軟包装の営業を選ぶ訳。
「どうして軟包装の営業がやりたいのか、聞きたいって。僕も喫茶店かと思ったら、酒の席で聞きたいって言うから。」
部長に退職届を書けと言われ、抗うことなく、その場で書いて中部営業所の所長に提出した。
お盆休みの直前だ。
取引先の何人かに、退職せざるを得ない状況になったとメールした。
一番の理由は、通勤に使用していた営業車を「すぐに返して」と言われたことに始まる。
営業部長に散々、自分の車を売れと言われて去年自分の車を売ったばかりだ。
会社の車で通勤すれば、車の維持費がかからなくてすむから、自分の車を売れとの話だ。
この話をすると、みんな「会社が自分の車を売れなんて言うわけない。営業車を、自家用車代わりに使えなんて、おかしい。」と言って、信じてくれない。
今考えれば、まったくその通りだ。
当事者になってみなければ、誰も上司に言われて売ることになった部下なんて信じられる訳がない。
でも、これは本当にあった話。会社を辞めさせたければ、車を奪えば、遠回しに辞めるしかなくなる。何故なら、ここは愛知県のはずれの田舎で、車通勤している社員の方が圧倒的に多い。もしくはバイクや自転車で来れるような近所の住人ばかりだ。電車を乗り継いで、自転車に駅から乗り換えて、出勤するような人はほとんどいない。通勤に片道2時間かけて来る社員が普通にいるのは、ほぼ大企業と呼ばれるような有名企業だ。
当然、車以外にも辞めるしかなくなった理由はあるが、ここでは割愛する。
退職の報告をした中で、何人かとは食事に行く約束をした。
お盆休み初日に原紙メーカー(フィルムを原紙と呼ぶ)の懇意にしている課長さんが、電話をかけてきてくれて、同業他社で電車通勤できそうなところを何社か言ってきた。
「あそこはどうかな?ちょっと聞いてみるね。」
お盆休み中で、連絡自体が困難だろうと思っていたら、あれよあれよと話が進み、同業他社の部長さんと会う事になった。
そこで冒頭の事を言われた。
「どうして軟包装の営業がやりたいのか、聞きたいって。僕も喫茶店かと思ったら、酒の席で聞きたいって言うから。」
普通、簡単な面接と言えども、会社か喫茶店どまりだろう。
いきなり平日の18時スタート。酒の席に呼ばれた。
当然、履歴書も持参するように言われた。
ある意味、この業界の人らしい選択だ。
酒乱とかの心配はないが、お酒が入って気が緩んで、ついうっかり言っちゃいけない事を喋ってしまいそうだ。
軟包装業界の営業マンとしては、とりあえず飲みに行って話そうと言う事は多々ある。
特に女性営業だと、取引先から「女の子何人か連れて来てよ」と言われるのは日常茶飯事。
そこも腕の見せ所だ。酔って失態を犯してはいけないし、全然酔わずにしっかり会話をしても、面白くない奴だとレッテルを貼られる。
ほろ酔いで明るくて、気が利く奴。そう思われなければいけない。
1年以上ぶりの面接ということで、とても緊張する。
今回の質問は「どうして軟包装の営業がしたいのか?」。
すごく簡単で、とても難しいテーマ。
この仕事を選ぶ理由はたくさんある。ただ、それを話して相手が納得してくれるかは、別の話。
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初めて、自分の新版のパッケージが出来た時は、包材商社の担当さんに発売日を聞いて、栄の百貨店のケーキ屋まで買いに行った。
その日は売ってなくて、ケーキ屋の店員に発売日が延期されたことを聞いた。
また、発売日に朝から買いに行った。
ショーウィンドウに、キラキラとピンクの光輝度銀のパッケージが並んでいる。
印刷立ち会いに丸一日かかった、超大作と言うこともあるが、やはり生まれて初めて、世に生まれでた作品が並んでいるのを見たら、自然に涙が溢れた。
知らない人が、その焼菓子を買っていく。
「これ、私が作ったんですよ!」
声をかけたい気分だったが、ぐっとこらえた。
あの時を、一生忘れない。
色々理由はあるけれど、
根幹的な部分はあの日の出来事が続けている訳だ。
名古屋の百貨店からは、
あの時のケーキ屋はもう撤退してしまって買えないが、
未だに当時のフィルムは持っている。
仕事を頑張る気力がなくなった時に見ている。
あれから、良いパッケージを作りたい!と言う欲が、
なくなる日は1度もなかった。
きっと、このままここに居ても、辞めて次へ行っても、私らしいと思う。
転がる石には、コケはつかない。
だからこそ、今の私のファンがいる。