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きっと、僕の魂が覚えてる。  作者: 長月
第一章
6/39

見知らぬ場所で〈3〉

 

 ♢



  朝食後、早速ナノヤさんにこの世界での常識について教えてもらうことになった僕は彼とともに僕が当分生活する場所としてあてがわれた部屋へと戻ってきていた。


「ーーそれで、どうする ? イオリは何から教えてもらいたいとか希望はあるか ? 」

「……そうですね。目下(もっか)トイレと洗面台の使い方がわからないのが 1番困ります」

「おぉ、それもそうだな。というか、使い方わかんなくて昨日の夜とかはどうしたんだよ ? 」

「なんとなく勘で手当たり次第に触っていたら……なんとかなりました」

「おーい……もしかしたら危ないかもしれねぇとか考えなかったのかよ。見かけによらず無鉄砲(むてっぽう)だなお前……」


  ナノヤさんが呆れたように茶色の目を向けてきたが、事実そうなのだから仕方ない。全く悪びれず表情も変えない僕を見て肩を(すく)めたものの、彼は気を取り直すように洗面台の前へと立った。



「えーっと、じゃあ魔石(ませき)の説明からするか。魔石っていうのは、魔力(まりょく)を込めることで発動する魔道具(まどうぐ)のことを言うんだが……」


  と、そこまで話したところで「あー……」とどこか決まりが悪そうに首を撫でる。続けて「イオリは魔力のことは覚えてるか ? 」と聞かれたが、覚えているも何も元から知らないため、もちろん無言で首を横に振る。

  するとナノヤさんは神妙(しんみょう)な顔で一度頷いた後、僕に向き直った。



「じゃあ、まずは魔力から説明するぞ。魔力は、多い少ないで個人差はあるが全ての生き物の身体を循環(じゅんかん)してるエネルギーのことだ。この魔力は生命力と強い結びつきがあるらしくてな、魔力が尽きるのは命が尽きることと同じだって考えていいらしい。……魔力(こいつ)は普段身体の中を巡ってるだけで何も影響はないんだが、これを自分の意思でエネルギーとして(すく)い出して魔術を使うことができるやつらを魔術師(まじゅつし)って呼ぶんだ。魔術師は自分の中の魔力を自由自在に扱う才能があるやつがなるから、それ以外のやつは魔力が多かろうが少なかろうが、自分じゃさっぱりわかんないから意味ねぇんだけどな。……まぁ、この話はまた後ででも大丈夫だな」



  僕が理解できているかチラリと顔色をうかがいながら、洗面台の蛇口(じゃぐち)の上にポツンと置かれた石を(あご)で指し示す。


「これはただの石みたいに見えるが、中に魔法陣(まほうじん)が刻まれてるんだ。魔法陣自体はさっきエレシアちゃんが魔術使ってたときに見ただろ ? 」


  そう言って彼が握りこぶし大の透明な丸い石の上に手のひらを覆うようにのせると、水が流れ出した。その状態のまま僕に石をよく見てみるように(うなが)し、言われるままに石に顔を近づけると、反対側が透けて見えるほど澄んだ石の中心で小さな魔法陣がキラキラと輝いているのが見えた。



「……これ……魔法陣は、何故光っているんですか」

「あぁ、これか。今俺の魔力を吸収してるっていう証拠だよ。魔術師でもない限り、俺らみたいな普通の人間が自分の魔力を扱うのは難しいからな。魔石は最初からこの中の魔法陣に『手のひらをのせたら魔術が発動するために必要とする魔力を、必要量だけ自動的に吸収する』っていう命令(コマンド)が設定されてるらしいぞ。……俺は魔術については詳しくねぇからその辺はわかんねぇんだけどな」



  知りたければエレシアちゃんに聞いてくれ、と告げナノヤさんが魔石から手を放した。


「ま、要するに魔石ってのは魔術が理解できねぇ一般人でも簡単に使える便利道具、ってことだな。魔力が少ないやつだとこの水を流す魔石に2 , 3回触れただけでぶっ倒れちまうのもいるらしいが……一応イオリも後で魔力量(まりょくりょう)測っておいた方がいいな……」

「…… ? 」


  小さく(つぶや)いているナノヤさんに首を傾げるが、彼の中ではもう決定していることらしい。うんうんと 1人で頷いているナノヤさんに、水を止めたい時には魔石の上にもう一度手をのせれば自動で止まるということを教えてもらい、次は先ほど話題に出た“名字持(みょうじも)ち”について教えてくれとお願いした。

  トイレから場所を移してナノヤさんと2人ベット脇のテーブルに腰を落ち着かせると、目の前の彼は頬杖をついて僕を横目でチラリと一瞥(いちべつ)した。



「……で、名字持ちの話だったな。“名字持ち”は一言でいえば貴族のことだ。平民がもっているのは名前だけ、貴族には名前と名字の2つがセットになってるのさ。俺は平民だから『ナノヤ』って名前だけになる」


  なるほど、と頷きかけて、ふと頭の中に銀色の少女の『私はエレシア=ルモンド=クロアドールです。エレシアで構いません』という言葉が、柔らかな微笑みとともに(よみがえ)ってくる。



「……その理論でいくと、エレシアさんも “名字持ち” だったような気がするのですが。……エレシアさんは……」

「あぁ、エレシアちゃんはここら一帯をまとめてる領主一族の長女だからな。現当主(げんとうしゅ)……エレシアちゃんの父親なんだが、その数代前が武功(ぶこう)を立てて国から爵位(しゃくい)が与えられたとかで、一応男爵(だんしゃく)位も持ってるんだぜ ! こんな俺らみたいなのがいるとこで働いてはいるが、正真正銘(しょうしんしょうめい)貴族令嬢(きぞくれいじょう)ってやつだな」



  そうエレシアさんのことを話すナノヤさんは、まるで自分のことのように嬉しそうな表情(かお)をしていて、彼女たちがいかにこの地で愛されているのがひしひしと伝わってきた。

  彼女とこれまで話してきた中で、仕草や言葉遣(ことばづか)いからいいところの出だろうとは予想していたが、男爵令嬢であるとはさすがに驚いて目を(またた)いた。

  さらに彼女には2つ下の弟がいるらしく、彼がルモンド家、ひいてはクロアドール(この土地)を治めることになるのだと熱く語っていた。そしてそのままルモンド家についての話が白熱(はくねつ)してきたところで、ナノヤさんは僕の生温かい視線に気づいて頰を赤くさせていた。



「ごほんっ……ちょっと話がズレちまったな。とにかく、名前からいってここに来る前はお前も貴族だったって話だ。ここに運んできたときも、見たことはねぇけどいい服着てたし……もしかしたらそうかな、とは思ってたが」


  そう言って彼が顎で示したのは、ベット横のサイドテーブルに置いたままの僕の制服。地球ではごく一般的な深緑(しんりょく)のブレザーに黒のスラックスとネクタイ、黒のセーターとマフラーという服は、この世界ではなかなかに上等なものに位置付けられるらしかった。


「……なるほど、そうだったんですね。理解できました」


  僕が最初にフルネームを告げたときに驚いたような顔をしていたエレシアさんを思い出し、今になってその理由がわかった。今後は名字を捨てて名前だけを名乗った方が良いのかもしれない。



「……僕がどういった家の出身かはまだ思い出せないので……それまではとりあえずイオリ、と名乗ることにします」

「それがいいだろうな。下手に貴族って思われてトラブルに巻き込まれるのも面倒だろうし」


  ナノヤさんにも同調してもらい、これからは名字は封印(ふういん)し、「黛伊織(まゆずみ いおり)」改め「イオリ」として生活していくこととなった。



「んじゃあ次は……この店のことでも話すか。ここの 1階はお前も見た通り酒場になってて、依頼帰りとかの冒険者が集まる()まり場になってる。“冒険者” ってのは、そのまんま冒険する人、だな」


  そこまで話したところで彼は立ち上がり、窓へと歩み寄っていかにも冒険者らしい無骨(ぶこつ)な指を外に向けた。



「隣にあるのが冒険者組合(ぼうけんしゃくみあい)、通称“ギルド”の支部だ。あそこの受付で誰かに頼みたいこととかを依頼すると、依頼用紙(シート)として張り出される。それをギルドに冒険者登録してる冒険者達(俺ら)が内容とか、金がいくらもらえるかとかをよく選んで受ける。そんで依頼内容を達成すれば依頼達成金(いらいたっせいきん)がもらえるって仕組みだ」


  僕たちの視線の先では、武器を手にもち戦闘服を着た人々ーー冒険者たちが隣の建物へと次々と吸い込まれていくのが見える。



「……依頼というのは、誰でも頼むことができるんですか。例えば、そのギルド……に登録していなければいけないとか何か制限は」

「登録してないやつでも、基本大丈夫だ。ただ、過去に犯罪歴とかがあるやつはギルドから特別審査が入ったりするけどよ。まぁそれは冒険者登録するときも一緒だ、冒険者に相応(ふさわ)しい人物であるか、っつーのを見極める必要があるとかで、登録するときに過去のことを全部調べられるぞ」

「へぇ……」


  僕は窓から吹き込んだ風で目にかかった髪を指でかきあげながら、ナノヤさんの方を振り向いた。



「ギルドには、どんな依頼があるんですか。……確か、ナノヤさんが僕を見つけてくださったときも依頼の帰りだったとエレシアさんから聞きましたが」

「あぁ、あのときは隣町まで商人を護衛するって内容でな。他にも同じ依頼を受けたやつが何人かいたから、一緒に帰る途中だったんだが」


  そこで僕と目を合わせ口元を緩めると、窓枠に手をかけ考えるように(そら)に視線を向けながら、



「他には……そうだな、依頼にも難易度別に上から S、A、B、C、D、Eってランクが分かれてるんだが。Eランク…… 1番簡単なやつだと、家の修繕を手伝って欲しいとか買い物の荷物を持って欲しいとか、小さい子どもでもできるやつだな。それより上のランクとなると、他国から来た友人の手紙を翻訳(ほんやく)して欲しい、いわゆる知識が求められるやつとか。魔物退治に参加求める、とかより危険度が高くなって依頼達成が難しくなるやつだな」


  ちなみに俺があのとき受けてた護衛依頼はDランクだぞ、と軽く付け足しナノヤさんはテーブルへと戻って背もたれに背を預けた。


  魔物というと、以前(しょう)が読んでいたファンタジー小説に似たような設定があって、翔に勧められるがまま僕も読んだ覚えがある。その中では、本能のままに人を襲う生き物、と説明されていた気がする。おそらく異世界(ここ)でも似たようなもののことを言うのだろう、と納得した。

  あのときはなかなか面白い小説だね、と翔と感想を言い合っていたが、まさかそのときの知識がこんなところで役に立つとはーー。地球での日常が遠く思えて、(さび)しくなった。



「ーーとまぁ、説明するものといえば今んとここれぐらいか ? すまんなイオリ、俺は人に説明するのとか下手だからよ……ここまでの話は理解できたか ? 」

「えぇ。……とてもわかりやすかったです、ありがとうございました」

「そ、そうか……」


  照れたように視線を逸らすナノヤさんからその後も話を聞きながら、僕はこの世界で生きていくためにある決意を固めていた。


「……あ」

「ん ? 」

「……そういえばもう一つ大切なことを忘れていました」

「おぉ ! 何だ ? 」

「僕、この国の文字が読めません」


  淡々と告げると、ナノヤさんは一瞬呆気(あっけ)にとられたように目を丸くしていたが、やがて膝を叩きながら声をたてて笑った。





最初から最後までひたすらナノヤさんが説明する説明回でした。領主・貴族の名前設定のあたりとか、なんとなくで書いてしまっているのでおかしいところがあるかもしれませんが……大目に見ていただけると助かります。



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