旅の途中で〈12〉
それから5日間、アイルの街に滞在した。その間もギルドの依頼を受けたり、だいぶ溜まってきたお金で必要なものを買ったり、ギルドの訓練場でたまたま会ったノルンさんと模擬試合をしたりして充実した時間を過ごした。
ちなみにダンジョンの中でエレシアとともに女神に召喚されてからというもの、あの夢は全く見なくなっていた。おかげで連日の睡眠不足からも解放され、今は実に健康的な日々を送っている。
ともあれ僕たちは今日でアイルの街を出発することになっており、ウルドさんたちに世話になった挨拶をするためギルドを訪れた。現在朝7時。依頼を受ける冒険者たちでごった返すギルド内を奥に進んでいくと、掲示板の前に6人組の男女が立っているのが見えた。僕たちはそちらに静かに近寄っていく。
「ウルドさん」
「ん……?あぁ、イオリ!どうしたんだい、君たちも依頼かい?」
「いえ。僕たちは今日でこの街を出ることになりましたので、ご挨拶をと」
「そうなのか!いやぁ、寂しくなるなぁ」
と本当に寂しそうな顔をするウルドさんに微笑む。するとウルドさんがびっくりした顔をした。
「これはレアなものを見た……」
「?」
「いや、なんでもない。とすると、次はどこの街に行くんだい?」
「ランの街に行こうかと思っています」
「ランの街かぁ。遠いな、気をつけて行くんだよ」
「ありがとうございます」
素直に頭を下げる。ウルドさんと握手をした後、ギョームさん、リンさん、アトラさんとも挨拶を交わすとノルンさんが歩み寄ってきた。
「イオリ」
「ノルンさん。この前はありがとうございました。勉強になりました」
僕が負けてしまったが、先日ギルドの地下訓練場で行った模擬試合を思い出して言うと、ノルンさんはゆっくり頷き、
「こちらこそ。魔術と剣を並行してあんなに器用に使いこなせる冒険者はあまりいないから、俺こそ勉強になった」
「そう言ってもらえると嬉しいですね」
「エレシアも、レイピアの筋があると思う。魔術も多様性がすごいなと思った。リンもエレシアを見ていてすごく参考になったと言っていた」
「そうなんですか?わぁ、嬉しいです。ありがとうございます」
旅に出てから、魔術だけでなく攻撃の幅を広めるためレイピアを習いたいと言っていたエレシアは、魔術込みでレイピアの扱い方をノルンさんに教えてもらっていた。笑顔でそう返すエレシアにも頷き返すと、ノルンさんはそっと右手を差し出してきた。
「またどこかで会ったらその時はまた戦おう。成長を楽しみにしている」
「わかりました、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
とエレシアも握手を交わす。最後に残ったのはムトさんだ。彼は僕と視線が合うと気まずそうに視線を逸らしたものの、すぐに真っ直ぐにこちらと向き直った。
「その……悪かった、エレシアさんにも。突然突っかかったりして」
「いえ。気にしていませんから」
「私もです」
「そっ、か……」
きっぱりと言うエレシアを眩しそうに見てそうぽつりと呟いたムトさんは、次の瞬間吹っ切れたように笑みを浮かべた。
「もうエレシアさんにちょっかい掛けたりはしないから、今度依頼とかで一緒になった時は2人とも仲良くしてくれよ」
「はい、いいですよ」
「はい」
出会った当初に比べてだいぶ丸くなったな、と思う。少なくともこうして謝ってくれるとは思っていなかった。意外性を感じながらムトさんとも握手を交わす。
一通り全員で挨拶を終えると、僕たちはギルドを出ることにした。
「ではそろそろ」
「あぁ。またどこかで会おう」
「えぇ」
軽く手を振り返して、僕たちはその場を後にした。
「イオリ、ムトと仲直りしたのかい?」
「あぁ、エレシアにちょっかいを掛けたことも謝ってくれたんだ」
「そりゃ良かったねぇ」
と会話を交わしながら街を出る。そのまま魔物を倒しながら進み夕方となり、僕たちは暗くならないうちにとそこで野宿をすることにした。
夕食も済ませ、日が沈んだ頃テントの中に入る。中ではラファが片膝を立てて座りながら本を読んでいた。
「ラファも読書が好きだな」
「ん?そうだね、暇さえあれば本を読んでるかも。でもイオリも人のこと言えないでしょ?」
「確かに」
僕がゆっくり頷くと、ラファが笑う。次いで、 マゼンタとエレシアもテントの入り口を開けて中に入ってきた。
「いやぁ今日も疲れたねぇ。エレシア、悪いんだけどクリーンの魔術をかけてくれるかい?」
「いいですよ」
と言ってエレシアがマゼンタに手をかざすと、魔法陣が現れマゼンタの周囲に小さな風が巻き起こる。フワッとマゼンタの茶色い髪の毛が舞い上がった。
「ふぅ……。これでさっぱりしたね、ありがとね」
「いえ」
と言って自分にもクリーンをかけるエレシアを横に、僕とラファも自身にクリーンをかけた。
「ふぅ……さっぱりしたー。……どうする、まだ寝るには早いよね」
「そうだね、さすがにまだ眠くはないさね」
「じゃあトランプゲームでもしませんか?」
というエレシアにみんな一も二もなく頷く。そのトランプの遊び方は地球ではないものだったので、ルールを1から教えてもらって遊ぶことにした。
「あぁ!それはダメさね!」
「マゼンタ、大げさ」
「そんなこと言ったってねぇ」
ゲームが始まると、よほど負けるのが悔しいのか叫び声を上げるマゼンタに思わず笑う。するとラファが笑顔で両手を上げながら一番でゲームを抜けた。
「へへっ、いっちばーん」
「くあっ!次はあたしが抜けるからね!」
と躍起になるマゼンタを尻目に、次いで僕、エレシアが抜けていき、結局ビリはマゼンタとなった。マゼンタは肩をガックリと落として唇を尖らせていた。
「なんだい、みんなでそうやって……こんなのただのゲームじゃないか」
そのゲームに1番拘っていたマゼンタが言うので、思わず3人で笑ってしまう。それに一瞬ムッとした顔をしたマゼンタは、あーあ、と両手を伸ばしながらカードを投げ捨てた。
「まぁいいさね。楽しかったからね」
「そうだな」
「もう1回やる?」
「やりたいです」
というエレシアの一声でもう一度挑戦してみることになった。結果はいわずもがなといったところだ。またも悔しがるマゼンタに笑い合いながら、僕たちはその後も数回ゲームを楽しんだ後眠りについた。
◇◇◇
次の朝、ガサゴソと言う物音で目を覚ますとちょうどラファがテントから外へ出て行くところだった。僕もそれを追いかけるようにして身を起こし、タオルを持ってテントから出る。
「おはよう」
「あぁ、おはようイオリ。ごめん、起こしちゃった?」
「いや、大丈夫」
そう返しながら水魔術で手のひらに水を出して顔を洗う。次いで口も濯いだところで、タオルで拭った。
「じゃあ僕は朝食の用意をするからラファは座って待っててくれ」
「ありがとう」
いつの間にか旅の間での食事を作る担当は僕とエレシアということになっていた。僕は地球でも趣味程度に料理はしていたので、見た目はともかく味はそこそこできるものだと信じている。ともあれ簡単なスープとホットドッグを作り(ソーセージやケチャップがこの世界でも普通に売られていたのには驚いた)、そろそろ出来上がるという頃にラファに声をかけた。
「ラファ、そろそろ出来上がるから2人を起こしてきてくれ」
「了解」
少ししてラファの後からマゼンタとエレシアが寝ぼけ眼のままテントから出てくる。彼女たちが顔を洗ったり朝の支度をしている間に、この前ワークスの街で買った皿に料理を盛り付け、昨日の焚き火跡の周りに並んで置いた。
「ふわぁ……おはよう」
「おはようございます」
「おはよう」
僕から時計回りにエレシア、ラファ、マゼンタと円になるように座ってそれぞれ皿を手に取る。いただきます、と挨拶して食事を始めた。しばらく食べ進めているともぐもぐと口いっぱいに頬張りながらマゼンタが、
「ランの街まであと4日は野宿だねぇ」
「そうですね。そう考えると結構距離がありますね」
「そうだな」
と頷く。ランの街はここから北東に進んだところで、中央図書館へ行くための最後の街だった。
「これ以上野宿が伸びないように今日もサクサクと進めるといいけどねぇ」
「まぁ野宿もいいけど、何日と続くとベットが恋しくなるもんね」
「でも魔物は時関係なく出てきますから、サクサクと行くには難しいかもしれないですね」
「確かに」
昨日もやけに魔物に遭遇するなと思っていたが、マゼンタとラファに聞いたところやはり以前はこんなに魔物と頻繁に出会うことはなかったのだそうだ。僕が召喚された影響(まだ推測であるが)はこんなところまであるのかと改めて憂鬱な気持ちになった。
とはいえ唯一の救いと言えるのは、クリーンの魔術があることだろうか。数日間シャワーを浴びなくても清潔でいられるというのはモチベーション的にも効果的面だった。
そんなことを考えながら食事も終わり、水魔術で食器を洗ってから収納袋にしまう。次いでテントも片付けたところで、僕たちは再度出発した。
それから時折CランクやDランクの魔物と出くわしながら森を進み、予想通り5日目には街の中に入ることができた。
門番に全員でギルドカードを見せると、ニコリと笑いかけてくれる。
「ようこそ、ランの街へ。ゆっくり楽しんでくださいね」
「ありがとうございます」
と笑顔で送り出してくれる門番に軽く頭を下げて、街の中に入る。深く被ったフード越しに街の様子を眺めると、ワークスの街よりは行き交う人の数が少なく、どこか静かな印象があった。左右に立ち並ぶ家はレンガ造りが基本となっていて、どこか横浜を思い出す景色だ。
「まだ日も早いし、店とかギルドでも覗いてくるかい?」
「そうだな」
「賛成」
マゼンタの提案に3人で頷く。まずは道すがら通る店を覗いてそれぞれ欲しいものがないか探しながら、ギルドを目指すことにした。大体どこの街もギルドは街の中心部に位置しているので、そこに向かって歩いていく。
やがて10分ほど歩いたところでギルドへと着いた。無言のまま扉をくぐり、依頼掲示板へと向かう。掲示板には依頼用紙が並べられているが、僕たちが来た時間が遅いからかそもそももともとか、依頼の量がこれまでの街と比べて少なかった。
「ここはそんなにギルドが活発な街ではないからね」
「そうなのか」
「周りに森も少ないから魔物も少ないし」
僕の目線の動きに気づいてか、そう答えてくれるラファに頷く。
「まぁ少ないなら少ないなりに適当なやつを受けようじゃないかい。明日の朝また来てみればいいさね」
「そうしましょうか」
とマゼンタとエレシアが言葉を交わしている。僕たちもそれに同意してギルドを出ようと引き返したのだが、その瞬間前に大きな影ができて道を塞いだ。
「なんだぁ、お前ら?低ランクの依頼が見つからなかったのかぁ?それはかわいそうになぁ。このCランクのアドルフ様が弱ーいお前たちでもできそうな依頼を探してやろうかぁ?」
酒にでも酔っているのか足元が覚束ない、自らをアドルフと名乗った男はおそらく僕たちを知らないのだろう、低ランクの依頼を勧めてこようとしている。まぁ確かに僕たちの見た目が強そうでないのは自覚している(僕は今フードを被っていて見えないが)。
「おい、あの先頭にいるのBランクの蒼槍じゃねぇか?」
「あいつ終わったな……」
と周囲から囁き声が聞こえた。どうやらラファはこの街でも名前が知られていたようだ。しかしだからといって大男を止める者はいない。ともあれ立ち塞がる大男に対し、先頭に立っていたラファはあくまでにこやかに微笑みながら首を傾げた。
「心配してくれたところ悪いけど、その必要はないね。俺たちは低ランクの依頼を探しているわけじゃないから」
「あぁん?俺様の話が聞けないってのか?」
「聞いてないのはそっちだよね」
とぼやくラファに思わず笑ってしまう。するとそんな僕に気づいたのか大男が今度はこちらに食ってかかる。
「あぁ?お前今俺様を馬鹿にしたか?」
「していませんが……あなたがそう思うならそうなんでしょうね」
「あぁ!?」
「僕がやるよ、ラファ」
「あぁ、気をつけて」
僕の言葉に逆上する大男の前にラファと入れ替わって一歩前に出ると、大男が怒りに顔を赤く染めながら拳を上に振り上げた。
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇぞ!てめぇなんて1発で沈めてやるよ!」
「身体強化」
「くたばれっ!」
重そうな見た目に反してビュ、と風切り音を靡かせて向かってくる拳に意外性を感じる。さすがCランクの実力はあるといったところか。しかし早いだけでその拳の軌道は直線的だ。僕が半歩横にずれてその拳を交わすと、
「あぁ?」
「遅い」
簡単に避けられて目を丸くしている大男に一歩踏み込み、鳩尾に裏拳を1発叩き込む。ぐふぅ、と口から空気を漏らした男は10センチほど地面から浮き上がった後、バランスを崩してドサリと後ろに倒れた。
「くっ、ぐぅう……!」
床に倒れたまま腹を抱えてのたうち回る大男に、手加減を間違えたか、と反省する。この様子では今日は一日中痛みに苦しむことになるかもしれない。ともあれ僕があっさり大男を倒したことで、周囲のざわめきが大きくなった。
「あのアドルフをワンパンだと……?」
「何者だあいつ?」
「そもそもあいつ男か、女か?」
「……」
フードをかぶっていて口元しか見えないとはいえ、僕は身長も177㎝あるのでなかなか女性には間違われないと思うのだが……。僕が内心ショックを受けていると、後ろからマゼンタが笑いを噛み殺す気配がした。マゼンタめ……。
「まぁ妥当な結果だよね。喧嘩を売る相手はちゃんと選んだ方がいいよ、アドルフさん?……って、聞こえてないか」
未だ悶え苦しむ大男にそう声をかけて肩をすくめるラファ。彼はそしてアドルフさんの横を通り過ぎると僕たちを振り返った。
「さ、帰ろう。イオリ、マゼンタ、エレシアちゃん」
「あぁ」
「おい、イオリだって……?」
「もしかして最近話題の氷王子か?」
ひょいと大男を跨いでラファに着いていく僕たち。後ろからはラファが僕たちの名前を呼んだことでまたもやざわめきが起きていたが、気にしないことにした。きっとラファはこうなることをわかっていて、わざと名前を呼んだのだろう。にっこりと笑うラファにため息をついて、僕たちはそのままギルドを出た。
「全く無駄な時間を食っちまったねぇ」
「まぁ僕たちの見た目が強そうに見えないのは仕方がないことだからな」
「自分で言うのもなんですけど見た目弱そうですもんね」
「でも冒険者だったら見た目通りとはいかないことも多いし、人を見る目も養わないとダメだけどね」
「それはそうだねぇ」
散々なことを話しながら、僕たちは宿探しを再開した。結局、ギルドから歩いて5分程度のところに泊まることにした。とりあえず3日分料金を前払いして、指定された部屋のある3階へと向かう。
トントン、と軽快な音を立てて階段を登っていき部屋の前に着くと、カチャリとラファが鍵を開けて1番に中に入った。僕はいつも通りエレシアとともに窓際のベッドに腰掛け、荷物を軽くまとめる。
「じゃあ夕食までは各自好きにしようか」
「賛成ー」
「あいよー」
と言って早速部屋から出て行くラファとマゼンタ。2人になった僕たちは、顔を見合わせて立ち上がった。
「紅茶でも飲みながら本でも読もうか」
「いいですね。私が淹れますね」
「ありがとう」
エレシアが淹れてくれたストロベリー風味の紅茶を啜りながら、これまでに買ってきた本を収納袋から取り出す。エレシアも本を取り出すのを横目に見ながら、僕は組んだ足の上に本をのせてページを捲った。
それから夕方になってラファとマゼンタが帰ってくるのを待った。
◇◇◇
翌日、依頼を受けることにした僕たちは早朝からギルドへとやって来ていた。冒険者でごった返すギルド内を迷わず進み依頼掲示板の前へとたどり着くと、みんなでめぼしい依頼がないか探す。しかし魔物討伐系も採取系も種類が少なく、護衛系に関しては全くない。残るは街でのお手伝いなどの生活系依頼であるが……。
「そういやイオリは生活系の依頼は受けたことあるのかい?」
「いや、ない」
「そうかい。じゃあこれなんてどうだい?面白そうだよ」
そう言って指差す先を3人で覗き込む。
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▪️対象ランク:全ランク
▪️依頼目的:飲食店の手伝い(厨房、ホール)
▪️依頼日時:5の月20.21の2日間
▪️達成報酬:金貨1枚と銀貨5枚(1日につき)
▪️依頼者:ヤック
▪️特質事項:昼食は店で提供するため持参不要。
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ラファが依頼用紙を見つめながら顎に手を当ててふむ、と頷く。
「お店の店員かぁ。まぁ達成報酬は少ないけど、なかなかない依頼ではあるね。確かに面白そうかも。この街はもうすぐ街の豊穣を祝うお祭りがあるはずだったから、それに合わせての依頼なんだろうね」
「たまにはこういう依頼も息抜きにいいかもしれないですね」
「そうだろう?」
ふふん、と満足げに笑うマゼンタを尻目に僕は別なことを考えていた。日本では父の会社を手伝ってたまにモデルなどの仕事はしていたが、それ以外にアルバイトの経験はない。まともに働けるか心配だった。
「……」
「イオリは何か不安でもあるのかい?」
「いや……きちんと働けるか不安で」
「そんなのイオリなら大丈夫さね。あんたはなんでも器用にこなすからね」
「そうだよ、イオリなら大丈夫」
「何を根拠にそう言うんだか……」
自信満々に肯定するマゼンタとラファに呆れつつ、そう言ってもらえるのは内心嬉しく感じる。そんな会話を経て、僕たちは結局この依頼を受けてみることにした。受付で依頼を受けることを伝え、依頼を受けるにあたっての説明などを受け手続きを終える。お店の手伝いは祭りの始まる2日後とのことで、それまではそれぞれ自由に過ごすことにした。
それから2日間ひたすら本を読んで時が過ぎ、そしてついにお祭りの始まる日がやってきた。
もう1話投稿します。