終ワリヘ向カウ始マリ
「これで最後だ、走れ!」
「はいっ!」
一つの家を囲むように立てた支柱、それにワイヤーを巻き付けていく。
私が手の届く範囲を巻きながら走って、ベインさんは空を飛びながら手の届かないところを。
住宅街に入ってとりあえずの家を確保して結界を張ると、周りの家にも適当に結界を張る。
これは悪魔に襲われたときのデコイだとか、コロニーがあるように見せかけるためだとか。
四周ほどすると私の手が届く場所は巻き終わる。
後は聖水を撒くだけ……なんだけど、その聖水はまだ確保できてない。
「よし、つぎ……って終わってるし」
「え、だってまだ私たち一件目ですよ」
「いやほら、キリヤが魔法で一気にやってるから早いんだ」
すーっと空を飛んできたキリヤさんが杖を振るうと、空中に支柱が現れて突き刺さり、いっきにワイヤーが張られていく。
「次! 聖水撒く!」
なんか苛立ってるなぁ。
「あの、ベインさん。聖水撒いちゃっても大丈夫なんでしょうか」
「俺とかレイズたちは不味いな」
「ですよね……」
「諸刃の剣だな。撒けば俺たちも動きづらくなるが撒かないとやつらが入ってくる」
切実な問題だ……。
とか思ってるとミストが降ってきた。
キリヤさんがタンクを持って空から巻いている。
「うぉっ!? いつの間に聖水を……くそーピリピリするなこれは」
どこかで拾ったぼろ傘を差してぶつぶつ言ってるけど、私はちょっと涼しいなってくらい。
「うにゃあああぁぁぁぁっ痛い痛い痛ぁぁぁい!」
「黙って走れアトリ」
叫びながらアトリさんと、マスクゴーグルグローブ厚着の完全防護のスコールさんが大急ぎで走ってきた。
「お前な、それあるなら俺のも用意しとけよ」
「悪いが単独行動前提だ」
「今は団体行動!」
「知るか」
そのまま走り去ってしまう。
アトリさんの髪……焼けたようになってるなぁ。
……まさかアトリさんまで人間じゃないとか言わないよね?
「あーあぁ人間以外には問答無用でダメージとか嫌んなるぞこれ」
「そんなに酷いんですか?」
「見たことあるかどうか知らないがな、榊に直で触ると灰になるどころか焼けてなくなるぞ?」
焼けて無くなる……うん、かなりまえに見たことがある。
実際に考えると真っ赤な鉄を押し付けられるような感じかな。
「俺なんか白熊に襲われて鳥居に叩きつけられて背中大火傷したし……」
「白熊……?」
「いやほら、お前らがコロニーにいたときに俺もちょうど日本に入ってな、妙な白熊にやられてなぁ」
白熊……白熊、そういえばスコールさんも襲われたとか言ってたような。
「熊のクセして魔法は避けるし速いしそもそも爪とか凶器だし……そうそう、ちょうどあんな白いお――」
「…………。」
離れたところを白い大きいのが横切って、ベインさんが固まった。
「悪い、俺ちょっと先帰る」
「置いてかないでくださいよ!?」
そのまま飛び上って塀から屋根に上がって姿を消した。
なんで? そんなに怖いの?
幸いにしてここはすでに浄化済みで悪魔はいない。
だとすればあれは……純粋に動物園から逃げ出した白熊……ある訳ない。
念のため警戒しながら確保した家に戻ってみれば、みんな疲れ切っていた。
「全員揃って……ないな。ベインはどうした?」
「えっ、さきに帰るって」
「戻ってない。探しに行ってくる、ユキは休んでろ」
「私も行きます」
一緒に出てみればさっき聖水を撒いたばかりなのに、風に乗って黒い靄があたりを舞っていた。
「黒い靄が」
「お前にはそう見えるか……。あれは精製前の魔力だ、魔法の解放後の魔力と見分けがつきにくいからな」
そういうスコールさんからは白い光が散っている。
靄じゃなくて、ホタルの光みたいなのが。
「レイア、周辺状況」
誰かの名前を言うと、空から青い髪の女の子が降りてきた。
なるほど、名前はレイアちゃんなのか。
「かざしもでベインがまぞくとせんとうちゅう」
「魔族? どこの」
「いぬけいのじゅうじん。どこのかはわからない」
「……まあいい久々のまともな戦闘だ。レイアは周辺の防衛、なにかあったらキリヤにやらせろ」
「はーい」
スコールさんが走り出して私もそれに続く。
だんだんと黒が濃くなって、気持ち悪くなる。
「魔族相手に一対一は無理だから後ろにいろよ」
「悪魔じゃなくて魔族ですか?」
「いま悪魔って呼んでるのは魔力に汚染されて変質した生物のことだな。連中は基本的に魔族が活動しやすいように魔力生成プラントになって魔力を散らしながら仲間を増やすから、いくら悪魔になって変異しても基本は人間だからやりやすい。でも魔族は……お前たちが変異体って呼んでたようなやつらだ、単純な力量差は分かるだろ」
「それはまあ、変異体には一人じゃ絶対に敵いませんし」
「それだけ分かってれば十分、後ろから適当に撃て」
そこに近づいてみれば騒がしかった。
爆音やガラスが割れるような音、雷や地割れに局所的な大雨。
「縄張り争いか! もういい、帰るぞユキ。これは手出しすると余計な怪我するだけだ」
「え、でもベインさんが」
「巻き込まれたのは自己責任だ」
見るからに危ないと思うし……それよりも猫耳と犬耳の人たちの激しい喧嘩が。
「にしても猫系と犬系とは……生活圏が違うだろうに」
「あれが、魔族なんですか」
「魔族と言えば魔族だが進化したいのか退化したいのか分からない連中だな。尻尾とか耳とか……。そもそも魔族の中でもかなり人間に近い見た目でまだ話しが通じ――」
ドンッと目の前に猫耳の女の子が落ちて、いかついオジサン風の犬耳が下りて、犬耳がいきなり襲ってきた。
「――ないなこれは」
蹴りを受けてスコールさんが飛ばされて、壁に打ち付けられて苦笑いする。
「ははっ……潰すぞテメェ」
「人間族如きに」
スコールさんが格闘戦を始めて、見入っていると足を引っ張られた。
先に落ちてきた猫耳だ。
傷だらけで腕も足も変な曲がり方をして、息をするたびに変な音がしてる。
これは……死ぬときの音。
血涙を流しながら見上げてくる……でも、私にはどうにもできない。
「ご、ごめんなさい。私じゃ助けられないです」
振り払うように足を下げると猫耳さんはゆっくりと、諦めたように手を下げて動かなくなった。
同時に向こう側でも決着が付いていた。
スコールさんは自分よりも大きな体の犬耳オジサンを殺していた。
「スコールさん怪我は」
「大丈夫だ。さっさと帰ろ――」
いきなり塀をぶち破って何かがスコールさんを弾き飛ばして、その何かが私の方に飛び掛かってきた。
速くて見えなかった……ただ気付いたときには倒れていて、焼けるような痛みがあるだけで。
「な、に……が」
霞む視界を開けば足が落とされて、胸から空気が押し出される。
茶色よりすこし明るめの色の尻尾が見える。
音が聞こえない、痛みが消える……何もできない内に誰かはスコールさんに蹴り飛ばされた。
「ユキ!」
「……痛い、です」
「腕を切られただけだ。この程度なら問題ない」
ショックで心臓が委縮しているのか、起こされて立ち上がっても変な感じだ。
自分の左腕を見れば、肘から先にスパッとやられた裂傷が五本。
「あまりよくないがキリヤに魔法で治してもらえ。間違ってもレイズにしてもらうなよ」
「分かりました」
後ろを向けば蹴り飛ばされた犬耳の人がまた向かってきていた。
「しつこいな。テメェはク族か」
「死ね人間!」
飛び掛かってくる獣人に対し、スコールさんは体を横にして腕を掴みとって地面に叩き伏せる。
そのまま容赦なく蹴って蹴って蹴って蹴ってぇ……酷い。
「……ちょうどいい、捕虜にするか」
どこからともなく鎖を取り出して、それを首につないで引き摺る。
「よし、帰ろう」
「ス、スコールさんそれはいくらなんでも」
「死んだら死んだでそのときだ」




