現レタルハ侵略者
「あっ…………」
真っ白な部屋で目が覚めた。
すごく高そうなベッド……ここどこ?
窓の外には綺麗な青空と無数の悪魔たち。
下を見れば白……じゃなくて雲がある……ここ、浮いてる?
「え、なんで」
持ち物が鞄ごとなくなっていた。
部屋にはベッドしかないし……ドアがないって、私どうやってここに運ばれたんだろう。
……窓しかないけど、上も下も横もどこにも手を掛けられそうにない。
「あのー……誰かいませんかー……」
虚しい。
とても静かだ。
「いますよ。申し訳ありませんがここからは出せません」
ミコトさんたちを連れて行った悪魔さんだ。
「どうしてですか」
「昨日の戦闘でソウマ様、トーリ様、フラン様が戦死致しました。あなたもアンノウンの乱入が無ければ死んでいたのですよ」
「だ、だったらスコールさんたちも」
「あの方は不死身です。それにここは安全です、危険な地上に降りることは進められません」
「じゃあなんでスコールさんたちを連れて来なかったんですか。レイズさん、赤ちゃんがいるんですよ。どうして私だけ連れてきたんですか」
「我々以外の悪魔、魔族はレイズ様を狙っています。ならばやることは」
「あなたもフェンリルの隊長たちと同じなんですね」
「肯定ですが、同時に否定もしましょう。レイズ様はお子様を私たち睡魔族と同じように育て無くないと、自ら支援を拒まれました。そして私たちも今は彼らと同じように危険を遠ざけたいのです」
「今は?」
「というのも」
いきなり彼が私の前に立って、窓に向かって手を突き出す。
すると直後に外から女の子が突っ込んできて、見えない壁にぶつかってずるずると落ちる。
ウェーブの掛かった紫色の髪から角が見えるし、背中にリリィちゃんと同じような翼やお尻に尻尾もある。
なによりも水着みたいな格好って、この子のお母さんはなにしてるんだろうか……。
「にゃあぁぁああああっ」
「この王女様がもう少ししたら睡魔としての力の使い方を制御できるように練習を始めるのですが、それまでは戦闘に巻き込みたくないのですよ」
「お、王女様なのにそんな対応でいいんですか」
壁で受け止めてそのまま見えない壁で床に押しつけるなんて……。
「私はインキュバスの序列第二位の位におりますので、私の方が今はまだ上です」
「あの、もしかして私の言葉遣いはかなり不味かったりします?」
「いえいえ。スコール様の恋人ともなれば私よりも上です」
「こ、恋人って、そんなっ」
「冗談です。あの方は軽い関係で広く手を出していますから……なぜ掴むのですか」
「ちょっとその辺詳しく教えてくれません?」
イライラするなぁ……そういうの嫌だなぁ。
胸ぐら掴んで見上げる形でも、彼は怯む。
私なんか軽く殺せてしまうほどの悪魔のはずなのに、なんでこんなにも穏やかな性格なのだろう。
「いや、あの方は深い関係になるともしものときが怖いと……放してくれませんか、この服は高いんです」
「それだけですか」
「……スコール様はすべてを終わらせるときに、自分に関わる全てを処分する手間を減らしたいと」
「処分?」
「言えません。言ったら我々が殺されます」
「じゃあなんであなたは知ってるんですか」
「そういう契約です」
じゃらりと、鎖が落ちた。
このまえスコールさんが使っていたのと同じ鎖。
「隷属の鎖、禁忌の魔装の一つです。相手の全てを縛り奪い取るこれで、彼は……分かりますよね。逆らえなくなりますよ。おやめなさい、これ以上彼に近づいてはいけません」
だったらなんで最初からソレを使って近づくなと命令しないのか。
そもそもなぜ人の輪の中に居るのか。
結局、一人がいいと言いながらも恐がりで寂しがり屋さんなんだ。
あんなに強くてなんでもできて。
一人でも生きていけるけど、それでも人は一人じゃ寂しいよ。
「私を地上に連れて行って」
「お断りします」
「だったら」
私は、鎖を握り窓へと走った。
鎖は彼の首に巻き付いている。
「それはやめてくだ――」
大空へと飛び出して、上から悲鳴が聞こえてくる。
悪魔さんが翼を広げるよりも先に落ちて、加速して、もう減速するために翼を広げるのも苦しい状態。
そんな状況で隣に並ぶ姿があった。
「やっほーユキちゃん」
「元気してたー?」
「ホノカさんにミコトさん……それ」
翼に尻尾でほとんど裸みたいな……マイクロビキニって言うのかな。
ていうか、二人ともそんなものがついてるってことはそういうことなのかなぁ。
悪魔になっちゃったってことなのかな。
「あ、これ? サキュバスって言ったらエッチなカッコでゆーわくするもんじゃん」
「そーそー。これでスコールに手を出させて……ふふ」
「……お二人が悪魔になったのは分かったので、後で聖水のお風呂に入れてあげますね」
ダメだ、こんな小悪魔たちスコールさんに近づけちゃいけない!
「そんなことゆーならユキちゃんも仲間にしちゃうぞー!」
「それー!」
「やっ、来ないでください!」
触れられたら魔力の汚染で悪魔になる!
「わひゃっ」
「ミコト、障壁」
「ホノカも重力中和」
思い切り左右から抱きつかれて、視界いっぱいが黒い靄に覆われる。
嫌な感じがしない。
「ユキ、さすがに飛び降りたらこの高さ死ぬよ」
「まったく……無茶するんだから」
二人の姿が変わる。
いつもの見慣れた姿に。
「あ、えっ、悪魔になったんじゃ」
「魔素の汚染? 私たちは魔素を操れるからだいじょーぶ」
「うんうん、悪意のある魔力に耐性のない生き物が触れるとああなるだけだから」
「だから……ここからはおふざけなしで、真面目にね」
「あたしたちはフェンリルよりもスコールを選んだ。だから、こうして魔法を使えるようになってるし」
落ちる感覚が薄れる。
頬を叩く風が緩やかになって、いつの間にか悪魔さんが私たちよりも下にいた。
「ミコトーあれ不味くない」
「減速間に合いそうにないね」
「あの悪魔さん大丈夫なんですか」
「あたしらより頑丈だから……たぶん落ちてもぉ、ケガで済むかな?」
「ケガで済んだらいいけど、私たちも着地場所選ばないと」
あっという間に地上が見えて、ミコトさんが張った障壁……透明な膜が何枚も見える。
「スコールに教えてもらった緊急着陸しゅだーんっ! 痛いけど我慢してね」
「それ聞いてないよミコト!?」
「言ってないし、スコールも下手したら骨折れるって言ってたし」
「ちょっ、それマジの緊急手段じゃ」
言ってるうちに障壁に突っ込んで、連続して突き破っていく。
当たるたびに速度が落ちるけど、それでも落ちたら助からない速さだ。
「お前らバカか!」
いきなり真下から風が吹き上げて、血の臭いと一緒に緩やかに着地した。
どこかの庭先だけど、家が燃えてる。
しかも人が焼ける嫌な臭いが……。
「スコールさん血が」
「どうということはない。それよりミコト、言ったはずだが……それはほんとにケガ前提の着地手段だぞ」
「いやだって、スコールがやったことあるんならだいじょぶかなぁって」
「大前提は覚えてるな?」
「……自分がケガすることは考えない」
「そうだ。行動不能にならなければ、戦闘を継続できるのなら……そのための手段だ。だからなるべく使うな。それからホノカ」
「なに?」
「ダブルキャストできるようになってたよな」
「そりゃできるけど」
「慣性中和も使うと落下ダメージがかなり減るぞ」
言うだけ言ってスコールさんが塀を飛び上る。
「スコールさん!」
「前をクリアするまでは隠れてろ。ホノカ、ミコト、来い。敵はダイバーだ、やれるな?」
「州軍じゃないなら」
「実弾のP90よろー」
「…………いいか。隠す必要もない。ターミナルオープン」
ドンッ! と、私の真横に真っ白な筒が落ちた。
「な、なんですかこれ」
「武器庫だ」
「それスコールの倉庫直通のやつ」
「ね、好きなの取っていい?」
「補給してないから空だぞ」
「うわっ……」
中を覗き込んでみれば寂しいとしか言いようのない品揃え。
「ケースに銃とマガジン。横の箱に弾が入ってる」
「え、入れてないの」
「入れたままだとスプリングがへたる」
「えぇぇぇぇ入れるのめんどー爪が割れるー」
「給弾器はないからな」
「……なんでぇ」
文句を言いながらも二人が弾を込め始める。
「ユキ、そこにVz85があるから一応持っとけば」
「あ、はい。えっと……弾はどれですか」
「9パラ」
「きゅうぱら?」
「9ミリパラベラム。9x19って書いてあるやつだよ。9x18はマカロフだから入れちゃダメだよ」
「はい、分かりました」
弾を取ろうとターミナルの中に入って手を伸ばすと、薄暗闇の中になにか動くものが見えた。
「あの、スコールさん。なにかいるんですけど」
「浮遊銃座だろ」
「いや、なんか人が」
「下がれユキ」
入れ替わりでスコールさんが中を覗き込んで、いきなり撃った。
「どうやって入ったかは聞かないでおいてやるから出てこい」
「撃ってから言う!?」
バンッ! と、もう一発。
「侵略者風情が。貴様らに拒否権なんぞ存在しない」
「俺巻き添え!」
「出てこい」
ぐっとターミナルの中に入ると、フランちゃんに殺されたはずの男の人が引きずり出された。
「……入れ」
「家燃えてますけど!?」
「お前の仲間たちを火葬してやってるんだ、一緒に逝け」
「えぁっ……あの部隊章、俺がいた部隊全滅かよ!」
「ホノカ、ミコト。撃て」
三人が一人に銃口を向ける。
「とゆーわけでクルス」
「待てよお前ら……同じ世界の人間じゃねえか」
「分かり合えないよ、あたしらとあんたらじゃ」
二発……P90の射撃でクルスさんが倒れる。
「行くぞ。あらかた片付けたが大隊が州軍と交戦中、戦闘収束を待って残った方を潰す」
「ねぇスコール、どっちが残ると思う」
「むしろどっちに残ってほしい」
「州軍なら潰しやすいし侵略者どもなら数人捕まえて拷問だ」
「えーいつもみたいに両方やるんじゃないのー」
「弾がないし三人だ」
「奪えばいいじゃん」
「……もう、いいか。記憶封鎖を完全解除する、やるぞ」
スコールさんから鎖が伸びて、二人の首に巻きついているのが見える。
ホノカさんもミコトさんもそれを当たり前のように受け止めて、途端に雰囲気が変わった。
スコールさんと同じような、鋭い刃みたいな感じがする。
「もうずっと、だよ」
「ね、やめないこれ? 思い出した途端に結構恥ずいんだけど」
「ダメだ」
「ちぇっ。じゃユキにもやんの」
「魔力に耐性がないからな、やらない」
「なんでユキだけずるーい」
「でも、ってことはもしものときはやるの?」
「口封じの為ならな」
「……そっか」
「あと敵になったときも、容赦なくでしょ」
「だな」
スコールさんたちが動き始めて、残された私は家が燃える音を聞いていた。
中には数十人もの黒焦げの山がある。
赤く光るお札がどんどん炎を出して、しゅうしゅうと嫌な音と臭いがする。
……本当のスコールさんはどんな人なんだろう。




