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終章






 容赦ない夏の熱気と、蝉の鳴き声が辺りを包んでいた――。


 汗を滲ませながら空を見上げると、太陽の日差しのなか入道雲が雄大に浮かんでいた。遮るものがほとんどない田舎の空は、壮大で圧倒されるものがある。


 そんな風景のなか、名前のない駅のベンチで僕たちはとうもろこしを食べていた。

 左隣には禍女(かな)。右隣に裏苑(りおん)、そして一番右端に座っていた輪廻(りんね)さんが、水筒から麦茶を紙コップに()いで皆に渡している。

 切符を購入しているのは僕だけなのだが、皆は普通に駅内で(くつろ)ぎ、歓談していた。

 この開放的な感じがいかにも田舎らしかった。




「ちょっと! (ほむら)おにいちゃんってば! ちゃんと聞いてるの?」


 突然、裾を引っ張られた。

 麦わら帽子を目深(まぶか)に被った禍女が、僕に話しかけているところだったらしい。

 裏手の雑木林から響いてくる蝉の鳴き声が凄くて気づかなかった。


 ジジジジジジッ――、

 ミーンミーンミーンミン――と、

 まさしく蝉時雨。正直うるさい。


 当然、何を言われたのかわからずに僕が首を傾げると、禍女は眉根を寄せた。



「もうっ、だからすぐに戻ってくるんだからね? って、いってるの!」


「ああ、わかってる」



 切れ気味な禍女にそう返事をしてから、輪廻さんが茹でてくれたとうもろこしにかぶりつく。

 口内に、みずみずしい甘さが広がっていった。





 小鬼と『アレ』を見に行った夜から一週間が経っていた――。

 その間、禍女と裏苑と毎日遊んだ。


 川へ魚釣りに行き、山女や鮎を持ち帰り、それを輪廻さんが塩焼きにしてくれて皆で食べた。

 ちなみに禍女は素手で魚を捕りはじめたので、僕は問答無用で魚を川に帰し、ぶーたれる禍女を(いさ)めて竿を握らせた。


 まったく情緒のない奴だ。


 輪廻さんが作ってくれたお弁当を持って、山へピクニックに行ったりもした。

 そこで亡霊に操られた死体の群れに襲われたが、禍女が涼しい顔で蹴散らしていた。


 最強のボディーガードだ。



 狼神診療所の手伝いもした。

 思った以上に外来が多く、待合室は常に賑わっていたが、そのほとんどは、輪廻さんに畑で採れた野菜を持ってきてくれたり、世間話をしにきたりといった内容が大半だった。

 僕はその人たちにお茶を出したり話の相手をしていただけなので、大したことはしていない。



 夜は皆でトランプ大会だ。

 禍女がめっぽう強くて、僕と輪廻さん二人がかりでその牙城を崩すのがやっとだった。特に一対一の勝負では、まったくと言っていいほど勝てる気がしない。

 裏苑に関しては、禍女と正反対で負けてばかりだったが楽しそうに笑っていた。



 そんな楽しかった日々も終わり、今日、僕は帰る――。



 このままこっちにいても良かったのだが、輪廻さんに、せめて高校を卒業してからにしなさいと怒られてしまった。

 輪廻さんの言うとおり一度帰って、家族にきちんと話をした方がいいのかもしれない。すべてを話すわけにはいかないので、多少の脚色は必要だろう。


 思考が一区切りついたときに、禍女のほうから視線を感じてそちらを見ると、すっごい睨まれていた。



「また、ぼーっとしてる! ちゃんとあたしの話していること聞いてるの!?」


 禍女はお冠のご様子。


 二本の牙をちらつかせている……そろそろ、ちゃんと相手をしないと噛みつかれそうだ。



「禍女は本当に焔くんが気に入ったのね」


 微笑みながら言う輪廻さん。本当に微笑みを絶やさない人だ。



「何を言ってるの輪廻は? 気に入ったとかじゃなくて、だから……その、気に入ったとかじゃないのよっ!」


 禍女がしどろもどろに答えた。

 意味がわからないと、隣で裏苑が頬を緩ませる。



「ギャッギャッ、ライバル登場ダナ! 裏苑!」


 酷く潰れた声で、裏苑が手にした大きめのビニール袋から顔を覗かせて小鬼は笑う。

まだ達磨のままだ……というか、知らないうちに頭だけになっていた。


 裏苑はそんな小鬼を脚の間に挟むようにぶら下げながら、禍女に視線を移した。



「ふふふ。本当に禍女は、焔くんと仲がいいよね」


「なにをいってるの裏苑? 昨日、焔おにいちゃんに告白されたから余裕なのね? あのときは、聞いてるあたしが恥ずかしかったわよ。だけど安心してよね、あたしはそういうんじゃないから!」


「ギャッギャッ! 余裕ダッテ? 余裕ジャナイヨナ裏苑? アンナニ胸ガ熱クナッテタモンナ! オレハ裏苑ノコトナラ何デモシッテルゼ?」



「もう! 言わないで!」


 顔を赤らめる裏苑。

 珍しく声をあらげながら小鬼の入った袋を閉じようとする裏苑に、それを阻止しようと身体を……いや、頭を張って抵抗する小鬼。


 頭を張ると表現したが、小鬼の気持ちが伝わってきた気がしただけで、少しも動いてはいない。目だけはギョロギョロと動いていた。

 そんなやりとりを見ていたら恥ずかしくなってきたので、僕は話題を変えるために禍女に訊く。

 あまりにも自然だったので今まで気にも止めてなかったこと。

 魚釣りに行ったときも麦わら帽子を被ってたとはいえ、禍女は太陽の日差しに(さら)されていた。



「禍女。太陽の光は大丈夫なのか?」


「大丈夫じゃないわよ! もう頭がくらくらよっ! 今頃は、冷房の効いた真っ暗な部屋で熟睡してるわ」


 冷房使ってるのか。近代的な鬼だ。

 まあ、能力が低くなるだけみたいだし、そんな弱点ってわけでもないのかな。


 そんなことよりも、辛い状態でわざわざ見送りに来てくれたことが素直に嬉しい。





 楽しい時間を終わらせるかのように、八ツ木ヶ原(やつぎがはら)方面から電車がやってきた。


 僕は麦茶を飲み干し、小鬼の入っている袋に紙コップを押し込む。なかには皆で食べた、とうもろこしの芯が散らばっていた。



「……おまえ、そのまま捨てられるなよ」


「ギャ……頑張ッテミル……。次ニ、会エレバ……イイナ」



 弱々しい……身体うんぬんというより、精神的に。


 まあ、殺されたりはしないだろう。

 小鬼がいなくなるということは、裏苑に負の塊が戻るということだ。

 禍女たちがそれをしないことは、十分承知している。


 一つ気に掛かるのは、八つ当たりができなくなった小鬼は……裏苑は、どうなるのだろう。


 裏苑は気づいてはいないらしいが、小鬼の行動により、少しでも溜飲が下がったりはしなかったのだろうか……いや、もしかしたらすべてを知っているのかもしれない……。

 小鬼は裏苑のことをよく理解していたが、裏苑から小鬼に対してはどうなのだろう。今回の出来事から察するに、小鬼からの一方通行な気はする。

 実際のところは、どうなのだろうか。




 名前のない駅に、電車は停車した。



 扉が開いても誰も降りてこない。

 僕を招き入れるだけの車内が見える。



 蝉の鳴き声が、いっそう強くなった気がした――。





「いってらっしゃい」


 優しく笑う裏苑。



「高校を卒業したら絶対戻ってくるから」


「うん、待ってるよ」



 笑みを浮かべる裏苑に後ろ髪を引かれながら、僕は肩に荷物をしっかりとかけ、電車に乗り込む。


 乗車口まで来た裏苑の真っ白な髪は、心地よい風にさらわれてそよいでいる。



 僕は裏苑の頭に手を置き撫でる――


 嬉しそうに目を細めながら見つめてくる裏苑。



 その背中越しに、禍女と輪廻さんの柔らかい笑みが日差しのなか視界に映った――――。








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