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きっと、僕の魂が覚えてる。  作者: 長月
第一章
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旅立ちへの準備〈2〉





 翌日、僕とナノヤさんは2人で武器屋へと向かうことになっていた。

 朝食を食べ終わり2人で立ち上がると、宿屋の手伝いをしていたエレシアさんがこちらへと近寄ってきた。


「イオリさん、今日は武器を買いに行くんですよね?」

「はい」

「昨日ナノヤさんから聞いたので……父からこれを預かってきました」


 そう言って手渡されたのは茶色の小袋。中を見ると、白金色に輝く硬貨がぎっしりと詰まってジャラジャラと音を立てている。未だにこの世界での硬貨の相場が理解できていない僕でも、高価なお金だということはわかった。


「……これは?」

「前に、父がイオリさんが旅に出るまではこちらでサポートする、ってお約束したじゃありませんか。それの一部です」

「そうは言っても、こんなに……」

「いや、一から装備を揃えるならこれくらいあってもいいかもしれないぞ」


 僕の肩越しに金貨を覗き込んでそう言ったナノヤさんは、顎を指でなぞる。


「剣に防具、旅用品、服……揃えておいて損はないからな。くれるって言うんだし、もらっとけばいいんじゃないか?」

「しかし……」

「もらってください。父からも『遠慮せずにもらってくれればいいよ。もし余ったらそのまま使って』と伝言を受けていますから」


 さすがに躊躇(ちゅうちょ)するも、エレシアさんがそう付け足してくる。どうやらカーティス氏は金銭面も惜しみなく援助してくれる気でいるらしい。


「あ、あとその代わりと言ってはなんですが今度イオリさんと話をしたいので、家に来てくれとも言っていました」

「それは大丈夫ですが……」


 だから遠慮なんてしないでください、とエレシアさんが話す。僕は2 人の視線を受け、ややあってから静かに頷いた。


「……わかりました。ご好意に甘えて受け取らせてもらいます。ありがとうございますとカーティスさんに伝えておいてもらえますか」

「もちろんです」


 にこりと微笑むエレシアさんに、僕は昨日ナノヤさんからもらったばかりの収納袋へとお金をしまう。途端、あ、とエレシアさんが何かに気づいたように声を出してその翠の目を見開いた。



「そうでした!それと、昨日言っていた植物と魔物図鑑についても家にあったので、明日持ってきますね」

「何から何まで……ありがとうございます」

「いえいえ」


 ふふ、と笑うエレシアさんに僕も微笑み返す。すると、ナノヤさんが僕の左肩にずしっ、とのしかかって意識をそちらに戻した。


「仲良く笑い合ってるのはいいが、早く行こうぜー」

「あぁ、はい」


 行ってらっしゃい、と手を振るエレシアさんに手を振り返し、僕は退屈そうにしていたナノヤさんの後に続いた。



 彼によると、街にはいくつかの武器屋があるが、その中でも質が良く値段も良心的であり彼の行きつけだという店を案内してもらうことになった。


「こっちだ」

「はい」


 宿屋から出て何度か角を曲がり、いつの間にか裏通りへと続く道を進んでいく。表通りの人が多くガヤガヤした雰囲気とは異なり、ここはどこか異国に迷い込んでしまったかのような静けさがあった。周りにある店先には、見たことのない動物や食べ物のインテリアが置かれていて、その不思議さに心惹かれるものもあった。


「……よし、着いたぞ」


 辿り着いたのは、店先に短剣などが多く並べられているごく普通のお店。ナノヤさんに次いで店の扉をくぐると、カラン、と鈴の音が鳴った。



「……いらっしゃい」


  鈴の音が鳴ったことで、店の奥で新聞を読んでいた70代ぐらいの男性が無愛想に声をかけてきた。僕がそれに会釈で返すと、男性はそのまま新聞を読む作業に戻る。それを見て、僕はすでに武器を選び始めているナノヤさんの横に並んだ。


「……僕は何の武器を使えばいいんでしょうか。自分に何が合っているかもわからないのですが」

「そうだなぁ。この前お前と訓練した時、片手剣が合いそうだなって思ったんだよな。お前は右利きだろ?右手で剣使って、左手で魔術を使いながら戦うと良さそうだ」

「……なるほど」


 戦闘経験はまるでないため、いまいちイメージが湧かなかったが、とりあえず頷く。要するに片手剣を選べばいいようだ。


「あとは予備に短剣も持っとくといいだろうな……」


 と、ぶつぶつ呟きながら壁にかかっている剣を持ち上げて慎重に吟味しているナノヤさんを横目に、僕も剣を眺める。さまざまな形、長さの剣があるが、その中で僕は一本の剣に目を奪われた。柄の部分は黒で、装飾は複雑な紋様のようになっており、鈍色に輝く刀身は若干反り返っている。周りの剣の中でもシンプルな部類に思えたが、不思議とそれが目についたのだ。


「お?何かいいのでも見つけたか?」

「あ、いえ……ただなんとなく」

「これか」


 僕の見ていた先を目ざとく見つけたナノヤさんは、剣を持ち上げるとその場で軽く素振りを繰り返した。


「……うん、いいんじゃねぇか?重さもちょうど良さそうだな。お前もちょっと持ってみろ」

「はい」


 渡された剣をそっと受け取る。軽く上から下へ振り下ろすと、不思議と手にしっくりと馴染む感じがした。


「……手に馴染む気がします」

「じゃあ決まりだな。あるんだよな、一目見てコレだ、って見つけられるときってよ。あとは……そうだな、短剣に胸当てに膝当てに剣帯に……」



 あれもこれも、とテキパキ選んでいくナノヤさんに従い、店主が座る会計場の上に並べていくが、全身の装備を揃えた時にはもう会計場の上には乗り切らず、床に置くことになってしまった。


「あんた、新人さんか?随分買うな」

「はい。新しく冒険者になったので、今日は装備を整えにきたんです」

「なるほどな。なら祝いだ、少しはまけてやってもいい」

「ありがとうございます」


 そんな会話を店主と交わしていると、ナノヤさんは全て選び終わったらしくこちらへと歩み寄ってきた。


「よし、これで一通り揃ったぞ。会計してみろ」

「はい」

「あいよ。……白金貨6枚と銀貨5枚だよ」

「お、安いな」

「ありがとうございます、店主さん」

「おぉ」

「早速つけてみたらどうだ?」


 促すナノヤさんに頷き、胸当てに膝当てや剣などを身につけていく。剣の色に合わせてくれたのか、色は全て黒で統一されており、全て身につけた時には、“いかにも中世の冒険者”という身なりになっていた。なんだか自分がこうした格好をしていることが不思議だった。


「おぉ、なかなか似合ってるじゃねえか」

「ありがとうございます」


 店主に笑顔でお礼を言って、会計をしてもらう。そして武器屋を出ると、ナノヤさんと相談しブーツも買うことにした僕は、次に靴屋へと連れ立って歩き出した。







 無事、膝下までの黒い革製のブーツも購入した僕は、さっそく装備の性能を確認するためと剣の練習を行うため、ナノヤさんとともにギルドへとやってきていた。


 窓口受付に声を掛け、以前のように地下練習場へと向かう。練習場の扉を開けると、キンキン、と剣を打ち鳴らす音が聞こえてきた。練習を行う人々を避け、練習場の端の方へと向かう。


「この辺でいいか?」

「はい」

「じゃあ始めるか。よし、剣を抜いてみろ」


 滑らかな動きで剣を抜く彼を見て、僕もシュルッと音を立てて腰から黒剣を抜く。練習場の明かりに反射して刀身がきらりと光った。ぐっと握りしめると、手にぴったりとはまる感覚がした。


「抜いたな。じゃあ好きなように打ち込んでみろ。どこからでもいいぞ」


 以前体術の練習相手をしてもらったときのように、ナノヤさんが左手で手招きをする。僕は剣なんて地球で剣道ぐらいしかしたことがなかったけれど、とりあえず打ち込んでみることにした。



「……行きます!」


 強く地面を蹴り、右から打ちかかる。それを容易く剣の峰で滑らすことで対処され、次は水平に斬りかかる。それも半歩後ろに下がることで避けられ、僕は剣をくるりと回転させるように斬りかかる。すると眼前でキン、と音を立てて鍔迫り合いになった。ナノヤさんの力でグッと押し込められそうになるが、足を開いてなんとか踏みとどまる。前回の体術訓練後、筋トレをしていたことも効果があるかもしれなかった。

 そんなことを考えていると一瞬剣圧をフッと抜かれ、鍔迫り合っていたために思わずバランスが崩れる。そこを狙って腹部へと繰り出された蹴りを避けると、再び僕は斬りかかった。一合、二合、と繰り返すがナノヤさんには届かない。ここまでくると悔しくなってきて、さらに下から斬り上げ蹴りも入れてみたが、それも届かなかった。そこでポケットにしまっていた短剣を左手で取り出し、不意に投擲(とうてき)する。しかし短剣は投げた時の倍の速さでギィン、とはじき返されてしまった。


 その後、何合斬り合っただろうか。最初は無我夢中に動いていたのが、徐々に視野が広がり余裕が生まれてくる。ナノヤさんのしている動きを、見よう見真似ではあるが自分でもできるようになってきたのだ。


 なんとか形になってきたかというところで、ナノヤさんが僕の剣と打ち合わせ斬り合いを止めた。


「よし、一旦ここまでにするか」

「は、い……はっ、……っは」


 剣を下ろした途端、滝のように汗が流れ出してくる。また無意識のうちに呼吸も少なくなっていたようで、肺が酸素を求めており苦しかった。膝に手をついてぜぇはぁと息をしていると、ナノヤさんにぽん、と肩を叩かれた。悔しいことに、ナノヤさんの息はそこまで乱れていない。


「お前やっぱりすごいわ。最後の頃、俺の動き見て動いてただろ。あんなの初心者がすぐできることじゃねーよ」

「はっ、はぁ………昔から、コツを掴むのは早い方だと人に言われてきましたから。それの影響でしょうか」

「確かにな」


 感心したようにうん、と頷くナノヤさんを見ながら、やっと息が整った。膝に手をついた姿勢から立ち上がると、彼に先ほど投擲した短剣を手渡された。


「ほれ、途中で投げてきた短剣だ。お前も器用だな、二刀流とかもできそうだ」

「二刀流ですか……今は右手一本だけで精一杯ですけど」

「ははは。ならやっぱり最初はひたすら練習するのみだな」

「はい。……もう一本お願いできますか」


 真っ直ぐ彼の目を見つめ返すと、ニヤリとした笑みが返ってくる。もちろん俺は大丈夫だぜ、と言う彼に僕も笑みを向け、再度打ち合いが始まった。







「いらっしゃ……あ、おかえりなさい!」

「ただいま戻りました」


 宿屋に戻ると満面の笑みで迎えてくれたエレシアさんはしかし、僕たちの格好を見て顔を驚愕に染めた。


「……って、2人とも砂まみれじゃないですか!お店が汚れちゃいます、早くシャワーでも浴びてきてください!」


 あの後、一本と言わず何度か練習に付き合ってくれたナノヤさんだが、途中から白熱してしまい気がつけば2人とも汗まみれの砂まみれになってしまっていた。歩くたびにパラパラと砂が落ち、エレシアさんが怒るのも納得と言えた。


「「はい……」」


 2人で大人しく2階へ続く階段を上る。ナノヤさんは自宅から少し距離があるため、僕の部屋のシャワーを貸すことになった。


 交代でシャワーを浴びてさっぱりしてから再び1 階へと戻ると、すでにお昼時は過ぎており人の数もだいぶ少なくなってきていた。ナノヤさんと端の方の席に着くと、すぐにエレシアさんが水を持ってやってきた。



「綺麗になりましたね。お昼は何がいいですか?」

「そうだなぁ……軽くパスタにしようかな」

「じゃあ僕も」

「わかりました。少しお待ちくださいね」


 パタパタと駆けていく彼女を見送り、僕たちは水を飲みつつ正面から向き合った。


「いや〜、しかしお前はほんとすごいよ。打ち合うたびに技を吸収して活かすことができてる。成長率がすごいな」

「ありがとうございます」


  先ほどまでの練習について話していると、5分ほどでエレシアさんがお皿を3皿抱えながら戻ってきた。


「私もこれからお昼休憩に入るので……ご一緒してもいいですか?」

「あぁ」

「はい」

「ありがとうございます!」


 エレシアさんがテーブルにお皿を並べ、僕の横へと腰掛ける。魚介がたっぷり詰まったトマトソース風のパスタをフォークに絡めて食べ始めると、エレシアさんがふと話を切り出した。


「それにしても、あんなに砂まみれになるなんて……武器屋に行ったんじゃなかったんですか?」

「いや、それがせっかく装備が揃ったから試しに剣の練習でもしてみるかってギルド練習場にな」

「そうだったんですか」

「聞いてくれよエレシアちゃん、こいつの才能はすごいぞ。打ち合ってるうち、俺の動きを真似して打ち込んできやがった。おかげで俺も汗まみれだ」

「そうなんですか!?それはすごいですね……ナノヤさんはBランク冒険者ですから、手加減はしていたんでしょうけどその動きを真似できるのもなかなかできることじゃありませんものね」

「そうなんだよ」

「装備もよくイオリさんに似合ってます、格好いいです」

「……………」

「お、お前もしかして照れてんのか?」

「…………別に」


 ニヤニヤという言葉が相応しいナノヤさんの表情に加えて、エレシアさんもどこか微笑ましそうに僕たちのやり取りを見ている。僕はあまりに2人が盛り上がって褒めまくるのでどこか居心地悪く、無言のままひたすらパスタをフォークに絡めて口に運んだ。

 

 そんな僕の様子を見て2人が顔を見合わせてクスクス笑い合っているのを、僕は黙殺した。



「あと……」

「?」


 そんな中、エレシアさんがクルクルとパスタを巻いていたフォークを止めて、どこか気まずそうな、言いにくそうな顔をしたので、僕も手を止めた。


「その……私の方がイオリさんより年下ですし、なんだか居心地が悪くって……丁寧な話し方はやめていただけたらなって……。もっと普通に話してもらえませんか?」

「……普通に?」

「はい」

「……じゃあ、エレシアさんも普通に話してくれるなら」

「私もですか?でも私は普段からこの話し方なので……」

「それなら、せめて名前はさんづけじゃなくてイオリ、と呼んでもらえませんか」

「え……」


 そう言うと、エレシアさんがそっと伺うようにおずおずとこちらに翠の瞳を向けてくる。


「い、いいんですか?」

「はい」

「じゃあ……イオリ、よろしくお願いします」

「あぁ、こちらこそ。よろしく、エレシア」


 名前を呼ぶと、パッと顔を輝かせる。その姿が眩しくて、僕はそっと目を細めた。やはり、エレシアさんの笑顔を見ているとどこか心許ないような、ふわふわしたような気持ちになる。


「いいなぁ……俺にも俺にも!普通に話してくれよ」

「ナノヤさんは年上ですから無理です」

「そんなばっさりと言わなくてもいいじゃねぇかよ」

「ふふ」


 そんなことを話しながら、お昼の時間は過ぎていった。






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