世界二サヨナラヲ
私が目を覚ました時、隣にはスコールさんがいた。
壁の寄りかかって、いつかのようにほっぺに紅葉をつけて。
目だけを動かして壁のデジタル時計を見ればあれから二週間以上も。
ぎょっとしてあちこち見れば、点滴とかカテーテルとか……辿って行けばおしっこが溜まってる袋……恥ずかしい。
「スコール、さん?」
「……あのあと何が起きたかさっぱり分からないんだが」
「私も……スコールさんが撃たれたあとはよく覚えてません」
「そうか。カメラにはあの後からノイズしか映ってないし、隊長たちも締め上げたが何も覚えていないの一点張りだ」
って、そんなことよりも二週間以上?
「あの、スコールさんはいつ起きたんですか」
「その日のうちに。演習場が完全に壊れててな、みんな倒れてた」
「ちなみにほかの人たちは?」
「演習場に居なかったやつらは大丈夫だったからベースの航行に支障はないが、あそこにいた連中は二、三日は不調だったな」
「そうですか……。それで、レイズさんは」
「出産後の猶予はもらった……が、昨日の夜中から陣痛スタートでそろそろ十一時間くらいか」
「えぇっ!?」
私の方にいていいんだろうか、レイズさんのそばにいなくちゃダメなんじゃないのかな。
「なんにせよ初めてだしサポートできるようなやつは誰もいないからな…………やらんといかんし、場合が場合ならベインとキリヤの魔法でその場で殺すことになる」
「そう、ですか」
ベインさんも確かにそんなことを言っていた。
子供は望んで生まれてくるわけじゃない、生まれたい場所を選ぶこともできない、なのに周りは気にくわなければ殺すと。
正直生まれてきたそれが別のナニかだったとしても、それ自体にはなんの咎もないのだから可哀想だ。
「レイズさんのそばに居なくていいんですか?」
「当の本人に追い出されたからな、始まりそうならベインが呼びに来るさ」
「追い出されたって、なにかしたんですか」
「いや、見れたくないから出て行ってくれだと」
苦笑いしているし、ほんとになにもなくそれだけなんだろう。
「それよりユキ、外すか、それ」
「あ……はい、お願いします」
スコールさんはてきぱきと見たこともない道具を準備していく。
本当に何でもできる人だ。
……というか私の点滴とかカテーテルって誰が?
「あの」
「嫌なら誰か呼んでくるが」
そ、それもあるけどぉ……。
「そうじゃなくて、点滴とかって誰がしてくれたんですか? まさかスコールさんじゃ……」
「やった」
「そ、それじゃあ……その」
「着替えとか、体拭いたりとか全部やった。文句を言うなら人手不足だったから勘弁してくれ」
あぁ、もういいや、全部見られて全部触られたんだ。
いまさらカテーテル外すからって見られて恥ずかしがるのもあれだ。
「体は動くな?」
「あ、はい大丈夫です」
長いこと寝ていたからじゃっかん鈍い感覚だけど、これなら大丈夫だ。
布団をめくれば着せ替えが楽な病衣。
あらためて自分の股を見て、そこから一本の管が出ているのを確認すると途端に異物感が出てくる。
下を脱いで見てみれば何とも言えない……。
管自体は細いけど、おしっこの穴からすればこんな太いのが入っちゃうんだ。
抜こうと引っ張ってみると、なんか引っ掛かってる。
「こら引っ張るな、抜けなくなる」
「はい?」
「管入れて先端部分はバルーンで膨らんでる。下手に引っ張るとバルーンが萎ませられなくなって、中で破裂させて洗浄とかかなり痛い目になるからな」
「へ、へぇー……」
スコールさんが顔を近づけてきて、恥ずかしさで真っ赤になる。
反射的に隠そうとして、すぐに手を退けられて足を開かれる。
「あ、のぉ」
「なんだ?」
いやらしいことじゃない、これはやらしいことなんかじゃない。
「ちょっと開いたままで動くなよ……慣れてないから時間かかる」
「ほ、他の人にもこんなことしたんですか」
「レイズとお前だけだ、ほかのやつらは必要がなかったからな」
「……え、じゃあなんで人手不足なんて」
「動けないやつが多すぎて所属括りで看病しろと。そんで無所属の中でできるやつがいなかったからだ」
なる……でもなんでもできるから他のところにも呼ばれたんだろうなぁ。
とか思っているとずるっと引き抜かれる感触が。
「ひゃうぅっ」
そして消毒液を染み込ませたガーゼで拭かれて、でもスコールさんに触れられているというそれが強くて。
「あっ……ご、ごめんなさい」
ピクッと、初めての感覚に力が入って漏らしてしまった。
スコールさんは顔にかかったのを拭くと、片付け始める。
「あとは自分でしろ」
着替えを指さして離れていく。
「あの」
「ん?」
「あ、いや、その……なんでも、ない……です」
どうして不安になるんだろう。
離れていくその動きが嫌な不安を掻き立てる。
一緒にいて欲しい、ただ一緒に居たい。
「やっぱり、あの」
「はっきり言え、今日で最後だ」
最後――
「スコールさん……少しでいいので、その、隣にいてくれませんか」
「これを片付けてからな」
部屋から出て行って、その間に私も着替えを済ませた。
窓から外を見れば、遥か遠くに黒い雲が見える。
……雲? 違う、黒い塊、悪魔?
「ユキ」
「あ、あれ……」
「昨日からだ。そっちは悪魔連中、反対側には天使連中で後ろには不明勢力」
「なんでそんなものがいるんですか」
「レイズを狙いに来たのさ。まあベインがいる手前悪魔連中は手出ししづらいし、メティがいるから天使も動けないし動けば必然的に両勢力の衝突に発展する。後ろのやつらもキリヤを恐れて様子見だ」
「でもあんなのがいたら、レイズさんはどうなるんですか。赤ちゃん産んだら放り出すって、あんなのに襲われたら死んじゃいますよ」
「それでも隊長たちの決定は変わらない。昨日の夜から女性陣と大喧嘩になってるが、どうにもならないだろうし……」
スコールさんの顔がいつもと違う。
余裕がない表情だ。
「スコールさんは、レイズさんと一緒に行くんですか?」
「もちろん。護るって約束したからな」
「私も、一緒に行っていいですか」
「ダメに決まっている」
「どうして」
「死んで欲しくない」
「じゃあ」
スコールさんに抱き着いて、私は言った。
「私のこともずっと護ってください。ずっと、一緒に歩いていきたいんです」
卑怯だと言われても仕方ない。
でも、スコールさんの考え方なら、これ以外にない。
無理矢理着いて行ってしまえっ!
「護り切る自信がない……それでも、いいのなら」
「はいっ!」
自衛の力はスコールさんに鍛えてもらっている。
正直同じ力はないけど、悪魔相手にならある程度はやりあえる。
こんなときなのに、こんな状況なのに浮かれている私がいる。
私は邪魔だ、一緒に行けば足手まといになる。
それでも……。
「……私は、スコールさんの一番になれますか」
「どういう意味で?」
「大切な人としてです……不安なんです、ついていけなくなったら、置いていかれちゃうんじゃないかって」
「そりゃついてこられないなら置いていくし、大切な人……そういうふうに考えてるやつはいないが、いまの優先順位でいけばユキはかなり下の方だな」
「は、はっきりいいますね」
「こっちはフェンリルとは違うんだ。共同して生き残りましょうじゃなくて、利害の一致で協力するだけだからな」
余計に不安になる……。
「それでもな、誰も失いたくはない……。誰かの大切なものを奪う以上は奪われて当然なのにな」
そっとスコールさんの手が背中に回って、優しく抱かれた。
「だったら、奪われないように護ってくださいね」
「出来る限りは」
――そう、こんな約束をしたのに。
遠い未来、私の勝手な行動で迷惑かけて、挙句はほかの男の人に心を奪われてスコールさんに牙をむくことになるなんて、今はまったく考えていなかった。
ずっと一緒に、そのつもりだったのに、気付けばスコールさんの隣に居る人は次々といなくなって変わっていった。
「いい雰囲気のところ悪いが、出番だぞ」
「わひゃいっ!? ベインさんいつの間に!?」
「二分くらいずっと抱き合ってるの眺めてた……けど」
カァッと顔が熱くなる。
「なんで黙って見てるんですか!!」
「いやー邪魔しちゃ悪いかなって……あ? スコールどこいった?」
「あれ? もう行っちゃった?」
「いやだってドア開けた音が……あぁ、俺が閉めたのが閉まり切る前に出たか」
ベインさんが急いでドアを開けて走っていって、私もそれに続く。
そんなに離れた場所じゃない、少し行けばすごい人だかりがある部屋が。
そこだ。
「これは通れないな」
「そんな……」
「なんだ、見たいのか」
「ちょ、ちょっとは見たいです」
「うーんレイズが嫌がるからなぁ。ここで待ってろ、俺は万が一の為に行かなきゃいけないから」
言うとすうっと壁をすり抜けて消えた……?
幽霊? 魔法? そんなことまでできるの?
私も人だかりを越えようとはしたけど、そんなに広くない廊下にぎゅうぎゅう詰めで進めない。
それでもなんとか越えようとしていると、レイズさんの叫び声が聞こえ始める。
始まったんだ。
周りの人たちも静かになるけど、叫び声は最初だけであとは耐えるような声がかすかに聞こえるだけ。
それから数分……ざわめきの波が起こった。
産まれた……? でもなんでこんなに静かなんだろうか。
もしかして死産?
何が起こったのか分からずに周りを見ていると、スコールさんの声が聞こえた。
「殺すなよ……怖がるなよ……お前の子供だ、絶対に護りきれ」
どうじにレイズさんの泣き声が聞こえ始める。
なにがあったんだろうか。
「ほらお前ら、帰れ帰れ! 邪魔だ!」
蜘蛛の子を散らすようにみんなぞろぞろと帰っていって、静かになった部屋を覗き込む。
「はぁぁ……」
スコールさんとレイズさん、そしてレイズさんが抱く赤ちゃん。
ベインさんがいない。
スコールさんの顔色がすごく悪くて、レイズさんよりも疲れているように見える。
「何見てんだよ、入りたいなら入れ」
「あ、あれベインさんいつの間に」
「壁抜けができるんだ。途中で抜けて飲み物取りに行ってた」
一緒に部屋に入ると、スコールさんが完全にだらーっとしてイスに座って脱力していた。
なんか髪の色が白っぽい。
「よく頑張ったなスコール」
「…………。」
もう答える気力も無いようで。
顔の前でひらひら手を振っても無反応。
ぽろぽろと何かが落ちる音に、足元を見ればスコールさんの周りに白い結晶があった。
「これ……」
「レイズが放出した魔力やら神力やら全部吸い取ってたからなぁ……普通なら死ぬとかいうより存在が壊れるほどの量を」
ベインさんはレイズさんに飲み物を渡して話しているけど、スコールさんが完全にダウンしているのが心配になる。
「へその緒って、どうやって切れば……。あと、これ、残ってるのって引っ張り出すの? 血は?」
レイズさんが不安な顔で言うけど、スコールさんはぐてーっとしたままで。
「おいスコール、へその緒切ったり胎盤出したりまだ残ってるぞ」
「スコールさん」
起きない。
というか息をしている音が聞こえ……胸が動いていない。
「すぅ…………はぁぁ」
手が動いて、そこに白い光が溢れて大きな玉ができる。
ごとりと落ちたそれは床を凹ませて、同じように黒い玉も落ちた。
「はぁぁぁぁぁぁぁ……やるか」
トレイを持って来る。
変なハサミとか消毒薬とかいろいろ用意されている。
「病院みたいに効率優先ですぐに切って引きずり出すか、それとも自然に出てくるまで待つかどっちがいい」
「自然にっていうのは……どれくらいかかる?」
「へその緒は役目が完全に終われば色が変わるからすぐだ。胎盤は人によって数分から数時間」
「病院みたいなのは?」
「へその緒からまだ血の流れがあるのにすぐに切るからリスクは大きい、胎盤も力尽くで引っ張り出すから……分かるな」
「…………自然なほうでお願い」
レイズさんの顔が暗い。
もう痛い思いをしたくないという感じだ。
……というか、なんでスコールさんその辺もできちゃうんだろう。
「スコールさん、なんでできるんですか」
「いずれはこういうことも目にすることになるし、そのときに頼れるやつがいるとは限らない。だから全部一人でできるようにな……」
そして、その翌日。
お昼に私たちはフェンリルベースから追放された。




