プロローグ
季節は春。
4月も半ばを過ぎ、満開だった桜の花もその隙間から葉を茂らせている。開けっ放しにした教室の窓からは、時折気持ちのいい風が入り込んで光征の少し癖のある黒髪を揺らしていた。
山守光征は、高校2年生になっていた。
異世界から光征が帰還した後、どういう力が働いたのか定かでないが記憶をそのままに異世界に飛ばされたその直後の場面に光征は戻ってきた。
そして6年間の壮絶な記憶をなかば無理やり忘れるように平穏な日常を過ごし、光征はいつの間にか中学を卒業し、高校に入学し早くも1年が経過していたのだった。
以前は、掛けていなっかた黒縁メガネを指先で軽く弄りながら光征は、机の上に置かれた1枚のプリントとにらめっこをしていた。
プリントには、進路希望調査という文字がでかでかと書かれており、その下には第三希望までの欄が空いている。
光征が通う高校は、所謂進学校と呼ばれる学校でこの場合の希望欄には、大学名、学部、学科を記入するのが普通である。
流石進学校というところでこの学校の生徒は、例年大体が、高校2年生にもなれば漠然とではあるが、自分の性格や能力等様々なことを考慮に入れて進路を定めていく。
実際に光征以外のクラスメイトは、もう既に進路希望調査票を出し終わっている。
光征は、なかなかプリントを埋めることが出来ずに普段は帰宅部なので残ったりしない放課後の教室でうんうんと悩んでいるのだ。
気がつけば教室には少し夕日が差し込み始めていた。あれだけ騒がしかったクラスメイト達もまばらになっていき、今や光征を入れて5人だけになっていた。
光征を省いて残っている4人は、仲のいいグループで、クラスの中でも上位カーストに属している。
この4人はいつも一緒に行動しており、それぞれの容姿もかなり整っていて全員性格もあかるくて所謂クラスの人気者集団だ。
「山守クンさー、まだ終わんないの?」
未だ名前の欄以外が空白な光征を咎めるように教室に残っている5人の中の1人である宮里健一が、光征に声を掛けた。髪を茶髪に染めた少し軽薄そうなイメージの少年だ。
「山守クンがそれ早く書いてくんないと凛が帰れないんだよねー。今日俺たちみんなで放課後遊ぶ約束してるからこのままだと予定が狂っちゃうんだけど?」
健一にそう言われて光征は、プリントから目を離して改めて教室を見渡して、気づいた。
そして、こちらをめんどくさそうに見ている健一とちょっと困ったように顔をした残りの3人の視線とぶつかった。
「ちょっと宮里そんな言い方しなくても良いじゃん。進路調査って大事なことなんだし。まあ、今日は私が日直で進路調査の回収任されちゃったのが不幸だったっていうこでさ。山守君気にしないでいいから自分のペースで書いてね。」
4人組みの1人である守森凛が、健太をたしなめるように言い、光征に申し訳なさそうに肩をすくめて見せた。
話しぶりから察するにどうやらこの4人は、今日どこかに出かける予定が合ったみたいだが光征のせいでそれがなくなってしまいそうな状況らしい。
流石にそれはばつが悪いなと光征は思い、口を開いた。
「ごめん。後5分で何とか仕上げるから。なんだったら僕が最後みたいだし担任には、プリント適当に理由作って出しとくから。」
「そんな気にないでよ。進路希望って大事なことなんだからしっかり決めないと。それにこれは私が頼まれた仕事なんだから私がやるよ!」
「おーさすが凛。あいかわず生真面目だねー」
「でもそこが凛のいいとこじゃん」
凜は、気を使った光征に対してむんと胸を張るポーズで答えた。
そんな凛を残りの2人が茶化すかのようにフォローする。
そのやり取りが不満なのか健一は、唇を尖らせた。
「んだよ。みんな待ちくたびれてそうだったから俺がわざわざ言ったのによー。だいたい山守クンだってあと5分で出来るんならさっさとやれよな。」
「うん。悪かったよ。」
光征も別にクラスメイトと雰囲気を悪くしたいわけではないので、この場は謝ってさっさとプリントを埋めることことにした。
先ほどの状態が嘘のようのに進路希望票が埋まっていく。
それを見て健一も溜飲が下がったのか、幾分か機嫌を良くした様子でスマートフォンを弄りだした。
凛は、そんな健一と光征を交互に見やりため息をつく。
「ごめんね、山守君。なんだか急かすようなことして。」
凛が、両手を合わせながら頭を下げる。色素の薄い長い髪が肩からさらさらと流れ落ちた。
「いや、こっちも長いこと付き合わせて悪かった。出来たよ。」
光征は、謝る凛に多少の申し訳なさを感じながら出来がったプリントを渡した。
「ありがとう!」
凛は、笑顔でプリントを受け取りながら光征に御礼を言った。
光征が、そんな凛に言葉を返そうとして、
すさまじい光が教室を埋め尽くした。
「・・・・・・なっ!」
そうしてなすすべも無く教室にいた光征たちは、異世界へと召喚された。