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きっと、僕の魂が覚えてる。  作者: 長月
第一章
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旅立ちへの準備〈3〉


◇◇



「……なるほど。それでは、君の世界では魔法の代わりに科学という技術が発展していて、生活に根付いていたということなんだね」

「はい」

「科学ねぇ……一部の学者が研究しているとは聞くけれど、あまり一般的な学問ではないね」

「そうなんですか」

「あぁ。……にしても、君の世界はこの世界よりずっと発展していたように感じるな。政治、経済、思想、食……どれをとっても前衛的だ」

「といっても、僕ももちろん全部を知っているわけではないので今お話ししたのは触りの部分になるわけですが」

「それはわかっているよ」


 目の前でカーティス氏が感心したように顎に手を当てながら頷く。僕は今日、先日依頼されたカーティス氏と面談を行うため、カーティス氏の自宅へとやって来ていた。今は応接室のソファで向き合いながら、日本、ひいては地球での生活の様子について説明をしていたところだった。


 一通り話したところで、テーブルからカップを手に取り紅茶を一口含んで喉を潤す。すると、カーティス氏がソファから心なしか身を乗り出してこちらを見つめてきた。


「政治経済は専門家でないとしても……食事はどうだろう?この国でも君が再現して作れるようなものは何かないだろうか?」

「再現ですか……正直、地球とは食材も異なるのでいろいろ試行錯誤が必要になると思いますが」

「もちろん構わない。材料も提供するから、一度試してみてもらえないかい?」


 懇願するカーティス氏と視線を合わせ、僕はゆっくりと頷いた。


「……わかりました。やってみます」

「ありがとう!それでは後で厨房が使えるように手配しておこう」


 心なしか楽しそうに手を叩いたカーティス氏とその後も雑談を交わしていると、ふとどこかから聞き覚えのある音色が響いてきたのに気づいた。


「これは……ピアノ?」

「あぁ、君の世界にもピアノがあるのかい?ちょうどこの下の部屋に置いてあるんだよ。エレシアとクレイ……エレシアの弟が習っているからね」


 繊細かつ力強い音色は、地球でのものと同じように聞こえる。僕はそれに耳を傾け、一つお願いをしてみることにした。


「……もし良ければ、ピアノを見せてもらえませんか」

「ん?それは構わないけれど……」

「前の世界で、僕もピアノを習っていたんです。久しぶりに見てみたくて」

「なるほど。今弾いてるのはエレシアだと思うよ。行ってみようか」

「ありがとうございます」


 そう言って早速立ち上がるカーティス氏に続いて、部屋を出る。赤い絨毯(じゅうたん)の敷かれた廊下を進み、階段を下ると聴こえる音色がだんだんと大きくなってきた。心地よい音楽は途切れなく響き続けている。



 やがて、一つの部屋の前で立ち止まったカーティス氏は、トントン、と扉をノックし、入ってもいいかい?と中に声をかける。


 瞬間ピタリと音が止んだかと思うと、エレシアのどうぞ、という声が聞こえてきた。扉を開けたカーティス氏の後に部屋に入ると、部屋の中央に地球でいうグランドピアノが置かれている。そしてその前の椅子にはエレシアが腰掛けていた。


「お父様?どうされたんですか?」

「いや、実はイオリ君の世界にもピアノがあったらしくてね。興味があるというから見に来たんだよ」

「そうだったんですか?」

「はい」

「もし良ければ弾いてみるかい?君も習っていたということは弾けるんだろう?」

「それは嬉しいですが……いいんですか?」

「あぁ」


 頷くカーティス氏に、エレシアさんが笑顔で席を立ちどうぞ、と手を差し出す。それに誘われてゆっくりとピアノへ近づく。色は黒、鍵盤も目慣れた白と黒で、見た目は地球のピアノと全く変わりなかった。


「………」


 カタン、と椅子に腰掛け、高さと位置を調節する。そして鍵盤にそっと手をかけると、懐かしい思いがこみ上げてきた。指を動かし、曲を弾き始める。曲はショパン作の「子犬のワルツ」だ。僕はこの曲のテンポが良いところがなんとなく気に入っていたし、他にもショパンの曲をよく聴いていた。クラシックの曲を部屋でBGM代わりに流したり、およそ高校生らしくない趣味をしていた自覚はある。頭の中でそんなことを考えながら、続いて同じくショパンの「雨だれ」「英雄」と夢中で弾いていく。3曲ぶっ通しで弾き続け、最後に余韻を残して終わらせる。鍵盤からゆっくり手を離すと、3つの拍手が重なった。


「すごい!」


 まず邪魔にならないよう僕の後ろに立って聴いていたエレシアが満面の笑みで僕の横に立つ。そしてカーティス氏も拍手をしながら近くまでやってくると、エレシアと同じ翠の瞳を細め、どこか興奮した様子で声をあげた。


「素晴らしかったよ、イオリ君。まさかここまでの腕前とは思わなかった」

「ありがとうございます」


 椅子から立ち上がり会釈をして頭を上げた僕は、カーティス氏の横にもう1人立っているのに気がついた。蒼の髪に翠の瞳で、目鼻立ちの整った13歳くらいの美しい少年だった。カーティス氏やエレシアと似ているその面差しに、ある種の確信を得ながら僕はそちらに視線を向けた。



「彼は……」

「あぁ、紹介がまだだったね、すまない。ほら、ご挨拶をしなさい」

「はい、はじめまして。エレシア姉上の弟で、クレイと言います」

「はじめまして。イオリと申します」


 差し出された手をそっと握り握手をする。それをぎゅっと握りしめた少年は、心なしかキラキラとした眼差しで僕を見ていた。


「うわぁ……本当に異世界から来た方がいたんですね。感激です。先ほどのピアノも感動しました」

「ありがとうございます」

「ふふふ、実は僕の家族にだけ異世界からの客人がいると話しておいたんだが、この子はとりわけ君に興味を持っていたようでね。会わせることができて良かったよ」


 なるほど、クレイ少年は僕が物珍しいからか何故かはわからないが、とにかく好奇心を刺激されたということだろう。納得して1人頷いた。


「あの……先ほどのピアノをもっと聴かせてもらえませんか?」

「僕がですか?」

「はい」


 と期待した表情でクレイ少年が言うためカーティス氏の様子を伺うと、彼は笑顔で頷いて少年の背を軽く叩いた。


「良ければ聴かせてもらえると助かるよ。私はこれから仕事に戻るけれど、執務室にも曲は聴こえてくるからね」

「わかりました」

「あぁ、あと先ほどの料理の件も厨房に伝えておくから、もし終わった後気が向いたらそちらも頼むよ」

「はい」



 僕が頷くのを見届け、カーティス氏が部屋を去っていく。僕は残った2人に向き直り、部屋の隅に置いてあったもう1つの椅子を真横に設置した。


「立っているのも疲れますし、どうぞ横で聞いてください」

「ありがとうございます!」

「ありがとうございます、イオリ」


2人並んで腰掛け、そっくりな笑顔でお礼を言ってくる彼らに微笑ましさを感じ、自然と笑顔を浮かべる。その後、ショパンやシューベルト、ベートーベンなどの有名曲を弾き、僕たちはピアノの世界にのめりこんでいった。




◇◇



 

「今日は本当にありがとうございました、イオリ。ピアノもあんなに弾いてもらった上に、美味しいデザートまで……」

「いや、このぐらい。いつもお世話になっているし。それに僕の方こそ、夕食までご馳走になってしまったから」


 あの後、すっかりクレイ少年に懐かれた僕は、本人に請われてクレイと呼び捨てにすることになった。そして姉弟の満足が行くまで演奏を行い、腕が疲れてきたと感じる頃にはすっかり夕方になっていた。

 演奏しながらの話の中で聞いたこととしては、エレシア達の母親は2人が小さい頃に亡くなっているため、この屋敷にはカーティス氏、エレシア、クレイの3人で住んでいるということだった。今日はエレシアは宿屋の手伝いはお休みなのだということも聞き、楽しく会話を交わすことができた。


 その後、どうせなら夕食を食べて行かないかとカーティス氏に誘われ、ご相伴(そうはん)に預かることになった僕は、お礼代わりと言ってはなんだがスイーツを作って振る舞うことにした。厨房の使用人達が用意してくれた材料を見て、僕はプリンを作ってみた。使用人に話を聞いた限り、この世界にはプリンという食べ物はないようだった。

 まず卵の殻の色が青色だった時点で若干の不安を感じたが、卵の味自体は地球と変わりなく、割と簡単にプリンを再現することができた。カーティス氏達にもプリンは大好評で、厨房の使用人にレシピと助言を書いたレシピを渡し、今日は帰宅させてもらうことになった。



 わざわざ出口まで見送りに来てくれたエレシアに向き直り、僕達は立ち話をしていた。


「クレイもイオリに会いたがっていたので、今日会えてとても嬉しかったみたいです」

「それは良かった」


 クレイ少年と話しているうち、言葉の節々から異世界人への尊敬と憧れの念が感じられた。なぜそうなったのかは聞かなかったが、なんとか彼の期待を壊さずにいられただろうか、と思う。


「良ければまたうちに来てくださいね。クレイも私も待ってますから」

「ありがとう」


 微笑んで礼を言う。今日はこの後、服屋に寄ろうと考えていた。というのも、今着ている服はナノヤさんから借りたものだったため、自分用のものを買わなければいけないということに気づいたからだ。幸い、この時間でも服屋はやっているとエレシアから聞いた。


「じゃあ、また明日。おやすみなさい」

「あぁ、おやすみ」


 (きびす)を返し一歩踏み出すと、背後から「待ってイオリ君!」と声がした。


 振り返ると、カーティス氏が早足でこちらに向かってきている。


「あぁ良かった、間に合った」

「どうされたんですか?」

「なに、今日は来てくれてありがとうと伝えたかったんだ。良ければまた来ておくれ」

「こちらこそありがとうございます」

「それと1つ聞くのを忘れていたことがあってね」

「……?はい」

「君は旅に出るんだろう?いつぐらいになるのか聞いておかなければと思ってね」

「あぁ」


 宵闇(よいやみ)の中翠の瞳を見つめ返し、しばし逡巡(しゅんじゅん)する。これからの計画を頭の中でざっと組み立てた。


「そうですね……3週間後を目安に出たいと思っています」

「!3週間……」


 すると、エレシアがびっくりしたように言葉を途中で詰まらせた。


「そうか。じゃあそれまでにこちらも異世界について何か情報がないか探しておくよ」

「助かります」

「聞きたいのはそれだけだったんだ。引き止めて悪かったね」

「いえ」

「じゃあ、良ければまたうちに来てくれると嬉しいよ」

「ありがとうございます。必ず」

「あぁ、それじゃあおやすみ。気をつけて帰るんだよ」

「ありがとうございます、おやすみなさい」

「おやすみなさい……」


 今度こそ別れの挨拶を交わし、カーティス氏とエレシアの2人に見送られながら、僕は帰路についた。


 




「……エレシア」

「は、はい!」

 

 だんだんと遠くなっていく彼の背中をぼんやりと見つめていた私は、父の声で我に帰った。


「イオリ君と仲良くなったんだね。お互い名前で呼び合っていたし」

「はい、年も近いしそうしようってことになって。それに、イオリは優しくていい人ですから」

「そうか」


 イオリのことを考えると、自然と笑みが浮かんでくる。すると、父は私と同じ翠の目を細め、


「…………エレシアも大人になったんだね」

「え?今なんて言ったんですか?」

「なんでもないよ」



 父がボソッと何かを言った気がして聞き返すが、気にしないで、とかわされてしまう。それに釈然(しゃくぜん)としないものを感じていると、父に背中をポン、と叩かれる。そして玄関へと向き直り、歩き出した。


「ほら、戻ろう」

「……はい」


 もう一度イオリが消えた方向を振り返り、その姿がもう見えなくなっているのを確認してから私は父に続いて(きびす)を返した。




◇◇




 途中服屋に寄って服を上下3セットほど購入し、宿屋に戻った。夕食はすでにカーティス氏の家で食べてきたためそのまま酒場を通り過ぎようとすると、横から左腕をぐいと掴まれ、誰かに引き留められた。


 そちらを向くと、剣呑(けんのん)な表情をした男性3人が僕を囲むようにして立っている。その雰囲気を察してか、ガヤガヤしていた酒場も様子を伺うように静かになっていった。


「よぉ、ちょっと話があるんだがいいか?」

「……どなたですか」

「俺たちはナノヤとパーティーを組んでるもんだ。ちょっとあんたに言いたいことがあるんだよ」

「……わかりました」


 最初は酔っ払いに絡まれたのかとも思ったが、ナノヤさんの知り合いとあっては無視するわけにはいかない。とりあえず掴んだ左腕を離してもらい、彼らと同じテーブルについた。



「……あらためて自己紹介とするか。俺はレン」

「ポゴスだ」

「イルだ」

「イオリです」


 3人とお互い名乗り合う。すると、僕の正面に座るレンと名乗った30代ぐらいの男性が、


「俺たちはナノヤとパーティーを組んでるんだが。あんたが森で倒れてるのを見つけた日から、ナノヤが一時的にパーティーから離れるって言ってな、それから冒険者の依頼にも参加していないんだ」

「!」

「あんたに言うことじゃないのかもしれないが、ナノヤは俺たちパーティーの主戦力だ。どうか返してくんねぇか?」


 真剣な声音で話すレンさんに、僕は思わず沈黙した。ナノヤさんが普段パーティーを組んでいる人たちがいるというのは聞き知っていたが、その人たちが今どうしているのかまで考えが及んでいなかった。つまり、レンさんたちは僕のせいでナノヤさんが依頼に参加してくれないため、説得にきたというところだろう。ナノヤさんの好意に甘えていた自分が恥ずかしくなった。


「……お話はわかりました。ナノヤさんには大変お世話になっています。……僕は、3週間後くらいにはこの街を出る予定なので……」

「3週間後?それじゃ遅いんだよ!」


 突然激昂(げっこう)したレンさんが、テーブルにあったビールジョッキを持ち上げこちらに振りかぶる。僕は咄嗟(とっさ)に左手を掲げ、


「結界」


 バシャ、と魔術の結界に阻まれたビールがテーブルに(こぼ)れる。ここは大人しく(かぶ)っていた方が良かったのかもしれないが、咄嗟(とっさ)に手が出てしまったのだ。


「くそっ、魔術が使えんのかよ。だったら余計にナノヤは必要ないだろ」

「それは……」


 続く言葉が出てこない。ナノヤさんを僕に縛り付けているのではないかということに気づいてしまったからだ。


 僕が黙っているのを見て、レンさんがバン、とテーブルを叩いた。


「とにかく。俺たちはナノヤがいなくて困ってんだ。1日でも早く返してくれ」

「……わかりました。明日、みなさんと一緒に依頼を受けてもらうようナノヤさんに伝えてみます」

「あぁ。約束破ったらどうなるかわかってるんだろうなぁ?」

「約束は守ります」

「ふん」


 気分悪そうに鼻を鳴らすと、3人がテーブルから立ち上がる。そして僕を()め付けると、早足で宿屋から出て行った。



「イオリ」

「……はい」


 ぼんやりしていたところ、横から呼びかけられる。そこには以前からお世話になっている宿屋の女性店員、リースさんが僕を見下ろしていた。


「今の奴ら、食事と酒代を払って行かなかったよ。あんたが払うのかい?」

「は?」


 心配そうにこちらを見るリースさんの言葉に唖然(あぜん)としてしまう。テーブルを見ると、所狭しと料理の皿や酒のグラスが乱立している。要するに、ここの代金も押し付けられたということか。僕はため息をついて、収納袋から金貨を取り出した。


「……これで足りますか」

「十分だよ、お釣り持ってくるから待ってな。というよりあんた、今の奴らにいちゃもんつけられてただろうに。何もなかったかい?助けてやれないで悪かったね」

「いえ……」

「そもそも、パーティー間の話を他人に責任押し付ける方が間違ってるのさ。あんたもこれから気をつけな」

「はい、ありがとうございます」

 

 励ましてくれるリースさんに会釈し、テーブルを立つ。なんだかどっと疲れてしまっていて、早く部屋で休みたかった。


「じゃあ僕はこれで……」

「あぁ、ゆっくり休むんだよ」

「はい」


 階段を上り、部屋の中に入る。その日はシャワーも浴びずにベッドに横になり、すぐさま眠りに落ちた。






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