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きっと、僕の魂が覚えてる。  作者: 長月
第一章
32/39

旅の途中で〈14〉




 翌日、僕たちは昨日の生活系依頼を達成したことを報告するためギルドへとやってきていた。昨日店を出たのが夜9時過ぎだったため、もうギルドは閉まっていて報告できなかったためだ。


 早朝から4人でギルドに着くと、真っ先に受付窓口へと並び順番が回ってくるのを待った。


「おはようございます。本日のご用件をお伺いします」

「依頼を達成したので、報告にあがりました」

「承知いたしました」


 昨日スーさんにサインしてもらった用紙とそれぞれのギルドカードを提示して、手続きが終わるのを待つ。


 用紙とギルドカードに視線を落としていた受付嬢は、やがてこちらに視線を戻したところで口を開いた。


「……確認いたしました。これで依頼は達成となります。ただいま達成報酬をお出しします」


 そう言ってジャラ、と音を立てながら置かれた革袋を受付嬢から受け取る。中を覗くと、白金貨と金貨が入っていた。


「ありがとうございます」

「はい。……それから、今回の依頼達成によってイオリ様、エレシア様はBランクへの昇格試験を受けることが可能となります。いかがなさいますか?」


 いよいよきたか、と心の中で呟く。エレシアと目を見合わせて、2人で頷いた。


「「受けます」」

「かしこまりました。では明日、10時にこちらにお越しください。そのあと試験開始となります」

「わかりました」


 軽く会釈をして、その場から離れる。するとマゼンタとラファがくるりと振り返り、


「いよいよだねぇ」

「ま、君たちなら余裕だよ。受けてみれば分かると思うけどね」

「そうなの。というか試験ってどんな感じなの」

「んー。まずは地下の練習場に移動して、あとは戦うだけだね。試験官は元Aランクのギルド員が務めるから、遠慮なくやって大丈夫だよ」

「そうなんですね」

「あとはギャラリーもいるからねぇ。そいつらの声を気にしなけりゃ大丈夫さ」

「ギャラリーか……まぁ僕たちはいつも見られているしそんなに変わらないだろう」

「確かに!」


 ケラケラと笑い出すマゼンタに僕も笑う。今更人目があったところで何が変わるとも思えなかった。


「じゃあ今日はどうする?訓練でもしてくかい?」

「あぁ、お願いしたい」

「私もお願いしたいです」

「いいよ。じゃあイオリがマゼンタと、エレシアちゃんは俺とだね」

「あぁ」

「はい」


 エレシアはレイピアと魔術を組み合わせて戦うので、どちらにも対応可能なラファがエレシアの相手だ。かくいう僕もどちらかと言うと魔術より剣に自信がないので、マゼンタに背中を借りる気持ちでやるつもりだった。


「よし、じゃあ行こうかね」


 とマゼンタが歩いて行くのに従って、僕たちも地下練習場へ向かう。練習場の中に入ると、それぞれ2組に分かれて立ち向かう。僕はマゼンタと向き合った。


「よし、じゃあやろうかね。準備はいいかい?」

「あぁ、大丈夫」

「じゃあどこからでもかかっておいで」


 と告げる彼女に、僕は素早く剣を抜いて身体強化をかけ、前に駆け出した。


「いくぞ!」


 キーン、と剣がかち合う。一合、二合、三合、と打ち合ううち、剣の速さは徐々に増していく。疾風のマゼンタという名に相応しく、稽古を始めた当初こそマゼンタのスピードに全くついていけなかったが、今では徐々に見切れるようになってきている。無言で打ち合ううち、あまりの速さに剣は手元が見えずいまや銀の線となる。


「うっ……さすがに速いな……」

「それについてこれるあんたもすごいよ」


 僕が思わずそう呟くと、さして息も乱さずにマゼンタが返してくる。それが悔しくてさらに剣の速度を上げる。そんな調子で15分ほど打ち合ったところで、息がゼェハァと整わなくなってくる。それを見てか、マゼンタがバックステップで距離を取り、持っていた剣を下げた。


「……よし、ちょっと休憩しようかね」

「あ、あぁ……」


 ゼェハァと相変わらず整わない息を膝に手を当てて必死に整えようと試みる。するとマゼンタがこちらに近づいてきて僕の肩をポンと叩くと笑いながら、


「あんたは技術的には問題ないけどスタミナが問題だねぇ」

「はっ、はぁ……筋トレもしてるんだけどな」

「スタミナは筋トレじゃ身につかないよ。走り込みでもしないとねぇ」

「走り込みか……明日……は試験だから明後日から始めてみるよ」

「そうするといいさ」


 やっと整った息で立ち上がる。そしてなんとなく2人でラファたちの方を見ると、ラファとエレシアはそれぞれ武器と魔術を織り交ぜた戦いをしていた。武器がかち合う合間に数々の魔術が飛び交う、結構派手な戦いをしているので、同じ練習場にいる人々の衆目(しゅうもく)を集めている。それにマゼンタが少し呆れたように首を横に振った。


「あいつらも派手にやるねぇ……あたしらももういっちょ頑張るかい?」

「あぁ。よろしく頼む」

「あいよ」


 ということで、水分補給をした後再度稽古に戻った。




◇◇◇




 およそ2時間後、僕とエレシアは疲れ切った様子で合流した。我ながら、お互い死んだ魚のような目をしていると思う。それを見てマゼンタとラファがケラケラと声を立てて笑う。


「あはは、あんたたち疲れすぎだよ。ほんと体力がないねぇ」

「女の子のエレシアちゃんはともかく、イオリはもうちょっと頑張ってもいいんじゃないの?」

「うるさい」


 僕がそうなんとか言い返すと2人はさらに笑う。それにムッとしていると、エレシアが僕に近寄ってきて寄りかかりながら、


「疲れました……早く帰りましょう……」


 と本当に疲れたような声で言うので、僕もそれに同意した。


 お互いを支え合うようにして宿まで戻ると、部屋に入るなり僕たちはベッドの上に身を投げ出した。


「はぁ……」

「あっはっは、ほんとに大丈夫かい?」

「ダメです……少し寝ます……」


 うつ伏せになったままのエレシアが枕でくぐもった声を出しながらそう呟く。そう言ったきり、スゥスゥと規則正しい寝息が聞こえてきた。僕もそれを聞いているとだんだん瞼が落ちてきて、僕はそれに逆らわずに瞼をそっと閉じた。


「僕も寝る……」


 そう言うなりエレシアと同じく寝てしまったイオリの顔を覗き込む。仰向けになったまま規則正しい寝息を立てるイオリは、相変わらず美しい寝顔で眠っている。その少し幼い寝顔を見てラファと顔を見合わせたマゼンタは、2人でクスッと微笑んだ。


「よほど疲れてたんだねぇ。こうしてると年相応に見えるんだけどねぇ」

「普段は大人びた2人だもんね。まぁ今日の訓練は特に頑張ってたからね。仕方ないさ。少しの間寝かせてあげよう」

「そうさね」


 起こさないよう小声で会話を交わして、2人は静かに椅子に座って本を開いた。




◇◇◇




「……イオリ、エレシアちゃん。そろそろ起きて」

「……ん……。ラファ……?」

「そろそろ夕方だよ。これ以上寝ると夜眠れなくなっちゃうよ」

「あぁ……」


 意識しないと下がる瞼を無理やりに押し上げ、ベッドから起き上がる。その際くんっ、と服を引っ張られたのでそちらを振り向くと、エレシアが僕の服の裾を握ったまま身体を丸めて眠っている。まるで幼子のようなその姿に思わず微笑んだ僕は、彼女の肩に手をかけてそっと揺さぶった。


「エレシア。起きて」

「んぅ……まだ眠いです……」

「こら。起きて」


 彼女の体の下に手を滑り込ませて力を込め、そっと起き上がらせる。それにやっと目を開けた彼女は、僕の肩に頭をぐりぐりしながら、うー……、とむにゃむにゃ眠気と葛藤しているようだった。


 どうやら彼女は眠い時は甘えん坊になるらしい。それを素直に可愛らしい、と思った。


「エレシアちゃんはもう少しかかりそうだね」

「そうだな」


 と微笑ましそうに僕たちを眺めていたラファがベッド脇から小声でそう話す。それに同意を返しながら、僕はそのままの体勢でエレシアの目が完全に覚めるのを待った。


 そうしてラファとマゼンタと会話を続けていると、5分ほど経った頃にエレシアがもぞもぞと頭を動かした後その翠の瞳を再び瞼の奥から覗かせた。


「うー……あれ、イオリ……?」

「おはよう、エレシア」

「おはよう、エレシアちゃん」

「おはよー、もう夕方さね」


 3人で話しかけると、1回ゆっくりと瞬きをした後僕の肩にもたれかかったままなのを認識してか、目を見開いて一気にバッ!とベッドの端へと距離をとった。


「……ご」

「ご?」

「ご、ごごごめんなさい!重かったですよね!」

「いや?ちょうどいい重みだったよ」


 と揶揄うように言うと、エレシアはうっ、と口ごもって顔を赤らめた。その反応にさらに揶揄いたい気持ちが湧いてきたがなんとか抑えた。


「目は覚めた?」

「はい……」


 心なしかシュンとした様子のエレシアに優しく問うと、項垂れたまま返事が返ってくる。思わず手を伸ばしてそのサラサラの銀の頭に手を乗せ左右に動かした。


「ほら、そろそろベッドから降りよう」

「はい」


 素直に従ってベッドから降りるエレシアに微笑んで、4人でテーブルにつく。


「よっぽど疲れたんだねぇ。2人ともぐっすりだったよ」

「全力で戦ったからな」

「私もです」

「となると、スタミナが問題だね」


 とラファが言うので、思わず苦虫を噛み潰したような顔になる。


「それ、マゼンタにも言われた。だから明後日から走り込みをしてみることにした」

「あ!私も参加していいですか?」

「いいよ」


 エレシアが手を挙げてそう言うので、僕は頷く。結局、2人でスタミナ作りをすることになった。


「2人は努力を苦に思わないタイプだろう?だからこの調子で頑張ればAランクも夢じゃないよ」

「Aランクになれるかはともかく、まずは明日のBランク試験に備えないと」

「まぁそれもそうだね」


 と話したところで、ラファが淹れてくれた紅茶を口に含む。


「じゃあ今日の特訓の反省会としようじゃないか」

「そうだね」

「わかった。よろしく頼む」


 ということで、ここからはそれぞれ特訓で良かったところ、悪かったところをマゼンタとラファに教えてもらう時間にする。悪かった部分を特に熱心に聞きながら、時間は過ぎていった。




◇◇◇




 翌日、僕たちは10時10分前にはギルドで待機していた。時間を守るのかどうかも評価対象だと聞いたからだ。また、Bランク以上となると貴族絡みの依頼を受けることもあるため、試験に合格した後は必ずマナー講座を受けることになると教えてもらった。地球でのテーブルマナーなどは知っているが、この世界でのマナーはさっぱりだったため正直助かると思った。


 そんなことを考えていると、革鎧を着込んだ40代前半ぐらいの男性が歩いてこちらに向かってくる。僕たちもそちらに向き直った。


「よぉ、お前たちが今日試験を受けるイオリとエレシアだよな?俺はガイだ」

「イオリと申します、よろしくお願いします」

「エレシアです、よろしくお願いします」

「そんなガチガチになんなくてもいいんだぜ?もっとラフに行こうぜ、ラフにな」


 ハッハッハ、と笑うガイさんはなかなか豪胆な性格の人のようだ。僕たちがそれに微笑み返していると、今度は脇に立っていたラファたちに目を向け、


「っと、そっちはBランクのラファエルとマゼンタだよな?お前らは実力はあるくせになんでAランク試験を受けねぇんだ?」

「「面倒だからだよ」」

「お、おぉ……面倒でAランク試験を蹴ってるのか……」


 と若干驚いた顔をしたガイさんだったが、すぐに首を横に振ると踵を返し、


「じゃ、地下練習場に行くか」

「わかりました」


 ガイさんの一言で、僕たち4人は後を着いていく。


 地下練習場に着くと、ガイさんがこちらを振り向いた。


「じゃあまずイオリとエレシアのどっちから試験をやるか?」


 と問いかけられたので、エレシアと顔を見合わせる。するとエレシアがそっと右手を挙げた。


「じゃあ私からお願いします」

「エレシアからだな。よーし、じゃあお前たちは観覧席に行って待ってろ」

「はい」


 普段と違い貸切となっている練習場にガイさんとエレシアを残し、備え付けてある観覧席に向かう。そこはすでに観覧する他の冒険者たちが座っていて、80席ほどある観覧席の中、最前列の3席だけがぽつんと空いていた。中には座りきれない冒険者たちが立って観覧しているのにも関わらずだ。


「こういう時は同じパーティーの人数分席を空けておくのがルールなんだよ」

「なるほど」


 と頷きながら有り難く空いている席について前を向く。ガイさんとエレシアが練習場の中央で向かい合っており、ガイさんは剣を、エレシアは何も持たずに立っている。


「……よし、じゃあ始めるか。どこからでもいい、かかってきな」

「はい!」


 と返事をしたエレシアが魔法陣を10個空中に浮かび上がらせる。無詠唱で出てきた魔法陣を見るに、あれは風刃(ウインドクラッシャー)だ。予想通り、風でできた不可視の鋭い刃がガイさんに向かっていった。しかしそれをガイさんはひょい、と軽々避けていく。


「おぉ、並列して10の魔術を放つとは流石だな」

「まだまだです」


 と告げたエレシアは、腰に差していたレイピアを抜きガイさんのもとへ駆ける。その際、左手に(ウインド)息吹(ブレス)を用意し、目の前まで来た瞬間に投げつけた。


「うぉっ!?」


 強烈な突風に一歩後ずさったガイさんを尻目に、容赦なくエレシアのレイピアの嵐が襲う。それを時に剣を交えながらまたも軽々と避けていくガイさんに、エレシアは魔術を交えながら攻撃を仕掛けていた。一見ガイさんが防戦一方のように見えているが、実際は違う。エレシアの実力を見ているのだ。そのようにして10分ほど経った頃、ふいにガイさんがそろそろか、と呟いた。それの意味を知る前に、ガイさんが剣を一振りするとエレシアのレイピアが手からすり抜けて遠くに突き刺さる。


 それに呆然としているエレシアの首に、トン、とガイさんは剣を突きつけた。


「……これで終わりだ。なかなか良い試合だったぞ」

「ありがとう、ございました……」


 悔しそうに顔を歪めるエレシアの肩をポン、と叩く。


 そして一つ微笑んだ彼は、こちらに向き直って手を振った。


「よし、じゃあ次はイオリの番だ!降りてこい!」

「はい」


 エレシアが観覧席に続く階段を登っていく最中、僕は観覧席の淵から身を乗り出して飛び降りた。ザッ……と軽い音を立てて着地する。立ち上がってガイさんを見ると、面白そうにこちらを観察していた。


「なかなか身軽じゃねーの。これは期待できそうだ」

「……」


 それには返事を返さず、ただガイさんの目の前に立つ。ここに来るとえもしれぬ緊張感があった。


「さて、じゃあ始めるか。こい」

「はい」


 スゥ、と一つ深呼吸してから剣を抜き、勢いよくガイさんに向かって駆け出す。その際身体強化もかけ、左手には電流(ボルト)を準備した。


 ガイさんまで残り5メートルに迫ったところで左手を頭上に掲げて電流(ボルト)をガイさんに向ける。それをチラと見ただけで避けたガイさんと、距離を詰め剣でかち合った。一合、二合、と剣を合わせるごとに剣を振るう速さを上げていく。それに面白そうな表情を崩さないガイさんに内心舌打ちをしながら、今度は氷結(フリージング)を仕掛けた。


「おぉ!」


 足元から迫り上がってくる冷気に驚いたのか飛び退るガイさんだが、すでにつま先が凍りついている。


「ちっ」


 それを地面に叩きつけて破壊したガイさんは、なおもその場に立ち止まって僕を待つ姿勢を見せた。


 そのため、今度は息つく暇も与えないくらいに連続して魔術を投げつける。ブラインドミストで視界を奪い、フリージング、アイスアロー、ヘイルストーム、ボルト、サンダーストームと立て続けに放った。


 これにはさすがに驚いたようで、バック転しながら避けていくガイさんの後ろに回り込む。そして剣を首に向かって叩きつけると、前を向いたまま剣だけ後ろに回して避けられてしまった。後ろに目でもついているのか。


 その後は剣と魔術の入り乱れる熱戦だった。ガイさんは一切魔術を使っている様子を見せないというのに、この様だ。僕は多少の怪我は覚悟して魔術が飛び交う中をどんどん前に出た。


 それから約10分ほど経った頃、ガイさんがチラと時計を見るそぶりを見せた。これで試験がそろそろ終わりということか。僕は最後に一矢報うため、パチン、と指を鳴らした後電流(ボルト)を下に向かって投げつけた。


「?どこに投げ……あがっ!?」


 いまや水に戻った氷が、電流を通電させる。濡れた床で感電したガイさんが片膝をついたのを見て、僕は真上に飛び上がった。そして落下の加速をつけて頭上から剣を振り下ろした。


ーーーカキィン!

ーードッ!


「かはっ……」


 剣がぶつかり合ったと思った次の瞬間、腹部に強烈な痛みを感じて僕は吹き飛んだ。ゴロゴロと3メートルほど転がって、やっと止まる。何が起きたのかわからなかった。ズキズキ痛むお腹を抱えながらなんとか起き上がると、ガイさんが右足を蹴り上げた体勢のまま立ち止まっているのが見えた。そこでやっと僕はガイさんに蹴り飛ばされたのだということに気がついた。


「いやー、おまえすごいわ。思わず足が出ちまったよ」

「そ、うですか……」


 さきほどの電流(ボルト)の余韻など全く見せないガイさんに敵わないな、と感想を抱く。痛みを我慢してゆっくりと立ち上がりガイさんの前に着くと、ポン、と肩を叩かれた。


「お疲れ様。文句なしに良い試合だった。結果を楽しみにしてろ。もう戻っていいぞ」

「ありがとうございます……」


 そう頭を下げると、静かだった観覧席がワァッと盛り上がる。それに向かって僕は手を振りながら、ラファたちのいるところに戻った。


「イオリ、怪我は大丈夫ですか!?」

「いや……正直痛い」


 お腹に手を当てながらそう言うと、エレシアが収納袋から魔石を取り出して腹部に当て、治療してくれる。徐々に痛みが引いていくのを感じていると、ラファとマゼンタも僕の前に立ち、


「今までで1番良い試合だったんじゃないかい?」

「ちゃんと考えて動けてたしね。Bランクは確実に受かるよ」

「そうか……」


 と褒めてくれるが、実感のないまま頷く。ラファとマゼンタに稽古で一本も取ったことがないのはもちろん、結局今日の試験でもいいようにあしらわれてしまったため自分が強くなったという実感がまるでないのだ。


 すると完治とまではいかないがある程度治療を終えたエレシアが魔石をしまいながら、


「正直悔しかったです。手も足も出ませんでしたから。でも次はもっと強くなります」

「!」


 と意思を秘めた瞳で言う。力強いエレシアの言葉に驚いた後、僕はそっと微笑んだ。そうか、次までに強くなっておけばいいのか。


 納得した僕は、観覧席が落ち着いたのを見計らってラファたちと連れ立って1階ギルド窓口へと向かった。そこで受付嬢から、結果については明日10時に依頼掲示板の(すみ)に掲示されるということを伝えられる。それに首肯(しゅこう)して、僕たちは未だ興奮の冷めやまないギルドを出た。


「宿に戻ったらもう一度治療しておいた方がいいだろうねぇ」

「そうですね。おそらく痣になっていると思います」


 と言葉を交わすマゼンタとエレシア。確かにこうしていると痛みは引いているが押すと痛いのは確かだった。


 ともあれ4人で宿へと戻ると、早速エレシアにベッドサイドに腰掛けるように言われる。大人しくそれに従うと、今度は服を捲るように言われた。それにも従ってシャツの裾を捲り上げると、赤黒く染まった痣が出てきた。


「うわぁ、これはあのガイっていう試験官も派手にやったね」

「そうだねぇ」


 とラファとマゼンタが会話する横で、エレシアが杖を構えて僕の患部に先を向ける。


「いきます。……我が魔力を糧に、汝の傷を癒し(たま)え。治癒(ヒール)


 パァァ、と魔法陣が輝き、それに比例して痣が薄くなっていく。30秒ほど経って皮膚の色が完全に元に戻ると、エレシアはそっと杖を持った手を下ろした。


「ありがとう、エレシア。助かった」

「いいえ、このくらいなんてことありません」


 するとラファが顎に手を当てて治った僕の腹部をまじまじと見つめながら感心したように、


「本当にエレシアちゃんは光魔術が使えたんだね」

「そうか、ラファはまだエレシアの光魔術を見たことはなかったのか」

「そうなんだよ。いやはや、実際に見るとすごいもんだね」


 その言葉に同意する。なんせナイフで刺された瀕死の僕の傷でさえ治してしまったのだから。


「これはこれからも使えることは秘密にしておいた方がいいね」

「そうさね、下手すりゃ貴族に飼われて一生怪我を治す仕事をやらされる、なんてこともあるかもしれないからねぇ」


 実際に、光魔術を使える男性が貴族に攫われてひたすら光魔術を行使する仕事を強制的にやらされていた事例があるそうだ。そう考えると光魔術が使える人間の希少性もわかるというものだ。


「まぁ2人とも頑張ったし、あれくらいなら余裕でBランクは受かるさね」

「そうだね。明日結果が出るとして、今日のところはゆっくり休んで」

「ありがとう」

「ありがとうございます」


 紅茶を出してくれるラファにお礼を言って、4人でテーブルにつく。他愛もない話をしながら、その日1日が過ぎていった。




◇◇◇




 その次の日、僕たちは10時ちょうど頃にギルドへとやってきていた。ドアを開けて中に入ると、依頼掲示板の前に大勢の人が集まっている。


 そのうち1番後ろに立っていた男性が僕たちに気づくと、大声を上げた。


「おいみんな、来たぞ!」


 その声に従うようにして掲示板の前の人がさざなみが引いていくかのように道が開けていく。居心地の悪さを感じながら僕たちが掲示板の正面に立つと、隅に1枚の用紙が貼ってあった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


    ▪️Bランク昇格試験結果▪️


 昨日(さくじつ)の試験の結果、以下の者を冒険者ランクのBランクと認定するものとする。なお、本日よりBランク冒険者として有効とする。


・イオリ

・エレシア


 マナー講座については、明日8時半よりギルドにて行うため、時間までに受付に来られたし。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 案外さっぱりとした結果発表なのだな、と思う。ともあれ無事に2人とも合格できたようで4人で喜び合っていると、横に立っていた見知らぬ冒険者から話しかけられた。


「よぉ、これでBランクだな!おめでとう!」

「おめでとう!」

「おめでとー」

「「ありがとうございます」」


 次々にかけられる祝いの言葉にそう返事を返していく。すっかり周囲を冒険者に囲まれていると、突然首に腕が回った。


「!?」

「よっしゃ、そんじゃ祝いだ!飲むぞ!」

「ちょっ……」


 抵抗虚しく、冒険者たちにズルズルと引きずられていく。着いた先はまだ昼間だというのに酒場。エレシアと2人並んで横に座らされると、目の前にグラスに入った赤い液体が置かれた。


「ほら、今日は祝いだ、飲めよ!」

「はぁ……」


 明らかにお酒とわかる液体に内心尻込みする。しかしこの人たちは純粋に祝おうとしてくれているようで、僕たちをニコニコと見つめている。僕はエレシアと顔を見合わせると、そっとグラスを手に取って一口口に含んだ。


ーーゴクッ。


「美味しい……」

「そうだろ?」


 地球ではもちろん飲んだことはないが、おそらくワインと似たものだと感じる。爽やかな喉越しの中に深みのある葡萄(ぶどう)の味が口内に広がって、素直に美味しいと感じた。


「ほんとですね。飲みやすいです」

「あまり飲みすぎないようにな」

「わかってますよ」


 と拗ねるような顔をするエレシアに声を立てて笑う。するとワッ、と僕たちのいるテーブルが盛り上がったため僕は思わず肩を跳ねさせた。


「氷王子の笑顔が見られるなんてこりゃ珍しい!いいところに鉢合わせたな!」

「さすがの氷王子も恋人には笑顔も見せるってことかぁ」

「その呼び名はやめていただきたく……」

「なーに言ってんだ、こんなぴったりな二つ名ねぇじゃねぇか」


 訴えてみるものの気にした様子もなくあちこちから氷王子、と呼びかけられるのでガックリと肩を落とす。呼びかけられるそれに返事をして軽く会話を交わしていると、いつの間にかお昼は過ぎていた。お酒も3杯飲み干したところだが、自分自身変化はない。これまで飲んだことはなかったが、お酒に強いのかもしれなかった。


 ともあれお昼が過ぎたことでその場から解放され、他のテーブルで同じくお酒を飲んでいたラファとマゼンタと合流し、宿へと戻った。


「いやぁお疲れ様」

「祝ってもらえるのはありがたいけど疲れた……」

「そうですね……冒険者の方たちも相当飲んでましたし大丈夫でしょうか……?」

「あれぐらい平気だよ。純粋に祝う気持ちもあるだろうけど、ただ祝いにかこつけて飲みたいだけだからね」

「なるほど……」


 ラファの言葉に納得する。水を飲みながら頷くと、マゼンタが同じく水を飲みながら、


「あんたたちは明日はマナー講座だね。頑張りな」

「ありがとう、頑張る」

「頑張ります」

「その間あたしらは勝手にやってるから、気にしないでくれ」

「わかった」


 明日は適当に時間を潰すというラファとマゼンタに安心してそう返す。マナー講座でやることを聞きながら、夕食の時間になるのを待った。






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