旅の途中で〈11〉
翌日朝7時頃、正門に集合となっていた僕たちは10分前にはその場に着いていた。周囲に人気はなく、ウルドさんたちもまだ来ていない。全員でもう一度装備の確認を行なっていると、遠くからウルドさんたち6人が歩いてくるのが見えた。近づくと、ウルドさんが手を振って声をかけてくる。
「おーい、おはよう!遅くなってしまったかな」
「おはようございます。いえ、僕たちが早く着きすぎただけですので大丈夫です」
「そう?……みんなは準備はいい?盗賊討伐の場所に行くまでにも魔物とかは出ると思うから、それも覚悟しておこうね」
ウルドさんの冷静な一言にみんなで頷く。今回盗賊団の根城になっているのはここから歩いて1時間半ほどの位置にある洞窟だということがギルドの調べでわかっていた。その道中に魔物が出てこないとも限らない。
「じゃあ出発しよう」
ということでギョームさんとマゼンタを先頭に森の中を進んでいく。
道中、僕たちは辺りを警戒しながらそれぞれ話をしていた。僕はエレシアとノルンさんと3人で並びながら歩いていく。
「へぇ。じゃあノルンさんは23歳なんですね。冒険者歴は何年なんですか」
「15の時に冒険者になったから、もう8年目」
「すごいですね!」
とノルンさんの話を聞く。ノルンさんは無口なようで口調も淡々としているので話が続くか不安だったが、話を振ると意外にもすんなりと自分のことを話してくれ、話も盛り上がった。
「……イオリとエレシアは今何歳」
「僕は17です」
「私は16歳です」
「若いのにそのランクとは大したものだ」
「ノルンさんもBランクですよね、すごいと思いますが」
「君たちに比べればどうってことない」
とお褒めの言葉をいただき、僕たちはありがとうございます、と返す。それにどこか満足げに頷いた彼は、
「君たちは戦闘スタイルはどうなの」
「僕はこの剣に、水と雷魔術を使います」
「私は魔術が専門なので、風を使います」
「なるほど。バランスはいいかもしれないな」
「ノルンさんはレイピアですか」
「そう。刺突重視だけど、斬撃もできるし何よりスピードが出る」
「スピードタイプなんですか」
「俺は身体強化ができるから」
「へぇ」
とそんな話をしていると、ふいに前を歩いていたウルドさんとリンさん、ラファが立ち止まった。
「?」
「レッサーボアが3匹出たんだ」
前が見えず首を傾げると、ラファが振り向いてそう教えてくれる。レッサーボアは突進のスピードが素早くその威力も高いことからCランクに位置付けられている魔物だ。僕とエレシアは顔を見合わせた後、列を抜けて先頭のギョームさんとマゼンタの隣に並んだ。
「イオリ、エレシア。どうしたんだい?」
「魔術で片付けてしまおうかと」
「あぁ。じゃあ頼もうかね」
「はい」
勝手知ったる、といった様子で片手をヒラヒラするマゼンタに頷いて、僕とエレシアは1歩前に出た。レッサーボアたちは15メートルほど先で立ち止まって唸り声を上げながらこちらを警戒している。僕とエレシアはそれぞれ左手と右手を前に掲げ、詠唱を行った。
「ーー我が魔力を糧に、貫き給え。氷槍」
「ーー我が魔力を糧に、切り裂き給え。風刃」
僕の手から氷の槍が、エレシアの手からはブーメランのような風の刃が出現し真っ直ぐにレッサーボアたちへと向かう。咄嗟にこちらに攻撃しようと駆け出そうとしたレッサーボアたちだったが、魔術に貫かれ切り裂かれ、その場にドスッとひれ伏した。
「ヒュウ。やるな」
「ありがとうございます」
一歩後ろで見ていたギョームさんがそう口笛を吹く。僕はレッサーボアに近寄ると証拠部位となる耳を切り取って収納袋にしまった。
「お待たせしました」
「いやいや、君たちのおかげで余計な力を使わずに済んだよ。ありがとう」
お礼を言ってくれるウルドさんに頷き返して、エレシアと2人列に戻る。途中顔を上げると、ムトさんが機嫌の悪そうな顔でこちらを見ていたので僕は知らんぷりを決め込んだ。
その後も魔物が出たため、個々の戦闘スタイルを把握するためにも全員がそれぞれ1回ずつは戦ったところで、目的地の洞窟に辿り着いた。
みんなで草むらに身を隠しながら洞窟の様子を伺うと、入り口に2人の男が武器を持って待ち構えている。異常がないか確かめるため門番の役目をしているのかもしれない。
隣にしゃがみ込んでいるウルドさんが思案げな顔をする。
「まずはあの2人をなんとかしなきゃだね」
「じゃあ俺が魔術で何とかしましょうか?」
「できるのかい?ラファ」
「えぇ」
「じゃあお願いするよ。みんな、ラファが門番を倒したら中に突入しよう」
ウルドさんの言葉にみんなで頷く。そしてラファに目で合図をすると、ラファは右手をそっと掲げて魔法陣を浮かべた。思えばラファが魔術をまともに使うところを見るのは初めてかもしれない。
「ーー我が魔力を糧に、貫き給え。土槍」
目の前の門番の周辺の土がボコっと不自然に盛り上がり、異変に気づいた門番が首にかかっている笛に手をかけたところで地面から勢いよく出てきた土の槍に体を貫かれた。2人とも四肢をだらんと垂らしており意識を失っているようだ。
「急所は外したよ」
「よし、ラファありがとう、俺たちも中に入ろう!」
と言って立ち上がるウルドさんに従って僕たちも全員草むらから飛び出す。洞窟の中は真っ暗だったのでカンテラにリンさんが火魔術で火をつけ、それを先頭のギョームさんが持って進むことにした。
「さーて、残りがどこにいるかだね」
「そうだな。……お、道が分かれているぞ」
ギョームさんがそう指差す先には、二又に分かれた洞窟の道がある。するとエレシアが右手を掲げる。風魔術を使う気配がした。
「……盗賊は右の道にいるようです。今風魔術を使って調べました」
「うそ……そんなことまでできるの?」
何やらリンさんが驚いているが、僕たちにとっては普通のことだ。構わず右の道へ歩みを進める。
それからしばらく進むと、複数人の人の声が洞窟の奥から響いてきた。ギャハハ、と声を上げて笑っているようだ。
「どうやらこの先にいるようだねぇ。……エレシア、何人いるかはわかるかい?」
「はい。えーと……13人います」
「13人か。じゃあそれぞれ1人ずつは倒せるようにしよう。みんな気をつけて」
小さな声で囁くウルドさんに全員が静かに頷く。そこから足音を立てずに進んでいくと、小さな小部屋へと出た。中では男たちが酒を飲みながら何やら話をしている。彼らは中に入ってきた僕たちに気づくとすぐさま立ち上がって戦闘態勢をとった。
「お、お前ら何者だ!?門の奴らはどうした!?」
「あぁ、彼らには少し眠ってもらったよ。君たちも抵抗するようなら殺すからね」
とあくまで穏やかに告げるウルドさんの声が、穏やかなことで逆に恐ろしい。同じことを感じたのだろう、盗賊の1人がブルリと震えるのが見えた。
「お前らにやられるような玉じゃねぇよ!お前ら、やっちまえ!」
「「「「おぉ!」」」」
盗賊たちが向かってくるのに合わせ、僕とマゼンタ、ギョームさん、ウルドさんが一歩前に出る。中衛をノルンさん、ムトさん、アトラさん、後衛をリンさん、ラファ、エレシアが行うことで事前に決めていた。
ともあれ僕たちに向けて迫ってくる彼らに氷槍をお見舞いする。
「うごっ!」
体に突き刺さって地面に倒れた彼には目もくれず、僕は目の前の敵に集中した。小型のナイフを持って突進してくる彼を剣でいなし、再度斬りかかろうと剣を振り上げた隙を突いて胴に鋭い峰打ちを喰らわす。ぐふ、と声を上げて崩れ落ちる彼で2人目。
僕は目の前に敵がいなくなったので誰かフォローが必要かと振り向くと、全員がそれぞれ盗賊と相対していた。さすがに全員BとCランクというべきか、特に切羽詰まった様子もない。これなら大丈夫か、と思ったところで奥の方からさらにバタバタと走る足音がこちらに近づいてきた。戦闘音を聞きつけて残りの盗賊たちがやって来たのかもしれない。
僕がそちらに体を向けると、ちょうど6人の男たちが奥から顔を出すところだった。
「誰だてめぇら!俺たちニーグルム・フェールムと知っての攻撃か!」
「えぇ、そうです」
「何だと!?お前ら、やるぞ!」
目の前に仲間たちが倒れているというのに、新しくやってきた盗賊たちが向かってくる。僕はため息をつきながら黒剣を握り直した。
加速をつけて剣に重みを持たせた盗賊と鍔迫り合いになる。僕は咄嗟に体に身体強化をかけ、鍔迫り合いに勝った。
「なっ!?」
驚く盗賊をよそに、懐に入って背負い投げを決める。すっかり伸びてしまった盗賊を尻目に、新しい敵を探した。
そんな風に5人倒したところで、他のみんなも全員倒し終えたようだ。ところどころ血を流しながら積み重なる盗賊たちを横目に、ウルドさんがビュッ、と剣を振って剣についた血を払った。
「よし、みんなも怪我はないね?それじゃあまだ人数的にまだいるはずだし、先に進もうか。みんな油断しないようにね」
「はい」
倒した盗賊たちを持ってきた縄で縛り上げた後、再度隊列を組み直して先ほど盗賊たちが出てきた奥の入り口へと向かう。そこから先はさらに暗く、カンテラの光がぼんやりと妖しく辺りを照らしていた。
「この先はどうなってるんだろうね?」
「どうやら一本道のようです」
アトラさんの疑問にエレシアがそう答える。こういった場所では風魔術は存分に役に立つらしい。
5分ほど歩いたところで、複数人の話し声が聞こえてきた。どうやら残りの盗賊たちのようだ。
ハンドサインで行こう、と合図を出すウルドさんに従って僕たちは先ほどのように足音を立てないように進んだ。
少し進むと、開けた場所に出た。奥にある大きな椅子におそらくこの盗賊の首領であろう男が座り、その周りに4人の男たちが座り込んでいる。首領と見られる男は僕たちを見ると、驚くことはなく冷静に口を開いた。
「……外の奴らは全員やられたか」
「そうだ。全員俺たちが倒した」
「そうか。……お前たち、行くぞ」
「「「「はい!」」」」
と言って全員で立ち上がる。その姿はこれまでの盗賊たちとは格が違うように感じられた。もしかすると彼らはいわゆる盗賊団の幹部なのかもしれない。
「俺たちもさっきみたいに行くよ」
と剣を握りなおすウルドさんに頷いて、僕は右手に黒剣を、左手に氷槍を準備した。
「こちらから先に行くぞ!」
と走り込んでくる盗賊たちに向けて僕は20本の氷槍を投げつける。そのうち2人には命中したものの、残りは避けられてしまった。当たった2人も致命傷は避けたのかすぐさまこちらに向かってくる。
僕は仕方なく黒剣で鍔ぜりあった。ギリ、と剣が音を立てる。ただし今回は事前に身体強化をかけていたので、徐々にパワーバランスが僕の方に傾いていく。カキィン、と音を立ててついに押し切ると、相手の剣は5メートルほど先へと飛んでいって地面に刺さった。慌てて取りに行こうとする盗賊の足を引っ掛け地面に尻餅をついたところで、鳩尾に剣の峰を叩きつけて、失神させる。
そして盗賊を縄で縛ると、近くで首領と戦っていたウルドさんとアトラさんとリンさんの補助に回ることにした。ウルドさんとアトラさんが見事な連携で首領に立ち向かい、時折リンさんが魔術を放って気を逸らすものの決定打は得られていないようだ。僕は右手を上に掲げ詠唱した。
「我が魔力を糧に、貫き給え。電流!」
バチッと音がして、首領の頭上から雷が降り注ぐ。その際ウルドさんたちには影響が出ないように調整したので問題はない。首領は突然の上からの魔術攻撃に避けることもできず、まともに喰らった。
「あがっ!」
その瞬間ビクン、と体を痙攣させる首領に好機と見たかウルドさんとアトラさんが左右から斬りかかる。それに何とか反応したものの、ウルドさんの一撃は避けきれなかったようで首領はその場にくずおれた。
そして首領が電流で痺れているうちに縄を取り出して縛り上げる。そこからは全員捕まるまであっという間だった。首領が捕まったことで他の盗賊たちの士気も下がったのだろうと思う。盗賊たちは情報の通り全部で26人だった。
「……よし、これで全員捕らえたな。みんな、怪我はないかい?」
その言葉に遠くにいるマゼンタやラファ、エレシアに目を向けるとそれぞれ手をふり返してくる。なのでこちらのパーティーは特に怪我はありません、と告げると、
「それは良かった。こっちのパーティーはアトラがかすり傷を負ったくらいかな」
「あたしならこれぐらいの傷大丈夫だよ!」
「ということだから、一応全員無事だね」
と握り拳を掲げるアトラさんに微笑みを向けた後ウルドさんがそう締めくくる。するとじゃあ、とマゼンタが辺りを見渡し始めた。
「宝でも探すかね」
宝?と不思議に思っていると、それに気づいたのかラファがこういった盗賊討伐の場合、その場にある宝は討伐した者が持ち帰ってもいいというルールになっていると教えてくれる。宝はピンからキリまであるが、時に大きなお金になるものもあるということで、僕たちも探してみることにした。
僕は首領の座っていた椅子の後ろが怪しいと睨んでラファと2人で物陰を漁る。すると地面の一部が変色していることに気づいた。
「ここ色が変わってるね、中に何か入ってるんだろう。出してみようか。ーー我が魔力を糧に、変化し給え。地形変化」
ラファが唱えるとボコッ、と地面の形が変わって中から宝箱が出てきた。開けてみると、中には白金貨や宝石、時計などが収められていた。
「おぉ、これは当たりだね」
「そうなの」
「そもそも見つけること自体が大変だしね」
「へぇ」
見つけた宝は見つけた人間のものになるという暗黙のルールだそうで、僕たちは宝箱を収納袋にしまった。ウルドさんたちのパーティーも宝箱を見つけたようだった。中身までは聞かなかったけれど。
そうして宝を一通り探した後、僕たちは来た時と同じように縦に隊列を組んで元来た道を戻ることにした。行きと違うのは腕を縛られ、自害できないよう猿轡を咬まされた盗賊たちを連れていることか。
逃げないように盗賊たちの縄をウルドさんが腰に縛り付けるのを見て、僕たちは出発した。エレシアを真ん中にしてノルンさんと3人横並びになりながら進む。するとノルンさんがエレシアに軽く頭を下げた。
「戦闘の時はエレシアが魔術で隙を作ってくれたから随分楽に倒せた。ありがとう」
「いえ、こちらこそ。ノルンさんの剣の腕ならお一人でも大丈夫だろうとは思ったんですけど」
「そんなことはない。万が一ということもある」
僕たちより上のBランクでありながら油断していないその姿勢に感心する。
「イオリのことも見ていた。剣と魔術を上手く使い分けていて上手いなと思った」
「ありがとうございます」
普段お世辞を言わなそうな人にそう言われると照れくさいものがある。僕は静かに口角を上げた。他のメンバーもそれぞれの戦闘について感想を言い合っているようだ。今回の依頼は双方にとっていい刺激になったのかもしれないと思った。
それから歩くことしばらく、洞窟の外へと辿り着く。中が薄暗かったせいか快晴の外へ出ると目が少し眩んだ。門の外で槍に貫かれていた門番と思しき盗賊たちの怪我を魔石で治療し、同じように縛り上げた。
「じゃあ街に帰ろうか。せっかくだし、途中お昼でも食べながらゆっくり帰ろう」
「おぉ、賛成さね!」
とウルドさんとマゼンタとで盛り上がっている。気分はまるでピクニックだ(盗賊たちを連れているということを忘れてはいけないが)。
それから時折現れる魔物を倒しながら1時間ほど歩いたところで、森の中で開けた場所に出る。そこで立ち止まったウルドさんは、ここでお昼にしよう、と声を上げた。
「待ってました!」
基本マゼンタは食事に楽しみを見出しているたちなので、いそいそと準備を始める。それに僕も内心笑いながら、エレシアとともに食事の準備を始めた。ウルドさんのパーティーではいつもリンさんが食事を担当しているようで、お手伝いをしてくれる。
「これをパンに詰めるんですか?」
「はい!美味しいんですよ」
「そうなんですか……」
今日は簡単な具材しか持ってきていないのでサンドイッチぐらいしか作ることができない。エレシアがリンさんに作り方を説明するのを横目に聞きながら、僕も黙々と調理を進めた。ちなみに食材は余分な量はなかったので、盗賊たちにはあげられなかった。
「みなさん、できましたよー」
「おぉ!こりゃすごいな!」
「……よくわからないけど美味しそう」
エレシアがみんなの待つところまでサンドイッチを運んでいくと、それを見たギョームさんとノルンさんがそう呟く。この世界にはサンドイッチはないそうなので、彼らの目にはどうにも不思議なものに映るらしかった。
「じゃあ作ってくれたエレシア、イオリ、リンに感謝していただこうか。いただきます!」
「「「「「「「「いただきます」」」」」」」」
パクリ、と一息にかぶりつく。僕のその様子を見ていたノルンさんもおずおずとサンドイッチに口をつけた。
「……!美味しい……」
「ほんとだ、こりゃ美味いな!」
とガツガツ食べ始めるギョームさんは既に2個目に手を伸ばしている。作った側としては喜ばしい限りだ。
それぞれ雑談を交わしながら食べ進め、食べ終わった後もそのまましばらく雑談は続いた。
僕がウルドさんとエレシアが話しているところをぼーっと見つめていると、ふと横から視線を感じて振り返る。するとマゼンタとラファが口元を隠しながら口パクで何かを伝えてきていた。
(あ、ぴ、ー、る、す、る、な、ら、い、ま、だ、よ)
アピールするなら今だよ。なるほど。ムトさんは相変わらずエレシアのことを凝視していて怖いくらいだった。僕はマゼンタとラファに頷きを返して、エレシアに手を伸ばす。
そしてそっとその肩を引き寄せると、僕の肩にもたれ掛けさせた。
「イ、イオリ?どうしたんですか?」
「エレシアがウルドさんとばかり話しているから」
とできる限り拗ねたような声音で言って、その腰まで伸びる長い銀色の髪を手に取って指にクルクルと巻きつける。
最初は顔を赤くして狼狽えていたエレシアだったが、ふとムトさんの方を向いて顔を引き攣らせると僕の行動の意味を察したのか僕の肩にその赤い顔を埋めてきた。
「でもこんなところで恥ずかしいです……」
「別にいいでしょ」
とぽつり呟いて指に巻きつけた髪にちゅ、とキスを落とす。エレシアがびく、と震えたことでやり過ぎたかな、とは思ったがそれを遮ったのはウルドさんだった。
「……ハッハッハッハ!イオリ、もしかして俺に嫉妬したのかい?」
「自分の恋人が他の男とばかり話していたら嫉妬もします」
「ハハハッ、それは悪かった!」
膝を叩いて笑うウルドさんにチラリと視線を送ると彼はさらに耐えきれないというように笑う。そこでムトさんの方を見ると、彼は悔しさに歯軋りをしながらこちらを恨めしそうに睨んでいた。
(……これで牽制にはなったかな)
視界の隅でマゼンタとラファがグッジョブ!と言わんばかりに親指を立てているのがわかる。僕もそれに周りから見えないよう親指を立てて返事を返した。
「イオリとエレシアは恋人になってどれぐらいなんだい?」
「まだ1ヶ月くらいです」
「そうか。じゃあまだ熱い時期だね、納得だ。イオリはエレシアのどこが好きなんだい?」
とニコニコ笑うウルドさん。純粋な興味で聞いているようで返事に窮する。ただしここで口籠ると僕たちが恋人同士だと疑われる可能性があるので、努めて真顔で返した。
「何事にも一生懸命で、真面目なところですかね。もちろん外見も美しくて好みですよ」
「なるほどね。じゃあエレシアは?」
「えっ」
「イオリのどこが好き?」
「私は……」
周囲の視線が集まっていることに気づいてかエレシアがさらに顔を赤くする。そして小さな声で、
「……イオリのいつも冷静で、私の話すことも真剣に聞いてくれるところがす、好きです。それに宝石みたいな紫の瞳も綺麗で好きです」
と静かに話した。僕はそれに嘘と分かっていながらも思わず顔が熱を持つのを感じた。見られないよう咄嗟に左手で口元を覆う。そんな僕たちを今やニヤニヤとした笑みで見守っていたウルドさんはヒュウ、と口笛を鳴らした。
「初々しいねぇ。こっちが照れちゃいそうだ」
「茶化さないでください」
やっと赤みの引いた顔から手を離す。こっそりムトさんの方を伺うと、打ちのめされたかのように青い顔で俯いていた。それを見て若干申し訳なさを感じる。とはいえこれで目的は果たせただろうと安心した。
「イオリとエレシアは美少年美少女だし、お似合いだろう?」
「そうだよね。2人とも相性バッチリだし!」
とさらにマゼンタとラファが追い討ちをかけている。すると、今まで黙って聞いていたムトさんがゆっくりと顔を上げて僕を見据えた。何故か嫌な予感がする。
「?」
「お前、俺と戦えよ」
「……は」
嫌な予感的中だ。
「おい、ムト!?」
「うるさい。……もし俺が勝ったらエレシアさんを俺にくれ。俺が負けたら何でも一つ言うことを聞いてやる」
「はぁ……」
突然言うに事欠いてそれか、と若干呆れる。どうやら刺激しすぎて沸点を超えてしまったらしい。エレシアをくれと言うなら先に本人に告白するのが筋というものだろうに。僕がなんと言って断ろうかと考えていると、横で僕にもたれ掛かったままのエレシアが声を上げた。
「その勝負、受けます」
「いや、エレシア。君がかかってるんだけど」
「大丈夫です、絶対にイオリは負けません」
「くっ……」
エレシアに煽られてムトさんがさらに凶悪な顔つきになるのであぁ、と諦めの境地に至る。それからあれよあれよという間にムトさんと決闘することになっており、僕はため息をついた。
昼食を片付けて、広場でムトさんと2人向かい合う。その他の人は僕たちを囲むように立っている。そして僕とムトさんの間にはウルドさんが立った。
「じゃあ改めてルールの確認だ。殺しはなし、魔術もなしの武器のみの勝負で。ただし身体強化はありとする。今回は勝った方がエレシアを恋人にできる、負けた方は勝った方の言うことを一つ聞く、という条件だ。2人とも分かったね?」
「はい」
「あぁ」
「じゃあ始めるよ。このコインが地面に落ちた瞬間から始まるからね」
と言って取り出した銀貨を上に放り投げる。今回僕の得意な魔術は使えない。僕は剣のみで彼に勝たなければいけないのだ。僕は自身に身体強化をかけ、黒剣を軽く握りしめた。
ーーカラン。
「はぁあっ!」
「っふ」
コインが落ちた瞬間、同じく身体強化をかけていたらしいムトさんが一瞬で目の前に現れる。真っ直ぐ斬りかかってくる剣を寸前で避け、斜めに剣を振る。さすがと言うべきか不自然な体勢ながらも避けられてしまったので、連続で斬りかかる。僕はおそらくムトさんに比べてスタミナが少ないので、短時間で勝負を仕掛けるしかない。
右、左、上、下、斜め、と怒涛の攻撃を仕掛ける。
「ぐっ……!」
苦悶の声を漏らすムトさんにさらに体術で蹴りも繰り出す。それを受け苦し紛れに出された剣をバック転で回転し、三次元的な動きをすることで避けていく。そして着地した瞬間身体強化に任せてグッと足を踏み込み、剣を前に突き刺した。それも剣を横にすることでいなされたので、その勢いのまま回し蹴りを繰り出す。それが胴体にクリーンヒットした。
「ぐはっ……」
3メートルほど吹き飛ばされた彼を追いかけ、胴体に剣を叩きつける。それによろめいた彼は地面に片膝をついた。
「はぁ、はぁ……」
片膝をついたまま、荒い息を吐くムトさん。僕はそれを追わずに距離を置いて回復するのを待った。数秒経って、ふらりと立ち上がった彼がグッと両足に力を入れるのがわかる。僕は剣を握り直した。
ムトさんはそのまま上に飛び上がって真上から剣を叩きつけてきた。
「くっ……」
それを身体強化で押し返す。着地した彼に隙ができたので、僕は剣を前に突き出した。カキィン、と音を立てて彼の剣が明後日の方向に飛んでいく。目の前に刺さった剣を見てリンさんがキャア、と悲鳴を上げていた。
手からすり抜けた剣を見て呆然と立ちすくむ彼の首に黒剣を突きつける。
「……まだ続けますか」
「……いや、俺の負けだ……」
「よし、勝負あり!イオリの勝ちだ!」
悔しそうに呟くムトさんの言葉に、今まで黙って見守っていたウルドさんがそう宣言する。するとエレシアが一目散に駆け寄ってきて、僕に飛びついてきた。
「イオリ!無事で良かった……」
「エレシア……」
僕の首に腕を回して抱きつくエレシアの腰をそっと抱き返す。しばらくそのままの状態でいたが、ふと視線を上げると、周囲の生暖かい視線が僕たちに向けられていた。さすがの僕も恥ずかしくなる。
「……エレシア。少し離れてくれる」
「え、あ、ご、ごめんなさい!」
今度はシュバッと音が立ちそうなほど素早く離れるエレシアに思わず笑みを噛み殺す。それを満足げに見ていたウルドさんが、僕の横まで近寄ってきた。
「さて。勝負もついたことだし、イオリはムトに何を命令するんだい?」
「僕はムトさんが今後一切エレシアに近づかないと約束してくれればそれでいいです」
「そうか。どうだい、ムト?」
「……約束は守る……」
「だそうだ。今回の勝負面白かったよ、ありがとう」
「見せ物でやったつもりではないのですが……」
「ハハハッ」
曲がりなりにもパーティーメンバーであるムトさんの目の前で言うセリフではないと思う。僕が若干引きながらそう言うと、ウルドさんは快活に笑った。
ともあれこれで問題も解決し、無事に街に戻ることができる。僕はやっとひと心地ついた。いい勝負だったよ、と近づいてきたラファとマゼンタにも頷きを返す。そうして全員が落ち着いたところで、盗賊を連れ再度街に出発することになった。
帰り道でも魔物は出たものの、順調に倒すことができ太陽が真上を通り過ぎた頃街の正門へと辿り着くことができた。
「おぉ、ウルドか。おかえり……って、何だ!?」
先頭を歩いていたウルドさんに門番が声をかけるも、後ろをゾロゾロと歩く盗賊たちに気づいて驚く。
「ギルドからの依頼で盗賊団の討伐に行ってきたんだ」
「あぁ、なるほど、そうだったのか。怪我はないか?」
「全員無事だよ」
「そりゃ良かった。じゃあ一応ギルドカードを出してくれ」
「あぁ」
ということで来た時同様パーティーメンバー全員がギルドカードを門番に提示する。それを順に確認した門番は、うん、と一つ頷いた。
「確認した。中に入っていいぞ」
「ありがとな。仕事頑張れよ」
「あぁ、こちらこそ」
親しげに言葉を交わす門番とウルドさんはその言葉を境に別れる。街の中に入ると、盗賊たちを連れていることもあり住民たちの視線に晒される。僕は街に入る時に被ったローブのフードを目深にグッと下げた。
ギルドへ着くと、集まる視線の中受付へと真っ直ぐに向かう。そしてウルドさんが受付嬢に声をかけ、盗賊たちの引き渡しが始まった。僕たちは受付が混まないようそれを遠くから見守る。
やがて受付の奥から出てきた強面の男性が盗賊たちを縛り上げている縄を受け取ると、受付の奥の部屋へと消えて行った。ウルドさんは皮袋を手にこちらに戻ってくる。
「引き渡しが終わったよ。依頼達成報酬を分けようか」
「分かりました」
ということで、ギルドの隅に置いてあるテーブルへと移動する。
「盗賊は26人だったから1人当たり2人分、つまり白金貨18枚は渡すとして……イオリたちのパーティーの方が盗賊を多く倒してくれたし、残りはイオリたちの分にしようか」
僕は返事に困って思わずマゼンタを見る。するとマゼンタが、
「残りは盗賊6人分なんだろ?じゃあその半分の白金貨27枚でいいよ」
「本当に半分でいいのかい?」
「いいよ」
「……ありがとう、有り難く受け取っておくよ」
と話がついたようだ。白金貨を分けて、収納袋にそれぞれ仕舞ったところでウルドさんがじゃあ、と手を差し出した。
「これで依頼は終了だね。今日1日ありがとう、楽しかったよ」
「こちらこそいろいろとありがとうございました。勉強になりました」
と挨拶する。マゼンタたちもそれぞれメンバーと話しているようだ。するとノルンさんが近寄ってきて話しかけてきた。
「……イオリ、エレシア。今日は道中君たちのおかげで楽しかった、ありがとう」
「こちらこそ楽しかったです。ありがとうございます」
「また機会があれば一緒に依頼を受けよう」
「ぜひ」
「その時はよろしくお願いします」
エレシアと2人笑顔で返す。すると薄らとではあるがノルンさんが笑みを浮かべてくれた。これまで無表情だった彼のその笑みを見てなんだか嬉しくなった。
「よし、じゃあそろそろ。君たちはあとどれぐらいこの街にいるんだい?」
「まだ決めてはいませんが1週間くらいでしょうか」
「そうか。俺たちもしばらくこの街にいるからまた会ったらいつでも声をかけてくれ」
「はい」
そう言って手を振りながら去っていくウルドさんたちパーティーを見送った。ムトさんとは最後まで視線を交わすことはなかった。
「これで初合同依頼達成だねぇ、イオリ」
「あぁ。他のパーティーとの連携も勉強になったし、面白かった」
「良かったね」
「宿に戻ってお金を分けましょうか」
「そうだな」
ということで、宿に戻ってお金を分けた。今日だけで4人合わせて白金貨99枚分稼ぐことができた。日本円で99万円だ。最近大きなお金を稼ぐことが多いので、金銭感覚が狂ってきている気がする。ともあれ1人当たり白金貨24枚を分け、余った分はパーティーの分に回すことに決め話は終わった。
まだ午後も早い時間だったので、それからはそれぞれ好きなことをして時間は過ぎていった。