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軟包装  作者: なるる
11/24

担当者と会う③。

出荷場のドアを開けると挨拶をする間もなく、

昨日の若い男性と目があった。

 「ちょっと待ってね。」

ひと言も話さないうちに、内線電話をかけてくれた。

 「今、忙しいからダメだって。」

言いにくそうに言うので、こちらも笑顔で、

 「また来ます!」

と返事をした。

何も言わなくても内線をかけてくれたという事は、

最初から飛び込みお断りと言う会社ではなさそうだ。

気は軽くなって、前日よりは緊張感も減った。

軽く会釈をし、また別の会社の飛び込みに向かった。

 

6月23日。気温は28度になった。

15時40分。時間帯を午後にずらしてみての豊川工場への訪問だ。

 「今日は本社にいるんだよね。」

出荷場のいつもの若い男性が、気怠そうに答える。

引き下がるわけにいかない。前回断られた事が頭をよぎる。



「円山部長様って、怖い方ですか?」

 「怖くないよ。優しい人。」

 「今は、どちらから包材を買われているんですか?」

ちらっと、出荷場を見ても、巻取りが見当たらない。

段ボールに入ったキレイな製品ばかりが、積み上げられている。

資材は大体、午前着だから、見える場所に置いてあるわけもない。

 「Tップ堂とD日本と、DグラビアとD紙業とか、5~6社から買っているし、OEMで作っている製品は包装資材の購入先も指定されていて、昔からの付き合いもあるから、新規参入は難しいよ。」

 「そうなんですね。工場も新しいですし、飛び込みで来たりしますか?」

 「飛び込みの営業は全然来ないよ。」

 「そうなんですね。また、来ます!」

さすがに3回目ともなると、出荷場の若い男性も怪訝な顔をして、相手をしたくないといった様子だ。

意気消沈をして、そそくさと車に乗り込んだ。


もともと田舎育ち特有の内向的な性格で、

人見知りも激しかったこともあり、

一気にこの出来事で気が重くなって、

それから一ヵ月以上行けなくなった。


とは言え、朝のミーティングで営業部長に新規はどうなったと吊るし上げられる事はなくなるわけもなく、

この状況を打破するには、何かしらの作戦を練るしかなかった。

何故、吊るし上げられていたかと言うと、本社営業部で新規飛び込みをやっているのは、私しかいないからだ。

その理由として、当初は営業が一人辞めたための欠員募集で一人採用の予定が、同時に経験者の私と未経験の将来有望な28歳の男性が応募してきたことで、特別に二人採用になったという経緯がある。

はっきり言って、一人多い。明らかに面接を後にした、私の方が余分なのである。「鳴瀬さんは、新規飛び込み要員だから。」


はっきり上司からも新規飛び込み要員だと言われていた。

だから、一人だけ新規飛び込みに重きを置いて動いていた。


そこで、口下手な袋の営業マンが思いついたのは、狙っている会社のメイン商品の見積りを出してみようという安易な発想だった。

平行して、一番尊敬する前の会社の営業の先輩や、前の会社の取引先の営業マンに、どうしたら新規飛び込み営業が上手くいくか、聞きまくった。

「商品を探して、見積りをしてみたら?」

同じ考えだった。


愛知県内の三河から、尾張の端のありとあらゆるスーパーやコンビニを土日祝日も深夜も周り、パン売り場とお菓子コーナーを探しまくった。

13件回って、定番アイテムをようやく見つけた。

さて、そこからが問題だ。見積りをするのはいいが、担当者の面談までこじつけていない状況だ。

さらに、前回の塩対応に心が折れて、一ヵ月過ぎたこともあり、余計に行きにくい。

前の会社の取引先だった岐阜のメーカーの営業マンに電話をした。

新規で担当さんに会うまで、なかなかいかなくて。どうしたら、会ってもらえるのか。

 「O井田さんが倒産した時、あちこちのメーカーから売り込みが、うちの資材にああったんだけど、忙しい時にいきなり来たから、資材購買の担当がアポとって来いって、怒っていたよ。電話してみたら?」


 「そうですよね。電話してみます。」 


電話が得意かと言えば、それも苦手で、【新丸の鳴瀬と申します。円山部長様はいらっしゃいますか?】

【お世話になります。新丸の鳴瀬と申します。】

【弊社は包装資材のメーカーをしておりまして、一度お伺いしたいのですが】

話す内容を、一言一句メモに書いて用意をした。


演劇部出身だと話すと勝手に社交的で誰とでも気軽に話す、目立ちたがり屋と思われがちだが、実際は真逆で意外と話ベタの人間が多い。

確かにスポットライトを浴びるが、ステージの上に立つと周りは真っ暗で、千人以上の観客がいることなんて、忘れてしまう。セリフも全部用意されていて、決められた事を決められた順番で話せばいいだけだった。他の人の会話に割り込んで話す事が出来ない小心者でも、出来る部活だ。(即興劇は範囲外。)


台本さえできれば、後は電話するだけ。


7月27日午後4時30分。台詞を読み上げる。


 「今、3社から購買しているかな。豊川工場にいるよ。明日2時30分からなら。」


頭が真っ白のまま、気づいたら円山部長に明日会う約束がとれた。やばい。

 「明日、Mキン様の円山部長様とアポがとれたのですが、見積りを持って行きたいのですが・・・。」

営業部長に急いで、見積りを聞いた。

袋状になっているものを切り取り、フィルムの厚みを計る。

そして、カッターで切り込みをいれて、表と裏のフィルムを剥がして、1枚の厚みを計る。

いまだに、アナログのゲージしかない会社なので、自分の計測器で、かしゃかしゃ厚みを計る。

次に色数は、ペンタイプのルーペで、網点を見て、上司に何色か確認。

掛け合わせか、特色か、分かりやすい袋ではあった。

袋を長い定規で計り、その幅にドブの分20mmを足した原紙巾で計算をしていく。

袋と言うのは、ライバル会社の原紙巾など、推測で計算していくしかない。

メーター何円何十銭と言う単価で戦うしかないから、10銭の差で高いやら安いやら、相手の第一印象を左右してしまう。

存在しない銭と言うお金に振り回される、おかしな業界だ。


天下無敵の新規飛び込み価格は、あっと言う間に出来上った。

新丸さんが通った後は、ペンペン草も生えないなんて、どっかの外注さんが言ってたっけ。


一つの武器を手にして、翌日、豊川へ向かった。

人それぞれ、営業スタイルや、自分のルールはあるけれど、私の中の決まりごとの一つとして、ゲン担ぎがある。

神社や、お寺でも何でも、そのお客さんの近くにある、力をもらえそうな所に時間があれば立ち寄る事だ。


早めに音羽蒲郡のインターに着いたので、近くにある一畑山薬師寺に寄って、木に【新規がとれますように】と書いて、納めた。

さらに、大仏の体の中を新規が取れますようにと、祈りながら歩いた。

そして、仕事の御守りを買って名刺入れに閉まった。準備万端だ。


****************************************************************************


担当さんの登場だ。


 「豊橋で、新丸さんが暴れているって聞いたよ。」

 「あっ、それ私です・・・。」

円山部長様は想像していたのと違い、若かった。おそらく自分より、少し年上と言ったところで、色白で細身の長身で、穏やかな声だった。


前の会社の時も、ちょっと刈谷の新規に行っただけで、「O井田さんが刈谷で暴れているってきいたよ。」なんて、全然関係ないお客さんから言われた事がある。

新規飛び込み自体は珍しくもないが、女性が動くとどうやら、目立つらしい。

豊橋でもマナーを守って飛び込んでいたから、断じて暴れたりしていない。



【営業は以前、6人いたが、定年退職したから男性4人でやっている。PBの商品をとってくるように指示している。豊橋工場が増えたから、資材の仕入れ先をもう一社ぐらい増やしてもいいとは思っている。3社から買っていて、明日もD三の営業マンが来ることになっている。原紙は国内品じゃなきゃ、ダメ。100%巻取り品を使っている。2週間前に作る分を発注、在庫してもらい、デリバリーは毎日。本社と豊川工場分を、本社の人間が一括で発注している。デザインを頼む時は一社のみ。コンペは、やらない。付き合いがあるから、他の仕入れ先にも、新丸が来たことは伝える。来年春夏にかけての新商品を今は考えていない。新商品はいつも場当たり的に作っているから、時期は決めていない。印刷立会いは長野までしか行ったことないから、新潟は遠いから行かない。】

思いの外、色々教えてくれた。


 「東三河で取引しているメーカーはどこがあるの?」


東三河??三河に東西南北の概念があるなんて、知らない。


 「N製菓さんや、N町さんと取引しています。Tワークスさんという、物流会社さんと取引しているので、在庫はそちらで対応できます。」

 「倉庫は1巻いくらで借りているの?それともスペースをいくらで借りてるの?」

 「スペースいくらで、借りていますね。」


それから、色々質問された。


 「有孔は自社で開けているの?工場はどこ?」

 「版代はいくらぐらい?」

 「問屋さんと組んでやっているの?」

 「女性営業は珍しいね。どうしてこの業界にいるの?」

 「他の社員とは仲良くやっているの?」


会社の宣伝をするつもりが、結局自分の人生を語り、世間話をして終わった。

渾身の見積りは「大体これぐらいの値段だね。」と、簡単に目を通して終わった。

それよりも、私が自社製品を見つけてきた事に驚いていた。


 「見積りを見て考えて、良かったら、また電話しますね。」


 1時間ちょっとの就活面接のような会話で、手ごたえは分からなかった。

だが、話が途切れずに話せたことは、素直に嬉しかった。質問してくれたって事は、少しでも興味を持ってもらえている。

明日の社内での報告は、怖くない。

資材担当さんも、話しやすい感じだが、しっかりしていて、この人と一緒に仕事をしてみたいと思った。


金をとらずに天下をとる!

ぼったっくり・・・所謂、架空請求問題。

本当はシリンダーなんて買っていないのに、シリンダー代を請求されていませんか?

シリーズもののデザインで、白ベタが兼版できるはずなのに、うちは兼版しませんと嘘をつかれて版代を請求されていませんか?


悪の化身みたいな営業も世の中にいますが、正統派の営業マンとして信念を貫いていきます。

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