営業納品。
「大関のチーズのスリットが19日なんだけど、山田さんが19日に欲しいって言ってるんだけど、営業納品するしかないよね。」
中年小太りの櫛田係長が、
大きな声で言ってきた。
山田さんは私に担当替えになり、
挨拶してきたばかりのチーズメーカーだ。
営業納品。
今までの会社と違い、
今の会社は基本的に営業納品を禁止している。
つい数日前にも、
幸田主任が営業納品をしようとした事が、
社長たちの逆鱗にふれ、
赤帽を手配して納品に切り替えたばかりだ。
山田チーズさんは人柄も良く、
私は営業納品で秋田や神奈川県まで行った事もあるから、
納品自体は普通に行ける。
ただ、
主任がめちゃくちゃ責められて、
怒られたばかりで、
二の舞を踏みたくはない。
山田チーズの前担当の海野課長は、
「じゃあ、19日納品するって、お客さんに返事するよ。」と何も考えずに返事しようとする。
「ちょっと待ってください!今、現場の人たちに回覧板を作るので。19日に必ず出来るかも、現場に確認していないのに。予定が変わる事もあるんですから。」
営業が勝手に○○日に出来ると決めつけても、
実際は現場で急用が割り込む時もある。
現場に確認をとらずに、
お客さんに回答するのは危険だ。
それを櫛田係長と海野課長は分かっていない。
海野課長が「19日には出来るから、持って行きますわ。」と、返事を待たずに山田チーズさんに電話していた。
回覧板も作り終わっていないのに、
勝手に約束しないで欲しい。
仕方なく、
19日の予定に工場と山田チーズを書き込み、
営業車の予約をした。
「どうしても必要だから、19日にお客さんが取りに行くって言ってるけど、営業納品するって言っていいだろ?」
こちらから、
取りに来てと頼む前に言ってくれるなんて、
なんていいお客さんだ!
なんて思ったのは束の間。
課長や係長が「担当替えしたばかりだから、お客さんと仲良くなるチャンスだよ!ここで持っていけば、持ってきてくれたんだ!って喜ぶよ。それに、値上げ認めてくれたしね。」
「どうする?持ってくだろ?」
何言ってるんだ、
こいつら。
「私なら、持って行かないですね。クレームの作り直しでもないですよね…。お客さんが、
取りに来てくれるなら、来てもらった方がいいと思います。」
櫛田係長と北山次長が鼻で笑いながら、
「お前が行かないとかじゃないんだよ。会社として行けって言ってるんだから、行くんだよ。値上げも認めてくれたし、お客さんと仲良くなるチャンスなんだよっ。」と毒づく。
「一回持って行ったら、また次も持ってきてくれると思われませんか?」
「それはない。」
「じゃあ、営業納品したら、仲良くなって、売上伸びるんですか?」
「それはないよ。」
「じゃあ、お客さんに取りに来てもらったら、なんなんだアイツは??ってなって、仕事もらえなくなるんですか?」
「そういう事はないよ。」
「会社方針として、営業納品はしないって言ってて、この前も幸田主任がすごく怒られていたじゃないですか。」
「自分が怒られるのが嫌なのか!!」櫛田係長のイライラがピークに達している。
「営業納品するのか!しないのか!」
「それは、上の判断に任せます。」
「北山次長が営業納品した方がいいって言ってるだろうが!」
「じゃなくて、もっと上の営業部長に聞いてみます。」
それからは重たい雰囲気で沈黙だ。
今までも、
社長や幹部と先輩たちは考え方が違うため、
言うことに差があった。
次長以下の人たちに言われるがままに行動すると、
幸田主任のように社長と部長二人から叱責されるはめになり、
出世ルートからも外される。
部長たちの言う通りにすれば、
課長や係長達からは非難される。
どちらを選んでも両者から納得されることはないのなら、
権力の強い方に従う方が賢明だ。
それに、先輩ならば、
自分の部下や後輩が怒られないように間に入るのが普通だと思う。
何故わざわざ後輩が部長に怒られるように仕向けようとするのか。
より一層、こいつは先輩でも上司でもない
ただの肉の塊だと思った。