その頃日本で〈1〉
◇◇
カシャ、カシャ、カシャ、カシャ………
絶え間なくカメラのフラッシュが焚かれる中、鎮痛な表情で俯く男女が記者たちに取り囲まれており、テレビの右上には「黛CEO、心中を語る」とテロップが表示されている。
『黛CEO、ご子息が誘拐された疑いのある事件について、今どのようなご心境でしょうか?』
『警察からは何も発表はありませんが、ご子息についてその後何か情報は?』
『ご子息から連絡などは来ていないのでしょうか?』
『CEO、犯人から身代金の要求などは?』
四方から我先にと矢継ぎ早にマイクを差し出す記者たちをゆっくりと見渡した男性は、一度言葉を選ぶようにまぶたを閉じてから、静かに口を開いた。
『……警察の方々からは、息子の件について何も進展はないと伺っています。息子から私たちに連絡なども来ていませんし、今どこにいるのか、生きているのかすらも、わかりません。……今は息子が、伊織が、生きていてくれることをただただ、祈っています』
隣に立つ女性が、男性の言葉にハンカチで目頭を押さえる様子に、さらに眩いフラッシュが焚かれる。
すると、男性がそっと気遣うように女性の肩を抱き、
『今は妻も私も混乱しています。どうかそっとしておいていただけると。また何か進展がありましたら、ご報告します』
と告げ、黛夫妻は玄関に向かって踵を返した。その背中に騒がしくせまる記者たちを横目に見て、俺ーー和泉翔は自宅のテレビを切った。
「……伊織のことなんて何も知らないくせに面白がってるだけだ、奴らは……」
「翔……」
伊織の事件については、連日無責任なメディアたちがしきりに『黛コーポレーション御曹司、身代金目的の誘拐か!?』『美貌の少年は今どこに!?』などとニュースで騒ぎ立てていた。そんなメディアにギリ、と歯を食いしばる俺を見て、ソファの隣に座った婚約者ーー若菜が心配そうに俺を覗き込んだ。若菜は、俺の精神が不安定になっているのを察してか、ずっとそばにいてくれていた。
「若菜……」
「伊織さまのご両親が1番気を揉んでいるでしょうに、記者の方々もひどいことですね」
と、眉を下げ苦言を呈した。
しかし、メディアが騒ぐのも無理はないとも思う。
日本有数の大会社である黛コーポレーションの一人息子である黛伊織が突然失踪したのは、つい3日前のことだ。いや、正確に言えば突然失踪したという表現は正しくない。
警察が調べた結果、伊織が姿を消したあの日、たまたま近隣宅に設置されていた監視カメラの映像の中に、自宅へと帰宅する伊織が複数犯にナイフで襲われる一部始終がおさまっていたからだ。伊織を襲った犯人たちはすでに全員が逮捕され、しきりにニュースで取り立てられていた。そこで事件は解決かと思われたが、肝心の被害者である伊織が姿を忽然と消してしまったのだ。防犯カメラには、犯人に脇腹を刺され地に倒れ伏せる伊織の姿が映っていたものの、その後急にカメラが意図的にエラーを起こしたように一時停止した。その後、真っ暗な画面が再び事件現場へと戻った時には、そこに血溜まりが残っているだけで伊織本人の姿はどこにも映っていなかったのだ。そのため別の実行犯による誘拐説が濃厚となっているが、今のところ何の情報もないと聞いている。しかも、誘拐されているにせよ、直前のあの怪我だ。命が無事であるかも定かではなかった。
日本でも有名と言っていい会社の息子が被害者であり、その加害者が黛コーポレーションへ恨みを持った連中だったというスキャンダラスな話題であることに加え、未だ事件解決の糸口がないこともあって、この3日間メディアでこのニュースを目にしない日はなかった。
そっと隣に寄り添う若菜の手を握り、俺は心の内を声に出した。
「……伊織とは、物心つく前からの友達なんだ。それこそ学校に通い出してからは毎日一緒にいた。俺は、まだ伊織が生きていると信じたい。だってあの日、あの事件が起きるまで一緒にいたんだ……また明日な、って言って別れたんだ……」
「……はい」
「でも、あの傷じゃもしかして……と思ってる自分もいるんだ。信じたいのに、どうにも気持ちが落ち着かないんだ……」
相反する気持ちに今にも走り出したくなる気分だ。前髪をくしゃりと握りつぶす俺を見て、若菜がそっと俺を胸に抱き寄せた。
「今情報がない中では、何か考えることもできませんわ。今はただ、伊織さまが無事でいることを祈りましょう?」
「……そう、だね……」
若菜の言う通り、高校生の俺にできることなんて何もない。できることといえば、伊織の無事を祈ることくらいしかなかった。
俺は、未だ伊織からの連絡がないスマホを横目で見て、若菜を抱きしめ返した。今は何かに縋っていないと自分を見失いそうで、そのままそっと目を閉じた。
ーーーーまさか、あの事件をきっかけに、伊織が異世界に転移してしまっていたことなんて知らないままに。
今回短いです。