宿根草
遠くへ行ってしまった親友、石井玲奈と夏祭りで邂逅した。5年ぶりくらいだろうか、酷くやつれ、疲れを滲ませている彼女は夏の亡霊のようだった。
露店の賑わう本通りから路地に入ったところは喧騒から逃れてきた人とカップルがまばらにいた。その人たちを何の感情もなく見ながら電柱近くで玲奈は紫煙を吐いていた。
目の前にいる青白い彼女と以前のほどよく焼けた肌の似合う元気発剌でクラスの中心にいた彼女とを結びつけることは出来なかった。だが、彼女は私を見ると目を細め人差し指で二度顎を触った。クラスの中心の彼女が私と2人で話したい時に使っていた合図だった。
そして煙草を指に咥えた左手を上げて声をかけられた。
「麻衣、久しぶり」
私はどんな顔をすれば良いのか分からなくて多分微妙な笑顔をしていたと思う。暗くてよく見えてないと思いたい。同じように片手を上げて応じる。
「いつこっちに戻ってたの?」
「今朝、親戚のところ」
居心地悪そうにさっきまで吸っていたものを落として踏む。そして新しい煙草を咥えようとして、動きが止まる。
「匂いとか平気な方?」
「まぁまぁ、かな」
ふーん、とか言って玲奈は火をつけたそれを吸う。暗くても分かる端正な横顔はずっと変わってないのだと思う。
「何か疲れてない?」
久しぶりだと言うのに会話するのは楽だった。
「そう?少し痩せたかもね」
細く長く息を吐く。少し薔薇のような香りがした気がする。
「麻衣は」
横目で観察するように見る。
「麻衣は、背伸びた?」
「そりゃ、もう大学生だからね」
「あはは、そりゃそうだ」
親指で弾いて灰を落とす。今更ながらタバコ吸ってるんだなと思う。
「それ、美味しいの?」
「さぁ?分かんないや」
「あまり嗅いだことない匂い」
「やめなよ、身体に悪いよ」
そう言って煙を吐く。近くでゴロゴロと音がした。
「そういや一人?」
玲奈が不思議そうに聞いてくる。
「うん、かき氷食べに来た。もう帰るところだったけどね」
「そう、変わってないね」
「何それ」
どちらともなく二人して笑い合う。水滴が落ちてくる。
「あれ?」
気のせいかと思ったが一気に降り始めた。
「ついてきて、雨宿りするよ」
言われるがままに玲奈の後を追う。服は既に重く冷たくなっていた。
すぐに屋根のある場所に行くかと思ったらかなり歩いた。これなら駅に行った方が良かったんじゃないかと思う。
「ここ、私の家だから」
記憶の片隅にあった玲奈の家(正確には祖父母の家らしい)に入り、そのままタオルと着替えを渡されて部屋に通された。
「やれやれ酷い目にあったね」
「私も連れ込まれるとは思わなかったけどね」
「人聞きが悪いなぁ。良い口実じゃん」
どこまで本気か分からないが玲奈が嬉しそうで私も嬉しい。服からは玲奈の香りがして、落ち着かない。
玲奈は「今はどこ住んでるの?」とかテンプレートな事を聞きながら机に紙やら白い栓みたいなものや茶葉みたいなものを広げていく。
「何それ?」
「手巻き煙草、趣あって良いでしょ」
慣れた手つきで紙の上にフィルター、葉っぱを置いていって器用に巻いていく。少しの余白を残して綺麗に作ると玲奈はどこからか棒キャンディを取り出して両手が塞がってるので口でフィルムを破って取り出す。
「麻衣、舌出して」
飴をくれるものだと疑わず舌を出す。
何の感触か分からなかった。
「えっ?」
次に飴が口に入れられた。
「これ、舐めて糊付けするんだよ」
そう言って出来上がったばかりの煙草を見せてくる。雷の音が近くで鳴っていた。ぶどう味が口の中に広がっている。
その後は玲奈が淡々と煙草を作っているのを見ていた。私が舐めたのは最初の1本だけだった。雨脚は次第に遠くなっていく。
「あー、ダメだな。我慢できないや」
そう言ってベランダまで行くと、振り返って少し笑う。
「ちょっと話でもしようよ」
さっきまでも話してたのにと思うけど、ここからなんだなと、何となくそう思った。
雨上がりのもわっとした湿度のある熱気が気持ち悪い。玲奈も顔をしかめている。
さっき作ったばかりのものにライターを2度擦った。小さな缶に入った十数本はどれも同じに見える。
「ん、美味しい」
「やっぱり美味しいんじゃん」
何故か、煙草は美味しいものと思っている。私は吸わないからよく分からないけど。
「これは特別だからね」
ゆっくりと吐いた息はすぐに見えなくなった。
私たちはそれ以上何も話さないで暗闇を眺める。どこからか蛙の声がした。
まだまだ遅筆で稚拙ですが精進していきたいです。昔の本当に何も考えないでただ勢いのままに書けていた頃が懐かしくもあり羨ましいです。幾らかあの頃より中身があれば幸いです。少し、喋り過ぎました。




