旅の途中で〈2〉
僕たちはニーヤスへたどり着くと、早速ギルドへと向かった。外はもうだいぶ暗くなっているが、まだギリギリギルドもやっているとマゼンタさんから聞いたからだ。
ギルドに着くと、もう閉まるギリギリの時間だからか人は少ない。そんな中僕たちは受付へと真っ直ぐに進み、窓口へと顔を近づけ小声で告げた。
「マユズミイオリとエレシア=ルモンド=クロアドールです。情報提供に来ました」
「イオリさまとエレシアさま……あっ、はい!わかりました!こちらへどうぞ!」
受付嬢は僕たちの名前を聞いて一瞬眉を寄せながらなんのことやら、と言った顔をしたもののすぐに気づいたのか、急いで立ち上がると受付の奥の方へと案内してくれた。
「というかあんたたち、苗字もちだったのかい?」
案内されている途中、マゼンタさんがそうコソッと尋ねてくる。僕はそれに首を横に振って、
「いえ……詳しくは後で話します」
「わかったよ」
そんな会話を交わしていると、茶色の一際豪華な造りの扉の前へと辿り着いた。
「ここがギルドマスターの部屋になります。……マスター!お客様です!中に入れてもよろしいでしょうか?」
「あら、お客様?いいわよ、入れて差し上げて」
受付嬢の呼びかけに扉の中から聞こえてきたのはそんな朗らかな女性の声だった。
「では私はここまでなので。どうぞお入りください」
「ありがとうございます」
そう言ってドアを開けてくれる受付嬢に従って3人で扉を潜り抜ける。そこには、大きなデスクに50代ぐらいのグレーの髪をもった上品な女性が座っていた。
「さぁ、そちらのソファにお座りになって」
と、デスクを回り込んでこちらに歩み寄りながら手で示す彼女に従って3人横並びでソファに腰かけると、反対側に彼女もそっと腰かけた。
「私はここのギルドマスターをしているパメラです。それで、あなたたちのお名前は?」
「僕はマユズミイオリです」
「私はエレシア=ルモンド=クロアドールです」
「マゼンタだよ」
僕たちの名前を聞いて真剣な表情になったマスターは、
「イオリさんにエレシアさん……グレンから連絡を受けた方たちですね。お一人増えているようですけれど……今日来てくださったということは何か情報があるんですね?」
「はい。実は……」
そこで僕は、マゼンタさんと出会った時の状況を詳しく話した。マゼンタさんの証言も合わせて語ると、マスターは眉間にシワを寄せて息をついた。
「そうですか……また話す魔物が……。その魔物は今どこに?」
「僕が持っています」
ではここに、と部屋の隅を指し示すマスターに従って、収納袋から魔物を取り出す。一通り魔物の様子を見回したマスターは、顔を上げて僕たちを見やった。
「わかりました、情報提供感謝します。この魔物はギルドで預かります。また何かあったら報告をお願いしますね」
「はい、わかりました」
と3人で頷く。それから、これから早速魔物を調べ始めるというマスターに簡単に挨拶をして、マスター室を足早に退出した。
受付にて受付嬢にマスターとの話が終わった旨を告げ、ギルドを出る。道の真ん中で僕たちは立ち止まった。
「それで……マゼンタさんは今日は宿はどうするんですか?僕たちはこれから探すところなんですが」
「まだ決めてないけど、もうちょっとあんたたちと話したい気分なんだよね。一緒の宿にしてもいいかい?」
「もちろんです!もし良かったら私と同じ部屋にしませんか?」
「それは大歓迎さね」
女性2人で盛り上がるのを見てそっと口角を上げながら、僕は宿の並ぶ通りへと足を向けた。
「じゃあ行きましょうか」
僕が1人で前を、後ろにマゼンタさんとエレシアが並んで歩きながら進んでいくと、明かりの漏れる1件の宿の前へと辿り着いた。
「ここでいいんじゃないかい?今の時間からあちこち探すのも面倒だしね」
「それもそうですね」
3人で頷き合って、中に入る。ドアを開けてすぐの受付で声をかけると、中年の男性が奥から出てきて対応してくれた。
そこで1人部屋を1つと2人部屋を1つずつ頼む。幸いどちらも空いているということで、それぞれお金を払って中へと入った。
渡された鍵を持って階段を登っていき、部屋番号を確かめる。2部屋の距離は少し開いていたものの、どちらも4階だった。
「じゃあ荷物を置いたら食堂で落ち合いましょう」
「はいよ」
「はい」
そう言って2人と別れて部屋へと向かう。鍵を開けて中に入ると、こじんまりとしているが清潔感のある部屋だった。早速荷物をベット脇のテーブルに置いて、腰に括り付けた収納袋と鍵だけを持ち外に出る。階段を降りて食堂へ向かうと、まだ2人は来ていなかった。
そのため中央付近の空いている席で2人が来るのを1人待っていると、やがて僕の目の前にふっと影が落ちた。思わずエレシアとマゼンタさんが来たのかと顔を上げると、そこには全く知らない僕より少し年上と思しき2人組の女性が立っていた。
「君、1人?超かっこいいね」
「っていうか美少年って感じ!君みたいな子見たことないし!」
そう言うなり勝手にテーブルの反対側に腰掛けてキャッキャと盛り上がる女性たちにまさか、という思いだったが顔には出さない。僕は気づかれないよう小さくため息をついた。
「いえ……連れが2人います」
「連れって男?良かったら私たちも一緒にここで食べていい?」
「私たち君と仲良くなりたいなー、なんて」
「いや、連れは女性なので……」
とやんわり断ろうとしていると、階段からエレシアたちが降りてくるのが見えた。パチリと僕と目の合ったマゼンタさんは一瞬ニヤリとしたものの、ツカツカとこちらに歩み寄ってくると僕の隣にドカッと音を立てて座った。
「私たちの連れになんか用かい?」
「え、いや、あ、……」
マゼンタさんと横に立ったエレシアの美女美少女っぷりに目を見張った彼女たちは、途端しどろもどろになって席を立ち上がる。そして僕に向かって手を振りながら、
「じ、じゃあまたどこかで会ったら話そうね!」
と顔を引きつらせながら足早に立ち去っていった。
「全く……諦めの悪い奴らだねぇ。次も会ったら話しかけるつもりかいな。……イオリ、大丈夫だったかい?」
「来るのが遅くなっちゃってすみません」
とマゼンタさんたちが言うので、やっと正面に座ったエレシアも含めて僕は軽く頭を下げた。
「いえ、2人がちょうど来てくれて助かりました。ありがとうございます。どう穏便に済ますか考えていたところだったので」
「顔がいいのも難だねぇ」
「そうですね」
「否定しないのかい」
と面白そうに笑うマゼンタさんを黙殺して、やっとメニューを開いた。
いつものごとくエレシアと同じメニューを選ぶ。マゼンタさんは違うものを注文していた。
やがてやってきた夕食を食べ進めていると、マゼンタさんがそういえば、とふと手を止めた。
「あんたたちの話ももっと聞きたいし、これを食べ終わったらイオリ、あんた私たちの部屋に来なよ」
「それもいいですね」
「わかりました」
話を聞きたいというのは、おそらく先ほどのギルドでのやり取りの件が聞きたいのだろうと見当をつけつつ、僕は口の中の食べ物を飲み込んだ。
それから、無事何事もなく食事も終わりエレシアたちの部屋に邪魔することになった僕は3人で部屋に置いてあるテーブルへと腰を落ち着けた。
「それで……まずはあんたたちの名前の件なんだけど。貴族なのかい?」
「私は男爵家の娘です。でも娘っていうだけで私自身は何も偉くなんてないですし、これまで通り普通に接してくださいね」
「あんたがそれでいいっていうなら助かるけど……私も敬語とかは苦手だしね」
「はい、大丈夫ですよ。それでイオリの方は……」
「僕は少し話が込み入っているのですが……」
と前置いて、僕はエレシアの住む街の近くで血塗れのまま倒れているところを冒険者たちに助けてもらったこと、目が覚めたら記憶がところどころ抜け落ちていたこと、名前だけは覚えていたことなど、簡潔に話した。異世界から来たことはさすがに言えないので設定上の話にはなってしまうが、マゼンタさんはその話の間口を挟むことなくただ黙って聞いていてくれた。
「……ということなんです」
「なるほどねぇ……そりゃ変なことに巻き込まれたくなければ苗字もちであることは確かに黙っといたほうがいいねぇ」
「はい。ただ、ギルドへの登録は一応本名でしておいたんです」
「そうかい。なんとなくふにおちたよ。中央図書館には何の用で行くんだい?」
「今話した通り僕は記憶が抜け落ちているせいで常識もないので、それを本で身につけつつ何か記憶を思い出すきっかけがあれば、ということで行くことにしたんです」
「なるほどねぇ。これはあんたの記憶を探す旅ってことだね」
「はい。エレシアはそれについてきてくれたんです」
「ふーん……そういえばもう1個聞きたかったんだけど、あんたたちは恋人なのかい?」
「えっ!?」
僕が返答する前にエレシアが素っ頓狂な声を上げる。見るからに目をまん丸に見開いてびっくりしていた。
「驚きすぎ。男女が2人で旅していればそう見られるのはあると思うし」
「と言うってことは違うのかい?」
僕がエレシアにそう伝えていると、マゼンタさんが突っ込みを入れてくる。僕はそれに頷いて、
「はい。ただ、さっきみたいにお互い絡まれることもこれからあると思うので、意図的に恋人同士のフリをしています」
「フリ?なるほどね、その方が2人とも絡まれなくて楽だろうねぇ」
「はい」
「じゃあさっきはあたしが女たちを追っ払うなんて余計なことしちまったね、エレシアがいたんだからエレシアに任せれば良かったんだね」
「いえ、まだそういったことには慣れていないので正直助かりました……」
と苦笑するエレシア。確かにあの場で僕の恋人のフリをして女性たちを追い払うのは今のエレシアには難しかっただろうと思った。
「なるほどねぇ。……それでもう一つあたしから提案というか話があるんだけど、いいかい?」
「どうぞ」
「あたしは特に国を出てから目的もなくプラプラ旅をしながら冒険者やってたんだけど、なんとなくあんたたちのことが気に入っちゃってさ。これから旅に着いて行ってもいいかい?」
随分唐突だな、とは思った。しかしその赤の瞳には嘘は何一つなく、僕とエレシアは顔を見合わせた。
「私は大歓迎ですけど……」
「僕もいいと思う。女性がもう1人いた方がエレシアも気が楽だと思うし」
「そんなことはないですけど……」
と戸惑いながら否定するエレシアだが、僕はこれからの旅の中でエレシアがもっと話せる女性がいたら気が楽になっていいだろうと少し前から思っていたため、これは願ってもいない話だと思った。
「僕たちとしても願ってもない話です。どうぞこれからよろしくお願いします」
「ありがとう!」
「よろしくお願いしますね」
にこやかに笑顔を交わす2人を見て自然と笑みが溢れる。するとそれを見たマゼンタさんが驚いたようにこちらを振り向いた。
「イオリあんた、そんな顔できたのかい?」
「そんな顔とはなんですか」
「笑顔だよ。これまでずっと無表情だったから表情が変わんないやつなのかと思ってたよ」
「イオリは慣れてくると意外と笑ってくれますよ」
「ふーん、そうなのかい」
意外そうにするマゼンタさんに僕は知らん顔で水を啜った。
「じゃあこれから一緒に旅をするんだ、敬語じゃなくていいから普通に話しとくれよ」
「年上の方に失礼ではありませんか」
「いいんだよ。あたしは堅苦しいのが苦手なんだ。頼むよ、名前も呼び捨てでいいからさ」
と頼み込むマゼンタさんを見て、僕たちは再度顔を見合わせ微笑んだ。
「わかった、よろしく。マゼンタ」
「私は普段から敬語なので……よろしくお願いします、マゼンタ」
「あぁ、よろしく!イオリ、エレシア」
3人で和気藹々と話し合う。改めてこれから共に旅をする仲間だということがはっきりとした気がした。その後、明日は食材を買ったりするためにもう1日この街に滞在することを決めて、僕は自分の部屋に戻ることにした。
「じゃあまた明日。朝ごはんの頃早く起きた方が迎えにくるということで」
「わかったよ」
「おやすみ」
「おやすみー」
「おやすみなさい!」
手を振る2人の部屋のドアを閉め、自室に戻って鍵を閉める。その日はシャワーを浴びて早めに床に着いた。
◇◇◇
次の朝、目覚めてから顔を洗ってタオルで顔を拭いているとトントン、とドアが叩かれる音がした。
「イオリー?そろそろ朝ごはんに行きませんか?」
「今行く」
部屋の鍵を持ってドアを開けると、扉の外にエレシアとマゼンタが立って待っていた。
「おはよう、お待たせ」
「おはよう」
「おはようございます」
お互い挨拶をして1階へと降り、テーブルに腰掛けて食事を始める。今日1日の予定をざっと話し合った頃、ちょうど食べ終わった。
ちなみに、少し離れたテーブルで昨日僕に絡んできた女性2人組も食事を摂っていたが、心なしか気まずそうに視線を逸らしていて、視線が絡むことはなかった。
「じゃあ行こうか」
食後、1回部屋に戻った後買い出しに出かけることにした僕たちは3人揃って宿の外へと出た。
「はい。エレシア」
「あ、はい」
左手を差し出すと、右手がそっと重なる。今日も街を歩くにあたって恋人同士のフリをすることにしていた。それを心なしかニヤリと笑いながら黙って見つめていたマゼンタが、パンっと手を叩いて歩き出す。
「よし、じゃあまずは食材からだ!」
街では、見たことのない食べ物が屋台にズラリと並んでいる。興味を引かれた僕は、記憶喪失という設定を利用して心置きなく2人を「これは?」と質問攻めにした。
それぞれ日の持つ食材を買いだめした後、まだお昼まで時間が余ったためそのまま適当にウィンドウショッピングへと移る。するととある屋台の前に着いた時、エレシアがふと足を止めた。
「?」
翠の瞳の先を追うと、紫色の花が一輪あしらわれた華奢な造りの髪飾りが置いてある。一瞬逡巡した後、僕はそれを無言で横からすっと取った。
「あっ……」
「これが気に入ったんでしょ。買ってあげるよ。店主さん、これください」
「あいよ。銀貨2枚だよ」
店主に銀貨を支払い、代わりに髪飾りを受け取る。振り返ってエレシアを見ると、困った顔で胸の前に手を当てていた。
「あの……ごめんなさい、ただ見てただけなんですけど」
「いいよ、きっと似合うし。ほら」
そう言って左耳の上あたりに髪飾りを差し込むと、エレシアの銀色の髪に紫の花が映える。想像以上に似合っていた。
「うん。やっぱり良く似合ってる」
「……ありがとうございます!絶対大事にしますね」
そっと髪飾りに手を触れながら輝く笑顔を見せるエレシアを思えば、銀貨2枚ぐらいの出費など安いものだと思った。マゼンタもニコニコとやり取りを見ている。
「良かったねぇ、エレシア。イオリの言った通り似合ってるよ」
「はい!」
その言葉にも笑顔を向けるエレシアに微笑んで、僕たちは再度屋台を回ることにした。
結局、用事を済ませ宿に戻ってきたのはお昼頃だった。
お昼も済ませて、今日はもう特にやることもないのでそれぞれゆっくりすることに決め、僕は自室に戻って本を読み始めた。
もう魔物図鑑も終盤に近づいているため、他の本も探してみたいなと思った。
◇◇◇
テーブルの上に髪飾りを置いて、じっと眺める。紫の花は繊細な造りをしていて光の加減でキラキラと輝いており、私の目にとても綺麗に映った。
「そんなに見てて見飽きないかい?」
「え?」
慌てて顔を上げると、マゼンタが面白そうな顔でテーブルの反対側に腰掛けるところだった。
「いや、部屋に戻ってきてからずーっと見てるからさぁ」
「あ、いえ……こんなに綺麗なものをもらって嬉しいなって思ったらつい……それに……」
「それに?」
マゼンタの声にとくりと胸が脈を打つ。心の声が漏れていたようで、顔が思わず赤くなった。
「それに……この紫色がなんとなくイオリの瞳の色に似てるな、って、思っ、て……」
恥ずかしくてしどろもどろにそう告げると、目の前の彼女は悟ったようににっこりと微笑んだ。
「そうかい。あんたはイオリが好きなんだねぇ」
「好き……なんでしょうか」
いまいち自分でも恋愛的な意味で好きかどうか、まだ考えあぐねているのだ。といっても、これからの旅の中で好きに変わる日は近いだろうという予感が自分でもあった。
「そりゃーあんた、いつもイオリの笑顔を見ると幸せそうに笑ってるよ。それ見ればわかるってもんさ」
「そ、うでしたか」
自覚のなかった行動にさらに赤くなる。イオリがどう思っているかはわからないが、他の人にとってはそう見えるらしかった。
イオリ本人にそう見られないように気をつけなければ、と決意を新たにした。
「そういえばマゼンタは恋人はいないんですか?」
「私かい?私はこう見えて52だしね、そこらのひよっこは恋愛対象じゃないしねぇ。今はいないよ」
「そうなんですか……」
マゼンタほどの美人に恋人がいるのか興味があっただけに拍子抜けする。てっきり大人な男性とお付き合いしているのかと思った、と素直に告げるとマゼンタは大口を開けて笑った。
「ハハハハハッ!そんな風に見てもらってるなんてありがたいねぇ」
「いえ、こちらこそ偏見ですみません……」
そのような感じで恋話も交えつつ楽しく話をしていると、いつの間にか夕食の時間となっていた。イオリを迎えに行くことになり、私はテーブルの上の髪飾りを手に取って左耳の上にそっと差し込んだ。
「……じゃあ行きましょうか」
「そうだね、お腹も空いてきたよ」
そう言って顔をしかめながらお腹をさするマゼンタに笑って、私たちは部屋を出た。
◇◇◇
それから2週間、再び先へと進んできていた僕たちは、やがてエルンという街に辿り着き、早速ギルドへと向かう。これまでも度々ギルドの依頼を受けながら進んできたが、また手持ちのお金が少なくなってきたため、話し合いの末今日も旅を一旦中断し依頼を受けることになったのだった。
ギルドへ着くと、真っ先に依頼掲示板へと向かう。その間、周囲の囁き声が僕の耳に届いた。
「おい……あれが氷王子と銀の聖女、疾風のマゼンタだろ?」
「そうらしいな。最近ここらの街でよく依頼を受けてるらしい」
「しかし3人とも目立つ奴らだなぁ……」
ザワザワするギルド内をよそに、僕は思わず内心げんなりする。どうやら僕たちは二つ名で呼ばれるようになり、近くの街で噂になっているらしかった。ここ最近ギルドで立て続けに依頼を受けていることが影響しているだろう。ちなみに、マゼンタもこの辺りにはなかなかいないBランク冒険者であり、なおかつ戦闘時のそのスピードから“疾風”と呼ばれているらしい。二つ名持ちが3人も集まっているとあって周囲からは格好の注目の的だった。
「討伐依頼にするだろ?」
「そうだね」
マゼンタは慣れているのか全く気にした様子もなく、依頼掲示板の前でそう話す。その間も周囲から盗み聞きされているようだったが、構わず会話を続けた。
「これなんかどうだい?Cランクのブルーベアーの討伐さ」
「いいと思う」
「私も賛成です」
「じゃあ決まりだね」
マゼンタの意見に特に反論もなく、さっくりと依頼内容が決まる。窓口で受付を済ませると、居心地の悪いギルドを足早に立ち去った。
「はぁー、なんだか注目が集まっちまったねぇ。居心地が悪いったらないよ」
「すみません……私たちといるからですよね」
「ん?それは気にしなくていいんだよ。ただ依頼を受けるだけなのに周りからジロジロ見られるのが嫌なだけさ」
と首の裏に手を当てていうマゼンタに感謝しながら、街の外へとやってきた。その後なんだかんだと話しつつ1時間程歩いたが、ブルーベアーとの遭遇はなかった。
「いないねぇ。そろそろ見つけてもいい頃なんだけどね」
「そうですね」
そう話す2人をよそに、僕は近くの茂みで何かの気配を感じた。マゼンタも気づいたのか、そちらに視線を向けている。
「……」
無言のまま、無詠唱で氷槍を発動させる。茂みの方にそれを向けると、ギャっと鳴き声がして辺りが静かになった。
「なんかいたかい?」
「そうみたい」
ガサガサと草をかき分け茂みまで行くと、シルバーラビットが1匹倒れ込んでいた。どうやら1発で倒せたようだ。
「シルバーラビットか。小さいのによく気づいたね」
「なんとなく気配がしたから」
「気配まで読み取れるのかい?あんたすごいじゃないか」
「マゼンタこそ」
2人でそう話しつつ、僕はシルバーラビットを収納袋へとしまった。そして再び歩き出そうとした時、ふいに音を立てず目の前に青い毛並みを持つ熊のような魔物が現れた。魔物図鑑を思い出すに、これがブルーベアーのようだ。
自然と僕とマゼンタは前に出て剣を腰から抜き、エレシアも後方で杖を構えた。
「行くよ」
「はい」
頷き合って、ブルーベアーへと駆け出す。後ろではエレシアが詠唱する声が聴こえた。
「ーー我が魔力を糧に、貫き給え。電流!」
バチッ、と音がして感電したようにビクっと痙攣し、ブルーベアーが動きを止める。そこへ左右から僕とマゼンタで斬りかかる。鋭い爪で受け止められるも、それを受け流してマゼンタが胴体に剣を叩きつけた。肉を断つ音がしてグォ、と鳴き声を上げたブルーベアーが身をひねる。そこに今度は僕が心臓めがけて素早く剣を突き刺すと、ブルーベアーは一瞬ビクンと再度痙攣したあと、ドサリと重い音を立てて地面に崩れ落ちた。
「やったね」
「うん」
剣を肩に担ぎながら笑顔で言うマゼンタに、僕はそう返す。その間にエレシアも近づいてきて、一緒にブルーベアーの絶命を確認した。
「Cランクの魔物をこんなに楽に倒せたのは初めてかもしれないねぇ。あんたたちがいると楽だよ」
とケラケラ笑うマゼンタに微笑みを返して、僕は再度収納袋へとブルーベアーをしまった。依頼を達成したところで早速帰ろうと3人で元来た道を引き返そうとすると、ハッとマゼンタが突如後ろを振り返った。
「?」
「もう1匹いるよ!気を付けろ!」
グオォ、と鳴き声を上げて木の影から出てきたブルーベアー。僕たちは再度戦闘態勢をとった。特に驚くことはなく、先ほどと同じようにエレシアの魔術と僕とマゼンタの剣術で難なく倒すことはできたが、僕はこの現象を不思議に感じていた。エレシアも同じことを考えていたのか、不思議そうに首を傾げている。
「確かブルーベアーは群れを作らないはずじゃありませんでしたか?」
「そうなんだよねぇ。今回はイレギュラーだったね。まぁなんにせよ倒せたからいいけどさ」
「そうだね」
話す魔物の件といい、なんだか僕たちはイレギュラーなケースに遭遇することが多いらしい。どういう運命なのかと僕は自身の運命について考えた。
「まぁ考えても仕方ないね。たまたまだよ。倒せたんだし、帰ろうじゃないか」
「あぁ」
3人で今度こそ元来た道を戻り始める。辺りは木ばかりで代わり映えのしない風景だったが、来た道には木に傷をつけながらここまで歩いてきたため、問題なく街へと戻ることができた。
ギルドへと着くと、真っ先にマゼンタが受付に向かう。
「依頼達成したよ。それとブルーベアー1匹の依頼だったけど2匹いたから、2匹とも倒したといたからね」
「ありがとうございます!ブルーベアーを見せていただけますか?」
いつもの通り聞かれたので、僕は受付横のテーブルに2匹のブルーベアーをドサリと横たえた。ぐるりと見回した受付嬢がこちらに向き直って硬貨を差し出す。
「依頼達成を確認しました。報酬は白金貨4枚と金貨2枚です。それに加えてブルーベアーが2匹なので白金貨4枚がプラスになります」
「ありがとね」
要するに、日本円で8万2千円稼いだということだ。今日1日で随分稼ぐことができた。ブルーベアーは買取額が高い部類の魔物のようだった。
窓口から離れて、近くのテーブルに集まる。それぞれ手持ちのお金と換金しながら、白金貨2枚と金貨7枚ずつ分けた。
「よし、これでいいね。余った小銭はパーティーのお金にしよう」
「はい」
「あぁ」
マゼンタの言葉に従って頷く。注目の集まる中、僕たちは再度ギルドを出て宿屋へと向かった。宿屋はもう決めてあり、お金も払い終えていたため、そのまま部屋に上る。ここまで、僕が1人部屋、マゼンタとエレシアで2人部屋1つというのが定着しており、それぞれの部屋に戻った。
僕は部屋のベッドに腰掛けて荷物を整理しながら、ここまでの2週間のことを考えた。ここ2週間、また話す魔物に出会うことはなかったが、ここ最近冒険者たちの魔物との遭遇率が増えてきているという話は街々の噂で聞いていた。僕たちはこの異常は何によって引き起こされたものなのだろうとずっと話し合ってきたが、特に思いつくようなことはなかった。ただこれはエレシアにも言っていないが、この異常が起こった時期と僕がこの世界へとやって来た時期は一致しているように思えた。マゼンタもいるため伝えることができなかったけれど。この考えが正しければ、僕がこの世界に来たことでこの世界に何かしらの影響を与えてしまっているのかもしれないと思う。
「僕のせい……か……」
手を止め、ポツリと呟く。そうと決まったわけではないけれど、なんとなく僕はこのことが関係しているように思えてしかたなかった。
しばらく考え込んだ後、立ち上がって窓辺へと近づく。今考えても答えの出ないことだろうと思いつつも、仕方ないと割り切ることができない。窓の下を歩く人々の流れを見ながら、僕はぼんやりと立ち尽くした。
ところどころ修正を入れています。