言ってしまった。



「裏苑は一人で長い時間を寂しく過ごしてきた。禍女は母親を殺してから、父親に捨てられて一人で寂しく過ごしてきた。だから、お互いが寄り添い合い生きてきた」


「だから……そんな二人だからこそ、同情してあたりまえじゃないですか!」


「同情するだけならいいの。中途半端に首を突っ込まないで欲しい」輪廻さんはそう言葉を漏らしてから、微かに笑う。「焔くんと話している禍女は本当に楽しそう。これで焔くんともっと仲良くなって、禍女が裏苑に対してのソレと同じように焔くんに心を開いたら――そのとき、焔くんが人間の立場で禍女を、裏苑を否定したら――」



 それが恐い――と。



 ああ、そうか。

 本当にこの人は優しいんだな。

 その優しさで二人をずっと見守ってきたんだな……。



「ギャッ、ギャッ。オレガイルコト、忘レテナイヨナ?」


 忘れてた。


 輪廻さんはそんな小鬼を無視して、厳しさの籠もった瞳で僕を見据える。



「焔くん。『アレ』を見てきなさい。そしてそれが受け入れられないのなら、全て忘れて明日帰りなさい」



 そう言い終わった輪廻さんの黒い瞳は、厳しさが消え、悲しみに満ちていた。






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