泥梨ノ大地二立ツ者タチ
魔法の光が静まると、どこかの港にいた。
まさかフェンリルベースを着水させることなく、本当に空の上から放り出す気だったとは信じられない。
ベインさんとキリヤさんの魔法がなければどうなっていたことか。
「ユキ、体調は」
「少し吐きそうな感じですけど、大丈夫です」
辺りを見ればすでに悪魔たちが向かってきている。
数こそ少ないが今の私たちには補給手段がないから、弾は節約しないと……なんて思えばキリヤさんが光の槍を飛ばして片っ端から退治していた。
弾は気にしなくてよさそう。
「とりあえず見つかる前に使えそうな家に隠れる。後のことはそれからだ」
スコールさんが指示を出してみんな動き始める。
空には青い髪の女の子、レイアちゃんが。
ベインさんはアトリさんとフランちゃんを連れて先に行って、私とキリヤさんはレイズさんの護衛として。
スコールさんはいつものように一人で突っ走って。
ソウマさんとトーリさんも勝手に行って。
「ここも酷いねぇ」
「そうですね……」
最初の騒動の頃はあちこちで悪魔の襲撃があって、たくさんの人が血を流した。多くの人が死に、そのまま悪魔になることあれば掠っただけで苦しみながら悪魔になった人も。
その名残だろうか、ここはまだ血と破壊の跡が濃く残っている。
雨に流されず、自然に呑み込まれず。
「レイズ、少しは歩けるでしょ」
「大丈夫。スコールに刺された時に比べればこんなの……」
と言う割には足が震えている。
本当なら一週間くらいは安静にしていなきゃいけないのに。
「それじゃあ、とりあえず港を抜けたら休憩。レイアが空から見てくれてるからなにか来ても大丈夫だと思うし」
後ろを振り向けば遥か彼方にぽつりと見えるフェンリルベースと、悪魔と天使の集団。
あれに追いつかれてしまうともう死ぬことしか選択肢がなくなる。
「キリヤさん、私にも魔法って使えますか」
「使ったら死ぬよ。君は魔法に適性がないからね、体のどこかに負荷がかかって使うたびに生命力が削れていくと思う」
「じゃあ……全然使えないってことじゃないんですね」
「……やめてよ」
暗い声だった。
まるで何人もそう言う人を見てきたような表情で、レイズさんも顔をそむけていた。
「レイズさん?」
「スコールは平気なフリしてるけど、あれでかなり堪えてる」
「だね、誰かが死んでもなんでもないようにしてるけど、実際かなり心の負担になってるから」
そこから先は話はなく、警戒しながら進んだ。
いくらスコールさんたちが片付けた後で、空から支援があるといっても討ち漏らしが居ることは否定できない。
ピリピリした雰囲気なのに赤ちゃんは泣くこともなくすやすや眠っていてくれるのはすごく助かる。
……思えばまだ名前も聞いてないし顔も見てない。
半分ほど進んだところでキリヤさんが警戒を解いた。
「前の方は大丈夫、何もいない」
「分かるんですか」
「うん、僕は魔力絡みには結構強いからね。それにレイズのほうが専門だし」
「嫌味かそれ。オレより得意なくせに」
相変わらずこの人は自分のことをオレと……。
「ふぅん、そういえば最初にミナと訓練とか言いながらやりあったときにボロ負けしてたもんね」
「うるさいあれは……その、ほら、調子が良くなかっただけで……」
「よく言うよ、僕を殺す気だったでしょあのときの魔法」
狭いところを抜けると、一気に開く。
港から道路に上がるための階段があって、そこから先は見晴らしがいい。
「お、ちょうどバス停があるじゃん。あそこで休憩しない?」
キリヤさんが階段を駆け上って言う。
レイズさんがゆっくりと上がっていって、後ろを警戒しながら上がると錆びて風化した昔懐かしのバス停があった。
ベンチとトタン屋根、柱も朽ちてボロボロになっているけど崩れそうではない。
「汚くないですか……」
「ん? そこは魔法魔法」
キリヤさんが手を向けると、時間を巻き戻したかのようにバス停が綺麗になる。
巻き付いた草はそのまんまだけど……。
「休憩早くないですか」
「僕が疲れたの。大変なんだよ? 転移系の魔法でキャパオーバーって」
「ちなみに一番重たかったのは?」
「ん」
指差されたのはレイズさん。
ベンチに座りながら意外そうな顔をする。
「オレ?」
「うん」
「わ、私は……」
「君たちはベインの方が運んだから知らない。僕が運んだのはそこの二人だけだし」
「え、オレそんなにキャパくう?」
「僕のキャパシティは他の人より多いけど、それでも君は入りきらないの。重たすぎるの、具体的に言うなら保有魔力とか神力が多すぎるの」
どこからともなく杖を取り出して、腰かけてゆらゆらと。
疲れたとかいう割にはいつもと変わらないし。
なんだかんだで休憩に入って、手持無沙汰で荷物を広げて整理する。
どたばたで出てきたからとにかく必要なものを詰め込んできた。
ぐちゃぐちゃだ……。
「あ、そういえばオムツとか粉ミルクって要らないの?」
「キリヤさん……ありませんって」
「あぁ、必要ないからフェンリルも回収してないんだ」
テキトーに整理して詰め直すとパンパンだったカバンに少しゆとりができた。
でも暇は暇というか、緩い感じだけど仕切ってるのはキリヤさんだし休憩は続けるんだろう。
「うーん色々ないと不便じゃないかな」
「でも生理用ナプキンとかああいうのは布で作ったりしてましたし、丸めて入れたりも……」
「オレの場合はスコールがどこからか持ってきてたけど」
「……なんでスコールさんが持ってるんですか」
なんか、スコールさんなら紙オムツとか見つけてきそうだなぁ。
とか思っていれば赤ちゃんがぐずりだした。
「お腹が空いたかな?」
「二日くらいは授乳しない方がいいんじゃなかった? ほら、なんだっけ……胎便だっけ」
言われたレイズさんが赤ちゃんを寝かせて、スコールさんが作ったらしい布おむつを脱がせてみれば黒色のうんち。
そして図ったようなタイミングでスコールさんが何か持ってきた。
「以外に探せばあるもんで。ユキ、やり方教えとくからレイズのサポートよろしく」
袋から紙オムツとかウェットティッシュを出してくる。
「出来ればぬるま湯と油さしがあればいいがな。魔法は使うなよレイズ、抵抗力がないから中毒症状だしたら面倒だ」
二人してばっちいものの対応を仕方を教えてもらう……なんか違う。
普通お母さんに教えてもらうことだよね?
ささっと済ませて新しいオムツを穿かせて終了。
「男の場合は気にすることはないが女の場合は雑菌が入りやすいから股は綺麗に拭くように。キリヤ、燃やせ」
再利用する気がないか、布おむつをキリヤさんにいきなり投げる。
びっくりしたキリヤさんが一回避けて、落ちたそれを完全焼却する。
「僕はゴミ処理場じゃないよ!?」
「あとの注意点は放っておくと臭いで色々寄ってくるからキリヤに処分してもらうように」
「だから僕は」
「やれ」
「……分かったよ、もぅ」
「それとレイズ、当分の間は残ってる血が出るだろうから自分でなんとかしろ」
「水系の魔法で中を洗うのは……」
「小さい傷が残ってるだろうから……。たぶん洗えば膣の自浄作用とかも落として後で泣くことになると思う」
……一回ナギサさんに全身泡だらけであっちこっちよーーーく洗われた後にアソコが痒くなったから、たぶんそんな感じ?
「にしても、やっぱレイシスの血は強いな」
言われて赤ちゃんを見れば、確かに。
レイズさんと同じで髪も肌も白くて目が赤い。
そして悪魔の……人の耳じゃなくて頭の上の方に獣耳、背中には翼、腰のところには尻尾。
「一応オレの障壁で護ってはいるぞ」
「とりあえず英才教育コースは確定か……最難関のマルチキャストを」
「ねえミナ、それ無理だから。僕でも四重詠唱しかできないのに、レイズみたいに百以上の同時詠唱とか不可能だから」
「お前の場合は並列多工程詠唱だろ? こっちは最低でも五歳までに三重無詠唱くらいはできるようにならないとなにもできんぞ」
「あの、さ? 五歳は普通、魔法の前に語学だよ?」
「……まだ幼稚園ならそこまでいかないと思うんですけど。それとこの子、名前はなんていうんですか?」
すっと、視線がレイズさんに集まる。
「スコールと相談して決めた……リリィ」
「リリィちゃん……可愛い名前ですね」
あれ、ということはスコールさんが名付け親に……。
なんか顔を向けたらそっぽ向かれた。
レイズさんのほうは恥ずかしそうな顔してるし。
「よし、よし。とりあえず動くぞ、夜までに使えそうな家を掃除して結界を張る!」
そして、照れ隠しみたいなスコールさんの言葉で行動を始める私たちだった。




