中央図書館〈2〉
そして次の日もそれぞれ自由時間にした僕は中央図書館へと再びやって来ていた。マゼンタはもう本に飽きたと言うことで、やって来ているのは僕とラファ、エレシアの3人だ。
昨日目的だった異世界手記を読み終えたので、次は魔族について調べているところだった。魔族の資料は図書館でも少ないようで、すぐ見つけることができた。
御伽噺も含め魔族に関する本を読むのはこれで3冊目だ。3人で同じテーブルに座り、僕は黙々とページを捲った。
これまでにわかった魔族についての情報をまとめるとこうだ。
魔族はその昔神から分かれた種族であり、知力・魔力・身体能力・容貌全てに優れた存在。その知力は人間を上回り、魔力量はエルフを上回り、身体能力は獣人を上回ると言う。特に魔術の中でも闇魔術に優れ、魔族のみが使える魔術もあるらしい。容貌については白銀の髪に同じく銀色に輝く瞳、白皙の肌とまさに人外の美しさだと言う。その寿命は1000年を超え、神話の時代から生き残っている魔族もいると言われている。そういった全てに優れた完璧な種族であることから、アテュカスにおける御伽噺に登場する存在であるとされている。
ここまでは本で読んだりエレシアたちから聞いていた内容だ。しかしこの図書館には各地の新聞も集まっている。新聞を読むと魔族のその危険な思考が理解できた。
彼らはある日突然街中に現れ、人を襲うと言う。彼らは一様に「至高の存在である我々が人間という下等生物を支配し、管理する」といった趣旨のことを言うのだそうだ。そして魔術を使って街中を破壊する。それに伴って死傷者が出ようと目もくれず、人間が支配下に下るのを待つのだそう。
すでにいくつかの街が魔族の手によって半壊し、その手の中に落ちたと新聞は報じていた。
「魔族、か……」
周りに聞こえないよう口の中で小さく呟く。先日女神イルヴェール様より、この世界を救うため魔族の出現に対処するようにと言われていた僕には無関係な話ではない。いつか必ず相対しなければいけない存在なのだ。
その時のために知識も力も両方身につけておかなければ何もできない。地球で刺された時のように何もできない無力な自分にはなりたくなかった。
その一心で再び魔族に関する本を読む作業に移る。しかしこれといって目ぼしい情報は見つからない。はぁ、と小さくため息をついて疲れた目を揉み解した。
「イオリ、大丈夫ですか?」
「大丈夫、なんでもない。何か情報はあった?」
「いえ、伝え聞いている話以上のことは何も……ラファはどうですか?」
「俺もないね」
「そうですか……」
と落ち込むエレシアの頭をそっと撫でる。
「もとから資料が少ないのはわかっていたことだ。仕方ない」
「そうですね……」
とはいえ、ここまで資料が少ないとは。さまざまな本が集まるという中央図書館でさえこれなのだからいかに少ないかというのがわかる。僕はもう一度ため息をついた。
読み終わった本を脇に退け、霞んできた目をよそに新しい本を手に取る。そこに書かれている情報を頭に叩き込んでいった。
それから約3時間後、そろそろ出ようかということになり図書館を出る。外は徐々に日も暮れてきていた。
「じゃあ宿に戻ろう。マゼンタもそろそろ宿に戻っているだろう」
「そうだね」
ということで3人で宿に向かって歩き出す。途中ラファがナンパ目的の女性たちに絡まれるというハプニングもあったが、無事宿へと戻ってきた。部屋の中に入ると、マゼンタがベッドに座って剣を磨いていた。
「おぉ、みんなおかえりー」
「ただいま」
「欲しい情報は見つかったかい?」
「それがぜーんぜん。どれも見たことある情報ばかりだったよ」
「そうかい。それは残念だったね」
肩を竦めるラファにマゼンタがそう返す。そして磨いていた剣を収納袋にしまうと、部屋に備え付けてあるテーブルについた。
「あたしは今日ギルドに行って来たよ」
「ここのギルドのレベルはどうでしたか?」
「まぁまぁってところだね。Bランクの依頼もあったしね。……あとは、ギルドでもいよいよ話す魔物の件と魔族の件が話題になってるみたいだったよ」
「魔族が?」
「あぁ。信じてる人と信じてない人半々ってところだったけどねぇ」
「そうか……」
魔族のことがいよいよ噂になってきていると聞いて、この世界に危機が迫っていることを感じる。未だ魔族への対抗法などは見つかっていないけれど、女神の言うことにはどうやら戦うのが僕の使命のようである。
どのみち元の世界には帰れないのだから、この世界で戦って死んだとしてもーー
「……イオリ?」
「あぁ……すまない、ぼーっとしていた」
「あんた最近上の空なのが多いね。大丈夫かい?」
「あぁ、ちょっといろいろ考えてしまうだけだから」
「それならいいんだけど……」
心配そうな顔をする3人に心配をかけないよう意図して笑顔を返す。それに伺うような視線を向ける彼らを無視して、僕は指を組んで再び思考に耽った。
◇◇◇
それから3日間、魔族に関する本はもちろん、もともとこの中央図書館に来た目的は僕の記憶を探すことだとラファとマゼンタには伝えてあるので、この世界での生活のことや料理、宗教などさまざまな種類の本を読破した。おかげでだいぶ常識も身についたと思っている。これでこの世界の人々にとって非常識な行動を取らずに済むだろうか、と思う。
今も僕は1人中央図書館に来て本を読み漁っていた。後の3人はおそらくギルドの依頼を受けに行っているはずだ。といってもみんな実力があるので僕1人が抜けたところでなんともない。安心して本に集中できた。
テーブルについて本を読んでいると、さまざまな考えが頭をよぎる。話す魔物や魔族のことなど、僕が対応すべきことはいろいろあるにも関わらず、情報が少ないせいで現状何もできずにいる。それがもどかしくて仕方なかった。
はぁ、と無意識にため息をついた後かぶりを振る。時計を見上げると、もうじき5時になろうかという時間だった。そろそろ帰るか。本を元あった棚に戻して受付証も返し、図書館を出る。着ていたローブのフードをかぶって宿への道を歩き出した。
「お母さーん!」
「はいはい、そろそろ帰りましょうね」
「……」
歩いていると小さな子供を連れた親子とすれ違う。母親は子供に穏やかな眼差しを向けていて、その愛情の深さがわかるというものだった。僕はそれを見て若干暗い気持ちになるのを感じる。
地球に残してきた両親のことを思い出したからだ。父は会社経営で忙しい人であったが仲は良かったし、母も僕のことを愛してくれていたと思う。今頃僕がいなくなってパニックになっているかもしれないと思うと気持ちが沈んだ。
最近こうしてどうにもならないことを考え込んで気持ちが下向くことが多いと自覚する。1人でいるからいろいろと考えてしまうのだ、早くみんなに会おうと僕は足を早めて宿に戻る道を急いだ。
部屋へとたどり着いてガチャリとドアを開ける。
「……ただいま」
「おかえりー」
「おかえり」
「おかえりなさい」
部屋に入ると、案の定3人はもう帰って来ていてテーブルについて談笑しているところだった。
「今日は何か収穫はあったかい?」
「魔族については特に何も。常識については学べたけど」
「まぁ少しでも前に進めたならいいじゃない」
「そうだな」
ポジティブなラファの言葉に頷く。その間に僕も空いている席について口を開いた。
「3人は今日何してたの」
「ギルドで依頼を受けて来ました。メープルビーの討伐です」
メープルビーとは以前護衛依頼を受けた時に倒したハニービーの亜種だ。巣に甘い蜜を作るためメープルビーという名がついたと魔物図鑑に載っていた。ハニービーと同じくその針には毒が仕込まれてあるのでCランクに位置する魔物だ。
「まぁ、12匹だったから1人4匹だったしねぇ。余裕だったよ」
「そうだね」
と話すマゼンタとラファ。やはり僕がいなくとも順調に依頼ができたようだ。
「あ、あとそれと」
「ん?」
「これをギルドから預かりました」
「手紙?」
はい、とエレシアから手渡されたそれは紛うことなき手紙だ。そっと裏返すと、右肩上がりの字で小さく『ナノヤ』と名前が書かれていた。
「ナノヤさんから……」
「はい。私も父から手紙が来ましたし」
「そうなのか」
これです、と白い封筒を見せられる。確かに裏には『カーティス=ルモンド=クロアドール』と書かれていた。聞けば、ギルドに手紙や荷物を預けておけばそれを受け取れるシステムになっているらしい。おそらく僕たちが中央図書館に行く時期を先回りしてギルド宛に返信したのだろうということだった。
「そのナノヤって人は誰なの?」
「僕が瀕死の傷を負って意識をなくしていた時に助けてくれた人だ」
「じゃあイオリにとって恩人なんだね」
「あぁ」
とラファに微笑み返す。何はともあれ、封を切って中身を取り出す。興味深そうに左右から覗き込んでくるラファとマゼンタをそのままに手紙を広げた。
『イオリへ
よぉ、この前は手紙ありがとうな。お前とエレシアちゃん、2人とも元気にしてるなら良かった。これでも心配してたからな。
俺も元気だ。冒険者家業も新しいパーティーを見つけたから、今はそいつらと依頼を受けてるところだ。次お前が帰って来た時には仲間を紹介するから、お前が今一緒に旅をしてる奴らも紹介してくれよ。
最近は話す魔物の件もクロアドール中の噂になって、人々が不安がってるのがわかる。ギルドにも討伐依頼が増えててんてこまいだ。そういや、中央図書館の近くの街で魔族が現れたって話も聞いたが、大丈夫か?お前とエレシアちゃんが無事ならいいんだけどよ。
お前が欲しがってた情報も探してはみたが、見つからなかった。すまないな。一応これからも続けて探してみるよ。
俺は普段手紙なんて書かねぇから何を書いたらいいかわかんねぇな。だからこの辺で手紙は終わりにしとくよ。
次会える日を楽しみにしてる。怪我には気をつけろよ。
ナノヤ』
実にナノヤさんらしい手紙だ。何を書けばいいのかわからないというのは本当だろう、文面から若干の照れが感じ取れた。
「あんたとエレシアのこと心配してるんだねぇ」
「いい人じゃないか」
「それはもちろん」
「そんな人と出会えて良かったね」
「あぁ。幸運だったと思っている」
と返す。そしてエレシアにもナノヤさんからの手紙を読むよう渡して、僕は椅子の背もたれに背を預けた。
「やっぱり他の街でも話す魔物や魔族の件が噂になってきているんだね」
「そうだな……人々がパニックにならなければいいが」
「そしたらあたしたち冒険者の出番だねぇ」
「そうだね。力を持つものは持たないものを守らなければいけないからね」
「守る……」
とラファの言葉を繰り返す。何故かその言葉が心に響いた。
「……」
「イオリ?」
「いや……そういえば僕も冒険者だったんだと思い返していたところ」
「今更なんだい」
「はは」
地球にいた頃とは違う。剣で戦う術も得たし、魔術という攻撃にも防御にもなる手段を得た。その力を誰かを守るために使うことができるということに今更ながら気づいた。
「はい、読み終わったので返しますね」
「あぁ」
エレシアからナノヤさんの手紙を受け取って封筒に丁寧に入れ直す。収納袋にしまって、前を向いた。
「じゃあそろそろ夕食でも食べに行くか」
「そうだね」
「この前のピアノの店に行かないかい?またピアノ聞かせておくれよ」
「そういえばこの前弾いてた曲は聞いたことがないものだったなぁ。あれオリジナル?」
「あぁ、即興で弾いてみた」
「すごいな」
ラファが言っている聞いたことがない曲というのは当たり前だ。地球で流行っていた曲なのだから。ただそれをそのまま伝えることはできないため、流れるように嘘をついた。
「よし、じゃあ行こうかねぇ」
「楽しみです!」
と気を取り直して4人で立ち上がる。部屋に鍵をかけて先日のお店へと歩き出した。
◇◇◇
それから1週間、中央図書館と宿をひたすら行き来する日々が続いた。中央図書館には毎朝新しい情報が入ってくるが、中でも新聞が役に立った。新聞によると、また話す魔物の目撃情報があったそうだ。さらには魔族が街に出現したらしく、そこの街も魔族の手に落ちたと報じられていた。魔族が現れる頻度も多くなってきているし、その情報の拡散は抑えられるものではない。この世界に不安が広がってきているのがわかる。
現状僕にできることは何もなかったが、先日ラファが言っていたように力ない人々を守るため今は知識をつけるべき時だと自分に言い聞かせていた。
今日も本や新聞を読んで目が疲れてしまったため、早めに図書館を後にする。宿の部屋についてドアノブに手をかけると、ガチャンと音が鳴った。鍵がかかっている。まだ3人は帰ってきていないようだ。
スペアキーは持っていないので、仕方なく1階に戻って座って待つことにする。やることもないので再び本を取り出して読んでいると、周囲のヒソヒソ話が聞こえてきた。
「おい、あれが氷王子だろ?」
「あぁ……女たちがキャアキャア騒いでたな」
「まぁあの顔じゃあな。……それにしても記憶がないっていうんだろ?」
「あぁ、そうみたいだな。この前クロアドールから来たやつがそう言ってたよ。なんでも血だらけで運び込まれて起きたら記憶がなかったって」
「何があったんだろうな、一体。貴族の争いか?」
「あながち間違いでもないかもしれないぞ。運び込まれた時見たこともない高価な服を着てたらしいからな」
「へぇ。じゃあ話しかけない方がいいな」
「そうだ、変に巻き込まれても困るしな」
ここまで全て丸聞こえである。僕は特に地獄耳というわけではないのだが、自然と聞こえてきてしまうのだ。この世界にやってきてから、身体能力はもちろん聴覚や視覚など五感の能力も上がっているように感じた。
クロアドールの街にいた時にも似たようなことはあったためもう噂話をされるくらいで動揺はしないけれど、視線が集まるのは時折鬱陶しく感じることもある。僕は小さくため息をついて本に集中した。
それからどれぐらい経ったのか、ふと気配を感じて顔を上げると3人がこちらに向かって歩いてくるところだった。
「イオリ。悪かったね、待たしちゃって」
「別にいいよ」
「部屋に戻るかい?」
「あぁ」
おかえり、と言って本を閉じながら立ち上がる。そのまま本を小脇に抱え、ただいま、と微笑む3人と一緒に部屋へと戻った。
手を洗った後備え付けてあるキッチンに立って紅茶を淹れる準備をする。手早く準備を終えると、僕はそれを持ってテーブルへと向かった。4人分紅茶をティーカップに入れて3人に配る。自分の分もテーブルに置いたところで、席についた。
「今日は何してきたの」
「今日はレッドウルフの群れを討伐してきたんだよ」
「群れ?」
「23匹いましたよ」
「それはまた……」
レッドウルフもあまり群れを作らない種族として有名だ。それが23匹もまとまっているとは。魔物の大量発生も深刻だな、と思った。
「あちこちで魔物が見られているみたいで、ギルドも忙しそうでした」
「ほんとにね。職員が駆け回ってたもんね」
「その分冒険者も忙しいんだけどねぇ」
と笑うマゼンタは相変わらず見た限り傷一つない。この人が怪我をするなんて出会った当初話す魔物に動揺していた時くらいだろうな、と改めて思った。
「イオリは何してたんだい?」
「中央図書館で本と新聞を読んでいた」
「またかい、よく飽きないねぇ」
「文字を読むことは好きなんだ」
「あたしはすぐ眠くなっちゃうけどねぇ」
と言って肩を竦める。僕はそれに笑って、
「でもおかげでいろいろ学べたと思う」
「それは良かったですね」
「あと、新聞にまた魔族が現れたと載っていた」
「あ、それ知ってるよ。ラスタの街でしょ?他の情報屋から聞いたよ。と言ってもまた魔族が現れた、ぐらいしか知らないけどね」
「そうか」
いつもどこからとなく情報を仕入れてくる情報屋のラファでさえこれしか知らないのだから相当だろう。僕はゆっくり瞬きをして考えを整理した。
「魔族のことがこの世界に浸透してきているんだな」
「そうだねぇ。みんな危機感を持ち始めたみたいだからねぇ」
「存在さえ認識していれば、いざという時逃げる事ができる。危機感を持つのはいいことだろう。そうだろう、ラファ?」
「うん、俺はそう思ってるよ」
僕の問いかけに真剣な表情で首肯するラファ。魔族の恐ろしさを知っているからだろう。僕もそれに頷いて、
「でも大体は魔族に関する本も読み終えたから、あと2日あれば読みたいものも全部読み終えると思う」
「あんたも読むの早いねぇ。ラファも早いけど」
「あれはコツがあるんだよ」
「コツねぇ」
と話しているマゼンタとラファをよそに、正面に座っていたエレシアが僕の方を向く。
「あと2日で読み終わるということは、その後はどうするんですか?」
「あぁ……イシュの街に行こうと思っている」
「イシュの街?どうして?」
「いつも見る夢の中で次はイシュの街に行くよう言われたんだ。それに従ってみようと思って」
嘘は言っていない。夢の中で女神イルヴェール様に言われたのだ、次はイシュの街に行けば僕にとって良い出会いがあると。直感でそれに従うべきだ、と僕の本能が告げていた。
「なるほどね。まぁ夢も時に侮れないからね」
「あぁ。……マゼンタとラファはどうする、旅に着いてくるのは中央図書館までという話だっただろう」
若干緊張しながらそう問いかける。ここであっさり別れると言われたら少しショックだ。ちなみにエレシアについては事前に聞いたけれど、もちろん着いていくと笑顔で返事をくれた。当初の旅の予定は片道2ヶ月だったため、カーティス氏に旅が長引く旨を手紙で伝えると言っていた。夢の中で女神と会っていることなども逐一カーティス氏には報告しているようだし、次カーティス氏に会った時何を言われるかもドキドキだ。ともあれ2人の返事を待っていると、
「あたしは着いて行くよ。特にやりたいこともないし、あんたたちと旅をするのは楽しいからねぇ」
「俺も行く。まだみんなの情報も集めきれてないし、ここらで金稼ぎでもしないとね」
そう悪戯っぽくウインクしながら言うラファだが、もう既に結構な量の情報を売っているのは知っている。だからこれはただの言い訳だろう。僕はそれに微笑んで、ありがとう、と告げた。
「3人が着いてきてくれるならありがたい」
「ん?エレシアも行くのかい?」
「お家は大丈夫なの?」
「はい。家には旅が長引きそうだけれど心配しないようにと手紙を出します。もともと旅の予定は未定と言いますから、多少伸びたところでみんな納得すると思います」
「僕はカーティス氏に何を言われるかハラハラするけれどね……」
「カーティス氏ってエレシアちゃんのお父さんのことだよね?怖いの?」
「怖くはないがエレシアのことを溺愛していると言っていい」
「あぁ、なーるほど……それはハラハラするね」
と2人で頷き合う。年頃の娘さんを自分の事情に付き合わせている身としては、後ろめたい気持ちがあるのも確かだった。それをラファも察したのだろう、神妙な表情で頷いていた。
「父のことは気にしなくて大丈夫ですよ。他の人に冷徹って言われることもありますけど、家族には優しいですから」
「家族には、ねぇ……」
おそらくラファと僕が今考えていることは一緒だろう。ラファもなんとなくカーティス氏の性格を把握したようであるし、可哀想なものを見る目をしながら宥めるように僕の肩にポン、と手を置いた。
「まぁ頑張って、イオリ」
「あぁ……」
「?」
マゼンタは僕たちの話を理解したのかケラケラと笑っていて、エレシアは頭に?マークを浮かべている。知らぬはエレシアだけと言うことだ。僕は真剣な表情でラファに頷き返した。
そんな会話をしながら、次の目的地はイシュの街ということで決まる。ラファももうしばらくこの街で情報を集めたいということで、出発は1週間後にすることにした。
それまでは各自自由に過ごすようにと告げて、その日はお開きとなった。
◇◇◇
次の日、またしても僕は中央図書館へとやってきていた。残りの魔族に関する本を読むためだ。ここまで新しい情報は何もなかったのでダメでもともとのつもりだったが、書かれたのが300年前と記される本に予想外に新しい情報が載っていたため僕は集中して本を読んだ。
『ーー魔族には強さによって階級があり、下から下級魔族、中級魔族、上級魔族、最上級魔族と呼ばれている。そしてそれら全ての頂点に立つのが俗に魔王と呼ばれる存在である。魔王はここ1000年の間姿を現しておらず、その存在も曖昧である』
「魔王……」
誰にも聞こえないようぽつりと呟く。地球のファンタジー小説ではお馴染みだったその存在が、この世界では実在しているかもしれない。実際に魔族自体は存在しているのだ、魔王がいたとしても不思議ではない。僕は無意識のうちにごくりと唾を飲み込んで、人知れず考え込んでいた。
「イオリ?」
「あ、あぁ……ラファか」
「考え込んでどうしたの?」
一緒に図書館へとやって来ていたラファがいつの間にか真横に立って僕を見下ろしていた。それを見上げて今まで読んでいた本をラファの方にスライドさせる。
「ここを読んでみて」
「これ?どれどれ……んん、階級に魔王ね……聞いたことない情報だね」
「だろうな」
なんせこの本は300年前のものだ、著者はどうやってこの情報を得たのかまでは書かれていなかったが、この情報は真実であると僕の直感が告げていた。
「俺が見たのはおそらく中級の魔族だと思うな、そういえば自分でそれらしきことを言っていたから」
「そうなのか」
ということはやはりこの情報は正しいということになる。階級によってどれぐらい強さが違うのかはわからないが、下級魔族といっても弱いということはないだろう。僕はそう考えて憂鬱になった。いずれ魔族と邂逅することは定められていることだからだ。
「なんだか最近考えることがたくさんあって憂鬱だ」
「そうだよね、なんか物騒な世の中になっちゃったし」
静かな図書館で小声でそんな会話を交わす。それから僕たちは今日は疲れてしまったため早めに図書館を出ることにした。
「でも物騒な世の中だけど、君たちと出会ってからは毎日が充実してる気がするよ」
「そ?」
「うん。だってこんなに本の話とか魔術の話とかが出来る人はいなかったし、みんなとの冒険も楽しいし」
「なら良かった」
「イオリは?」
「え?」
「イオリは毎日どう?」
「僕は……」
言葉に詰まる。この世界に来てから毎日を生きることに必死だった。もちろん楽しいことや嬉しいこともたくさんあったけれど、女神に召喚されたことがわかってからは気が沈むことも多かったように思う。特に先日魔物の大量発生と魔族の出現に僕が立ち向かうことが使命だと聞かされてからは、投げやりな気持ちになることもあった。どうせ地球に帰れないのなら、この世界で死んだところで変わりないだろう、と。
僕が思わず俯いてそう考え込んでいると、ラファに肩をガッと組まれよろめいた。
「な、何?」
「最近イオリが何かに悩んでるのは知ってるよ。それを話したくないのか、話せないのかはわからないけどね」
「……」
「でもこの前イオリが俺に言ってくれたみたいに、俺だってイオリのことをもっと知りたいと思ってるんだよ。だから話したくなったらいつでも話してくれていいし、話せる範囲で話してくれれば一緒に悩むことだってできるよ」
「!」
「だからそんな顔をしないで?」
「ラファ……」
いつになく真剣な表情で僕のフードの中を覗き込みそう言ってくるラファに僕は思わず言葉を失った。どうしてこの世界の人はこんなにも優しいんだろう。心が熱くなったのを誤魔化すように、僕は軽口を叩いた。
「……僕が女だったらラファに惚れていたかもしれない」
「あはは、ほんと?それは嬉しいなぁ」
「……ラファ。ありがとう」
「いーえー」
ニコニコと笑うラファとそのまま肩を組み宿へと歩き出す。ここ最近憂鬱だった気持ちは今だけは拭いされていた。
宿の部屋にラファと肩を組んだままドアノブを回して入ると、マゼンタとエレシアが目を丸くして出迎えた。
「おかえりー。あんたたち、肩なんか組んでどうしたんだい?酔っぱらってんのかい?」
「いや、男同士の友情ってやつだよ。ね、イオリ?」
「ふふ、そうだな」
「うわ、イオリがデレたよマゼンタ!これは貴重だよ!」
「はいはい。事情はさっぱりだけど仲がいいのはいいことだねぇ」
呆れたように半笑いでそう話すマゼンタに僕とラファは声を立てて笑う。久しぶりに自分が心の底から笑ったような気がした。
それを見てエレシアも嬉しそうにしている。それに微笑み返して、僕たちは組んでいた肩を解いた。
「じゃあイオリたちも帰って来たし、夕飯にはまだ早いからお茶にでもしようかねぇ」
「じゃあ私淹れますね」
「ありがとう」
座っていたベッドから立ち上がりキッチンに消えていくエレシアにお礼を言って、僕たち3人は先にテーブルについた。
「なんだいラファ、ニヤニヤして気持ち悪いねぇ」
「気持ち悪いはないでしょ!?何でもないよ」
「そうかい」
と漫才めいた話を繰り広げる2人に笑うと、2人も安心したように笑う。そこに紅茶を淹れてくれたエレシアも交えて、夕飯まで和やかな時間を過ごした。