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きっと、僕の魂が覚えてる。  作者: 長月
第一章
18/39

旅の途中で〈1〉



「……え?今なんて言ったの」


 未知の魔物との邂逅(かいこう)を果たした翌日、僕が目を瞬かせながらそう言うと、目の前のエレシアがにっこりと笑いながらもう一度言葉を繰り返した。


「ですから、私もイオリの旅に連れて行ってくださいと」

「……なぜ突然?」

「突然じゃないです。ずっとこの街から外の世界に出たいと思っていたけれど、そんな機会もなくここまで来てしまって。でも、昨日父がそんな私にイオリ君といってらっしゃい、って許しをくれたんです」

「カーティス氏が……?」


 娘であるエレシアを溺愛していると言っても過言ではないカーティス氏が許しを出したとは正直信じがたいが、エレシアがそう言っている以上本当なのだろう。



「……でも、旅には危険もあると思う。僕も自分で言って情けないけど、自信を持って必ず君を守るなんて言えないし、そこまで僕に付き合ってくれなくてもいいのに」


 するとエレシアは心なしか目を潤ませ上目遣いでこちらをチラリと見た。


「イオリは、私が旅について行ったら迷惑ですか……?」

「……!」


 天然でやっているのか、あまりのことに言葉が出てこない。すると、今まで横でただ黙って様子を伺っていたナノヤさんが耐え切れないといった風に吹き出した。


「ブフッ!これはイオリの負けだな!あっはっは」

「ナノヤさん……」


 げんなりと横目で見やると、ナノヤさんはゴホン、とわざとらしく咳をしてから机の上に手を置いた。


「まぁ、要するに2人で旅に出るってことだろ?いいじゃねぇか、お互い為になるものが絶対あるぞ。助け合いながら進んでいけばいいじゃねぇか」

「……」


 その言葉に納得する部分もありつつ、再びエレシアに視線を戻すと黙って僕の返事を待っている。僕は一つため息をついてから、静かに微笑んだ。


「……わかった。正直僕もエレシアが一緒に来てくれたら心強いし。よろしく頼む」

「! はい!こちらこそよろしくお願いします!」


 ぱあっと花が咲きそうなほど晴れやかな笑顔を見せるエレシアに微笑んで、あらためて今後の予定について話し合う。


「予定だと明日にはこの街を出発しようと思っていたんだけど……どうする?何日か延期するか」

「いいえ。用意はクレイが手伝ってくれたのでもうほとんど終わっていますし、予定通り明日出発しましょう」

「そう、わかった」

「ついに明日かぁ……」


 そこで机に頬杖をついたナノヤさんがどこかつまらなそうにそう呟く。僕が首を傾げると、彼は心なしか寂しそうに目を伏せた。


「いや……お前らがいなくなっちまうと思うとなんか寂しくてな。なんだかんだいつも一緒にいたような気もするし」

「確かにそうですね」


 思えば、この人は僕の命の恩人なのだ。これまでを振り返って懐かしく思っていると、エレシアがふと立ち上がり、


「今日は準備のためにお店の手伝いもお休みさせてもらってるんです。お茶を持ってきますから、少しお話しましょう」

「そうだな」


 頷くナノヤさんに微笑んで、エレシアが部屋を出ていく。それから、エレシアが持ってきてくれた紅茶を嗜みながらこれまでの思い出をお互い話し合ったのだった。



◇◇◇



 翌日、早朝にエレシアと落ち合った僕は街の正門までやって来ていた。見送りのため、僕が異世界人だと知っているメンツ、つまりカーティス氏やグレン氏、ナノヤさんにクレイも来てくれていた。

 グレン氏まで来てくれるとは思っていなかったため驚いたが、彼には僕たちに伝えたいことがあるようだった。


「お前たちが出発する前に伝えときたいことがあってな。この前の話す魔物の件についてだが、この近くの各ギルドマスターには注意するよう連絡をして第一級の優先事項にしておいた。お前たちの名前も出しておいたから、今後も何か異変に遭ったら逐一ギルドに報告するようにしてくれ」

「わかりました」 


 第一級とは、他の何に差し置いても優先すべき事項という特別な情報階級のことをいうそうだった。そう言って満足そうに一歩下がるグレン氏に続けて、ナノヤさんが近づいて来る。彼は僕たちの前までやって来るとぽん、とそれぞれ片手を僕たちの肩に置いて話し始めた。


「お前たちがいなくなると思うと本当に寂しいよ。でも祝うべき門出だもんな、怪我しないように思いっきり旅を楽しんでこいよ」

「ありがとうございます!」

「ありがとうございます、ナノヤさん。これまで大変お世話になりました」

「よせや、柄じゃねぇ」


 照れ隠しに鼻を掻くナノヤさんの次に、クレイがカーティス氏に背中を押されて泣きそうな顔をしながら僕の前に出て来る。


「クレイ?」

「すまないね。クレイはどうも君のことは兄のように慕っていたみたいだし、エレシアもいなくなるとあってだいぶ寂しいみたいだ」

「父上、僕は大丈夫です。イオリさん、姉上をどうかお願いします。またピアノを聞かせてくださいね。姉上も、帰ってきたら旅のお話を聞かせてください。僕、それまでちゃんとクロアドール家の長男として頑張りますから」

「ありがとう、クレイ」

「エレシアのことは任せて」


 そっと頭の上に手を乗せて撫でると、一瞬クレイは俯いたが次に顔を上げた時には笑顔になっていた。



「……最後は私だね。エレシア、ちゃんと約束は守って1月に1回は手紙を出すこと、決して無理はしないようにね。危ないと思ったことには無闇に手を出さないように」

「お父様、私もそこまで子供じゃありませんよ」


 そう言ってむくれた顔をするエレシアの頭を愛おしそうに撫でると、カーティス氏が今度は僕に向き直った。


「……イオリ君。こんな風に娘は真っ直ぐでとてもいい子なんだ。くれぐれも無茶をしないよう見張りを頼むよ」

「こちらこそエレシアにお世話になると思います。でも、彼女は僕が出来る限り守りたいと思っているので」

「それで十分だよ。ありがとう」


 そう言って微笑むカーティス氏は本当にエレシアとそっくりだな、と僕はふと思った。


「あと、君の世界について調べてみたんだけれど。特に参考になりそうな情報はなかったんだ。役に立てなくてすまないね」

「いえ、調べてくださっただけで助かります。ありがとうございました」

「あぁ」

「よし、じゃあいつまでもここにいちゃ仕方ない。行ってきな」


 パン、と手を叩いてその場を仕切り直すナノヤさんに従って僕たちは荷物を肩に掛け直す。正門を開けてくれた門番に礼を言って、僕たちは一歩街の外へと踏み出した。


「それでは行ってきます」

「行ってきます!」

「「「「行ってらっしゃい」」」」


 4人の穏やかな声を聞きながら、僕たちは歩き出す。時折振り返り、森の中に入ってみんなの姿が見えなくなるまで手を振った。

 僕は行ってきます、と自然に言葉が出てくるぐらいこの世界のこの街に馴染んでいたことに今更ながら気がついて、どこか感慨深い気がした。


 それから体感で2時間ほどエレシアと他愛もない会話をしながら歩いていると、森の中に小さな池があるところへと出た。

 ここまで魔物との遭遇はない。エレシアは池の側まで駆けていくと、くるりと振り向いて僕に笑顔を向けた。


「イオリ!ここで少し休憩にしませんか?」

「そうしようか」

「はい」


 バッグを下ろして、近くにあるちょうどいい大きさの岩に2人で腰掛ける。ナノヤさんのくれた収納袋から水筒を取り出し、水を口に含んだ。自分でも気づかないうちに喉が渇いていたようで、身体中に水が染み渡る感覚がした。


「おそらく次の村に着くのは明日になるでしょうから、今日は野宿になりそうですね」

「そうだな」


 次の街までは歩いて2日はかかるとナノヤさんから聞いていた。今の僕たちの歩くペースから行くと、今夜野宿をするのは妥当だろうと思えた。


「暗くなる前には拠点を探しましょうね」

「あぁ」


 ついでに持ってきていたクッキーをかじりつつ2人で池を眺める。しばらく休んだのち、僕たちはまた目的地に向けて出発することにした。

 そして夕方日も傾いてきた頃、森の中にちょうどいい空き地のような場所を発見した僕は、後ろを歩いていたエレシアに合図した。


「エレシア。ここで拠点を組むのはどうだろう」

「そうですね、そろそろ暗くなりますからね。いいと思います」

「あぁ」


 ということで比較的小さめのテントを組み立て始める。大きめのテントも街で売ってはいたが、収納袋の要領にも限界はある。邪魔になると思い、寝るのに必要な大きさのテントを購入していた。

 テントを組み立て終えると、今度は乾いた木の枝を集めて火魔術で火をつける。その間に、エレシアが持って来た具材で簡単なスープを作ってくれた。

 さらに主食のパンも軽く炙って夕食の準備を終えると、2人で焚き火を囲むように並んで座った。


「じゃあいただきましょうか」

「あぁ」

「「いただきます」」


 この世界にはてっきりいただきます、やごちそうさま、という文化がないと思っていたので初めて聞いた時は驚いた。文化的に変わらないところもいくつかあることが不思議だった。そんなことを考えながら、エレシアが作ったスープを口に含む。絶妙な塩気に、水で戻した肉と野菜が絡んでとても美味しい。パンをスープにつけて食べると柔らかくなって味も染み込みさらに美味しかった。


「美味しいですね」

「あぁ。エレシアは料理上手だな」

「えへへ。宿屋のお手伝いをしていたのもあって料理は得意なんですよ」

「それはすごいな……」


 得意げな顔をするエレシアが微笑ましくてそっと口角を上げる。僕の真似をするようにパンをスープにつけて食べていたエレシアはふと顔を上げると、空を見上げた。


「星が出て来ましたね」

「そうだな」


 つられて上を見上げると、薄暗くなった空に一番星が煌々(こうこう)と輝いているのが見えた。


「暗くなったら結界を張って早めにテントの中に入ろう。火をつけていたら魔物が寄ってくるかもしれないから」


 人の気配に敏感な魔物が夜襲ってくる可能性があるため、魔物除けの結界を張って早めに寝た方がいいと助言をしてくれたのはナノヤさんだった。今思い返してみても、彼には本当にお世話になりっぱなしだった。今度僕も彼に手紙を書いてみようと思った。

 早々に食べ終わった僕たちは食器などを水魔術を使って洗い片付け、焚き火の火も消す。そしてテントの周りに魔物除けの結界を張った。


「我が魔力を糧に、守り給え。守護結界」


 自分の魔力が半径5メートルほどを覆うような感覚がする。これで魔物が万が一近づいて来たときには警報音が鳴るため、気づくことができる。これはある程度の実力を持つ魔術師であれば張ることのできる結界らしいが、魔術が使えない冒険者たちは夜間交代で見張りを行うことになるらしい。睡眠時間の確保と体力の維持のためにも、魔術が使えて良かったと思えた瞬間だった。

 先にテントに入っていたエレシアを追って中に入る。そこではエレシアが荷物の整理をしていた。


「あ、イオリ。良ければクリーンの魔術を使いましょうか?」

「クリーン?」

「今回みたいな野宿の時はお風呂に入れないでしょう?そういう時汗とかを綺麗にしてくれる魔術がクリーンです」

「へぇ。そんなのがあるの」

「はい。やってみますね。ーー我が魔力を糧に、清め給え。クリーン」


 すると、体が一瞬光って身体中を風がふわっと撫でていくような不思議な感覚がする。20秒ほどすると風は収まり、歩いて汗でベタついていた体がさっぱりしていた。


「これは便利だな」

「でしょう?」


 今のエレシアの詠唱で魔術は覚えられた。次からは自分で魔術をやろうと思った。


「じゃあまだ早いですけど寝る準備をしましょうか」


 するとエレシアが寝巻きに着替えるというので、僕は1度テントを出た。


「イオリー」 


 ほどなくして中から呼ばれたので戻ると、昼間の白いブラウスに黒いパンツ、膝下までの茶色いブーツを履いた凛々しいものではなく、真っ白な長いワンピースを着たエレシアがいた。

 一瞬見惚れていた自分に気づき、慌ててかぶりを振る。そんな僕を不思議そうに見ていたエレシアは僕を一通り見回すと、


「イオリは着替えないんですか?」

「上だけ着替えることにするよ。少し向こうを向いててくれる?」

「はい」


 下着も変えようと思っているので、上半身だけとはいえ裸になるのは同じ年頃の女性に対して失礼だろうと思い後ろを向いてもらう。

 下着とシャツを着替えた僕は、声を掛けてエレシアと再度向き直った。


「……じゃあ、もう寝ましょうか。時間的にだいぶ早いですけど」

「今日は距離的にずいぶん歩いたし疲れて眠れるだろう、きっと」

「それもそうですね」


 エレシアが荷物を枕にして横になる。僕もその隣に間隔を開けて同じく横になった。最初は仮にも男女が同じテントで寝るのはどうしたものかと思ったのだが、エレシアから「イオリは絶対私に変なことはしないって信じてますから、大丈夫です」と自信をもった表情で微笑みながら言われてしまったら、他に返す言葉は何もなかった。

 かくして同じテントで寝ることになった僕たちは、お互いテントの天井を見ながら眠くなるまでポツリポツリと会話を交わしながらやがて静かに眠りについた。



◇◇◇



 翌日、ピーピーと鳥が鳴く声で目が覚めた。


「う……ん……」


 上体を起こし隣を見ると、エレシアがスゥスゥと規則正しい寝息を立てている。それに微笑んで、起こさないよう慎重にテントを出た。

 幸い昨夜は魔物の襲撃もなく、快適な睡眠をとることができた。外はまだ若干白んできたような朝で、鳴いていたのは緑色の綺麗な鳥だった。

 水魔術で顔を洗うと、昨日消した焚き火跡に再度火をつける。そして朝食の準備を始めた。

 炙ったパンに野菜や肉を詰め込み、簡単なサンドイッチにする。それを2つ作り終わったところで、テントから物音がした。

 出て来たのはまだ若干眠そうな顔をしたエレシアで、すでに着替え終わったのか昨日と同じく白いブラウスに黒いパンツを履いていた。


「おはようございます、イオリ」

「おはよう」

「あ、もう朝食まで作ってくれたんですね。申し訳ないです」

「いいよ、たまたま僕の方が早く目が覚めたから。顔を洗っておいで」

「はい」


 離れた草むらに入っていくエレシアを見送って、できたサンドイッチをその辺で適当にちぎってきた野草の上に並べる。我ながら見た目も美味しそうに見えて、うまくできたと自画自賛した。

 コップに水も準備していると、エレシアがタオルで顔を拭きながら戻ってきた。


「お待たせしてごめんなさい」

「待ってないよ。じゃあご飯にしよう」

「はい!いただきます」

「いただきます」


 ガブリ、と噛み付くとジュワッと口の中に肉の旨味が広がる。そして一緒に包んだ野菜の爽やかな風味がそれを包み込んでいて美味しい。


「美味しい!これは何ていう料理ですか?」

「サンドイッチはこっちの世界にないの?」

「さんどいっち?っていう名前なんですね。初めて食べました」

「そうなのか。これは好きな具材をパンに挟むだけの簡単な食べ物だよ」

「へぇ〜、それはいいですね!」


 異世界の料理を教えながら食べ進め、やがて食べ終える。テントも含めて片付けをすると、バッグを肩にかけ再度出発することにした。


「じゃあ行こう」

「はい、今日は次の街が目標ですね」

「あぁ」


 時折休憩を挟みながら前に進み、夕方頃には遠くに灯りの灯った街が見えてきた。


「あ、あれですね」


 次の街、ポートフルだ。2人とも心なしか足も早まり、すっかり暗くなった頃に街の正門へと着いた。


「身分証明をお願いします」


 鎧を着込んだ門番にそう言われ、僕とエレシアはそれぞれギルドカードを取り出す。ギルドカードがこの世界での身分証明証にもなるのだということは教わっていた。


「……はい、DランクのイオリさんとCランクのエレシアさんですね。確認しました、どうぞお通りください。ぜひこの街を楽しんでいってくださいね」

「ありがとうございます」


 人好きのする笑顔を浮かべる門番に会釈をして、町の中へと足を踏み入れる。もうすっかり暗くなった空に明かりが煌々(こうこう)と灯っていた。


「まずは宿を探そうか」

「そうですね」


 門番に教えてもらった宿道に向かって歩いていくと、宿のマークが書かれた建物が並ぶ通りへと出た。その中の1軒に入った僕たちは、受付に並ぶ。受付のある1階部分は食堂となっていて、冒険者らしき者たちがお酒を飲みながらどんちゃん騒ぎをしていた。


「すみません、今日部屋は空いていますか」

「はい、空いてるよ」


 にっこりと笑う中年の女性店員を見て、後ろを振り返る。エレシアは頷いて、


「ここでいいですよ。お金もかかるし1部屋でいいんじゃないですか?」

「それはさすがに……」

「おやおや、これはカップルかい?お若いことだねぇ。じゃあ1部屋にしておくね。ここに名前を書いておくれ」


 昨日同じテント内で寝たからといって、警戒心がなさすぎないか。そんなことを考えていると嬉々として宿帳とペンを差し出てくる店員にため息をついて、僕は習ったばかりのこの世界の文字で自分の名前とエレシアの名前を書き込んだ。


「じゃあこれが鍵だよ。出入りは自由、会計は先払いだよ。夕食と朝食はどうする?料金追加で食べられるけど」

「両方お願いします」

「わかったよ」


 懐から袋を取り出し、提示された銀貨を支払う。銀貨を受け取って数えると、


「じゃあゆっくりね」


 そう言ってにまにまと笑う店員に内心げっそりしながら、エレシアと共に2階へと向かう。ちらりと横を見るとエレシアは何でもないような顔をしていた。


(これは気付いていないのか……?)


 用意された部屋は2階の端の部屋だった。扉を開けて中に入ると、木製の家具特有の匂いはするが、綺麗に整った内装をしていた。


「いい部屋だな」

「そうですね!味があります」


 部屋から入って右側のベッドがエレシア、左側のベッドは僕が使うことになった。

 洗面台やシャワールームも別、トイレも綺麗でこの宿屋は当たりだったなと思った。


「じゃあ夕飯を食べに行こうか」

「はい」


 荷物を置いてある程度整理した後、僕たちは揃って1階へと向かう。1段階段を降りるごとに喧騒が増していく。

 食堂にたどり着くと、僕たちは空いていた隅っこの席に2人向かい合って座った。

 メニューを開いて見てみるが、文字は読めても僕にはそれがどんな料理なのかがわからない。結局、エレシアと同じものを注文することにした。

 注文を終えてしばらく待っていると、じゅうじゅうと音を立てるステーキとサラダ、飲み物が運ばれて来た。

 それをゆっくり噛みしめながら食べ進めていると、ふとどこからか視線を感じた。


「……?」


 不思議に思ってあたりを見回すと、隣のテーブルにいる20代後半ぐらいの男性たち4人組がエレシアを見て顔を赤らめ、ぽーっと見惚れているようだった。僕はそれに目を細める。僕の視線にも気づいたのか振り向く彼らと視線を合わせると、僕は無言のままじっと睨み付けておいた。


「……!」


 慌てたように食事に戻っていく彼らにため息をついていると、訝しげな表情でエレシアが僕を覗き込んでくる。



「イオリ?どうかしましたか?」

「いや……君の美しさにも困ったものだと思っていたところ」

「えっ!?」


 何やらわたわたと慌てているエレシアに構わずナイフとフォークを進める。何かしらの対応を考えないと、エレシアに目をつけた男たちにエレシアが何かされかねないと危機感をもった。


「あ、あの……?」

「エレシア、食べ終わったら話がある」

「あ、はい!わかりました」


 こくり、と素直に頷くエレシアも食事へと戻っていく。それを見ながら、僕は今後の対策を考えていた。



◇◇◇



「それで、お話ってなんですか?」


 あれから絡まれることはなかったが、時折エレシアに見惚れる男たちを牽制していた僕は、無事食事も終えて部屋へと戻って来ていた。今はテーブルにエレシアと向かい合って座っているところだ。


「さっき、1階で君のことを見ている男たちがいたのには気付いた?」

「え?そうだったんですか?」


 きょとん、と目を丸くするエレシアにやはり、と頭痛がしてくる。


「幸い絡まれることはなかったけれど、今回のようにただ見られるだけで済まないこともあるかもしれない。下手に絡まれても危険なだけだ。君は美しいから」

「う……えと、はい……」


 僕の美しいという言葉に反応する彼女になんとなくふわふわした気持ちが湧いて来たが、


「……とにかく、このままだと危険だから何かしら対策を考えないといけないと思う。具体的には、これからの旅では僕と恋人同士ということにしてはどうだろう」

「えっ!?」


 今度こそ真っ赤になった彼女を前に、僕は考える。自分で言うのも何だが、僕は人から褒められる容姿をしているし、いざ争いとなってもナノヤさんたちに教えてもらったおかげで魔術と剣である程度は自衛できるようになったと思っている。それに利用するような形にはなってしまうが、僕も女除けになって一石二鳥だ。


「僕が横にいれば完全じゃなくても多少は男除けになると思う。僕と恋人に見られるのは嫌かもしれないけど、君の安全を考えて検討してくれないか」

「い、嫌じゃありません!」

「!」


 身を乗り出すようにしてそう叫んだエレシアははっとして体を元に戻す。そしてまだ顔の赤いまま、両手を膝の上に置いて丁寧に頭を下げた。


「そこまで考えてくれてありがとうございます。どうかよろしくお願いします」

「こちらこそ。じゃあこれから人がいるところでは恋人同士のフリをするということで」

「はい」


 なんとなく気恥ずかしい沈黙が流れる。僕はんん、と咳払いをして次の話題に切り替えた。



「……今後の方針が決まったところでなんだけど。明日はどうする?先に進むか1日ゆっくり観光でもしてみるか」

「そうですね……次の街には1日で着けますし、先に進みませんか?特に急ぎの旅ではないですけど」

「まぁそうだな。じゃあ先に進もう。今日はもうゆっくり休むとして、先にお風呂をどうぞ」

「あ、ありがとうございます!お先にいただきますね」

「あぁ」


 荷物を持ってシャワールームへと消えていく背中を見守る。僕はベットに腰掛けて収納袋から魔物図鑑を取り出した。魔物と対峙した時、必要となるのは知識だ。僕は時間のある限りこの本を読んで覚えるようにしていた。しばらくそうしていると、シャワールームの方から水の流れる音がしてくる。それになんとなくドキッとしながら、僕は再び本に目を落とした。

 やがて30分ぐらい経った頃、エレシアが濡れた髪をタオルで拭きながらシャワールームから出てきた。


「お粗末様でした。お次どうぞ」

「ありがとう」


 そう言ってすれ違う時、フワッとシャンプーの香りがする。僕はそれに思いのほか心乱されながらシャワールームへと入った。服を脱いで熱いシャワーを頭から浴びる。昨日クリーンを使って体を綺麗にしてはいたが、やはりお湯に直接当たることには勝てないと思った。

 頭を洗うためにシャンプーを頭につけ、ゴシゴシと洗う。先ほどエレシアから香ったのと同じ香りがしてきて、僕はぶるりとかぶりを振った。どうにもさっきから煩悩が頭を支配していて、僕はお湯を冷水に切り替えた。

 シャワーを終えて服も着替え、シャワールームを出るとエレシアがちょうど火魔術で髪を乾かし終えるところだった。僕は髪が短いからタオルで軽く拭くだけで乾くだろうから何もしないけれど。


「おかえりなさい」

「ただいま、ありがとう」


 エレシアが差し出してくれた水を受け取って、ごくりと飲み込む。お互いテーブルに座って人心地ついた。


「ふぅ……」

「そろそろ寝ましょうか」

「そうだな」


 2人でそれぞれベッドに入り、部屋の電気を消す。暗闇の中、挨拶を交わした。


「おやすみ」

「おやすみなさい」


 それからしばらくして聞こえてきた隣からの寝息を聞いてから、僕も静かに眠りについた。



◇◇◇



 翌日、それぞれ朝支度を終え、朝食を摂りに1階の食堂に行くことになった僕たち。扉の前に立ち、僕はふとエレシアの方に片手を差し出した。


「ほら」

「?なんですか?」

「恋人のフリをする話だったでしょ。これからは外に出る時はこうしよう」

「あ、あぁなるほど……わかりました」


 僕の左手におずおずと右手が重ねられる。僕はそれをぎゅっと握って扉を開けた。階段を降りていくと、食堂は思ったより人が少なかった。今日は昨日よりも起きる時間が遅かったせいもあるのか、冒険者たちはもう出発しているのだろう。

 僕たちが早速昨日と同じ隅っこの席に繋いでいた手を離して腰掛けると、


「全く朝からお熱いねぇ。手なんか繋いじゃって」


 と、昨日受付をしてくれた中年女性が注文を取りに来た。

 適当に朝食のセットを頼むと、女性はにやにやしたまま厨房の中へと戻っていった。


(やれやれ、これからこういう反応が増えていくんだろうな……)


 日本で彼女なんてできたことのない僕には、全てが初めての経験だった。ただなんとなく翔から聞いていたことを行っているだけのことだ。

 そんなことを考えていると、朝食セットが運ばれてきて僕たちは食べ始める。


「食料もまだ残ってるし次の街で買い足すとして、食べ終わったらすぐ出発しようか」

「そうですね」


 そう首肯(しゅこう)するエレシアと頷き合って、机の上に並んでいたパスタをフォークで巻き取り、口に入れた。見た目も味もペペロンチーノだった。

 朝食後、準備を整え宿屋を出た僕たちは、正門へとやって来ていた。

 この街に入ってきた時と同じようにギルドカードを見せ、手続きを終える。街の外に足を踏み出し、目指す次の街へと歩み始めた。

 どれほど歩いただろうか、そろそろ休憩にしようかとエレシアと話をしながら休憩できそうな場所を探していると、


ーーグアァァァ!!


 と、魔物の鳴く声がした。比較的ここから近い場所のようだ。


「誰かと闘っているのかもしれませんね」

「行ってみようか。助太刀ができるかもしれないし」

「えぇ」


 2人で頷き合い、先ほど鳴き声が聞こえてきた方向へとひた走る。行き先を阻む枝や窪んだ地面に気をつけながら走っていると、徐々に鳴き声が近づいてきた。3分ほど走ったところで、森の中の開けた場所に出た。そこでは黒い毛並みを持つ魔物が2匹と女性が1人対峙(たいじ)していた。女性は左手を怪我しているのか、ダランと手を垂らしたまま右手だけで剣をもち魔物に突きつけていた。

 僕たちはそこに揃って飛び出した。合図はなかったけれど、自然と僕が剣で対応してエレシアが魔術で対応する形になった。


「ふっ!」


 いきなり横から飛び出してきた僕たちに驚いている隙に、真横から黒剣で斬りかかる。それを魔物の鋭い牙でギィン、と止められたため、左手で取り出した短剣で首を掻き切った。その間にエレシアが氷槍(アイススピア)でもう1匹を倒し終えたところだった。

 魔物たちが地面に倒れ伏すのを確認してからシャキン、と剣を腰に戻す。そしてエレシアと2人怪我をした女性に駆け寄った。彼女は20代後半ぐらいの、頭に犬耳を持った肩くらいまでの茶髪で赤目をもつ美しい女性だった。この世界にはさまざまな種族が暮らしている。その中でも、彼女が本で読んだ獣に変身することのできる能力を持つという“獣人”なのだろうと悟った。


「大丈夫ですか?一度座ってください、治療しますから」

「治療してくれるのかい?ありがとね」

「はい。ーー我が魔力を糧に、汝の傷を癒し(たま)え。治癒(ヒール)


 どこからか現れた光が患部を照らし、みるみるうちに傷跡が塞がっていく。何度見ても魔術とは人知を超えた神秘的なものであると僕は思った。


「!?あんた、光魔術が使えんのかい!?」

「はい」

「これはびっくりしたねえ。貴重なもんを見せてもらったし、魔物からも助けてもらった。本当にありがとね」

「いえ。助けるのは当たり前のことですから」

「今はその当たり前ができない子たちが増えてきてるからねえ。感心だよ」

「それにしても、どうして魔物相手にそんな怪我を?見たところ腕が立つように見受けられますが」

「あぁ、これはちょっとね……。信じられないことがあったのさ」

「信じられないこと……ですか?」

「私も驚いたんだが……魔物が言葉を話したのさ」

「「!!」」

「私が魔物に出会(でくわ)した時、こいつらが『エモノダ、オイシソウ』って不気味な声でね」

「なるほど……」


 納得する僕たちに、女性は不思議そうに首を傾げた。


「あんたたち、そんなに驚いてないね?私はびっくりし過ぎて思わずやつらに左手をザックリやられちまったってのに」

「そうですね……」


 と、そこでエレシアと目を見合わせた僕は、僕たちも魔物が話す場面に遭遇したことがあると話すことに決めた。エレシアも目線で頷いている。


「……実は……」


 つい数日前に自分たちも同じような出来事にあったことを話すと、女性はさらに驚いた様子だった。


「あんたたちもかい?それはまた……どうなってるんだろうね、この辺りも。初めて知ったよ」

「この情報はギルドでも第一級優先事項らしいので、知らないのも当然かと」

「第一級!?なんてことだい……そんなのに巻き込まれちまったのか、私は」


 驚いている女性に、僕たちはこれから次の街に向かいこの情報をギルドへ持ち込むつもりであることを告げた。すると女性もちょうど次の街を目指しているところだったというので、ギルドへ一緒に情報提供してもらうことを願いつつ、次の街まであと約半日、同行することにした。3人で歩き出しながら、それぞれ自己紹介をする。


「イオリと申します。17歳です、剣と魔術を使います」

「エレシアです。16歳です、魔術を主に使っています」

「マゼンタだよ。年は52、剣を使うよ」

「52!?」


 エレシアが驚いているが、僕も内心驚いていた。獣人は見た目と年齢が釣り合わないこともあると聞いていたが、どう見ても20代後半の彼女が52年も生きているとは考えにくかった。


「さすが獣人ですね」

「あんたたちも。見た通り若いね。なんでまた2人で旅なんかしてるんだい?」

「少し調べたいことがあって、中央図書館を目指しています」

「中央図書館か、遠いねぇ。ここから往復4ヶ月はかかるんじゃないかい?」


 サバサバした話し方をする彼女は首を捻ると、納得したように僕たち2人を交互に見た。


「まぁ事情は人それぞれあるさね。とりあえず次の街まで仲良くしておくれよ」

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします!」


 それから、お互いの話をしながら道を進んでいく。途中2回ほど魔物に出会(でくわ)したが、マゼンタさんが一撃で倒してくれた。これほどの実力を持つのだ、怪我をするほど魔物が話した時に受けたショックは相当なものだったのだろうと予想がついた。

 そして日が暮れる頃、次の街、ニーヤスへと僕たち3人は辿り着いたのだった。






ゆっくり書き進めていこうと思います。

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