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きっと、僕の魂が覚えてる。  作者: 長月
第一章
37/39

イシュの街〈2〉




 次の日、7時前には目を覚ました僕たちは宿の1階にある食堂で朝食を摂りながらその日の予定について話していた。


「じゃあ今日はみんなでこの街を散策するってことでいいか」

「いいよー」

「賛成」

「いいですよ」


 と朝食を食べながら3人から返事が返ってくる。僕も付け合わせのサラダを口に入れながらそっと頷いた。


「と言ってもさすがに朝早いし、少し部屋で休んでから出かけることにしよう」

「そうですね」


 と決まったところで、ちょうど4人ともほぼ同時に食べ終わる。席を立ち上がって部屋に戻ると、エレシアがいつもの冒険者服からお出かけ用の服に着替えると言ってバスルームに入っていった。


 残された僕たちはテーブルについて談笑する。そのまま3分ほど経った頃、ガチャリとバスルームへ続くドアが開いてエレシアが姿を見せた。


「お待たせしました」

「おぉ、似合ってるよエレシア!」

「リボンが可愛くてエレシアちゃんに似合ってるね」


 こちらに向かって歩いてくるエレシアが着ているのは、いつぞや僕と一緒に祭りに出かけた際に買った空色のワンピースだ。こうして着るのをみるのはマゼンタとラファは初めてなため、エレシアの姿を見て歓声を上げていた。


 僕は空いていた目の前の席についたエレシアを微笑みながら見つめる。


「本当に似合っている。髪飾りもつけてくれたんだな」

「はい!なかなか冒険にはつけていけないですから、この機会にと思って」

「可愛い」

「あ、ありがとうございます……」


 銀髪の美少女が顔を赤らめて恥じらっている姿は文句なしに可愛らしい。僕たち3人は微笑ましくその様子を見守った。


「マゼンタは着替えないんですか?」

「あたしは動きやすい服が好きだからこれ以外の服を持ってないんだ」

「じゃあ今日買いに行きましょう!」

「まぁそれもいいかもね」

「マゼンタは綺麗だから何を着ても似合うと思うんです、選ぶのが楽しみです!」


 キャッキャと楽しそうに笑い合う女性2人組に僕とラファは今日は女性陣の買い物に付き合うことになりそうだと無言で目を見合わせて肩を(すく)める。


 それからしばらく談笑して外から人々の声が聞こえるようになってきた頃、僕は椅子から立ち上がった。


「じゃあそろそろ行こうか。お昼は適当に食べ歩きでもしよう」

「いいねぇ」


 4人で宿を出て、露店の並ぶ街の中を進んでいく。宣言通り女性陣が服を選ぶのを見守ったり、時々美味しそうな食べ物を見つけては買って食べてを繰り返しているうち、露店の並ぶ端の辺りまでたどり着いていた。


「はぁー、買った買った!こんなに買ったのは久しぶりだよ」

「絶対マゼンタに似合うと思いますよ!ですよね、イオリ?」

「そうだな。マゼンタに合ったコーディネートだと思う」


 実際、黒の生地に白のリボンが胸元についたブラウス、ライトブラウンのパンツなどマゼンタのスタイルの良さを活かしたコーディネートはぴったりだったと思う。普段着飾らない彼女がこれを着て街を歩けば男たちの注目を集めること間違いなしだろうと思った。


 ラファも同じ意見のようで、マゼンタに買った服について感想を述べている。それにマゼンタが嬉しそうに笑うのを見て僕たちも微笑んだ。


「じゃあこの後はどうする?先に進むかい?」

「そうだな……」


 チラリ、とエレシアの方を見てみると興味深そうに露店の先の店を覗いている。僕はそれを見て視線を前に戻した。


「……先に進んでみようか。それで見たい店があったらみんな遠慮せず言って。中に入ろう」

「分かった」


 ということで4人並んでウィンドウショッピングをすることにする。時折気になった店に入って買い物しながら進んでいくと、とある店の前でマゼンタが立ち止まった。


「ちょっとあたし買いたいのがあるからラファとイオリはここで待ってておくれ」


 というので店先を見てみると、女性用の下着を売っている店のようだ。僕は納得して頷いた。


「わかった。ゆっくりどうぞ」

「ありがとね」


 マゼンタとエレシアが中に消えていくのを見送って、僕とラファは軒下に(たたず)む。


「あーあ、俺も中に入りたかったなぁ」

「変態なの?」

「失礼な!見たいって思うのは成人男性として当然の感情だと思うけど?」

「僕は思わないけど」

「イオリは別!」


 謎理論をふりかざして熱弁するラファに軽蔑の目を向けつつ、それさえ楽しみながらマゼンタたちが出てくるのを待つ。


 そうしてしばらく話していると、僕たちから見て右の道からゴトゴトと音を立てて馬車がやってくるのが見えた。この世界では裕福な商人や貴族は街の中も馬車で移動するのが通常らしいので、特に思うこともなくそれを見つめる。


 すると隣から同じく馬車を見つけたラファが、


「あの馬車から美女でも降りてこないかなぁ」

「…………」

「ちょ、そんな目で見ないで!」


 と2人でやり取りしていると、馬車が隣の店の前でぴたりと止まった。ラファの話のせいではないが、なんとなく馬車の扉が開くのをぼんやりと見つめる。中からは若草色の髪をした30代後半ぐらいの美しい女性が降りてきたので、後ろでラファが小声で興奮している。それを鬱陶しく思いながら前に視線を戻した瞬間、僕の中の時が止まった。


 扉に手をかけて降りてくるその女の子。ストレートの長い黒髪に、白のブラウスにワインレッドの膝丈スカートを履いたその女の子が馬車から地に降りてゆっくりと顔をあげる。その顔を見て、僕の口からぽろりと言葉が(こぼ)れでた。


「……若菜さん?」


 隣の店までは約5メートルほどの距離があったにもかかわらず、僕の声を聞き取ったらしいその女の子がバッとこちらを振り向いて固まる。次いで口元に両手を当てその黒目がちな瞳を目いっぱい見開いた女の子が、


「まさか……伊織さま?」


 と呟く。僕がそれにやっとの思いで頷くと、その女の子はみるみるうちに目を潤ませてよろめいた後、こちらに向けて駆け寄ってきた。


ーーカラン。


「お待たせー……」


 僕の胸に女の子が飛び込んでくるのと、横のドアからマゼンタの声がするのはほぼ同時だったと思う。けれど今はマゼンタの声が頭に届かないくらい僕は動揺していた。


「本当に若菜さんなの……?」

「はい、はい……伊織さま。若菜でございます。生きておられたのですね……!」

「若菜さん……」


 ギュッと僕の胸に抱きつく彼女の背中に手を回す。その温かな体温にやっと思考が追いついてきた僕は、力を込めて彼女を抱きしめ返した。


 どうやら彼女は泣いているようで彼女が顔を押し当てている僕の胸の部分が冷たい。それさえも気にならないくらい、僕たち2人はその場でただ抱きしめ合っていた。





◇◇◇




 イオリの胸の中に、黒髪の小柄な女の子が飛び込んでいくのがまるでスローモーションのように見えた。対するイオリはこれまで見たことがないくらい動揺しているようで、目が左右に揺れ動いている。しかしその手はしっかりと女の子を固く抱きしめていて、私は打ちのめされるのを感じた。


 ズキズキと痛む胸に両手を当てる。


(ーーそっか。私、イオリのことが好きだったんだ……)


 奇しくも、私がイオリのことを好きだと自覚したのはその瞬間だった。しかし、それは同時に私の恋が終わりを迎えた瞬間でもあった。


 あの女の子は誰だろう。そんな疑問が後からやってくる。気遣わしげにこちらを見るラファとマゼンタに気づかないくらい、私はイオリとその女の子が抱きしめ合う様子を眺めたままただ突っ立っていた。


 私にとって永遠とも思える沈黙を破ったのは、右側から歩いてきた30代後半くらいの美しい女性だった。


「ワカナさん?その方はどなた?」

「ヴィラさん……こちらは伊織さまと言います」


 とやっと抱きしめ合っていた2人が離れる。しかし女の子はイオリの腕に寄り添ったままだ。


「イオリさん、ね。どういうご関係なの?」

「それは……」


 何故か口籠もってイオリと目を合わせる彼女に、女性が納得したように頷く。


「そう……。彼もあなたと同じなのね?」

「!はい……」

「わかったわ。じゃあいつまでもここにいないでどこか場所を移動しましょう。人目も集まってきてるわ」


 そう言われて辺りを見渡すと、周囲に興味深そうにこちらを見る人々が円を作っていた。女性が馬車を指差して私たちを見回す。


「みなさん馬車にお乗りになって?」

「……わかりました」


 ラファとマゼンタと3人で目を合わせ、頷き合う。それに安心したように微笑んだ女性は行くわよワカナさん、と女の子に声をかけると馬車に向かって歩いて行った。


 私たちもその後を続く。前を歩くイオリはワカナさん、と呼ばれていた女の子の肩を抱いていた。またズキン、と胸が痛む。なんとか全員で馬車へと乗り込むと、正面に並んで座っているイオリとワカナさんの姿が嫌でも目に入る。ワカナさんはまだ涙が止まらないようで、イオリの肩に顔を押し付けながら声を押し殺して泣いているようだった。それをイオリが大丈夫、と優しい声音(こわね)で声をかけながら頭を撫でている。私も泣きそうになったが、グッと唇を噛んで我慢した。


 それから沈黙の続く中5分ほど馬車を走らせて着いた場所は、カフェだった。順番に降りてカフェの中へと6人中に入る。


「ワカナさん。良ければイオリさんと2人でお話してらっしゃいな」

「……いいのですか?」

「もちろんよ。ただし後で話せる範囲でいいから事情を聞かせてちょうだい」

「ありがとうございます」

「……ありがとうございます」


 ワカナさんの後にそうイオリも言葉を続けて、奥の方にある席に2人寄り添いながら向かっていく。それを無言のまま見送っていると、ヴィラさん、と呼ばれていた女性がくるりと振り返って私たちを見回した。


「さて。突然こんなことになってしまってごめんなさいね。私たちも席につきましょうか」

「そうですね」


 頷くラファに従って4人で奥から離れたテーブル席につく。イオリとワカナさんの姿は見えるが、話の内容は聞き取れない席だ。あえてこの席を選んだのだろう。それぞれ紅茶を注文してひと段落したところで、ヴィラさんが口を開いた。


「まずは自己紹介から行きましょうか。私はヴィラといいます。タナの街で夫が商人をしているのでその補佐をしています。さっきの子はワカナといって今私たちのところで働いてくれています」

「俺たちはラファエル、マゼンタ、エレシアといいます。イオリも含めて4人で冒険者をしています」

「まぁ……みなさんお綺麗だから冒険者の方とは思わなかったわ。あ、でもこう言ったら冒険者の方に失礼ね」

「いえ」


 と目元に(しわ)を作りながら朗らかに笑うヴィラさんは確かにやり手の商人といった貫禄がある。


「それで……先ほど『彼もあなたと同じなのね?』と言っていましたが、あれはどういう意味ですか?」

「それは……」

「失礼します。ご注文の紅茶をお持ちしました」


 その時ちょうど店員が運んできた紅茶を受け取って、再度ヴィラさんを見る。ヴィラさんは難しい顔をして紅茶を一口啜った。


「……イオリさんが、どこから来たのかみなさんはご存知?」


 その質問に私の胸がどきり、と先ほどの胸の痛みとは違う音を立てる。思わずヴィラさんをじっと見つめてしまう。それに気づかないラファは訝しげな表情で、


「イオリは記憶喪失なんです。だからどこから来たのかは……」

「……そうなのね」


 と言ったヴィラさんは再び黙り込む。マゼンタはその間ただ何も言わずにじっとヴィラさんの様子を伺っていた。


「……それなら残念ながら、私からお伝えできることはないわ。あの子たちに直接どういう関係なのか聞いてみてちょうだい」

「はぁ……」


 いまいち納得しかねる、といった顔でラファが頷く。でも私はヴィラさんが何を言いたいのかわかったような気がしていた。きっとあの女の子、ワカナさんはイオリの前の世界での知り合いだ。ヴィラさんはそのことを知っていて私たちに言えないでいるのだ。


 私はそっとイオリたちのいる席の方を見た。ワカナさんはやっと涙が止まったようで、今は2人とも真剣な顔で話し合っている。


(彼女、なのかな……)


 今は私と恋人の振りをしてもらっているけれど、そういえばチキュウ、という世界でイオリに恋人がいたのかは聞いたことがなかった。あえてその話題を避けていた面もあるけれど。もしワカナさんがチキュウに残してきた恋人なのだとしたら、もう私に役目はない。またジワリと涙が(にじ)んでくるのを、私は紅茶をごくりと飲むことで自分を誤魔化した。


 それから約15分ほど、無言のまま時間を過ごしていると、遠くからイオリたちが立ち上がってこちらにやってくるのが見えた。


「……お待たせして申し訳ありません、ヴィラさん」

「いいえ。大丈夫よ。それよりもよくイオリさんとお話できた?」

「はい」

「それは良かったわ」

「あの……先ほどは名乗らずに失礼しました。イオリと申します」

「私はヴィラ。よろしくね、イオリくん」

「はい。よろしくお願いします」


 と挨拶したところで2人も席に加わる。右斜め前に座ったワカナさんについ目がいく。彼女は黒髪に黒目、すっと通った鼻筋にピンク色の薄い唇と文句なしの可憐な美少女だった。その現実にまたしても私は勝手に打ちのめされる。


(こんな可愛い子に私なんかが勝てるわけない……)


 沈んでいると、私の左隣に座ったラファがイオリに向かって問いかける。


「それで?ワカナさんとはどういう関係?」

「若菜さんは……」

「伊織さま……」


 とここで2人目を合わせる。そしてイオリはゆっくり頷くと、決心したようにラファに向き直った。


「若菜さんは……僕の前からの知り合いだ」

「!それ……どういう意味?」

「前に僕にも話したくないことがあると言っただろう。その一つがこれだ。本当は僕は……記憶喪失なんかじゃない」

「「!」」


 ラファとマゼンタが衝撃を受けているのが分かる。


「記憶喪失じゃ……ないって?」

「あぁ。本当は僕はちゃんと記憶もある。何故常識知らずなのかとかは……まだ詳しく話せないけれど。これまで嘘をついていてすまなかった」

「…………」


 ラファとマゼンタが考え込んでいる。その様子を見ていると、バチッと訳知り顔のヴィラさんと目が合った。


「もしかしてエレシアさんはこのことを知っていたんじゃなくて?」

「!…………はい。知っていました」

「エレシアちゃんも?」

「はい……ごめんなさい」

「いや、謝ることじゃないよ」


 首を横に振るラファに申し訳なくて首をすくめる。すると今まで黙っていたマゼンタが口を開いた。


「正直、話してもらえなかったのは悔しい気持ちもあるけどね……イオリにも事情があったんだろう?じゃあ仕方ないさね」

「マゼンタ……ありがとう」


 頭を下げるイオリにマゼンタが気にするんじゃないよ、とヒラヒラと手を振る。


 それでやっと気持ちが落ち着いたのか、ラファが再度イオリに問いかけた。


「じゃあワカナさんはどういう知り合いだったの?」

「私は伊織さまの親友の恋人ですわ」

「親友の恋人?」


 思わず、と言った様子でラファがおうむ返ししている。私も同じ気持ちだった。ただ、ワカナさんがイオリの恋人ではないと聞いただけで、単純にもあれだけ沈んでいた気持ちが浮上していくようだった。


「イオリ……あんた親友なんていたのかい」

「いた。マゼンタ、さすがにその発言はひどくないか」

「思ったことを言っただけだよ」


 というとしぶしぶ、といった様子でイオリが口をつぐむ。そのやりとりを見ていたワカナさんは、くすくす、と可愛らしい笑い声を漏らした。


「伊織さま、みなさまと仲がよろしいんですのね」

「……まぁ。一緒に旅をしているし」

「前の伊織さまを知っていたらそんなこと考えられませんわ。人付き合いなんて面倒くさい、とか言って断っていたでしょうに」

「……否定はしない」

「ふふ」


 ワカナさんがイオリの親友の恋人さんだと聞いても、2人が仲良さそうなのには変わりがない。ワカナさんに嫉妬してしまいそうな自分を必死に抑えた。


「それに……こんな可愛らしい方と一緒だなんて。羨ましいですわ」

「私、ですか?」


 真っ直ぐに私を見て言われた言葉に困惑する。ワカナさんはそんな私を見てにっこりと微笑んだ。


「そうです。エレシアさまみたいなお綺麗な方、わたくしこれまで見たことありませんもの」

「そんな、綺麗だなんて……ワカナさんの方が可愛らしくて羨ましいです」

「まぁ」


 嬉しそうに微笑むワカナさんに諦めたようにため息をつくイオリ。そうして話していると、ヴィラさんが話に割り込んできた。


「ワカナさん、話が逸れているわよ」

「あっ、そうでしたわ。とにかくわたくしは伊織さまの親友……(しょう)と言うのですが、彼の恋人なので伊織さまとは顔見知りなのですわ。さっきは見知った顔を見て感動してしまって。思わず走り出していました」

「僕もまさか若菜さんがこんなところにいるとは思わなかったから、驚いた」

「抱きつくなんてはしたない真似をしてしまって申し訳ありませんでした、伊織さま」

「こちらこそ」


 ぺこ、と2人揃って頭を下げ合って微笑んでいる。その様子にもまたチクリ、と胸が痛むのを私は気づかない振りをした。


「それで、ラファ。マゼンタ、エレシア。実は翔が明日この街に到着するみたいなんだ。だから明日はちょっと別行動してもいいか?」

「ショウさんも私たちの仕事を手伝ってくれていて、今日は私の夫と一緒にそっちに行っているの。今日の夜には合流する予定なのよ」


 とヴィラさんが付け加える。


「もちろんいいよ。というより、俺たちもイオリの親友に会ってみたいな」

「……え」

「そうだよ、あたしもどんな人と仲が良かったのか知りたいねぇ」

「私も会ってみたいです」

「……そう?じゃあヴィラさん。もし良ければ4人でお邪魔してもいいでしょうか」

「いいわよー。じゃあ明日の14時にこのお店に集合でどうかしら?」


 笑顔で首を縦に振るヴィラさん。私たちはその言葉に同意を返して、その日は解散することにした。


「では伊織さま、また明日」

「あぁ。また明日。翔によろしく」

「もちろんですわ」


 と会話を交わし、店の外でそれぞれ左右に別れる。手を振って去っていく2人を見送って、イオリはこちらに向き直った。


「……今日はすまなかった。突然こんなことになって」

「謝らなくていいんだよ。そりゃ、あんたが記憶喪失じゃなかったって聞いてびっくりはしたけどね」

「……それもすまなかった」

「もう謝ってもらったんだからその件もいいんだよ。……それより、ワカナちゃんとショウくんって子はどんな子なの?」


 私たちはもう買うものもないからと、宿に向かって歩きながらそんな話をする。


「若菜さんは見ての通り生粋のお嬢様だ。いつも柔らかく微笑んでいて、淑やかな子だな」

「イオリはああいう子はタイプじゃないのかい?」


 マゼンタの質問にどきり、とする。イオリはそれになんてことないような顔をして、


「若菜さんのことをそういう風な目で見たことはないよ。可愛い子だとは思うけれどね」

「そっか」


 その言葉に安心半分複雑な気持ち半分、といった気分になる。イオリも女の子を可愛いとかって思うんだ……と思った。


「翔は……一言で言えばうるさいな」

「うるさい?」

「あぁ。よく喋る。表情にも感情が出るし社交的だし……周りからも昔から僕と翔は性格が正反対だってよく言われてきたんだ」

「正反対ねぇ。なるほど。なんとなく分かった気がするよ」

「そ?」


 マゼンタの言葉に頷いて同意した。そんなことを話している間に宿に着く。部屋に戻ると、それぞれ買ってきたものの整理を始めた。


 といってもそんなに量はなくすぐに終わったので、テーブルについて先ほどの話に戻る。


「じゃあそのショウくんって子とは小さい頃から仲が良かったんだ」

「あぁ。父親同士も仲が良かったから、物心がついた頃にはいつも一緒にいたな。学校でも不思議といつも同じクラスになったから一緒にいたし。もう10年以上の付き合いになるな」

「それは……想像以上だね。ワカナちゃんとはどのぐらいの付き合いなの?」

「そうだな……翔と若菜さんが付き合い始めたのが1年半以上前で、割とすぐ僕に紹介されたから僕とは1年半くらいかな。といってもそんなに顔を合わせる機会はなかったんだけど」

「なるほどね……」

「翔と若菜さんは婚約しているんだ。だから若菜さんに手を出すんじゃないぞ、ラファ」

「俺!?いくらなんでもそんなことしないよ」


 そう言うラファにマゼンタと2人疑いの目を向ける。それに焦ったのか、ラファは急いで話題を変えた。


「というか!イオリにもこれまでの記憶があるなら聞いておきたいんだけど」

「?何」

「これまで恋人がいたことはあるの?」

「!」


 思わずぴくり、と反応してしまう。そんな私をチラリと見たラファはそのまま続けて、


「イオリぐらいの美少年なんだから当然いたよね?」

「いや。……告白されたことはあったけど、全部断っていたから彼女はいたことがない」

「そうなのかい?何人ぐらいに告白されたんだい?」

「それは……」

「それは?」


 途端言いにくそうに口籠もるイオリにマゼンタが問い詰める。すると観念したようにイオリが一つため息をついた後口を開いた。


「そうだな……正確な人数は数えてないけど100人は超えてたんじゃないかな」

「ひゃく……!?」


 思わず声が裏返る。そんな私を置いて話は続いていく。


「そりゃまたすごい数だねぇ。それなのに恋人がいなかったと」

「あぁ。……どの子のことも好きでもないし嫌いでもなかったから。いわゆる無関心と言える状態だったのかな。だから全部断っていた」

「そうなんだ」


 とラファが相槌を打っているが、私は先ほどの衝撃からまだ戻れそうにない。100人以上に告白されたなんて……。


「でも翔の方がもっと凄かったんだ。僕と比べて社交的だから女の子の知り合いも多くて、僕の1.5倍くらいは告白されてたんじゃないかな」

「ショウくんもかっこいいの?」

「あぁ。顔は可愛い系の美少年だな」

「そりゃまた……。そんな2人が一緒にいたらどんな風だったことか想像がつくよ」

「あぁ……大変だったな……」


 イオリが遠い目をしている。詳しくは話してくれなかったけれど、実際女の子たちとトラブルになったこともあったらしい。それで若干女性不信になってしまったそうだ。


「そうなんだ。でも今は大丈夫でしょ?エレシアちゃんがいるんだし」

「えっ!?」


 思わぬところから話が飛んできて焦る。視線を上げると、バチッとイオリと目が合った。しばらく黙って見つめ合っていたが、やがてイオリがふっ、と笑う。


「エレシアは特別だから」

「!」


 穏やかな笑顔で言われた言葉に鼓動が否応なしに早くなる。今日は朝からイオリの一挙手一投足に振り回されっぱなしだった。


(特別ってどういう意味ですか!?)


 声には出さず混乱する中、ラファとマゼンタがニヤニヤしているのが分かる。私はそれにも恥ずかしくなって、そっと俯いた。


「でもそっかー。そしたらショウくんに会うのも楽しみだなー」

「そうだね。イオリ以上のモテ男とは興味があるさね」


 とラファとマゼンタの2人は楽しそうだ。私はまだ混乱から抜け出せないまま、それをぼんやり見ていた。


 それから他愛もない話をして、時間は過ぎていった。 






間が空いてしまいました。読んでくださっている方、すみません。この後の展開にも悩みます。

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