「イベリアのサバト」 第2書簡 墓の香り漂う集会 編 ~練習劇台本~
■■■登場する魔女達■■■
カロニャ・デ・メヒヨン(ムール貝の女)
罪の蛾
馬の骨
社会主義者
見習い魔女
老獪な百姓娘
墓地のお魚
犬の道化
墓場の支配人
ラ・メルド・ラタン
クエンカのオルガン弾き
中年男性
詭弁屋
ディエゴ先生
フラメンコ奏者
まじない女
グノーシス派の魔女
森の魔女
アルビ派の魔女
名も無き女
ナマコ達
(弁師)
先生方、
本日はようこそ、
この教会にお集り下さいました。
ささ!! どうぞ、こちらのイスにお掛け下さいな。
ああっ!!
ここでは、争い事はご法度です。
というより、争い事はここでは意味を成しません。
それというのも、先生方の王国は、
結局の所、仰る程、
そうご立派なものでは無かったではありませんか。
いえいえ、お聴き下さい。
言いたいのはつまり、
皆様方の提唱した王国とやらが、
まるでキリストの王国と並ぶかの如く、
栄光を放っていたものの、
天使がアイーダトランペットを吹き鳴らし、
死が棺桶の蓋を開けてみれば、
何とも、稚児が喚き散らした様な、
幼稚な願望によって作られた
積み木の庭に過ぎなかったという事です。
立派な軍人や、歴戦の教師などの
呑舟の魚である筈の青年達が
血よりも尊い血漿を流し、作り上げようとした御託は、
結局の所、正しさなどというものではなく、
愛を求める哀しい子供のそれだった訳です。
一体、ねぇ、
雄々しさなど、何処にあったと言うのでしょう?
それをもうお互いに嫌という程、見たのでは?
それでも、まだ猛々しさを気取って争うのですか?
そうです。そうです。
もういいのですよ。
あなた方もまた、魔女であったと
私は申し上げているのです。
だから、私はこれから魔女の話をするのです。
これから私がお話する小さな戯話は、
我が国の妖術に関するものでございます!!
つまり、墓場から抜いてきたイチジクだとか、
カタツムリを使ったまじないだとか、
魔女カニディアのたわごとのごとき、
この、いわゆる低俗な魔法使い共の話が
昨今のルシタニアでは無意味に配布され、
流行しているのでございます。
それらが神学を無視し、
無知蒙昧なる振る舞いをしている事実は
誠に遺憾な事であると言われますな。
おお、この様な迷信、
汚らわしい墓場に関する話など、
本来は何の真実も、
価値も無いものなのでございます。
しかし、それでも、これらの話は流布するのですよ。
あなた方が農村の中でレーニンに夢を見た様に。
アフリカの戦場で野心を抱いた様に。
それらは、湧いて来るのです。
生きている限り。
教会も認めていない低俗な墓場の知恵が、
湧いてくるのです。
それらがなんら意味をなさない無駄な産物である事は
承知の事でございますが、
往々にしてこの世は無駄なのものなのです。
私は皆様方に、この世にも恐ろしく、
俗悪な夕闇の醜聞を聞いていただき、
一笑に付していただきたいのでございます。
それこそが己の姿であったと。
ファランヘの党員であろうと、
リーガの有志であろうとですよ!!
なぜなら、誰にとっても
この世は可笑しく、哀しい旅だ。
暗い魂を見つめない者に、
明るい夢は訪れない。
深淵を見つめる為に、踊り、歌い、芝居を見るのですよ。
それを思う存分にやるのです。
それを思う存分にやれば良かったのです。
最初からね。
迷信も、信仰も、共産主義も、
人の内面から湧いて来る。
その内面が舞台で、信念は照明で、肉体は役者だ。
つまり、それらは演劇であり、
結局の所、その演劇に何を見るか?は、
演劇をじっくりと楽しんだ者にしか
わからないのです。
■■■前狂言■■■
感謝しよう!!
感謝しよう!!
地を這うクサリヘビ!!
墓場の虫!!
黒い雄鶏!!
モリスコ!!
マラーノ!!
イベリアの毒イモリ!!
ミドリのヒキガエル!!
祝福されぬ兄弟達よ、
それでも生まれた事に感謝しよう!!
腐敗し、大敗し、暗く湿った墓石の裏に追いやられた事に感謝しよう!!
なぜならそれが自分達の宮殿で、
それが我らにとっての紋章なのだから
憎しみは糧に、
暗闇は嫉妬に、
魂の死は魔女に、
神よ、おまえに立ち向かう時、
我らは、貴方のまばゆい光に醜悪な肉体を照らされ、
腐り、燃え尽き、怒り、呻き、
そして思い知らされるのだ。
お前を本当に愛しているのだと!!
■■■1■■■
**墓場の支配人**
おお、滑稽な神よ!!
怠慢な我が人生よ!!
例え、悪魔に出会おうと、
人生の本質とは大して変化するものではないのだ。
箒が空を飛ぼうと、
豚の血が葡萄酒に変わろうと、
要は大切なものは、それらを見極める己の魂にこそあるのだ。
幻想と真は相反するものだが、
幻想のない真もまたありえぬものだ。
幻想もまた己の魂が見たものならば真ではないか?
それらを区別する事に大した意味などはない。
常に冷静に目の前にあるものを受け入れ、
生きる為に、欲望の為に対処せよ!!
魔女ならば。
祭りとは派手で愚かなまやかしだが、
一方で人生の真実でもある。
ああ、全ての者が他人であり、
だが、同胞でもあるのだ。
手を繋いでいた娘と一瞬でも手を離せば、
娘は、たちまち人塵の中に攫われてしまうだろうが・・・、
だが、娘がそれを望んでいるというのなら?
ああ、人生とはなかなか味のあるものだ。
全く!!感謝しよう!!
今宵、なんと我らにとって良い日である事か!!
なんと我らの謝肉祭に相応しい夜か!!
感謝しよう!!
埋葬虫に!!
墓ムカデに!!
古びた屍共に!!
墓地をねぐらにする蛆虫共に!!
コンベルソ共に!!
毒ヒキガエルに!!
黒檀業者に!!
そして糞ったれな我らが主人に!!
**全員**
感謝しよう!!
**カロニャ・デ・メヒヨン**
神に!!
**クエンカのオルガン弾き**
馬鹿野郎!!
神に感謝する奴があるかよ!!
神なんてソプラノで歌える奴にしか、
何もしてくれないものなのだ。
**中年男性**
そして、肋骨の飛び出る両生類を知らない様な連中が、
聖歌を歌って救われるのだ。
<笑い転げる>
<カロニャ・デ・メヒヨン床を踏み鳴らす>
**カロニャ・デ・メヒヨン**
ああ、黙れ!!
糞ったれの鰯共!!
水曜日のニシン!!
道に捨てられたエショデ!!
ろくでなしのガリエゴ共!!
薄汚い仕立て屋共め!!
神に媚びを売っておいて損はあるまい。
十字架を逆さまにする事が
お前達の悪業だと言うのなら、
大工に足を向けて眠る事すらできまいよ。
**墓地のお魚**
自分が想い焦がれている男が教会者だからって、
苛立っているね。あの女は。
**カロニャ・デ・メヒヨン**
ふん。魚め!!
溝の蟹みたいにコソコソと
人の話ばかり啄むのだ。
それというのも、お前みたいな連中との付き合いに
ほとほと疲れてきたというわけだよ。
ああ、愛しい私の男よ!!
醜悪な私の技で蹂躙して、
手も、足も、目も、髪も、口も、私の所有物にして、
暗く冷たい私の塒に連れて行きたいのだ!!
墓場から引き抜いたイチジクの木、
ブルゴーニュのカタツムリ、
朽ちた髑髏、ムール貝の屍、腐敗したマテ貝。
おお、古きマルシ族の遺産よ!!
我が夫となる男を捕らえたまえ!!
**老獪な百姓娘**
いわゆる我らが
スペイン人の知恵というやつだな。
**見習い魔女**
なんと低能なのでしょう!!
どんな知恵も、使う場所が悪けりゃ、
便所の扉すら開けられまいよ。
**クエンカのオルガン弾き**
だが、ラテン語野郎が我らの術で落とせるわけがない。
卑屈で汚らわしい売女の歌で、
キリストの船は沈みはしないよ。
**中年男性**
ほれ見た事か!!
これが恋する女だ。
何百年、何千年、賢者を気取って、
貴族を気取って、
地中深くに財産を貯め込んでおいて、
それを全て男に使ってしまうのだ。
**カロニャ・デ・メヒヨン**
お前達も、神の子も、全ては土に帰るものじゃないかね?
そうしたら
喰らいついてやろうというのだよ、埋葬虫が。
業という業で縛りつけ、
罪という罪で泥々に塗りたくってやる。
私の土の妖術で、土の悪行でさ。
十字架も泥にまみれりゃ、
我らの鋤や鍬と似てくるものじゃないか?
ああ、だが、
確かに、この虫共の言うように、ちょっとした失態だ。
私はあの男に惚れてしまった。
結局の所、どんな勲章や剣を御大層に蓄えた所で、
惚れてしまえばそれまでだ。
そいつはどんな妖術よりも強力な呪いなのさ。
**中年男性**
まぁ、無駄口はさておき。
相手が神の使いだろうと、
偉大なる呪術に不可能はないのだ!!
呪いというのは、己が腐るか、相手が腐るか。
それでしかないんだよ。
そこに貞操だの、誠実だの持ち込むのはお門違いだ。
恋というのは、その中でも特殊で
滅法、おぞましい呪いというだけの事さ。
**ディエゴ先生**
全く。
臆病なんてのは、キリスト教徒共の特権だ!!
俺達みてぇな生まれながらの召使が臆病風を吹かせば、
たちまち同じ穴の獣共に
骨も残さず喰いつくされちまう。
だから鋤や鍬を取りな!!
飼い主共を耕してやれ!!
ああ!! 生まれながらの奴隷なら、
ただひたすら愚かに行動するだけだ。
それが特権ってものじゃないか。
祈ってるだけで許されるのは善人共だけ。
生まれた時から屍なら、死にはしない!!
惨めに敗北し、這う這うの体で逃げるのだ!!
**カロニャ・デ・メヒヨン**
ああ、先生。
そいつは、ちょっと難しいんじゃないですかね?
卑屈で、厭らしく、冷たく、
ずる賢い墓場の虫から生まれ出でた我らが、
女の心を巣喰う蛆共を父とし、
あらゆる信仰に背を向けた我らがですよ?
真昼の日の光を恐れずに
正面から見据える事ができますか?
おお、そんな事が出来る魔法があるというのなら
教えてもらいたいものです。
それこそ、どんな他所の国のまじないでも。
<ナマコ達が歌い出す>
**ナマコ達**
我らは神に追放され、この墓場に辿り着きし者。
教会の威光に焦がれ、クレドの祈りを妬む者。
神よ!! 主よ!!
我らが主と敵対する偉大なる老兵よ!!
おまえの弟子達が、
死の土を知らぬ汚れなき祝福された歌を歌い、
天の揺りかごで眠る事を欲するように、
我らも夜を賛美しよう!!
おまえの子供等が隣人を愛し、
貧しき者に手をさしのべ、主の愛を望むように、
我らは悪行を行い、地の主に褒美を乞うのだ。
**全員**
賛美歌を歌おう!!
賛美歌を歌おう!!
蛆虫の賛美歌を!!
墓石の賛美歌を!!
棺桶の賛美歌を!!
**カロニャ・デ・メヒヨン**
ああ、ティエントスよ!!
ソロンゴよ!!
ペテネーラよ!!
ブレリア・アル・ゴルペよ!!
夜を満たすフラメンコよ!!
今宵この場に相応しいカンテを歌おう
**フラメンコ奏者**
クエ・トカス・コンパドレ?
**カロニャ・デ・メヒヨン**
カンテ・ポル・セメンテリオ!!
**罪悪の蛾**
さぁ、歌おう!!
朝が来るまで!!
踊ろう!!
夜が腐敗しているうちに!!
**全員**
踊ろう!!
踊ろう!!
**ディエゴ先生**
歌え!!
**中年男性**
歌おう!!
**見習い魔女**
ヴィーニョ・ベルデを飲み干し朝まで!!
**全員**
歌え!!
踊ろう!!
踊ろう!!
朝まで!!
■■■中狂言(サバトでのたわいもない会話)1■■■
**中年男性**
これは、これは!!
ご立派なサルスエラだな!!
<笑い転げる>
**クエンカのオルガン弾き**
おい、あっちに見事な
コルビーナの丸焼きがあるじゃないか!!
**墓地のお魚**
ケサディージャもあるんだけどね。
そうがっつかなくても、どの道、不味いんですよ。
**クエンカのオルガン弾き**
不味いってどの位だね?
**墓地のお魚**
ああ、そりゃもう不味いんですよ。
**まじない女**
物の本質がわかってない奴だなぁ。
**墓地のお魚**
なんでさ?
**まじない女**
お前さんにとって不味いものでも、
誰かにとってはご馳走なのさ。
ザリガニ共にとっての真実は、
西班牙にとっての偽りなのさ。
**墓地のお魚**
そうだね。そうだね。
お貴族様の私の糞は、
乞食共には数週間ぶりのステーキだ。
**まじない女**
高尚な話を、
そうやってはぐらかすもんじゃないよ。
傷つくじゃないか。
**墓地のお魚**
アンタのそういう陰険な術に対抗する術を
犬の道化共が方々でくっちゃべっているのだけど、
これもその一つだね。
**まじない女**
犬共の真似をして、
世の中を斜めに見て、格好つけたつもりかね?
若いというのは、厄介な病だ。
**墓地のお魚**
世の中を斜めに見ない魔女っていうのもね。
それはどうなのかしらね?
**中年男性**
いずれにしろ、その料理はやめとけ、
あれは森の連中の用意したもんだ。
本当に不味いんだよ。
奴らはああやって、
古き良き時代の技法ばかりを
正統派だと夢見ているから、
いつまで経っても
鰯ひとつ、まともに焼けやしないのだ。
**犬の道化**
ああ!! 宗派の違う者も、流派の違う者も、
喧嘩しないでもらいたいもんだね。
こっちは只酒を飲みに来てんだから!!
**森の魔女**
ねぇあなた、
このような場所が、
魔女の集会に相応しいのでしょうか?
**墓地のお魚**
糞くらえですよ。あはっ。
私は何処へだって行って、
好きな物を食べるし、
嫌いな者を貶します。
淑女でもないし、悪人でもない。
何と呼ばれようと、私はただ私という肉の塊なんですよ。
私の魂はそんなものを無視して、
己の成すべき事をするだけですよ。
■■■中狂言(サバトでのたわいもない会話)2■■■
**老獪な百姓娘**
今の世の中は腐りきっていると
学生共は言いますな。大先生。
**詭弁屋**
まさに!!
ああ、私も常日頃、そう思っているとも!!
今の世の中は腐りきっている
**老獪な百姓娘**
しかし、それを連中が言うのも
いかがなものでしょうかね?
奴らは腐りきった世の中で、
やれ亀の哲学だの、七面鳥が歌を歌っただの、
綺麗事なのか、白痴の夢なのか
わからないような事をわめいていますが、
それこそ、それが腐りきった世の中の
恩恵だと言う事に気づいていない。
そもそも、やつらは貧乏な事が不満なのか。
あるいは世からの賞賛が与えられない事に不満なのか。
よくはわかりませんが。
**詭弁屋**
いや、社会主義者と言っても色々いるが、
あの銅像の下の方でグルグルと回っている連中は、
目も当てられない連中です。
結局、奴らは無骨な論よりも、
色気の方が好きなだけの男達なのです。
気取り屋共は、
死ぬ時に娼婦に向かってアモール!!と叫びたいんですな。
本当なら、誰だって色気との死を選びたいものでしょう?
道徳よりもパエジャの作り方を尊ぶ、
あなた達、ヒターノの考え方みたいにね。
**老獪な百姓娘**
だったら、
どんな神の御威光や大義名分を振りかざしてみた所で、
我々人間が営んでいる以上、
世の中なんて、変わりはしないって事に
奴らはいつ気づくんでしょう?
ただ、愛を叫びたければ、
叫んでいればいいじゃないですか。
酒場で集まっては、朝から晩まで飽きもせずに、
やれ革命だ、改革だとのたまわっている。
口先だけはナポレオン並にね。
**詭弁屋**
いや、そのナポレオンも、
結局は赤子だったのです。
ただ、目の前の喰いたい肉を喰らい、
飲みたい酒を飲む。
笑いたい時に笑い、怒りたい時に怒り、
まずくなったらさっさと姿を消す。
道徳すらも食い物にする
あんたら魔女はそれでいいかもしれないが、
彼らはそうはいかないのですよ。
人生に大義名分が無いと
何をしていいかわからなくなるんだから。
**老獪な百姓娘**
つまみたいものをつまんで、
盗みたい者を盗めばいいじゃないですか。
何かをするのにいちいち
聖書の文句なんていらないんだから。
<クエンカのオルガン弾き、酔っぱらって、
別のテーブルから絡んでくる>
**クエンカのオルガン弾き**
こういう集会は実にくだらないし、
ほら、馬糞とカラバル豆の匂いが私は苦手でね、
本当は来たくもないんですが、
先生みたいな大物と心行くまで
語り合える事が唯一の楽しみですな。
グノーシスの連中と違って、うちらは
決して高尚にはなれない所が
実に真の哲学者だと思いませんかね?
**墓地のお魚**
うるさい女。
イタリアにでも行って改悛してくれば
少しは口に蠅が飛び込まなくなるというものだよ。
**老獪な百姓娘**
まぁ、とにかく若者共の話です。
話が脱線しましたな。
そう、社会主義者も教会も、あるいは軍人ですら、
言っている事は、身の程知らずの芸術家と
そう変わらないものなのですよ。
なぜって、ようは自分達の玩具が世の中に認められなくて、
その結果、自分達が賞賛されない事にイラだっているんですから。
一体、連中が金を持って、それを何に使うというのです?
せいぜい、薄汚い聖書のほこりを拭き取る布を買うか、
銃火機を磨く布を買うか、
バブーフの銅像を磨く布を買うか、
位の違いでしかないのです。
**詭弁屋**
まぁ、挫折を知らない理想主義の坊ちゃん共に
力なんて不相応というものでしょうな。
だが、君たち魔女なら上手く使いこなすのではないだろうか?
まさに、人生の栄養というやつをね。
**老獪な百姓娘**
魔女は魔女で問題なのです。
モーロ人も、ヒターノ共も、ユダヤ教徒も、
奴らの魔術大系はそれぞれに優れていますが、
結局、ある点を解決していない。
いくら古い墓場の呪文を知っていても、
つまり幸せになる方法を知らないのです。
ああ、だからって、
世の中には偽物の芸術が出回り、思想が出回り、
ひどい有様です。
しまいには対位法も使えない連中がバッハ気取りだ。
あれはですね、大先生、
十字架をかざしても見破れないんですから、
悪魔よりも質が悪い。
でもね、結局の所、簡単な事なんでございます。
我々が神の真似事をしない事ですな。
神は、むしろ才能の無いやつを可愛いがるんですから。
おっ?ヒターノ共が演奏を始めたようですね。
まさに奴らこそ芸術家の王様だと思いますね。
たいがいの芸術は奴らによって悪魔的にも開花される。
奴らがバイオリンをペンキで
赤く塗りたくったからと言って、
育ちのいい連中は文句を言っていますが、
よく聞いてみてごらんなさい。
あいつらにはジプシーの奏でる音の
何分の一の情熱も出せやしない。
奴らのカンテを聞いてみるといい。
あの音は世の中の真実を表しているから。
■■■中狂言(サバトでのたわいもない会話)3■■■
**グノーシス派の魔女**
えーと、何の話をしてましたっけ?
**馬の骨**
近頃はここにもおフランスで言う所の
「若きフランス」共が増えた。という事ですよ。
昔はそうでみなかった。
**グノーシス派の魔女**
ああ、まぁ、仕方ないでしょう。
若いというのは、そういう事だ。
皆、自分だけには翼が生えていると思っているんでしょうな。
空想社会主義の連中みたいに。
臆病者で、繊細で、育ちのいいヒヨッコの癖に
まるで自分が、たった今、
地獄に行って来たかのような顔をする。
**馬の骨**
だが、何度も言うように
昔はそうではなかった。
皆、教会を恐れていた。
**グノーシス派の魔女**
教会を恐れるのはね、
あれは暗闇で、人家の洗濯布が悪魔に見えて、
怖がるのと同じですよ。
明かりをつけてみたら何の事ない。
ヒターノ共のボロ布だったんだから。
**馬の骨**
あんたは無心論者かね?
**グノーシス派の魔女**
とんでもない。
こうみえてもね、
信仰をひとときも忘れちゃいないのです。
ただ、明かりをつけてみちゃどうだ?と言ってるんです。
神にも悪魔にもね。
我々は暗闇でずっと自分達の王の顔を見て来た。
無知ゆえにね。
明かりの付け方を知らなかった。
だけれど、今はそうじゃないんだから。
何も無神論に走れと言ってるわけじゃないんですよ。
そもそも奴らは教会にも行かない代わりに、
サバトだって来やしない。
まぁ、ある意味、無神論者が一番、賢いかもしれない。
知恵を使って生き残れるものなら、
私はね、生き残りたいんですよ。
私もまた臆病者なんでね。
悪魔なんて連中は崇拝するもんじゃないでしょう?
まぁ、魔女や妖術使いだって同じですがね。
適当に近くに身を置いて、適当にごまをすっていれば
彼奴らは機嫌がいいもんだから、飴をくれる。
それもなかなか上等な飴玉をね。
大事なのは奴らの邪魔をしない事です。
奴らの仕事のね。
■■■2■■■
**老獪な百姓娘**
そういえば、おまえさん。
その教会者に何か試してみたのかい?
**カロニャ・デ・メヒヨン**
何かとは、何さ?
**老獪な百姓娘**
あたしらの言う何かと言ったら、
決まってるじゃないか、マヌケ!!
いわゆる我らがスペイン人の知恵というやつだよ。
**カロニャ・デ・メヒヨン**
ああ、まじないの類の事か。
もちろん、試してみたさ。
男のまくら元にブルゴーニュカタツムリを
這わせるというのもやってみたね。
死体を掘り起こして、自分の髪の毛で縛ってもみたが、
思うにあれは、
大昔こそ、偉大な妖術だったかもしれないが、
何百年か立つうちに権威を失い、
ただの百姓共の農屋の呪文同然のものに
成り下がってしまったのだ。
教会、すなわち神の権威というものは、
その玄関から中の部屋までだけではなく、
そこを出入りしている人間の五臓六腑まで
聖なる何とやらで囲ってしまうものなんじゃないかな?
**老獪な百姓娘**
そうか。
それじゃあ墓場の知恵は通用しないのだな。
でも教会の野郎でも、病気で死ぬ奴はいる。
**カロニャ・デ・メヒヨン**
ああ、けど、
奴ら病床の身でも、
あたしらの墓場の知恵を退ける位の力は
持っているというわけさ!!
全く、いざという時には何の役にも立たないものばかりだね。
普段は嫌というほど、
影のように付きまとうクセにね!!
**老獪な百姓娘**
それでは、お手上げなのだな。
確かに、墓石の下にワラワラしてる虫共に
「神よ、我を憐れみたまえ」を
暗唱させる方が簡単そうだ。
**カロニャ・デ・メヒヨン**
いや、それがね。
考えがあるんだよ。
つまりは私が神の僕になれば、
晴れて私達は結ばれるんじゃないかってね。
**罪悪の蛾**
あらあら、さっきから聞いてたら、
なんて面白い!!
愚の骨頂だね、このお嬢さんは!!
**カロニャ・デ・メヒヨン**
黙れ!!蛾め!!
神というのは、信じる者、
全てを救うというではないか!!
そして、あの連中は、
大いなる博愛とやらが売り物じゃないか!!
すなわち、私が改宗すれば、
私は愛しい男と共に楽園に行く事ができるのだ!!
**老獪な百姓娘**
驚いたね。
この娘さんは、
ついに神に宗旨変えするつもりらしい。
**罪悪の蛾**
おお、なんと滑稽な事!!
そんなに小汚いまじないを引っさげて歩いて、
どのツラ下げて楽園に行こうっていうのかしら?
**カロニャ・デ・メヒヨン**
ああ、黙れ!!
女というものは、愛の為なら悪魔も裏切るものなのだ。
他人のトウモロコシ畑にだって火をつける。
**老獪な百姓娘**
自分のトウモロコシ畑には?
**カロニャ・デ・メヒヨン**
馬鹿だな。
自分のトウモロコシ畑に火をつけたら、
自分が困るじゃないか。
**老獪な百姓娘**
しかし、なるほど。
神が全てを救うと言うのなら、
当然、私達の事も救ってくれるのだろうな?
しかしその全てには、
白痴や、ヒキガエル、墓場の知恵者は含まれないのだ。
彼らは多くの者を楽園に連れて行こうとしているかもしれないが、
それは神の知恵に屈服した者に限るのだ。
**罪悪の蛾**
あら、だったら屈服すれば、
誰でも楽園に行けるというワケよ。
大安売りじゃない!!
信仰心を持てば、墓場の蛆虫だって、
権威のストラをつけてアーメンって言えるのよ。
魔女も犬もヒキガエルもムカデもね!!
**カロニャ・デ・メヒヨン**
ああ、全く、黙れ!!
この大罪の羊飼いめ!!
私の恋路の邪魔をするんじゃない!!
墓場中の私の下僕達・・
埋葬虫、リンゴマイマイ、蛆共に命じて、
お前の魂など、貪り喰ってやる!!
**罪悪の蛾**
おやおや、私はあんたが不幸になるなんて、
そんな面白い事、邪魔をする気は全くないね。
**カロニャ・デ・メヒヨン**
カトリコ共はこう言っているのだ。
不幸とは、教会ではなく、墓場で歌う事だと。
パンではなく、悪魔のケツにキスする事だと。
ムカデを崇め讃える事だと。
そして、幸福とは、神の王国に召される事なのだ!!
**罪悪の蛾**
それが幸福がどうかは私が決める事でありたいね。
腐敗したネズミは、腐敗してるかもしれないが、
それが美味いかどうかは私の舌が決める事だ。
**カロニャ・デ・メヒヨン**
ならば、あんたの舌は、
腐敗したネズミが美味いと言うのかい?
女妖術使に、幸福か?と聞いて、
幸福だ、と答える奴なんざ、いやしないさ。
墓場とはそもそも不幸な連中が集まる場所だ。
妖術とは不幸な連中の浅知恵であり、
悪霊は不幸な連中の恋人だ。
なぜって、キリスト教徒共は言っている。
それは神の愛の下にない夜の産物だからだ。
ならば幸福とは?
改宗し、神の傘下に入る事ではないか!!
おお、かつて私は愛に捨てられ、
慈愛に見放され、日の光に見限られ、
墓石が唯一の我が母となったのだ!!
邪悪で醜悪なる母よ!!
虫の王である父よ!!
愛を知った今、私は初めてその事を恥じ入るのだ!!
教会に入れない呪われた我が身を憎むのだ!!
解放されたいのだ!
日の光のもとに!
あの男のもとに!!
神の救いを求めるのだ!!
**老獪な百姓娘**
なるほど。
教会の連中の言っているその話が本当なら、
改宗するのも悪いもんじゃないね。
私も、なんで自分がいつまでも不幸なのか?と
疑問に思っていたが、
いつまでもこんな所で
髑髏と遊んでいたのが原因かもしれない・・
**カロニャ・デ・メヒヨン**
とにかく、
私の邪魔をしないでもらいたいものだね。
悪いが、あんたらの相手をしているヒマはないんでね。
<墓場の支配人が手を叩いて、辺りが静まる>
**墓場の支配人**
セビージャのサバトへようこそ!!
よそ者諸君!!
はぐれ者諸君!!
ここいらで、私も一曲、披露しようじゃないか!!
滑稽にね。だが、狡猾に!!
**アルビ派の魔女**
サルダーナを踊れ!!
ティンパニを叩け!!
道化のダンスを踊ろうじゃないか!!
愚かな愚者のタンゴを!!
そりゃあね、昔は輝いていて、
華やいでいたものだったかもしれないが、
今じゃ落ちぶれ、腐り果て、
苔むした骸と化した妖術使共よ!!
浅知恵で傲慢な夜と墓地の女共よ!!
夜明けまで騒ぎ尽くすがいい!!
夜は私達のものだ!!
負け犬よ!!
墓場の哲学よ!!
朽ちたファドよ!!
このワインを味わうがいい!!
酒は負け犬にこそふさわしい。
どんな流派の魔女だろうと、
どんな腕自慢の魔女だろうと、
夜明けには冷たい寝屋に帰るのだ。
さぁ、男の元へ!!
さぁ、現実の世界へ!!
陳腐な幻想はそろそろおしまいといこうじゃないか!!
■■■3■■■
(弁師)
おお、時は残酷に移ろい往くものです!!
あれから5年の月日が流れたのです!!
先生方、友よ!!
私はあれから彼女達、魔女達の、
先の話をお聞かせしなければなりません。
なぜなら戯話とは必ず、主の意図した謀であり、
我々はミサを始める以上、
手順に従って、そこに物事を導かねばならないからです。
**老獪な百姓娘**
久しぶりだね。羊飼い。
前に会って話した時から、
どれだけの月日が経ったかしらね?
あれはボティーガスの墓地だったか、
フリヒリアナの墓地だったか。
正確には思い出せないけれど、
あれからアンタには、どんなサバトでも
とんと会わなかったもんだ。
**罪悪の蛾**
私はもうガリシアの土地には、
あまりお邪魔しないようにしてるんだ。
あの連中はどうもいけ好かない。
三日前に会った時に鍋を煮込んでいたら、
三日後に会った時にもまだ煮込んでいる様な連中だからね。
ああ、確かに、
前に会った夜から5年は経っているわね。
革命だとか内戦だとか、若い連中は忙しないし、
何だかんだと世の中の移り変わりが喧しくて敵わないわ。
**老獪な百姓娘**
そういえばね、
あのカロニャなんとかとかいう女・・・。
処刑されたらしいよ。
**罪悪の蛾**
へぇ・・・
カロニャ・デ・カラベラが?
**老獪な百姓娘**
いや、そんなに大物じゃない。
ホラ、昔、サンルーカル・デ・バラメーダの土地で、
毒のムール貝を使った呪いをしていた奴だ。
たいした妖術じゃないが、
当時はそれなりに騒がれたもんだ。
教会に追われ、
流れ流れて南の方で静かに暮らしていた。
**罪悪の蛾**
ああ、思い出した!!
カロニャ・デ・メヒヨン!!
あいつね!!
教会の男に惚れて、
改宗しようとしていたマラーノ女。
**老獪な百姓娘**
その教会の男とやらに、
密告されて捕まったらしい。
**罪悪の蛾**
魔女という罪で?
このご時世に?
**老獪な百姓娘**
いや、あたしらだって、
叩けば色々と罪を犯しているだろう?
確か罪状は、呪いを商売にして
食物に毒を盛った殺人罪だったかと思う。
**罪悪の蛾**
ああ、なるほど。
まぁ、意外な事じゃないな。
**老獪な百姓娘**
しかし、教会とは恐ろしいものだな。
あの女は、元々、その教会の男と知り合いだったそうだ。
ただ、男は、女が呪い師だという事は知らなかった。
全てを救うだとか、何とか言って騙して、
自分が呪い師だと神の前で告白した魔女を
処刑しちまうワケだからな。
**罪悪の蛾**
騙して?
いや、多分、そういう訳でもないのだろうよ。
意外にね。
そりゃカトリコ共の考えている事なんてわからないけれど。
**老獪な百姓娘**
というと?
**罪悪の蛾**
仮に、彼らに万人を救うつもりがあったとしても、
所詮、奴らにとっては女の業は理解できないものであり、
救いきれないものなんだよ。
無知とは、怯えた野良犬と同じ。
男にとって、女とは魔女であり、
魔女とは異端だからね。
自分達に理解できない闇を心に持っている者は、
彼らには恐怖の対象であって、救う対象ではないんだな。
**老獪な百姓娘**
なるほど。
**罪悪の蛾**
幼い頃からあの女を救ったのは神だったか?
カトリコだったか?
優しい村娘だったか?
呪いだったじゃないか!!
女を救うのはそれだよ。
**老獪な百姓娘**
男に女は救えないんだね。
**罪悪の蛾**
無知に知恵者が救えないようにな。
**老獪な百姓娘**
なるほど。
**罪悪の蛾**
いかに神が偉大でも、それが万能でも、
人間達がこの世に蠢いている限り、
その救いは達成される事はないのだ!!
どんなにこの世が美しい天使達の歌声に包まれようと、
卑屈で暗い墓場の知恵が
決して無くならないのと同じように。
**老獪な百姓娘**
全く墓場に相応しい、素晴らしい詩だこと。
大先生には、ご満足のいただける
ご結果だったようで。
■■■終幕■■■
**名もなき女**
夜明けが来る!!
じきに一番鶏が鳴く!!
醜悪なサバトは終わり、
墓場に朝日が差し込み、
全て何事もなかったかのように幻と消え、
日常へ帰ってゆく。
私は何をしているのだろう?
我々はなぜここにいるのだろう?
どうしてこんな所まで来てしまったのだろう?
ああ!! もっと他に道はあったはずだ!!
かって私達にも主の慈愛は降り注がれ、
輝く未来があったのだ!!
その頃、世界は美しく輝き、
私達を優しく包み込んでくれていたのだ!!
ああ、 道はもはや別れた。
遥か昔、私が愛した少年は今、
私の手の届かない明るい世界へ消えていった。
かつての友人達は神の祝福を受け、
愛を語り合い、
伴侶を見つけ、
やがて聖書の文句に看取られながら
永遠の眠りにつくのだろう。
それは主の王国への旅だ。
永遠の旅なのだ!!
私には全て遥か昔の事だ。
もう戻れない所まで来てしまったのだから。
美しい歌声は墓場の土色に湿り、
艶のあった肌は死人のように冷たく凍りついた。
薄く透んだ目は漆黒の夜を宿し、
墓穴の色になった。
髪は乱れ、爪は汚れた。
だが、神よ!!
友よ!!
私はここにいるのだ!!
夜はここにあるのだ!!
そしてどんなに祝福を受け、
明るい世界で生きていようと!!
それがどんなに素晴らしい事に違いなかろうと!!
なぜか私達は暗い穴に向かって歩んでゆくのだ。
その先に何があるのか、
どこに続いて行くのかはわからない。
だが、自分の存在が消え、
やがてその痕跡すら世界から消え去っても、
ああ、友よ!!
私にはなぜかこの人生が誇らしいのだ。
おまえが主のもとで聖歌を歌い、
それが誇り高き事なのと同じように!!
私は墓の中で虫共に喰いつくされ、
醜い屍となっていくこの生涯が誇りなのだ!!
だが、友よ!!
それがまさに人生というものではないか!!
そうなのだ。
それが人生というものなのだ!!
おまえは聖歌を歌い、私は墓場で踊るのだ。
おまえは真昼の世界を生き、
私は暗い夜の世界を生きるのだ。
そこに何の不都合があろう?
万人が同じ様に神に愛される事などありえはしないのだ!!
ああ!! なぜなら神に愛されず、
神を求める事こそが信仰だからだ!!
泣叫び這いつくばる事と、
祈りを捧げる事は同じなのだ!!
祝福される者よ!!
お前が神の子なのと同じ様に、
我々もまた神の子なのだ!!
やがて、おまえもいつか
墓の下に埋もれる時が来るが、
その時、おまえの墓石は、
私の墓石とは決して並ばないだろう。
そして、おまえは主の楽園へ行き、賛美歌を歌い、
私はゲヘナでフラメンコを踊る。
ああ、神よ!!
おまえがいかに
優れた神の軍勢を持っていたとしても、
楽園が慈愛であり、幸福で満たされているのだとしても、
我々は愚鈍なユーモアで
それらを一笑に付してしまうだろう。
生きるというのは、そういう事なのだから。
**天上の聖霊達**
ああ、祝福を
祝福を
アレルヤ
主よ哀れみたまえ
キリストよ哀れみたまえ
アレルヤ
主の王国は地上を照らし
神の子イエスは諸人の罪を背負いたまう
民は永久に彼の王国で歌えるように
告白に慈愛を
糧に感謝を
ああ、祝福を
祝福を
アレルヤ
地上には平和
天上に永久に主への賛美の歌、流れるように
アーメン
この作品を収録している「イベリアのサバト」という作品集は、四つの書簡から成り立っています。四つの書簡は全て魔女達について書かれた物ですが、第一書簡は朗読劇用の文章。第二書簡と第四書簡は演劇用の戯曲。第三書簡は曲とその歌詞となっています。
ここではその中から「第二書簡」を掲載させていただきました。