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五章 小鬼(こおに)





「気になっちゃった?」


 輪廻(りんね)さんは、引き戸を締めながらこちらをちらりと見た。そして、引き戸の二枚重なった中央の枠組みを、螺子で巻いてとめている。

 いわゆる、古い家屋にあるタイプの鍵だ。



「ええ……まあ。でも、禍女(かな)は言いたくなさそうだったし……」


「そうね……知らなくていいこともあるわ。さ、部屋に案内するわ、ついてきてね」


 含みのある言葉を返されたが、「そうですね」と短く答えて、輪廻さんに続いた。




 薄暗い廊下の奥を進み、いくつか部屋を通り過ぎた場所。

 広さは先程の部屋と変わらない。

 同じくあまり物が置かれていない部屋で、広々とした印象を受ける。



「この部屋は凄く景色がいいのよ?」


 輪廻さんは、押入れから布団を取り出しながら言った。


 その言葉に偽りはなく、網戸の向こうの景色は素晴らしいものだった。

 広い平地には草が生い茂り、庭先の木々は木漏れ日のように草や幹に月明かりを落としていた。



「凄いですね……、こんないい部屋を使っていいんですか?」


「ええ、かまわないわよ。それより焔くん、お腹は減ってない? 何か食べる?」


「気持ちは嬉しいですが、今日は色々ありすぎて食欲がないんです……すみません」


「そっか……じゃあ、お風呂には入ってね。汗を流さないと……、沸いたら呼びに来るから」


 布団を敷き終わった輪廻さんは微笑みながら言って、部屋を出ていく。正直、汗は流したいと思っていたので助かる。凄くいい人だ。




 いや……、人なのか?


 そう思いながら、僕は畳に寝転がった。




 血鬼(ちおに)――――か。


 輪廻さんは、禍女のことを『血を(うた)った鬼』と呼んだ。



 スマホを取り出す。

 時刻は21時10分――圏外からアンテナが一本立った状態。

 受信状況を確認して、それならば――と、検索サイトを開く。




「血鬼……と……」


 検索をタッチする。

 受信状況がよくないせいか、中々繋がらない。

 電池の残量は殆どなくなっていた。充電器は持ってきているのだが、無断でコンセントを使用するのは失礼なので、そのまま表示された検索結果を調べていく。

 しかし画面に映し出されたものは、どれもキーワードに引っかかっただけで関係のないものばかりだった。


 そんな文字の羅列のなか、『伝承の鬼』という文字に目が止まる。



「日本の古き鬼。鬼の亜種。血鬼。――これだ」



 僕は内容を目で追っていく。


『血を好み、好戦的。不死身の肉体と凄まじい膂力(りょりょく)で肉塊の山を築き上げ、更に一つの大きな肉塊を築く。』


 何この説明……恐いよ。

 そう思いながら読み続ける。


 

『太陽の光に弱く、日中が退治する唯一の機会だが、能力が低下するだけで、どちらにせよかなりの戦力や戦術がなければ不可能である。』


 禍女の華奢(きゃしゃ)な身体が頭に浮かんだ。


 小鬼に対峙したときの禍女は確かに迫力はあったが、サイトに載っているような力があるとはとてもじゃないが思えない。


 次の項に目をとおす。



『血鬼は女しか存在せず数は少ない。寿命はおそろしく長いと伝えられているが、正確な情報はない。異種族と交わり必ず女の血鬼を産み落とす。この鬼の最大の特徴は親殺しである。ある年齢まで子供を育てると母親は力を譲り渡す為に子に殺されるのだ。そのときに子は初めて血に塗れる。母親の血を大量に浴びた姿は、血の鬼と呼ばれ血を謳った鬼と称されるようになった。正式名称は母血鬼(ぼけつき)。』


 ピピピピピピピ――


 突然画面上に、電池残量がないことを表示される。僕は電源を落とした。



 ある年齢……か、禍女はどうなのだろう。

 まだ母親は健在なのだろうか?



 それともすでに――?


 あくまでサイトに載っていたこと、何処まで正確で真実かはわからない。寧ろ、胡散臭いまである。


 網戸から風が入ってきて鼻先を掠めると、土や草の匂いが香る――虫の音が耳に溶ける――。


 静かに目を閉じた。


 閉じると思い出したかのように、次々と疑問が湧いてくる。





 自分は何故この土地にいる――?



 裏苑は僕を呼んではいなかった。



 じゃあ誰が呼んだ?



 何の目的で?



 そもそも、呼ばれたという自覚はない。適当に選んだ土地のはずだからだ。昔きた、鬼抜村(おにぬきむら)を知っていた記憶が、微かにあったのかもしれないが。


 心を落ち着けようと外に視線を移すと、僕の心臓が飛び跳ねた。


 今日起きた日常ではない光景が脳裏に甦り、


 恐怖を身体が思い出す――。


 息を殺し、

 身を起こして、先程までなかった外の不自然な部分を凝視する。

 いやでも鼓動が速くなり、夏の暑さのせいだけではない汗が頬を伝ってくる。






 いつからいた?



 そう思ったとき、ソレは裂けた口許を更に裂けたように口を開いた。



「ニゲルナヨ……モット……オレヲ見テイロヨ」


 潰れた低い声が僕を金縛りにする。

 少し前までは存在しなかったのに、今は網戸越しにソレは――


 小鬼は存在した。



 何故、小鬼がここにいる?


 比喩とはいえ、僕のことを「うまそう」と、言っていた奴。

 奥歯がガチガチと震えた。



 殺しに来たのか?

 僕を?

 禍女がいない隙を狙って?



「トリアエズハ……殺シニ来タンジャナイカラ……安心シロヨ」


 心を読んだかのように、小鬼は気味の悪い笑みを浮かべ否定した。



「じゃあ、何しに来たんだよ……?」


 小鬼に訊く。

 どうせろくでもないことには違いない。



「呪ワレタ人間……裏苑ノコトヲ、オシエテヤルヨ」目玉をギョロギョロさせてにやける小鬼。「訊キタイダロ? サッサト訊イテミロヨ」


 小鬼の目的がわからない。

 何のためにそんなことを訊いてくるのか――。

 だが、裏苑のことなら訊きたいことはある。


 小鬼に対して不信感を覚えながら、恐怖と闘う身体を無理矢理鎮め、訊ねてみる。


 訊くのはただだ、多分。



「裏苑は何年ぐらい生きているんだ?」


 その問いに、小鬼はいやらしく口端を歪める。




「――千年ダ」


 千年!?

 軽く十世紀。小鬼の言葉に驚く。



 千年もの間に裏苑の時間はどれほど流れたのか。



「ギャギャッ……千年! 閏年ヲイレテ実ニ、36万5250日。満月ノ日ガ平均29.5日デ訪レルカラ――ザット、10秒ガ1万2381.356回デ、12万3813.56秒……裏苑ハ、千年デソレダケの時間シカ流レテイナイ。シッテイルカ? 一日ハ、8万6400秒ナンダゼ? オイッ、ケイサンデキルカ? 答エハ、ケッサクダロ?」


 また考えていることがわかったのか、先回りして小鬼は得意気に口を踊らす。



 約12万4000秒を


 一日の8万6400秒で割ると、



 1と余り――――



 僕は愕然とする。


 千年もかかってそれだけなのかと、


 たったそれだけの時間しか流れていないのかと――――。




「一日と数時間」


 僕は答えた。


 小鬼は潰れた声で笑う。




 ――傑作だと。



 千年もの間、呪いは解けることなく裏苑を蝕んできたのか。



「正確ニハ、一日ト10時間ホドダガナ!」


 小鬼は潰れた声で笑い続ける。


 下卑た笑いをする小鬼に、改めて質問をする。



「裏苑は何で呪われた?」


 ――が、小鬼は警戒の表情を顔に貼り付けた。

 心なしか一歩下がったようにも見えた。

 この質問に何かあるのかと思ったが、どうやら僕の背後に気を奪われたらしい。



「何しに来たのかしら?」


 声がして振り返ると、いつのまにか輪廻さんが部屋の入口に立っていた。

 声色は優しいが視線は鋭く小鬼を射ている。



「……コノ人間ト……話ヲ、シテタダケダ」


「ふうん、話していただけね。八つ当たりしに来たんじゃないんだ?」


 輪廻さんは軽蔑の眼差しで小鬼を見据えている。



「ギャッギャッ。今ノトコロハナ! オ楽シミハ、トッテオカナイトナ!」


 夏の夜なのに、空気が凍りついた気がした――。背筋に冷たいものが走り、四肢が震えだす。

 小鬼の言葉にではなく、輪廻さんに恐怖を覚えたからだ。


 獣のような金色の瞳に変わっていた輪廻さんは、唇をゆっくりと動かす。

 さっきまでの温かみを帯びた黒い瞳が嘘のように、金色の瞳は、威圧の籠った力強い光を宿していた。



「貴方が何処で誰を、八つ当たりで殺そうとかまわない。貴方が存在することは必要なことだから、私は貴方の存在を認めてあげる」禍女が小鬼を拒絶したときと同じく、輪廻さんは強い口調で威嚇する。「ただ――私の領域で、見下げた行為をするのならば看過はできません」


「ギャッ……サスガニ満月ノ夜ニ、人狼ヲアイテニナンテ馬鹿ナコトハシナイ」


 なるほどね……輪廻さんも化け物か……。やはりという気持ちと、寂しさが胸に広がる。


 小鬼の言葉を聞き、輪廻さんの瞳の色が戻った。



「そう。ならいいんだけど。ちなみにどんな話をしていたのかしら? 焔くんが訊いていた、裏苑の呪われた理由かしら?」


「スットボケヤガッテ……。チャント、聞イテイルジャナイカ……」


「貴方が話すということは、裏苑には問題ないってことね」


 今日二度目の会話の違和感。


 一度目は禍女のとき――

 裏苑が僕を呼んだかもしれないと禍女は言い、小鬼は自分は呼んでいないと否定した。

 それに対して、禍女は本人に訊いてみないとわからないと返したのだ。

 今の輪廻さんの言葉にも、裏苑と小鬼には何か繋がりがあるように聞こえる。



「それなら、私が話してあげるわ。小鬼の潰れた声じゃ聞き取りづらいと思うし」


「ギャギャッ。何ダカ失礼ダガ好キニシロヨ」


 小鬼は了承する。


 それは願ってもない。正直小鬼の言語は聞き取りづらかったのだ。





「そう――それなら始めるわね」


 輪廻さんは僕の隣に座り、物語口調で始める。

 網戸越しにいる小鬼がとても気になるが、朗々と紡がれる物語に、僕は耳を傾けていった。




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