始マル問題ト見エタ問題
あれから一週間。
はやくもリリィちゃんの夜泣き、オムツ交換、おっぱいが痛い、食べ物が不味い、エトセトラエトセトラでレイズさんがダウンしてしまっている。
そんなこともあって今日は私がオムツ交換をしていたのだけど……つけるときに不意に手が当たってぽろっと。
おへそがぽろっと。
残っていたへその緒がぽろっと。
「とれ……ちゃった?」
どうしたらいいんだっけこれ。
どうしたらいいんだこれ。
どうしようこれ。
「スコールさん!! スコールさん来てください! リリィちゃんのおへそが! おへそが!」
私の大声に驚いてリリィちゃんが泣き始めるけど、スコールさんがすぐに抱きかかえるとなぜか泣き止む。
レイズさんが抱いてぐずるのにスコールさんだと静か。
「取れたか。綿棒に消毒液つけて拭けばいい」
呑気に言いながら座って、リリィちゃんを寝かせるとすぐに道具を持ってくる。
男は育児に参加しない。
でもスコールさんは別方面からできないところをサポートしてくれる。
「そういやワクチンも用意しとくか」
「早くないですか?」
「普通の子供じゃないから全部に備えておかないと困るんだよ……とくに魔力とか神力とか敏感だし」
「もしかしてレイズさんがだっこしてぐずるのって」
「気持ち悪いからに決まってる。普通の数千倍も量があってしかもいろんな力を持ってるんだ。戦闘時とか近づくだけで人間は気分が悪くなるぞ」
それは……うん、いろいろ敏感な赤ちゃんにとっては仕方ないというか。
本来安心できるお母さんの近くが一番不快っていうのは……。
「で、レイズは」
「朝から潰れてます……」
「なんでだよ。戦争中はまだきついのになんで子育てでこんなに早くダメになるかな」
スコールさんがリリィちゃんを抱いて、レイズさんが寝ている部屋に向かう。
そのすぐ後に泣き声が響いていて来てスコールさんが抱いたまま戻ってきた。
「部屋がダメだ。自然放出された魔力でどんよりしてる」
「えぇ……」
試しに私も手だけ入れてみたら途端に怠くなった。
ほんとにダメだこれ。
「育児放棄だけは困る……代用品がない」
「あの……たぶんレイズさんが持たないかと」
「……それだよ。あぁくそ、レイズがリリィを怖がってるし」
「怖がる?」
「前に言った通り強姦の末の妊娠。見るだけで思い出して震えるんだと」
分かりたくもないけど……どうしようもない事実だから。
「スコール、ちょっとこい」
「なんだベイン」
「敵だ。十二時方向から上級悪魔八と下級悪魔五十三」
「潰しに行くか……。ユキ、頼むぞ」
「はい。任せてください」
こういうところだと私は頼られる。
こういうところじゃないと頼られない。
……なんでだろう。
一緒に戦う的なことになるかと思ったのにお守とは……。
しばらくするとリリィちゃんが泣き出して、オムツじゃないしあやしても効果ないしで時計を見ればそろそろおっぱいの時間。
レイズさんの部屋に入ればどんよりした空気に押し返されそうになるけど、無理やり入る。
当然のようにリリィちゃんがさらに激しく泣き出して、すでにダウンしているレイズさんにトドメを刺さんばかりに声を響かせる。
「レイズさん」
「…………。」
「レイズさん、リリィちゃんお腹空いてるんですから起きてください」
無理やり起こして無理やり服をたくしあげてフロントホックを外して形だけリリィちゃんを抱かせて支えて。
……産むとか言っておきながら、つらいのは分かるけど少しは動いてください。
「レイズさーん」
「……うん」
自分でしっかりと抱いたのを確認して手を放す。
その間に窓を開けて軽く掃除をしてしまう。
風が少し通り抜けるだけでもどんよりとした空気が軽くなる。
外に出ればあれきり首輪つけられてヒモにつながれている獣人の男の子が丸まっている。
昨日ちょっと話をしようと近づいてみたら爪で引っ掻かれて、またもスコールさんに蹴られてそれきり動いていない。
「もしもーし」
「さっさとこれを外せ人間!」
「外したらまた痛いことしない?」
「……ふざけんじゃねえ。お前らは黙って殺されてりゃいいんだ」
「なんでそんなこというの」
「お前ら人間が言ったことだろうが! いきなり現れてボクたちの森ごと焼き払いやがって」
彼の瞳には憎しみしか映っていないように見える。
これじゃ話なんて到底無理だ。
「ユキ、だめだめ」
「アトリさん」
「そいつたぶん外の連中にやられた被害者側だから」
「外の連中? 外国の人ですか?」
「違うよ。私たち偽物の世界じゃない、ユキたちがいる本当の世界の人間」
「よく分からないんですけど」
「分からないくていい。たぶんあとでスコールが教えてくれると思うし」
そんなことを言いながらアトリさんは不用心に近づく。
「危ないですよ」
「大丈夫だよー」
言った途端に飛び掛かられたけど、彼の動きが止まった。
首元に燃え盛る刃が突きつけられている。
「人に近いってことは別世界から来た種族なの?」
「なんだよお前は」
「質問してるのはあたし。分類は?」
「……ボクはお前らのいうところの亜人だよ」
「ふぅん」
アトリさんが小瓶を取り出して中身を少しかけた。
「あつっ」
「でも聖水が効くってことは魔族ねぇ。ねっ、ユキちゃんこいつのことスコールがなにか言ってた?」
「とくになにも言ってませんでしたけど」
「そっか。じゃあいいよね、スコールも蹴ってるし少しくらい怪我させても文句言われないよね」
「な、なにをするんだよ」
「動く的が欲しかったの!」
バックステップで距離をとると火の玉をいくつも創りだして撃つアトリさん。
「熱ッ!? チョッそれはナしでぇぇぇっ!!」
あまりにうるさかったので窓を閉めてカーテンも閉めた。
どうせ結界の中だしいくら騒いでも悪魔たちは入ってこられないだろうし、大丈夫かな。
それからしばらくして、レイズさんが動き始めて私の休憩……ソファにごろんと寝転がって気付けば夜。
泣き声で起こされた。
それもリリィちゃんじゃなくてフランちゃんの。
何事かと思って、声を辿って二階のスコールさんが使っている部屋に行けば、スコールさんがフランちゃんを抱いて背中をさすっていた。
「よーしよーし、少し耐えたら痛くなくなるからなー」
よく見たらフランちゃんはズボンもショーツも穿いてないし、赤い血の付いたタオルがあるし。
「生理……ですか?」
「いや、膣が裂けた」
はっ……………………?
「なんでそんなことになるんですか!?」
うん、よく考えればフランちゃんならまだ生理とかないだろう。
あったとしても初めての生理で茶色っぽいような黒っぽいような血のはず。
「久々にフランがしたいっていうからしたんだがな」
「なんでしちゃうんですか! フランちゃんまだ……あの、そ、そんなことしていい年じゃ」
「分かってる……いつもどおり少しだけ、のところでそこのバカが」
指差された先にはばつが悪い顔をしたアトリさんが座り込んでいた。
「思い切りフランの肩を押しやがったもんでな」
「スコールさんがエッチなことしなかったらそんなことにはならなかったんじゃないですか!」
この人……もしかしなくても危ない人だ。
「あのねユキちゃん」
「アトリさんもなんで止めなかったんですか!」
「だってずっとあたしたちはそういうことしてたんだもん」
「開き直らないでください!」
「そっちこそ先が見えないからこそ、好きな人とやりたいことをできるうちにしておきたい方の気持ちも考えてよ」
「それとこれとは話が」
「あんたさあ、知らないからって好き勝手言うのはいいけど、そこからさきの邪魔するとかそういうことになるんだったら斬るよ」
赤い光と一緒に燃え盛る剣が現れて、スコールさんが私の前に立った。
「やめろアトリ」
「あのさあ、あたしにしてみればその女はいきなり近い場所に出てきてあんたを奪おうとしてるようにしか見えないの」
「付き合いの長さで優先するつもりもないが、お前は自分の立場を忘れるな」
「サクラのときも言ったよね。なに? あたしらは生きてる人間から奪うことが許されないの? あたしを殺したあんたがそれを言うの?」
「いいや。喧嘩するのはいいが殺すな、それだけだ。お前はすでに理から外れている、そしてユキも外れている。外れた者同士なら殺せば消滅しかないぞ」
「……分かった。次の世界で会えないのはやだ」




