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きっと、僕の魂が覚えてる。  作者: 長月
第一章
7/39

見知らぬ場所で〈4〉

前回の投稿からちょっと間が空いてしまいました、すみません。


 

 ♢



  あれから、1週間が経った。

  エレシアさんに魔術(まじゅつ)を教えてもらうにしても、まずはこの世界での文字を覚えなければいけないということで、この 1週間は朝起きてから食事以外はひたすら勉強して、月が天に昇った頃ベッドへ入る、という勉強漬けの毎日を過ごしていた。

  その(あいだ)、エレシアさんとナノヤさんの 2人にはそれぞれお店の手伝いと依頼の合間を縫って勉強をみてもらっていた。そのおかげもあってか、最初はミミズが走ったのかと疑うほど意味不明に思えた文字も、今では単語も覚えてなんとなくではあるが文章も読めるようになってきたところだ。


  テーブルに教材を開いて広げ、左手でエレシアさんに借りた辞書をめくり、右手ではノートに書いて覚える。ちなみにノートといっても、この世界では紙は比較的高価なものでそう何枚も無駄にできるわけではないらしく、一般的にサラサラしたシルクのような白い紙を使用していた。特殊なインクが付けられている羽ペンを用いて書き込み、そのペンの羽部分で(こす)ると文字が消えて繰り返し使うことができるという黒板のようなものが重宝(ちょうほう)されていた。


  辞書をめくり、まだ知らない単語を見つけては調べながらペンを動かしていく。

  先ほどこの店で働いている女性店員の、リースさんが差し入れだと言って持ってきてくれたオレンジジュース( に風味が似た柑橘系(かんきつけい)の飲み物だ )を(すす)っていると、ふとこちらをうかがう複数の視線を感じた。



「……おい、あそこに座ってるやつだろ ? 名字持ちの少年、って(うわさ)の」

「あぁ。なんでも 1週間くらい前に血まみれの姿でここに運び込まれたらしいんだが、その前までの記憶がところどころないんだとさ。ただ名前だけは覚えてて、名字持ちだったって」

「記憶が ? そういや、あの髪と瞳はこの国じゃめったに見ねぇ色だしな……いかにもお貴族様って感じのお綺麗な顔もしてるし」

「どうせ貴族の坊ちゃんだろ ? 貴族同士の抗争だかなんだかに巻き込まれたに決まってる。俺らみたいな庶民には関係ねぇけどな。ま、下手に関わらねぇ方がいいな」

「………」



  ズズズッ、と音を立てて勢いよくストローからジュースを吸い込む。どうにも僕の存在は異質なものとして映るらしく、ここを利用している冒険者たちの間で尾ひれがつきながらさまざまな噂が出回っているようだった。


  彼らは本人()に聞こえていないと思って話しているのだろうが、僕の方をチラチラ気にしながら顔を寄せあっていれば自然と目につくというものだ。別に噂されたからといって今のところ特に害はないのだが、そろそろ向けられる視線を鬱陶(うっとう)しく感じるようになってきた。そう思って僕が静かに彼らの方に顔を向けると、みな一様に慌てて視線を逸らし、ぎこちなく会話へと戻っていく。

  怪我をして運ばれてきた正体不明の謎の男に、これまでの記憶がなかったというスキャンダラスな話題( 実際は嘘であるが )に加え、僕のこの藍色(あいいろ)の髪と紫色の瞳も人目を集める要因のようだった。


  この数日間酒場にやってくる冒険者たちを観察してみたが、ナノヤさんのような茶髪やリースさんのような水色の髪など、人々の頭髪の色は極めてカラフルなように思えた。しかし、その中でもエレシアさんの銀糸のような髪や僕の藍色の髪といった色は、一度として見かけなかったためどうやら非常に珍しい色彩のようだった。


  以前地球にいたとき、(しょう)から『伊織はさぁ。見た目が綺麗(きれい)っていうのもあると思うんだけど、とにかく全身からこう……近寄りがたいオーラが出てるんだよね』としみじみ言われたことがあったが、それは異世界にも通じることだったようだ。


  ぐるぐると頭の中を回る考えを振り払うようにふぅ、と小さくため息をついて再びペンを握ると、視界の端にパタパタとこちらへ歩み寄ってくる華奢(きゃしゃ)な足元がうつった。



「ーーイオリさん ! 」

「……エレシアさん」

「お隣、座ってもいいですか ? 」


  にっこりと花が咲いたように笑う彼女は、僕が椅子を引いてどうぞと返事をするより先に、隣の席へと腰掛けていた。


「……お店のお手伝いはいいんですか」

「もう忙しい時間帯は過ぎたので、リースさんに次忙しくなるまでの間休憩してらっしゃい、って厨房(ちゅうぼう)から追い出されました」


  エレシアさんは先ほどまで注文をとったり料理を運んだりとお店の手伝いをしているようだったため、厨房の様子をうかがいながら尋ねると、彼女は肩を(すく)めながら苦笑いしていた。


「イオリさんは、今どこを勉強されてるんですか ? …… うわ、もうここまで進んでる ! 」


  真横から僕の手元を覗き込んだエレシアさんが、ノートにびっしり文字が書き込まれているのを見て目を丸くした。この 1週間勉強した甲斐(かい)あって、最初エレシアさんに教材として渡された本も終わりに差し掛かっていたので、エレシアさんも驚いた様子だった。

  そしてさらに本人が気づいているのかはわからないが、お互いの肩が触れ合うほど近い距離にいる彼女の髪から、シャンプーの甘い香りがふわりと漂ってくることに若干たじろいでしまう。


「どうされました ? 」

「……いえ」


  きょとん、と不思議そうに僕を見つめる翠の瞳から目を逸らし、思わず湧き出てきそうな煩悩(ぼんのう)を頭の隅に無理矢理追いやった。


「新しいことを覚えるのは楽しいので。……それに、冒険者として活動するためにもまずは文字を覚えなければ」

「……本当に、イオリさんは冒険者になるおつもりですか ? 」

「えぇ。今のところ無銭飲食(むせんいんしょく)している状況ですし、いつまでもここでお世話になる訳にはいきませんから」



  僕はこの世界で自分で(かせ)ぎ生活していくための方法として、冒険者となって失くした記憶を探しながらこの世界を旅しようと考えている、とエレシアさんとナノヤさんに伝えたのはつい 3日前のことだ。それを聞いた 2人は、僕に冒険者として活動することになれば常に命の危険が付きまとうということを懇切丁寧(こんせつていねい)に説明し、なんとか踏みとどまらせようとしているようだった。しかし僕の意思が固いのを見てとって、渋々(しぶしぶ)、といった複雑そうな表情で首を縦に振ってくれた。


  ただし、今のままでは自衛もままならず危ないからと、ある程度知識や技術を身につけ 2人から許可をもらってから旅に出ること、と約束されられた。

  そのための訓練に関しても貧血気味だった僕の体調が万全になってからということで、この 1週間は部屋と酒場を往復するだけの毎日だったのだ。過保護(かほご)すぎる気がしないでもないが、僕のことを心配してのことだということは十分にわかっていたので、気恥ずかしさはあるが素直に嬉しいとも感じていた。



「ーーそれで、エレシアさんに一つお願いがあるのですが。午後冒険者登録に行く前に、魔術について予習させてもらえませんか」

「はい……。わかりました」


  そんなわけで今日から、ナノヤさんに体術などを教えてもらうことになったのだが、それに向けて午後から冒険者登録に行くことが決まっていた。なんでも冒険者となれば、ギルドが経営している地下練習場などを利用できるからだそうだ。登録の際には、魔力量なども測ったりすると聞いていたので、どのようなことをやるのか予習したいと頼むと、エレシアさんは未だ浮かない顔をしていたものの僕の方に向き直った。



「えっと……この前ナノヤさんから魔術についてイオリさんに少しお話した、と聞いたのですけど。どの辺りまで説明されたんでしょう」

「はい。……人の身体を巡っている魔力とは、エネルギーとして自身の意思で掬い出すことでそれをもとにして魔術を行使することができる。魔石の場合は、魔法陣に魔力を注ぐことで水が出たり魔術が自動で発動することになっている、と聞きました」

「大まかに言えばその通りです。……でも正確に言えば魔術が発動するためには 4つの条件……つまり、発動するまでの間に細かいプロセスがあるんです」


  プロセス、と繰り返す僕に頷くと、彼女はちょっと借りますねと言ってテーブルに置かれた羽ペンを手に取り、ノートに『①魔術構造(まじゅつこうぞう) ②エネルギー ③範囲指定 ④発動キー』と素早く書き込んだ。



「①の魔術構造は、一言でいうと魔法陣のことを表します。どんな魔術を発動したいのかを文字や記号、図形を組み合わせて、引き起こす現象を魔法陣として簡略化しているんです。次に②のエネルギーは、予想はつくと思いますが魔力のことです。魔術が発動するためには、対価として自身の魔力を注ぐことが必要です。③の範囲指定は、その魔術がどこからどこまでの範囲で、何秒間継続して発動し続けるのかなどの指定をすることを言います。最後に④の発動キーは、要するに魔術が発動するときの合図です。どのタイミングで発動するのかを術者が決めます」



  エレシアさんが順をおって丁寧に説明してくれたのはわかったが、いまいちイメージがつかない。思わず眉間にしわを寄せて考えこむと、エレシアさんはそんな僕の気持ちを察してか、んー…と考えるように首を傾げた。


「この説明だと抽象的過ぎてわかりにくいですかね……。もっと簡単にいうと、例えば……そうですね、じゃあこの前イオリさんが見た魔石に当てはめて考えみましょう」


  そう言うと、彼女は再び細い指を動かしてノートに絵を描き加えていった。



「魔石の中に刻み込まれた魔法陣には、あらかじめ『手のひらをのせたら魔術が起動するのに必要な、魔力を自動的に吸収する』という意味のものが書かれているんです。ここでは魔法陣が、今説明した “①”の魔術構造に、そして吸収した魔力が “②”のエネルギーに当てはまります。“③”の範囲指定については、魔法陣に魔力を注いでいる間は毎分10リットルの水が流れ続けると書かれていて、“④”の発動キーに関しては『魔術が起動するのに必要な魔力を吸収する』、つまり魔力があれば発動する、と魔法陣にもともと書いてあるので魔力を注げば達成します」



  (よど)みなく説明した銀の少女は、ノートに『 ①魔法陣 + ②魔力 + ③魔術が発動する範囲 + ④魔法陣内の発動キー = 魔石の魔術発動』と式で表した後、その翠の瞳に僕を写した。

  僕はその式を見て少し考えてから、指でそっとエレシアさんの書いた文字をなぞった。



「……その 4つが揃えば魔術が発動するのですね。……だとすると、この前エレシアさんが料理を温め直していたときの……温度変化(ヒーティング)と言いましたか、あの魔術で言えば 魔法陣に温度を上昇させることが書いてあったから “①”、魔力を注いだことで “②”も達成……あと他の 2つは何になるんですか。あの時エレシアさんが言葉に出していたことに意味でも ? 」


  僕が初めてこの目で、魔術という未知の力を目撃した瞬間のことを思い返す。



『ーー我が魔力を糧に、(ねっ)(たま)え。温度変化(ヒーティング)



  あの時はとにかく初めて見たものに興奮していて深く考えなかったが、後になってみて魔術が発動する前にエレシアさんが何か呟いていたことを思い出していた。

  僕がふと疑問を口に出すと、エレシアさんは驚いたように目を見開いたあとその美しい顔立ちをパッと華やかせた。



「イオリさんは本当に理解が早くてすごいです ! ……実は、魔力を注ぎながらあのように言葉にしていくことを、魔術用語では『詠唱(えいしょう)する』って言うんです」

「詠唱……」

「はい。詠唱することによって、魔法陣にあらかじめ範囲を書いておかなくとも、術者は使いたいときにその場で範囲を確認して、言葉に魔力をのせることで範囲を指定することができます。それと同時に、魔術名(まじゅつめい)を唱えることが発動のキーになります」

「ということは……『 ①魔法陣 + ②魔力 + ③,④を詠唱で指定 = 温度変化(ヒーティング) 』になる、と」

「はい、その理解で合ってます ! 」



  自分なりの言葉で、理解したことを忘れないうちにメモしていく。そして、僕はノートに紡がれる文字をその翠の瞳で追っていた彼女にふとした疑問を投げかけた。


「……詠唱することによって、魔術が影響を及ぼす範囲を指定することができると。ということはつまり……魔法陣というある一定の現象を引き起こす基盤となるものに、加えて詠唱することで範囲……温度をどのくらい上げるかなどを細かく指定することで、魔術はいくらでも自由に応用することができる……」


  頭の中で情報を整理しつつゆっくりと口に出していくと、エレシアさんはそうです ! と身を乗り出して僕を褒めるように両手のひらを叩いた。



「今の説明でそこまで考えつく人は、なかなかいないんです ! たいていの人は魔術は魔力さえ扱えれば簡単にできるものだ、って勘違いしてるみたいなので。でも、魔術はまず理論を理解してからじゃないと発動しないんです。……って偉そうなことを言いましたけど、私も初めて魔術について学んだ時は、途中で寝てしまって父に起こされました」


  へへっ、と笑って目を細めるエレシアさんは昔のことを思い返しているのだろう、どこか懐かしむような表情をしていた。



「他にも、発動する魔術との相性によって必要な魔力量も大きく変わってきたりします。それに人によって持っている魔力量も違うので、連続でいくつ魔術を発動できるかというのにも個人差があります」

「……その、魔術との相性というのは何なのですか」

「そうですね……イオリさんは、魔力に属性というものがあるということは聞きましたか ? 」


  問いかけられて、僕は数日前に交わしたナノヤさんとの会話を思い出した。今年で冒険者歴 10年という彼は、『冒険者登録のときには、ついでに魔術属性の適正も調べることになってるんだ』と語っていた。



「確か……()(みず)(かぜ)()(かみなり)(ひかり)(やみ) の 7つがあると聞きました」

「はい、その中でも光と闇は特に珍しい属性になります。どのくらい珍しいかというと……うーん、魔術師が全人口の 10%の数だとすると、光と闇に適正があるのは 0.1%ぐらいですかね」

「全体の 1000の1……本当に希少ですね。エレシアさんは、何の属性に適正があるんですか」

「私ですか ? 私は……」

「ーーおぉ、イオリ ! 今帰ったぞー」

「……あぁ、おかえりなさい」


  エレシアさんの言葉を遮って軽快な笑みとともに現れたのは、戦闘服に身を包んだナノヤさんだった。エレシアさんの背後から手をヒラヒラと振りながらこちらへとやってくると、背中に背負っていた長剣をテーブルの脚へと立てかける。軽々と扱っているように見えたが、ナノヤさんがその長剣を置いた瞬間、ギシッ……と床が重そうな音を立てたので僕は内心驚いていた。



「おぉ、なんだエレシアちゃんもいたのか」

「はい ! ナノヤさんは、何の依頼に行かれてたんですか ? 」

討伐(とうばつ)依頼だよ。まぁDランクの簡単なやつだったし、余裕だったがな。……それで ? お前らは何やってたんだ、勉強か ? 」

「あ、今イオリさんに魔術についてご説明してたんです。それで、魔術の属性適正の話になったところで」

「属性か」


  なるほどな、と言って僕の目の前に座ると、断りなく僕のグラスを勝手にとりゴクゴクと直接(のど)に流し込んだ。どんどんとグラスの中身が減っていき、やがて空になったグラスをダン ! とテーブルに叩きつけた。


「僕の……」

「プハァー! うまかった、たまには酒だけじゃなくてジュースもいいもんだな」

「もう、ナノヤさんってばグラスも丁寧に扱ってください ! 割ったら弁償ですからね ! 」

「すまんすまん、つい」


  軽い調子のナノヤさんを睨むと、彼はへらりと笑って「まぁ俺のことは気にせずに、な ? 」と言って先を促す。それにエレシアさんは若干不満そうな顔をしながらも、再び話を元に戻した。



「えっと……私が何の属性に適正があるか、でしたよね。私は火、水、風、地、雷の 5つと、あと光属性を持ってます」

「……多いですね。しかも光……希少ということですか」


  先ほど聞いたばかりの 0.1%に該当する稀有(けう)な存在が目の前にいることを知り、驚きに目を見開く。すると、ナノヤさんが話しに割り込んできた。


「普通適正があるのは 1つか2つのところを、エレシアちゃんは 5つだぞ ! しかも光持ちなんて俺も人生でエレシアちゃんしか会ったことねぇしな。珍しいどころじゃねぇよ」

「へぇ……」

「それを考えるとイオリも運がよかったな。お前のあの怪我は、エレシアちゃんがいなきゃ助からなかっただろうからな」

「なるほど……」



  感心してチラリと銀の少女に視線を移すと、彼女は自分が話題となっていることに恥ずかしそうにはにかんでいた。

  どうやら僕は、エレシアさんというこの世界で貴重な存在に命を救ってもらい、あまつさえ知識を教わることができるという幸運に恵まれていたようだった。


  しかしそれを感じると同時に、僕はある不安に襲われていた。“この世界の生き物なら誰でももっている” という、魔力の存在自体をつい最近まで知らなかったのだ。魔石を使うことができた以上僕の中にも魔力はあるのだろうが、それが本当にあるという感覚はなかった。


「……僕、これまで魔力というものを感じたことがないのですが、ちゃんと扱うことができるでしょうか」

「あ、じゃあどんなものか実際に感じてもらえれば分かりやすいかもしれませんね」



  ひとり頷いた彼女は、身体を僕に向かい合うように座り直すと両手のひらを開いて僕の方へ差しだした。


「え、っと……」

「 ? 」

「あ、あの……イオリさん、て、手を出してもらってもいい、ですか…… ? 」

「手 ? 」


  口ごもる彼女に聞くと、僕の手に直接エレシアさんの魔力を注ぎ込んでみれば、感覚として魔力の流れを感じることができるだろうということだった。

  それなら、と僕は納得して未だ宙に浮いたままの彼女の手に両手を伸ばしたが、そこで彼女の手がほんのりと赤く染まっていることに気づいた。思わず顔を上げると、銀の少女はその美貌(びぼう)を耳まで赤く染めあげ、翠の瞳は羞恥(しゅうち)でかすかに潤っていた。

  自分で提案した以上恥ずかしくても手を収められないのだろうが、異性と手をつなぐというだけの行為に、照れているのが丸わかりな反応をする彼女の姿をとても可愛らしく感じて、僕は思わず頰が緩んでしまった。



「……ふふ」

「 ! な、なにを笑って……」


  弾かれたように顔を上げる彼女の姿にさらに笑いがこみ上げてきてしまい、僕はそれを誤魔化(ごまか)すように彼女に向かって微笑んでみせた。


「ふふっ……すみません。でも、かわいかったから」

「か、かわ…… ! う、」

「嘘じゃありませんよ」

「う……」


  今度こそ熟れた林檎のように指先まで真っ赤に染め上げた彼女の手をソッと手に取ると、ビクリと震えた手のひらから彼女の熱が伝わってくるのがわかった。

  このままどこまで赤くなるのか彼女の反応を見続けるのも楽しそうだったが、視界の端で僕たちの様子を見てニヤニヤ笑っているナノヤさんに、後でからかわれるネタを提供してしまうのもエレシアさんが可哀想だろうと、僕は彼女に助け舟を出すことにした。



「……エレシアさん。これで大丈夫ですか。魔力を流しにくそうだったら、言ってください」

「あ、え、だ、大丈夫です ! このままでできますから ! 」


  大げさに頷いてみせた銀の少女は、気持ちを落ち着かせるように一度目を閉じて深呼吸をしていた。


「……じゃあ、今から私の魔力をイオリさんに流します。最初は違和感があると思いますけど……その感覚を覚えられれば、自分で魔力を扱うコツもつかめるようになると思います」

「分かりました」



  目を閉じてみてください、と(ささや)く心地よい声に従って、僕は黙って目を閉じるとつないだ手のひらに意識を集中した。


「……いきますね」


  そう聞こえた瞬間、手のひらが熱をもったようにジワリと熱くなる。それは僕の中に温かい何かがゆっくり流れ込んでくるような不思議な感覚だったが、やがて血液が循環するように身体中を駆け巡っていくのを感じた。手のひらから腕を伝って、全身へと流れていく。まるで身体の中の悪いものが浄化されていくかのような温かさに、僕はいつの間にか心地よさを感じていた。



「……これが、魔力……」

「はい。……止めますね、どうですか ? 」


  彼女の手が離れたのを感じて顔を上げ、つないでいた手のひらをギュッと握る。先ほど彼女から流れ込んできたものと似たものが、僕の身体にも流れていることがなんとなくではあるが感じられた。


「……多分、分かったような気がします。僕の中にもあるのが……」

「その感覚を忘れないようにしてください。自分の中に意識を集中して、魔力の流れを感じる訓練をしていくといいと思います」

「はい。ありがとうございました」

「いえいえ」


  頭を下げてお礼を言っていると、これまで同じテーブルで黙って様子をうかがっていたナノヤさんが、椅子の背もたれに気だるげに背を預けながらふわぁ……とあくびをした。



「ーー終わったのか ? 」

「はい、冒険者登録の前に伝えておくこととしてはこれぐらいですかね」

「おぉ、よかったなイオリ ! 」

「ええ」

「ってことで、切りもいいみたいだしそろそろ昼にしようぜ。動いたら腹が減った」

「そうですね ! じゃあ私作ってきます、イオリさんは何がいいですか ? 」

「……エレシアさんにお任せします」

「わかりました ! ナノヤさんはどうしますか ? 」

「俺か ? 俺は……」


  ナノヤさんから注文を聞き、椅子から立ち上がって厨房へと向かっていく彼女の横顔を見つめる。少し前まで恥ずかしさに赤く染まっていた頬が、もういつも通りの色を取り戻しているのを見て、僕はそれを何故か残念だと思っている自分がいることに気づいた。






魔術理論のあたり、自分で書いたはずなのに混乱しそうでした。これから続きを書く中で何か矛盾が出てきたら、こっそり後で修正します……。

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