第4話 戦闘
「・・・・、世界超能力協会幹部で、東・東南アジア方面総司令官のエレーナです。以後お見知り置きを!!」
そう言って、さっきまで、私がいたところの10mくらい上に白い立方体のようなものを浮かべ、その上に立ちながら、エレーナと名乗った女性は微笑んだ。
「エレーナ君、何しに来たんだい?こんな真昼間から。それも聞いたところじゃ、わざわざ中国から飛んできたみたいじゃないか。今中国とでかい話をしてるんじゃなかったっけ?」
山本さんは明らかに緊急事態にもかかわらず、いつもの変わらぬ口調で言った。
「そうよ。それよ!だいぶうまく進展してて、あと少しで合意ってところだったのに、あんたらがこんなデカイ話を隠してたおかげで、急遽譲歩する羽目になったのよ。この損失はでかいわよ。どう償ってもらおうかしら?」
字面を見ると、とても友好的とは言えない殺伐としたものだが、私が見上げると、エレーナさん本人もにこやかで、むしろこの状況をどこか楽しんでいるみたいだった。
「だってよ。華坂さん。」
は?いきなり山本さんは私に責任転嫁をしだした。
「どう見ても、悪いのは隠してた山本さんでしょうが・・・」
怒鳴りつけたいところだったが、正直私は目の前の地面の惨状にビビりきっており、口から出たのは独り言のようなか細い声になってしまった。
「そうよ、華坂さん・・・だっけ?
悪いのはそこの年甲斐もなく年中ヘラヘラした中年男性よ。
気にすることはないわ。」
「ちょっと待ってくれ、年甲斐がないのは君の方だろ?」
と山本さんは言うが、私にはその意味がよくわからない。
「来たな!!クソババア!!今日をお前の命日にしてやるよ!!」
そのとき、エレーナさんの背後に突然ドア?らしきものが生じ、そこから筋骨隆々の男性が拳を振り上げて登場し、そのままエレーナさんの背中めがけて思い切り拳を振り下ろした!
「行くぜ、インパクトォ!!!!!」
ズドンッ!!!
そして、電車に乗っていて飛び込み事故に遭遇した時に経験するあの重苦しい空気の振動・衝撃そして重低音を何倍にもしたものが、あたりに響き渡った・・・。
超能力を今まで見たことのなかった私(ここに連れて来られた時の楓ちゃんの瞬間移動は置いておいて)でも容易に、あの男性の攻撃が人間のものでないこと、そして尋常でない破壊力を持つであろうこと、それをまともに食らったであろう(何しろ男性が現れてから攻撃まで本当に瞬間の出来事だった。)エレーナさんはひとたまりもないであろうこと、が分かった。
私は瞬間的に目を伏せ、電車を駅のホームで待っている間に飛び込み自殺に出くわした時の、目の前に広がっているであろう分かりきった惨状を、どうせ見たら脳裏から離れなくなって、その日の夜は部屋を真っ暗にして眠れず、代わりにあのオレンジ色の常夜光をつけて、それでもなかなか眠れなくなることを知っていながらも、つい目を開けて見てしまうように・・・
私はエレーナさんの惨状を予想して顔を上げた。
しかし!
顔を上げた私の視界に入って来たのは、立ち込める煙に巻かれながら、さっきまでと変わらない微笑みを讃えながら、両手を漆黒のコートのポケットに突っ込みながら、平然と例の白い立方体の上に立っているエレーナさんの姿だった。
そしてエレーナさんと先ほどの男性との間には、彼の拳のサイズ(遠目でも私の拳の2、3倍はありそうなくらい大きい!!)に合わせた白い厚みのある板みたいなのがあった。エレーナさんの足元の立方体から考えれば、今度は直方体というところか。
その直方体がどうやら先ほどの男性のパンチを防いだようだ。
そしてエレーナさんが、背後の男性に振り向いて口を開く。
「あら、この程度なの?あまり前来た時と変わってないんじゃない?成長が止まったのかしら?」
「冗談言うなよ。そっちこそ脳がボケちまったんじゃねえか?一応パワーは増してるはずなんだよ。この化け物が!!」
「分かったから。さっさとどいてくれる?あんたでかくて煩わしいのよ。」
そう言うとエレーナさんは、ポケットから左手を出し、それを振り上げておろした。
それと同時に男性の頭上に立方体が生じ、それが男性めがけて落ちて来た!!
「平蔵!!」
男性の発したその声に応じて、男性の足元にドアが上を向いた状態で出て来た。
つまりドアが横になって出て来たのだ。
そして、男性はそのドアを開け、そこに入ると同時に私たちには見えなくなる。どうやらあのドアは別の空間につながっているみたいだった。
それを見たエレーナさんが、何かをつぶやくと、さっきまで自由落下で落ちていた立方体が急速にスピードをあげ男性が消えていったドアに落ちていった。・・・
・・・が、男性が完全にドアの中に入りきり、立方体がドアに当たる直前でドアは消え、立方体はそのまま地面に落ちていった。
ドンッ
そして立方体は例のタイルのようなもので舗装された地面に、その中程くらいまで見事突き刺さり、少し離れた私や山本さんのところまで、振動が伝わり、舗装していたタイルの破片やタイルの下にあった土や石が降りかかり、慌てて私は腕で目を守った。
「フッ。なかなか早く出し入れするわねぇ。相変わらず嫌な能力だわぁ。」
そうエレーナさんが言うと、地面に突き刺さった立方体が突然消滅した。しかし、さっきまで立方体が刺さっていた地面はそのままで、そのクレータのような惨状から、楓ちゃんに突き飛ばされた時、私の頭上にはあのような立方体が落ちて来ていたのだとわかる。
・・・
えっ・・・・楓ちゃんが突き飛ばしてくれなかったら、私死んでた?
そんな事実に気がついて、今更ながら私がいる状況のヤバさを知ってゾッとしつつも、私は相変わらず状況が全くつかめず、ただ見守ることしかできなかった。
エレーナさんへの攻撃はまだ続いていた。
次には、エレーナさんの周りにいくつもの小さなドアが生じた。
そして開かれたそのドアからはいくつもの銃口が突き出されていた。
「撃てっ!!」
たくさんあるうちのどれかのドアの中からその声が響いた瞬間、
ダダダダダッ
エレーナさん目掛けて銃弾が四方八方から発射された。
そして発射されるのと同時にドアはまた消滅した。
「手強いね」
そう山本さんが呟いた。
そしてまだ立ち込める硝煙の中を私は目を凝らして見た。
するとそこには、いくつもの立方体を積み重ねて成り立つ、人一人がちょうど入るサイズの直方体があった。よく見ると、各立方体の表面には穴が空いてあり、銃弾が突き刺さっているのがわかる。
そして、少しずつ立方体が消えていき、中から現れたのはさっきまでと変わらずピンピンしたエレーナさんだった。
「前来た時より、良い銃使ってるのね。危うく貫通するところだったわ。予算増やしてもらったの?奈保ちゃん?」
「まさかぁ。このご時世に、そんなに景気の良い話はないよ。・・・・こっちもなんとかやりくりしていてね・・・・
・・・今だ!!」
山本さんのその声に応じて、今度はエレーナさんの正面からドアが生じ例の男性がそこから出て来た。
「今度は両手で行くぞ!!!構えてろ!!ダブルインパクトォ!!!」
そして男性が両拳で殴りかかり、さすがに今回は手を使わずでは厳しいと見たか、エレーナさんが右手もポケットから出して、男性の攻撃に備えようとしたその瞬間、私はエレーナさんの背後から楓ちゃんが、0.5mくらいの長さの棒を持って瞬間移動で現れたのに気づいた。
男性の攻撃はダミーだ!!
なるほど、男性の攻撃にエレーナさんの気をとらせ、そのすきに楓ちゃんが攻撃する!!そのような作戦みたいだ!!
ドンッ
しかし・・・・
「これはキツイ・・・・ね・・・」
私のすぐそばで、そう呟いた山本さんのセリフが、今回の作戦の成否を確認する必要もなく表していた。
エレーナさんは、例の男性の攻撃に対しては例の直方体を出して、さすがに今回はそれだけでは、防げないと思ったか、その直方体が男性のパワーに押し負けないように右手で直方体を後ろから押さえ、そして楓ちゃんの攻撃も残った左腕で防いでいた。
計画が悪かったわけではないことはすぐわかった。
直方体には所々ヒビが入っており、今回の男性の攻撃も陽動にしては強力なものだったと分かる。楓ちゃんも両手で思いっきり棒を振り下ろしているようで、歯を食いしばってる様子が見て取れたが、その両方の攻撃もエレーナさんは涼しい顔で受け止めている。
楓ちゃんの棒に関しては、ただ生身の腕で受けているだけだ。
計画を失敗にさせたのは、ただただエレーナさん個人の力量だった。
私は改めてエレーナさんの強さに驚愕していた。
男性の攻撃を防ぐそもそもの超能力の強さ、前回の男性・今回の楓ちゃんの背後からの攻撃を防ぐその感知の鋭さ、それに今回の楓ちゃんの攻撃を腕で防ぐためには、男性に正面を向いていた状態から、瞬間的に体を反転させなければならなかったはずだ。それを完璧にこなしているということは、かなり身体能力もあるのだろう。
「生身で防ぐなんて、舐めすぎじゃない?」
「何言ってるの?楓ちゃん。超能力者同士の戦いではいかに超能力を節約するかが鉄則でしょ。」
「そう・・・じゃあ死んで?」
ビリリッ
そう言うと楓ちゃんの持つ棒から強力な電流が流れ出した。
離れて見る私にも分かるくらいの強さだ。
楓ちゃんの持っていた棒はただの棒ではなく、電流が流れるものだったのだ!!
さすがのエレーナさんもこれはひとたまりもないだろうという、私の期待は一瞬で裏切られた。
「電流なんて懐かしいわね。ニューヨークが恋しくなったわ。楓ちゃんもだいぶ上達したじゃない?印なしで、ここまで正確に跳べる(テレポーテーションできる)なんて・・・
・・・
・・・
でも・・・
・・・この程度で勝てると思わないでね?」
「ぐわっ」
「ッ!!」
ドンッ!!ドンッ!!
エレーナさんのセリフの後、男性には背後から直方体が現れ、男性の攻撃を防いだ直方体と一緒に男性を挟み込んで、そのまま男性を地面に叩きつけ、その後エレーナさんは自由になった右手で楓ちゃんの首を掴み、楓ちゃんを地面に叩き落とした。
「楓ちゃんっ!!大丈夫!?」
しかし、地面に思いっきり叩きつけられた楓ちゃんは、死んではいないことはさっきからなんとか動こうとしていることでわかったが、私の声には反応できないようだった。
「なんだこれ!?クソッ!!全く動けねえ!!!」
男性の方は元気そうだったが、体を直方体に挟まれ動けないようだ。
「さてさて、久しぶりに楽しく体を動かせたところで、平蔵ちゃんの能力もうざいし、援軍呼ばれてもめんどくさいから、そろそろ仕事を片付けちゃいましょうか。」
そうエレーナさんが言うと、
私の足元が急に上昇を始めた。
「キャー!!」
急に周りの地面から離れて上昇する突然の出来事に私は叫び声をあげる。
当たり前でしょ!いきなり地面が突き出るんだもの!!少し先は何もないし、少しでも動いたら地面に真っ逆さまに落ちそうなんだもん!!
そりゃあ叫び声くらいあげるわよ!!
「なんだあ!!あいつのブロック伸びるのかよ!?」
「よく見なさいよ・・・どんどん下からブロックを積み上げて高くしていってるだけよ・・・それよりあんたの馬鹿力で早くなんとかしてよ・・・剛政・・・・私はもう動けないから・・・・」
「うるせえ!!今必死にやってんだよ!!このブロックなんとか動かねえのかい!!!」
そうこうして下で、先ほど仲良く地面に叩き落とされたお二人さんがお互いに口撃し合ってるあいだに、私は(と言うか私が座っている地面が)地面から高さ10mくらいのところで上昇を止めた、10mとは今エレーナさんが立方体の上に立っている高さだ。
同じ高さに来た私にエレーナさんが微笑んで、
・・・唱える。
「ボックス・イン」
その瞬間私は上下左右全部が真っ白の空間にいた。
「えっ・・・」
戸惑いを隠せない私にエレーナさんは言う。
「ここは、さっきまで私が出していた、あの白い箱の中よ。大きさはあなたと私が十分にすっぽり入るくらい。箱の外からも、それくらいの大きさの立方体が突然私とあなたを囲んで出現したように見えてるわ。
華坂さん。怖がらせたのならすまなかったわ。ついついはしゃいじゃってね。
・・・
私はね、・・・あなたを私たちの組織に勧誘しに、ここに来たの。
改めまして、世界超能力者協会、東・東南アジア方面協会総司令官のエレーナ・フォン・ハイデンライヒと申します。
華坂琴音さん。あなたを世界超能力者協会に勧誘します。
協会はあなたを歓迎するわ。」
そういってエレーナさんはさっきまでの大乱闘なんて嘘みたいに、微笑みを浮かべながら落ち着き払って、すっかり腰を抜かして尻餅ついている私に手を差し伸べた。
全話で超能力者紹介とかしてましたが、登場人物が多くなりそうなので、紹介のページをつけます。
戦闘描写が、思う通りとはいかなくても、少しでも伝わってたら良いな、なんて思う作者です。