歪んだ傘の下で
窓を見ると土砂降りでした
雨はますます強くなり、辺りに打ち付ける音は次第に大きくなっていた。風は立て付けの悪い窓を揺らし音を立て、壁の薄いこのアパートでは壊れるんじゃないかというほどに軋む音を響かせていた。
大学は前日から今日の講義を諦めたようで休講のメールが届いていた。交通機関が早々に運行停止を発表したからだろう。
僕の目の前で静かに本を読む、本来なら既にここには居ないはずの女の子は、更にその前の日、2日前から遊びに来ていた。
「知っての通り電車は動かないってさ、ついでに休講らしい」
「あらら、しばらく帰れそうにないね」
「何でこんな時に来たんだよ……」
呆れてそう言うと、分かっていてやってるのかそれとも本当に分かっていなかったのか、どこかに納得したように淡々と話す。
「うーん、ニュースを見てないとこんなことになるのか。これじゃあもうしばらくお世話になるしかないかな」
「白々しいね」
「……お世話になっても良い?」
そこでその表情はズルいだろ。こんな天気だ、別に予定と違うといって外に放り出すわけでもない。ただ、その科白と表情にやられたと思われたくなくて、話を変える。
「冷蔵庫に食べれるものは入ってないから買いに行ってもらうけど」
いいよ、なんて素直な事は言わない。
それを聞いた君は安堵したように笑うと、皮肉で返す。
「そのくらいなら任せてよ。でも冷蔵庫に食べれないものばかりを入れるのはやめた方が良いよ」
冷蔵庫の中を知っているのは君の飲みかけのペットボトルが入っているからだろうか。
「君らしくて素敵だと思うけどね」
そうやって余計な一言も添えるのも忘れずにいるのも君らしいよ。
そんな僕の気持ちなんて知らないで君は読みかけの本に栞を挟んで、上着を羽織った。
灰色の大きめなパーカーで、それを着る君は少しダサい。父親から貰ったそうだが、律儀というよりは服にこだわりとかないのだろう。ちょっとした外出にはだいたいこれを着てるらしい。2日前に玄関に立っていた君も同じ格好をしていた。一応、君は県外に住んでいるんだけどな。
玄関に向かう君を呼び止め、僕も行くという。
「こんな土砂降りの中を女の子を一人で行かせるほど僕は酷くはないよ」
「随分と優しいんだね」
「そうでもないさ」
狭い玄関に二人して立ち、靴を履きながら言う。きっと顔を上げれば少し困ったようにぎこちない嬉しそうな顔がそばにあるのだろう。
君は幸せや善意を受け入れるのが苦手なのは知っている。せめて偽善くらい受け入れて欲しいのだが。
君の後ろに手を回し、鍵を開ける。もうここに来て三年経つ、見なくても開けられる。
「ドア、開けてもらえるかな」
君がドアを開けると一層、雨風が強くなったように感じた。これはかなり道のりが辛いな。
大人しく、冷蔵庫の中のもので過ごすかと考えていると、君が声を漏らした。
君を見るととても楽しそうな顔をしていた。目が輝いているのが分かって、思わず見惚れてしまった。
読書中の君は、というか君は普段から死んだような目をして他人を利用する時くらいでしか感情を表に出さないでいる。物静かで不健康に白い肌を服の隙間から覗かせるており、この世の存在とは思えなくなり怖くなってくる。人を堕とす美しさとはこういうものなのだろうなと思ってしまうのがまた怖い。
「どうしたの?」
玄関から出て外に立つ君が中にいる僕を覗き込んでいた。
意識がこちらに戻ると途端に、雨が打ち付ける音や風が空を切る音だけが耳に強く響き、不思議そうに見ている君が目に映った。
一体どれほどの時間、君を見ていたかと自身に問いかけるが、分からなかった。
「行かないの?」
行ってしまえばどうなるか分かっているのに、僕は外に、濡れたコンクリートに足をつけた。
君が堕としたんだ。
お久しぶりです。数少ない友人の家を勝手に舞台にして書いてます。
また、雨の降る時にいつかここで会いましょう。




