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中編

 岬からメールが届いたのは、そろそろ日付が変わる頃だった。着メロの鳴る携帯を取り出してチェックしてみると、2通到着している。1通目は女の子と生徒会長について、2通目は女の子が『消えた』ことについて、がっつり詳しい情報が載っていた。

『んー? 何、情報来た?』

「うん。生徒会長は、気がついたら学校にいたって言ってるそうよ。それと女の子だけど、該当しそうなのは1人。『四ッ谷佳織』さんだってさ」

『よつや、かおり? そーいや、あーちゃんがよつやさんって言ってたっけ』

 枕元にある専用布団の上にのっかったニーミが、私が口にした名前を繰り返した。少し興味がありそうだったので、メールの先を読んでやることにする。

「うん。学校に来てれば今3年のはずなんだけど、2年前に自分ちのベランダから落っこちたんだって。一応休学中、ってことになってるみたい」

『うわ、痛そう。で、それ以外は何て?』

 おい、それだけか小石。まあいいわ、それくらいしか四ッ谷さんの情報はないし。だから、私は2通目のメールを開いた。おや、これは……なるほど。

「あとはねえ。岬いわく『最後の七不思議』なんじゃないかってさ、この話」

『へ? あー、その話かあ』

 メールの文面に出てきた言葉を口にした私は、ニーミと顔を見合わせた。小石に顔があるか、というツッコミはもう受け付けない。感覚で分かってほしい。

 ニーミはいつも私と一緒だから、私の知っている話は大体知っている。そしてこの言葉は、うちの高校に今いる生徒ならみんな知っている話。


 最後の七不思議。

 うちの学校で今年に入ってからささやかれている噂だ。つまり私たちが入学してからだけど。

 そもそも、うちの学校に伝わっている七不思議は、ざっと並べるとこんな感じ。


 1、ルーが夜中に防犯ベル代わりのピアノリサイタル。そのうちあーちゃんも加わるんだろうか。

 2、講堂の鏡に、いないはずの人物が映る。ニーミと同じ付喪神で、こっちはお姉さん。鏡はもともと鏡台か何かに使われていて、数年前にリサイクルされたもの。これにはこっそり、三段壁先生が絡んでるとか。

 3、屋上に上がる階段の段数が増えたり減ったりする。創立間もない頃に進路問題で屋上から飛び降りた、学校付きの地縛霊さんのしわざ。今は同じ悩みを持つ子が上ってきたら、自分みたいにならないようにわざと屋上に辿りつけなくしたりするらしい。

 4、運動場を走る人影。事故で死んだ、生きてたら私より年上になる近所の子供。走るのにあきたので、そろそろ成仏しようかなとか言ってた。覚悟が決まったらお迎えを呼んでもらう予定。

 5、珍しく高校在住のトイレの花子さん。と言っても、廃校になった小学校から移住してきたんだけどね。ぱっと見はけっこう可愛い、おさげの女の子。ちなみに綺麗好きで、トイレ掃除の手を抜くとドアノックやら水を流す音やらで抗議するとのこと。なお男子トイレでも抗議は行います。

 6、ガラスの割れる音。音のした場所に行ってもガラスは割れていない。実は3と同じ地縛霊さんのしわざで、屋上に来る人がいなかったりして暇になると出張するんだそう。寂しいんだろうなあ。


 以上が確定済み。その原因とは、何だかんだで知り合いになってしまっている。何で高校に入って半年もしないうちに人間じゃない知り合いがこんなにできるんだか。しかも校内限定で。

 そして、最後の7番目。噂自体は『空き教室に幽霊がいる』というものなんだけど、その幽霊の正体が2タイプに別れていて特定されていない。どちらもそこそこ最近の話というか元の話を知っているのが今の3年生なので、噂が混じらずに伝わってしまってるのだ。

 1つ目。かつてその教室を使っていたクラスに在籍した女の子。彼女の名前が、多分『四ッ谷佳織』さんなんだろうな。メールにはベランダから落っこちた、としか書かれてなかったけど、きっと何かあったんだ。

 そして2つ目。確か2年前、警察に追われて学校に逃げ込んで、うっかり足滑らせてコンクリで頭打って死んじゃった下着泥棒。若い男の人だった。こっちの方は当時、噂好きの友人から来たメールに写真が付いていたので、いかにもって感じのあごの細い顔は覚えてる。名前もあったんだけど、さすがにそこまでは覚えてないなあ。

「で、その泥棒と四ッ谷さんで最後の七不思議の座を争っている、と」

 自分の中で整理を付けるためにここまでを口にした私に、岬お手製ベッドの中から石ころが呆れたような声を上げた。

『争うもんなんか、それ?』

「知らないわよ。私幽霊じゃないし」

 首らしい部分をひねったニーミの疑問には、私もそう答えるしかない。大体、人間が勝手に噂を楽しんでるだけだろうし。



『……にしてもさあ、秋野』

 こととん。

 布団からいつの間にか出ていたニーミが、ベッドの棚板を叩く。それはいいけれど、こやつの口調が半ば呆れ気味なのは何でだろう?

「何よ?」

『さっきの着メロ、新しくしたんだって思ってたけどやっぱ歩人(アルト)だろ。ほんと好きだねぇ』

「む。何よあんた、私の趣味に口はさむ気?」

 あのね。七不思議についてだと思ってたのに、何で私の携帯の着メロ話になるんだ? まあ、ただいま人気絶頂の2枚目半アイドル五十川(いそかわ)歩人、やっと音源を見つけた彼の懐かしいデビュー曲なんだし無理もないか。みんな歩人の曲を着メロにしてるけど、これはちょっと珍しいはず。そらニーミ、携帯にディフォルメ歩人のストラップ着けてあるから、よーく見なさい。

『かーちゃんのタイプなんだよな、こいつ』

「まあ、タイプっちゃタイプかな? かっこいいだけじゃなくてバラエティもOKでさ、話の仕方も面白いの。やっぱ男は顔と話術よ」

『ふーん』

 しげしげと自分よりほんの少しだけ大きいストラップマスコットに見入る小石に、歩人の良さを拳握って解説する。この前見たバラエティ番組で歩人は、自分の失敗談をおもしろおかしく話して他のタレントたちを笑わせてた。ああいう男の人っていいよなあ。

 ……って、何やってんだろう、私。

『そっかー。じゃあかーちゃん、オレもこういう感じに頑張ってなるー』

「どうやってよ」

 生意気言うなちび石が、と指先で軽く弾いてやると、ニーミはまたこととんと音を出した。まるで私に文句を言っているように聞こえたのは、気のせいだと思おう。



 さてさて。

 最近は少子化が進んだせいか、少し前に造られたうちの高校にはいくつか空き教室が存在する。たいがいは物置になってたり機材運び入れて専門の授業用になってたりするんだけど、ほったらかしになっている教室もある。

 幽霊が出るという噂のある教室は、その空き部屋の1つだった。校舎の端っこにある、いかにも出ますよーって感じに薄暗いその室内に、私はぽつんと1人、立っていた。

「――は?」

 あわてて回りを見渡す。何の変哲もない、数年は使われていないだろう机と椅子がきちんと後方に積み上げられている、私以外には人っ子1人いない、空き教室。

「いやそうじゃなくって、何で私こんなところにいるのよっ!?」

 素直な疑問が私の口をついて出る。そうよ、私は今自分のベッドで寝てるはずなのに。

 寝てる。

 ああ、そうだ。私は寝てるんだ。

「なるほど。これは夢だ」

 自分でちょっとだけ考えて、そう結論づけた。夢だってことが分かれば怖くはない、ピンチになったら目を覚ませばいいんだから。

 いや、待て。こういう場合、ホラーものとかだと目を覚ませなかったり、起きたけど現実でもピンチ、ってパターンじゃない?

「やばい、かな? ねえニーミ……げっ」

 ポケットに入っているはずの石妖怪に声をかけてしまってから、本気でピンチかもしれないことに気がついた。私はパジャマ姿で、ポケットはあるけれど中には石もハンカチも入っていない。そりゃそうだ、寝る時のニーミは枕元の専用ベッドだ。さすがに石をポケットに入れて寝たら、寝返り打ったときとかに私が痛い。

『四ッ谷くん、ここにいたんだ』

 おっと、いきなり背後から声をかけられた。……って四ッ谷? そりゃ例の、ベランダから落っこちた女子生徒の名前だよね。私は水無瀬なのに……寝る前に岬からのメール読んだから、印象に残ってたのかな。

「違います。私は……あ」

 とりあえず誤解を訂正するために振り返ってびっくりした。そこに立っていたのは。これまた例の話に出てきた生徒会長その人。何だって、こんなところにいるんだ?

『四ッ谷くん。話を聞いてくれるかい?』

 ってこら、顔見てもその名で呼ぶか。だから違うっつってるでしょうが、ああもう。これだから夢は困る。自分の夢なのに自分の好きに展開できないのって、ほんとに困る。ともかく、もう1回訂正かけてみよう。

「あのですねえ生徒会長、私の名前は水無瀬秋野です。四ッ谷佳織じゃありません」

『音楽室には他のがいたから失敗したけれど、ここなら誰にも聞かれないね』

 うわ、自分の世界に入ってしまってる。だめだこりゃ……って、生徒会長ってこんな性格じゃなかったよねえ? いや、私は個人的な付き合いなんてしたことないから、これが本性なのかもしれないけどさ。

「だから、違いますってば。私は四ッ谷さんじゃなくって」

『この前は、中途半端で終わっちゃったけど。僕は四ッ谷くんのことが』

「人の話を聞けーっ!」

 ばきょっ!

 いかん。つい手が出た。

 とっさに出した右ストレートが、まともに生徒会長の顔面を直撃。夢の中のせいか、女の一撃で相手はきれいに吹き飛んで積んである机を豪快に崩した。掃除してないから埃がもうもうと立ちこめて、彼がどうなってるのかよく見えない。うわー、机の下敷きになって起き上がって来なかったらどうしよう? これは私が悪い。

 と、薄れてきた埃の中に人影が見えた。ううむ、やはり夢だ。何で薄暗い教室でこれだけはっきりと『人影』が見えるかなあ?

『ああ四ッ谷くん、君の下着は最高だ』

 ……うわ。いくら夢の中とはいえ崩れた机の中から平然と起き上がってくるような相手を殴り飛ばしたところで、私はきっと悪くない。どう考えたってストーカーに対する正当防衛だ、うん。私がそう決めた。


 ――ストーカー。


 その単語を思い起こした瞬間、唐突に忘れたはずの夢を思い出した。

 アパートの1室。

 侵入してきた誰か。

 脱がされていたパジャマの下。


 ……まさか、あの夢は。


『さあ、君が今はいているその下着を僕にプリーズ』

 どシリアスな考えを浮かべていた私の気分を吹き飛ばすように、生徒会長がニヤリとやーらしい笑みを浮かべた。って、首をこきこき動かしながら歩み寄ってくる彼の目的は……ひょっとして下着? わざわざ学校まで来て、制服でもジャージでも水着でもなくて、下着?

「何でですか?」

 さすがにちょっとあきれたので、思わず口に出して聞いてみる。と、生徒会長の動きが一瞬ぴたりと止まった。それこそDVDを一時停止させた時みたいに、ぴたりと。

 ぽかんとした私の脚に、がしっとしがみつく生徒会長。いつの間に接近してきたんだという疑問はあっちに置いておく。夢だし、本気でやばくなったら目を覚ませばいいし。

『さあさあさあ、君の匂いのついた下着を今この場で脱ぎ捨ててこの僕にはあはあはあ』

「いやだーっ! こらド変態、離れろーっ!」

 いや、夢でもさすがにこれはやめてってば。会長が脚にしがみついているのをいいことに、反対側の脚でがしがしと踏み付ける。けど、力加減なんてしてないのに、会長は脚から離れない。

 ……本当にこの人、生徒会長なんだろうか? いや、夢なんだけどさ。でも、何かおかしい。

『へ、変態? ただ純粋に君と君の下着を愛するこの僕が、変態だって?』

「変態呼ばわりはイヤなの? ならストーカー! チカン! エロガッパ! 犯罪者!」

 ひー。べとっとした粘着質で、すごく気持ち悪い。混乱しつつどこかさめた頭で私は、言いたいことをわめき散らした。と、目に見えて生徒会長の顔色が変わった。

 ……違う。顔色じゃなくて顔が変わったんだ。この学校ではトップクラスの男前がぐちゃりと崩れて、あごの細い貧弱っぽい顔に変わる。どこかで見た顔だ……と一瞬考えて、噂好きの友人から来たメールに付いてた写真だと気がついた。


『はあはあはあ、君の――は僕のものだよ。さあ観念して……』


 そして、あの夢に出てきた不法侵入者の顔だとも。

 うわ、マジ?

 もしかしてあの下着泥棒、四ッ谷佳織さんちに忍び込んだ後に逃げ出して、学校で……?


 そっちに気を取られた一瞬、私をがっしり抱きすくめていた生徒会長の手がわさわさと動いた。うわ気持ち悪い、背筋がぞぞぞっと寒くなる。

「げ……やば!」

『……四ッ谷さんの下着……はあ、はあ』

 奴の手が私のパジャマのズボンを引き下ろす。この期に及んでもまだ私のことを四ッ谷佳織としてしか認識していない相手を踏み続けたいのはやまやまだけど、それより大事な任務ができた。すなわち、自分の下着の死守。こんな奴に、死んでからも下着にしか執着しないような奴に、いや本体に執着されても困るけど、私の下着取られてなるもんか!



「おわっ!?」

 ……ってところではっと目が覚めた。今度はベッドから落ちてない。はは、他人と間違われて下着泥棒に迫られる夢なんていやすぎる。寝汗びっしょりで気持ち悪い。

『かーちゃん、かーちゃん、だいじょぶか!?』

「ほえ?」

 胸の上でとんとんと必死に私をたたいてる小石に気がついたのは、数秒たってからだった。そうか、ニーミが私を起こしてくれたんだ。ふう、おかげで女としてある意味最大の危機から逃れることができた。夢だけど。

『かーちゃん、だいじょぶか? うんうんうなされてたぞ』

「あ、ニーミ……うん、助かった。さんきゅ」

 はあと息をつきながら石をなでてやる。ほんのちっぽけな石でしかも妖怪だけど、こいつの存在がどれだけ私の中で大きくなっていたのかが今の夢ではっきりした。ニーミがそばにいないってことが、どれだけ心細かったか。助けてくれて、どれだけうれしかったか。

 って、露骨に子を持つ親の心境なのかこれは? いや、それは分からないけどさ。実際に子供産んだことないし。そもそも結婚どころか恋人もいないし。

『そっか。オレも助かった、かーちゃんに何かあったら悲しーもん』

 私の内心を知らぬげに、ぴょんと私の上から飛び降りた小石がふるふると身体を震わせる。私は自分が今考えていたことを読まれたくなくて、照れ隠しのつもりでうりうりと石をいじくった。

「バーカ。子供は余計な心配しなくていいの」

『うー……』

 不満げにうなってるニーミは放っておこう。ともかく、こんな夢を見たということは岬にメールで報告しておかなくちゃ。もしかしたら、何かのヒントになるかもしれないし。

 しかし、すっかり『かーちゃん』の呼び方に慣れてしまったなあ。このままニーミのお母さん道一直線かしら。はあ……妖怪の連れ子がいる女の子なんて、誰も相手にしてくれないだろうな。へこむぞ、こんちくしょう。

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