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きっと、僕の魂が覚えてる。  作者: 長月
第一章
13/39

旅立ちへの準備〈1〉



◇◇



 翌朝、いつものように目が覚めた。


 今日はナノヤさんとともに、冒険者となって初めてとなる依頼を受けることになっている。昨日と同じようにエレシアさんと朝食を摂り終わり、何気ない会話を交わしていると、動きやすい衣服に身を包んだナノヤさんが宿屋へとやってきた。


「おぉ、おはよう。イオリ、エレシアちゃん」

「おはようございます」

「おはようございます、ナノヤさん」


 ナノヤさんは僕の席の隣に立つと、首を傾けて僕とエレシアさんを見た。


「もう飯は食ったのか?」

「はい」

「そうか、じゃあ準備はいいな。もう行けるか?」

「大丈夫です」

「私は今日はお店があるので行けませんけど、お二人とも気をつけて行ってきてくださいね」

「エレシアさんも。……お店の手伝い頑張ってください」


 ナノヤさんと連れ立って席を立ち上がると、エレシアさんが心配そうにしながらも微笑んでくれる。僕はそれに頷き返して、宿屋を出た。





 隣のギルドに入ると、朝から冒険者たちでザワザワと喧騒に満ちている。なんとか人混みをかき分け、ギルド奥にある依頼掲示板前へとやって来ると、ナノヤさんはその右下の「採取」と書かれているコーナーに貼られている紙を 2枚剥ぎ取った。紙を横から覗き込んでみると、





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



▪️対象ランク:E

▪️依頼目的:採取

▪️採取物:ブラウンアップル10個

▪️達成日時:2の月15の週まで

▪️達成報酬:銀貨30枚

▪️依頼者:ドーリー



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



▪️対象ランク:E

▪️依頼目的:採取

▪️採取物:シナモン草500g

▪️達成日時:2の月12まで

▪️達成報酬:銀貨12枚

▪️依頼者:ハンクス



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 と、字を読むのに多少時間がかかったもののそう書かれていた。


「なるほど……依頼はこういう形式で出るんですね」

「あぁ。お前はEランクだし、最初は採取系の簡単なやつがいいだろ。2つくらいなら同時でもできるしな。他にも討伐系とか護衛系とかはあるけど、そっちはまた後でな」

「わかりました」


 首肯(しゅこう)すると、ナノヤさんはまっすぐにギルド受付の窓口へと向かっていくので、その後をついていく。僕たちの前には何人かが既に並んでいたが、すぐに順番がやってきた。応対したのは、昨日僕の魔力量を測定した時にいた受付嬢とはまた違う女性だった。



「こんにちは。本日のご用件を伺います」

「依頼を受けたい。これを頼む」

「ブラウンアップルと……シナモン草の採取ですね。今回、お二人はパーティーでの参加ですか?」

「あぁ」

「わかりました、それではギルドカードを頂戴してもよろしいですか?」


 依頼用紙を提出した後、促されてギルドカードを取り出すナノヤさんを見て、僕もポケットから鈍色に輝くそれを取り出した。


「……はい、確認いたしました。これで受付は終了です。依頼完了後はまた窓口にお寄りください」

「あぁ」

「わかりました。ありがとうございます」


 ギルドカードを受け取り、列から外れる。そこから歩き出しながら、ナノヤさんは後ろを振り返って僕に顔を向けた。



「あんな感じで依頼の受付は終わりだ。基本的に流れ作業だし、こっちはカードだけ用意しとけばいい」

「はい。……達成報酬はどのように支払われるんですか?」

「依頼はギルドを通して受け付けてる。だから採取物と達成報酬の受け取りなんかもギルドを通してやってくれるんだ。それは依頼が完了してからだな」

「なるほど」



 ギルドから出ると、眩しい太陽の光が燦々(さんさん)と照り付けていた。光を跳ね返すレンガ貼りの道を進んでいくと、町にある大きな門までやってきた。そこでは兵たちが街の外に出ていく者たちを取り締まっている。その列の 1番後ろに回り、ほどなく順番が回ってくると、再度ナノヤさんがギルドカードを取り出した。


「依頼だ。こいつもな」

「確認しました。気をつけて行ってきてください」


 時間にして約10秒。取締りを終えあっさりと門を通り抜けると、すぐそこには鬱蒼(うっそう)とした森が目の前に広がっていた。風による木々のざわめきと乾いた土の匂いが、街の中との違いを明確にさせていた。



「よし、じゃあまずはここから近いしブラウンアップルから行くか。この辺りは街が近いから魔物も出ないからな、安心しろ。もし出てきたとしても俺が守ってやるから」

「ありがとうございます」


 ニカっと笑って力強く告げる彼の言葉が、初めて街の外へと繰り出した不安を吹き飛ばし、背中を押してくれた。


「ナノヤさん、ブラウンアップルとはどのようなものなんですか?」

「そうだな。見るのが 1番わかりやすいんだが、木に実ってるんだ。それを魔術を使って落とすなり木に登るなりして採るってところだな。お前の場合は魔術はまだだし、普通に木登りだ」


 木登りと聞いて、若干できるか心配になってくる。木登りなんて小学生の頃に 1度したくらいで、なかなか機会なんてありはしないだろう。そう考えていると、ナノヤさんがあっ、と声をあげたのでそちらを向くと、何やら胸元のポケットをゴソゴソと探っていた。


「忘れてたぜ、お前に渡すものがあったんだ」

「これは……袋?」


 ナノヤさんから手渡されたそれは、手のひらサイズの白い巾着袋だった。なぜこのタイミングで袋を渡されるのかわからず首を傾げていると、それを察したのか、


「これはただの袋じゃないぞ?空間ポケットだ」

「空間ポケット?」

「あぁ。なんでも袋自体に魔術がかかってるらしくてな、生き物以外の物はこの中に全部収納することができる。まぁ全部と言ってもこれは安物だから、せいぜい10キロまでが限界だがな」


 と解説したナノヤさんは、おもむろに自分の腰に下げていた剣を鞘ごと取り外すと、その巾着袋に近づけて「収納」とつぶやく。すると、不思議なことに剣は巾着袋に吸い込まれるようにしてその場から消え失せた。思わず驚いた僕の顔を満足げに見ていたナノヤさんが、今度は「出せ」と掌を上に差し出すと、再び剣がどこからとなく現れた。


「これは……すごいですね」

「だろ?初めて見たやつは大体同じ反応をするぞ。これはな、自分が出し入れしたいやつをイメージすれば出し入れすることができる。ほんとは魔術が上手いやつなら、収納も出せも言わずに無詠唱で出し入れできるらしいんだけどな。名前はそのまんま“収納袋”って呼ばれてるな」

「へぇ……」

「これ、お前にやるよ」

「え?いえ、貴重なものなのでは……」

「冒険者になった祝いだ。冒険者になったら武器やら装備やら荷物はどうしても出てくるし、そうなったら必ず必要になってくる。遠慮しないで受け取れ」


 ずいっ、と差し出してくるナノヤさんから袋をおずおずと受け取り、ありがとうございます、と感謝のため頭を下げた。それに照れたように鼻を掻いた彼は、さくっと話題を切り替えた。



「ブラウンアップルを手に入れたら、その袋に収納して運んだらいいからな。そろそろ近いぞ。……ほら、あの木だ」


 指差す方に視線を向けると、10メートルほど先に茶色の実を実らせた木があるのが見えた。近づいてよく見てみると、それは地球でいうオレンジが茶色になったような果実で、木に垂れ下がっていた。


「ほら、俺が下で受け取ってやるから取ってこい」

「はい」


 頷き、木の(くぼ)みに手をかける。途中滑って落ちそうになったものの、握力で支えことなきを得た。とはいえ、木自体はそこまで大きくはなく、約 2メートルほどの高さにある安定した幹までたどり着くのはあっという間だった。


「これはどう採ればいいんですか?」

「普通に下から持って、回してもぎるだけだ」

「わかりました」


 言われた通り、腕を伸ばして果実に手をかける。そのまま右にひねると、ポキッ、と音がして枝から収穫することができた。僕は、下で布を広げて待つナノヤさんに向けて果実を落とした。それを10回繰り返したところで、ナノヤさんから制止がかかった。


「よし、これで依頼分は確保できたから大丈夫だ。気をつけて降りて……」


 と、最後まで言い終わる前に僕は木の幹から飛び降りていた。ずざっ、と音を立てて着地し、ゆっくりと立ち上がるとナノヤさんが呆れた顔でこちらを見ていた。


「?」

「いや、何でもねぇよ。ほら、さっそく袋に収納してみろ」


 はい、と頷いてスラックスのベルトに(くく)り付けていた白い巾着袋を取り出し、ナノヤさんから受け取った果実の入った布ごと収納できるようにイメージしてみる。


「収納」


 瞬間、目の前から消える。それはこうして何度見ても不思議な光景だったが、それが魔術というものなのだろうと納得した。


「できたな。じゃあ次はシナモン草だな」

「はい」

「シナモン草はもうちょっと先だな」



 そう言って歩き出すナノヤさんに着いていくこと、約20分。生い茂る森の中でも一部開けた場所があり、そこにさまざまな種類の草花が咲き誇っていた。地球の現代ではあまり見ない、自然の風景がそこにあった。


「この中にシナモン草が?」

「あぁ、えーっと、たしかこの辺にだな……」


 ぶつぶつと呟きガサガサと草を掻き分けていくナノヤさん。やがて、ある木の前で足を止めた。


「おっ、あったぞ」


 と言って腰から取り出したナイフで草を根本から刈り取る。地球でシナモンといえば木の幹や皮から採れるものであったが、この世界では草として採取できるものらしかった。紅葉のような形をした緑色の葉っぱで、香りはシナモンそのものだった。


「これが……」

「おぅ。これを500グラムだったな、とりあえず採ってみろ」

「はい」


 彼のナイフを貸してもらい、紅葉型の葉っぱを見つけては摘み取っていく。根元を残すのは、根元さえあればまた生えてくるため、あえて残しておくのだと教えてもらった。


「考えてみれば、その辺の知識も必要になってくるな。確か植物とか果物とかの図鑑があるはずだから、帰ったらエレシアちゃんに相談してみるか。きっとエレシアちゃんの家にもあるだろうから、貸してもらえるかもしれないしな」

「そうですね」


 などと会話を交わしながら次々シナモン草を刈り取り、収納袋に入れる作業を繰り返していく。やがてそばでしゃがみ込みながらそれを見ていたナノヤさんがうーん、と背伸びをした。


「よし!もう500グラムは採っただろうし、そろそろいいだろう」


 貸してもらったナイフを返すと、ナノヤさんとともに立ち上がった。


「これで依頼は終了だな。どうだ、初めての依頼の感想は?」

「そうですね……正直にいえば、随分簡単に終わってしまうものなんだなと」

「アッハッハ!まぁ、Eランクの依頼だからな、そんなもんだ。前にも言ったと思うが、Eランクは子どものお使い程度。もっと上のランクになれば、それこそ魔物と戦ったりする機会もあるからな。これからは武器を使った練習も必要だな。明日は早速武器屋にでも行ってみるか?」

「お願いします」



 帰り道、ナノヤさんと雑談を交わしながら街へと戻る。子どものお使いというだけあって、1時間程度の軽い散歩に出た感覚で疲れというものは全くなかったからか、少し拍子抜けしてしまう。異世界というだけあって、魔物などの危険があるのかと身構えている部分があったが、今ではその緊張もさっぱり消え去っていた。そんなことを考えつつ、再度街の門で手続きを済ませると、そのままギルドへと戻ってきた。



「よう、依頼達成の手続き頼むぜ」

「お帰りなさいませ。採取物とギルドカードをご提示ください」

「はい」


 窓口で受付嬢から促され、収納袋からブラウンアップルとシナモン草を取り出す。受付嬢はそれを持ってカウンターの奥へと消えると、しばらくしてから戻ってきた。



「お待たせしました。確認しましたので、これでどちらも依頼達成となります」

「あぁ」

「こちら、依頼の報酬となります。ご確認ください」


 ギルドカードを返却され、報酬として銀色の硬貨が差し出される。2つの依頼を合わせて42枚分の硬貨を数えながら受け取る際、窓口のガラス越しに受付嬢がふと微笑んだ。


「初の依頼達成、おめでとうございます。これからも冒険者として頑張ってくださいね」

「ありがとうございます」


 薄く笑顔を返すと、途端に受付嬢の顔がぼっ、と赤くなる。内心しまった、と思ったがそれには触れずに僕たちは窓口から離れた。



「あれだな、お前はたらしだな」

「人聞きの悪いことを言わないでください」


 受付嬢の方を振り返りニヤニヤ笑うナノヤさんを横目で見つつ、2人でギルドを後にする。隣の宿屋のドアを開けると、エレシアさんがちょうど目の前に立っており、出迎えてくれた。



「あ、お帰りなさい!早かったですね」

「あぁ、ただいま」

「ただいまです」


 笑顔で駆け寄ってきてくれるエレシアさんに、自然と笑顔が浮かぶのが自分でもわかる。彼女の笑顔には、周囲の人間に安らぎを与えるような、そんな雰囲気があった。


「今は混み合ってるので、また後でゆっくりお話聞かせてくださいね」

「おう」

「エレシアちゃーん!注文頼むよー!」

「はーい、今行きます!」


 昼が近づいているとあってか、宿屋の食堂もなかなかに人が混み合ってきていた。銀色の髪を揺らしながら慌ただしく去っていくエレシアさんの背中を見送って、僕とナノヤさんはそっと顔を見合わせた。



「……それじゃ、その辺に座って適当に待ってるとするか」

「そうですね」


 適当に3人分の注文を取り、エレシアさんの仕事が落ち着いてやって来るのを待つ間、ナノヤさんと2人、明日からの予定を話し合うのだった。






これまでの話と矛盾がないか、確認するのも大変ですね。

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