表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

不条理の国のアリス

作者:

不条理の国のアリスは気楽なギャグパロディです。暇つぶしにどうぞ。

今思えば、こんな時間まで寝過したことが悪夢の元凶だったのだろう。私は、ある種の特殊な体験をしてしまった。これさえなければ、唯の悪夢で済んだのに…。



日が傾き、窓の外では部活動中の運動部の声が響いている。窓から差し込む夕日を浴びながら、窓際で彼女は机に伏していた。長い髪が顔にかかり、隠れているものの時々聞こえる女子あるまじきいびきによって熟睡していることがわかる。


ゆっくり顔を上げ、寝ぼけ眼で教室内を見回し時計に注目していた。

18:35

「んーと、見間違いかな?あっ!そっか。」

彼女は目を擦りながら、帰りのHRで居眠りをしていたことを思い出したらしく一人しきりに頷いていた。

「よく寝たのはよかったけど、誰か起こしてくれてもよくないかな…。」

ぶつぶつ言いながら、帰宅準備をしていた彼女は、ふと廊下を見て動きを止めた。

「はあ?」

彼女の視線の先には、兎耳をつけた美男子。

襟の立った白いシャツに、ポケット付きの上着、手には鎖付きの懐中時計、さながら不思議の国のアリスに登場する白ウサギのコスプレをしている。

文化祭はこの間終わったばかり、この学校に演劇部はない。怪訝そうな彼女の視線に気づいたのか、少年は彼女に声をかけた。

「私は、クラウス∙プランサスロンス∙ブランシュ∙ローゼンヴァルトと申します。この辺にウサギ穴はございませんか。あー、急がねば、くわばら、くわばら、遅れてしまう。」

「はあ?」

彼女は、突然の事に反応できず、茫然とウサギ穴とは何かを考えていた。

「まず、〞はあ?〞ではなく、名前を言うべきでしょう。こっちは名乗ったのですから、きちんとした礼儀は必要ですよ。」

何故かコスプレ少年に礼儀において注意を受けたため、腑に落ちない顔をした彼女は、無表情に答えた。

「うちは、真山稀璃架。ウサギ穴なんて、見たことも、聞いたこともないよ。」

「あなたが知らなくても他の人なら知っているかもしれないじゃないですか。文明の機器を持っているのに使えないなんて…。」

彼は、傲慢な態度で話しつつ、稀璃架を憐れな子を見るような目で見た。嫌々ながらも早く帰るため、彼の言う通りに携帯電話を取り出し、友達に掛けた。

「ウサギ穴って知っている??」

「突然変なこと言うのね。ちゃんと起きられた?ウサギ穴ねぇ~。うちの学校の7不思議のあれでしょ。金曜の7時に三階の大きな鏡に穴があいて兎が飛び出してくるって奴。」

「へぇ。そんな七不思議あったんだ。知らなかった。」

稀璃架がのほほんと話していると、コスプレ少年は携帯を奪い自分で場所を尋ねた。

「人に礼儀について、とやかくいったくせに…。」

稀璃架がブツブツ文句を言っていると、コスプレ少年は走り出した。稀璃架の携帯を手に持ったままで…。

「ちょ、ちょっと携帯返してよ。」

そう叫びながら、稀璃架はコスプレ少年の後を追い、廊下を走りだした。


稀璃架がコスプレ少年に、やっとのことで追い付いたのは先程知った七不思議の場所だった。目の前で鏡が穴をあける様子を視野に入れながらも、稀璃架が叫んだのは

「携帯返せ~」

の一言だった。残念なことに、コスプレ少年は階段の踊り場、稀璃架は階段の上、鏡に近い少年は鏡に向かっていた。もちろん携帯を手にしたままで。

「うっそ。ちょっと冗談じゃないんだけど…。こうなりゃ。」

稀璃架は焦ったようにそう言うと、決死の表情で階段から飛び降りた…。足の裏の痛みを予想していたが、みごと着地に失敗し体を強打した為に意識を失ってしまった。直前に聞いたコスプレ少年の馬鹿にした声を耳に残しつつ…。



















「誰が馬鹿だー!元々うちの携帯を持っていったのが元凶だろうがー。」

稀璃架の叫びは、ただっぴろい室内に木霊した。

「ここ何処?」

稀璃架は不思議そうに部屋を見回した。その部屋にはいくつもの扉があり、大きさもバラバラ、和洋折衷とでも言うのだろうか、

襖の真横に普通の扉。部屋の中心には、小さめのテーブルが一つ。その上に一つの金色の小さな鍵が一つ。それ以外は、何もない部屋だった。

稀璃架は、階段から落ちた際ぶつけた頭を押さえつつ、テーブルに近寄った。

「あのコスプレ野郎め、次に会ったときギッタンギッタンに絞めてやる。例えあんなに綺麗な顔だとしても、原型を留めさすものか。」

勿論、呪詛の言葉を呟きつつ…。

「どうやったら帰れるかな?早く帰らないと時代劇の再放送に間に合わなくなっちゃう。」

などと稀璃架は、本当に女子高生かよ、と疑うような発言をしつつ部屋を見渡した。

「てか、マジでアリスの世界?!うちは、初の制服アリス?」

夢に違いないと思い込んでいた稀璃架は、力を込めて頬っぺたを摘まんだ。

「いっ!痛い~。」

直後に稀璃架の絶叫が部屋に響いた。加減しない辺りに稀璃架の馬鹿さ加減が窺える。

摘まんだ手で頬っぺたを撫でながら帰る方法を考えていた。だが、目下の目標は携帯の奪還である。それ故、部屋から出るために動き始めた。

「まずは、この鍵であのどれかが開くはず…。」

テーブルの上の鍵を掴むと、近くの扉から順々に鍵を試してみた。

「一体なんて部屋なのよ。こんなに扉があってどうするんだろ。」

稀璃架が言うのも当然で、部屋には50を超える扉があったのだ。しかも、鍵の合う扉は一つもなかった。

「コスプレ野郎め、なんて面倒なことに巻き込んでくれたんだ。時代劇の再放送は見逃す羽目になるし、無駄に体力使って…結局出られないし。もう知るか。」

最後の扉を確認して、床に座り込んだ稀璃架だったが、ブツブツ言いつつ顔をあげると荒んだ瞳で扉を睨み付けた。そして、立ち上がると扉ではなく部屋の中心、つまりテーブルに向かって歩き出した。ポケットに先ほど置き直した鍵を突っ込むと(おもむろ)に机を持ち上げ、扉を破壊した。

「チッ。物置か。次、」

破壊した扉の先には、埃を被った色々な物が転がっていた。それを興味など欠片も無いと言わんばかりに一瞥すると次の扉へと向かった。そうして、着々と扉の破壊は続き、残すところ3つになった。

「兎に角、部屋から出なくちゃ。」

そう言って気合を入れ直すと、机を振りかぶった。ガンッと鈍い音と共に突然光が稀璃架を包んだ。

「なっ何?!」

光を浴びた稀璃架は、体に違和感があった。

それもそのはず、稀璃架の体は見る見る間に大きくなり、広いこの部屋が狭く感じる大きさになってしまったのだった。

「え!!ド○えもん?!スモールライトいや違う、ビッグライト?なんだよ。これは…。」

混乱した稀璃架の脳裏には、かの青い有名なハゲロボットが思い出された。

稀璃架が、あまりの出来事にぼんやりしているうちに頭を天井にぶつけそうな程大きくなってしまった。つまり、部屋から出ていけない大きさになってしまったのだ。

「まあ残りを調べるしかないかな?」

そして、残り二つとなった扉の一方を大きくなった手で殴り壊した。再び光が稀璃架を包み、徐々に大きくなった体は縮んでいった。

「いや、ちょっと何で止まんないの?小さいよ。えっと、どうやってここから脱出しよう。あれ?こんなところにも扉が…。ひょっとして。」

かなり小さくなった稀璃架が発見した、小さな扉にその鍵はピッタリだった。やっと出られると喜んだものの、扉を開けると“ゴゴゴゴゴ”と音をたてて、水が流れ込んできた。

「嘘でしょ。ねぇ、うちが何したっていうの?!ド○えもんの道具っぽいのはいいけど、ドザえもんは嫌ぁ~。」

すごい勢いの水に流されながらも、必死に言ったその言葉は、誰の耳にも届くことなく、稀璃架と共に流されていった。

















「ここは…?」

先ほどの部屋ではないようだった。稀璃架の周りには大きな木の幹やひざ丈ほどもある草が生えており、森の中というのが相応しいようだった。

進む方法さえ分からない稀璃架が、半ば茫然としていると、突然変な歌が聞こえてきた。

[ここは、おいらの研究部屋ぁ~。誰でもおいで案内するよ。この森のことは、おいらに聞いてくれたらわかるよ。おいらの名前はジェラルド・マイラ・ヴァレンタイン。

通称ジェドで、この森一の物知りさ。♪]

「変な歌。でも、元の大きさにもどる方法か、この世界からの脱出方法知っているかも。行ってみよう。」 

稀璃架が向かった先には、歌以上に変な奴が待っていた。

自称ジェドは、顔は美形なものの手には、マイク代わりの茸。黄緑色のヘルメットを被り、その色の寝袋に入ったまま立っているのだ。

「うーん。確かに青虫だ。寝袋も縛ったハムみたいにでこぼこしているし、お腹のほうに足代わりの部分がある。…すごいけどキモイ。てか、本当にアリスの世界みたいだな。」

稀璃架は視界に入った自称ジェドを観察しつつ、話しかけた。

「はじめまして。真山稀璃架です。へん…いや、素敵な歌を聴いて、物知りのジェドさんに尋ねたいことがあって来ました。」

危うく言いかけた本音に冷や冷やしつつ、ジェドの反応を待った。

「嬉しいのぉ。誰かが聞きに来てくれたのは、何年振りかのぅ。んで、聞きたいことは何じゃ。」

「えっと、うちが尋ねたいのは、訳の分からないことが起こってしまって、体の大きさが3分の1くらいに縮んでしまったので、正常に大きくなる方法と、この世界から去る方法です。」

稀璃架は、内心あんなに歌っていて、誰も来ないなんてどんなに役立たずなのか!というか近寄らなきゃ良かったかも…と半ば後悔しつつも、顔には出さずに質問した。

「ほう、なかなか面白い体験をしているようじゃのぅ。元の大きさに戻る方法なら知っとるぞ。」

「ほんとに?!やった。」

「選択肢は2つじゃ。激マズの薬草を食べるか、ゴリゴリいうほど堅い茸を食べるかのどっちかじゃ。」

「そのいやな二つの候補以外は…?」

「ない!さあ、どっちにするんじゃ。」

ジェドはどこから出したのか、片手に目に痛いショッキングピンク色の草、もう片手に灰色の見るからに堅そうな茸を持って少しずつ自分のいる葉っぱを移動し、ジリジリと稀璃架に近づいた。

「えっと、えっと、え~…。茸で!」

そういうとジェドは、にやりと笑い稀璃架に灰色の茸を投げつけた。

「痛っ」

よけそこなった稀璃架は、固い茸を顔面で受け取るという結果になった。その上人前で鼻血を流すという女子失格的なことをする羽目になってしまった。当てたジェドはというとにっこりと満面の笑みを浮かべ、「おお、命中じゃ。鈍いのぉ、稀璃架は。」などと言いつつ、嬉しそうだった。

「近寄らない理由がわかったよ。悪魔め。」

鼻を押さえ、ポケットから出したティッシュペーパーで処置をして、茸を拾うとダッシュで逃げだした。

「久しぶりの、素直な馬鹿だったのぅ。」

等と稀璃架が聞けば、「馬鹿言うなー」と叫びそうな事がジェドの評価だった。




「はあ、はあ、あの…青虫、野郎め。次会ったら仕返ししてやる。お前も標的だ。」

全力疾走で逃げたために、息を切らしていた。

「元の大きさにならなきゃ、不便でたまらないよ。」

そう言って、茸を口に入れた。

“ゴリゴリ”“グォリグォリ”そうとしか表現できない音を立てて稀璃架は茸を食べた。

「この制服って伸縮自在だったんだ。」

どこか抜けたことを言いつつ、稀璃架は自分の体が大きくなるさまを見た。

稀璃架は元のサイズに戻れた事が余程嬉しいらしく、軽くスキップしつつ、行先未定のまま歩き始めた。

進んでいくと、森の深くになったのか段々薄暗く、欝蒼とした木々に囲まれた。稀璃架は立ち止まると、ふうっと一つ深呼吸した。

「お嬢さん、見ない顔だねぇ。どうしたんだいそんな暗い顔をしちゃって。」

そう言葉をかけられ、稀璃架は声の元を探しキョロキョロとあたりを見回した。

「どこ見ているんだい?上だよ上。ここ、ここ。」

声の先にいたのは、やはり、コスプレした人間だった。ここはコスプレ専用世界か?と内心ツッコミながら声の主に話し掛けた。

「うちは、真山稀璃架っていいます。ここってどこなんですか?兎少年を探しているのですが…。」

「話し掛けるのは構わないけど、こっちを見ずに話して欲しいねぇ。仮にも女ならその顔を見られるのは…嫌だろうしね。」

彼は、サラサラの髪を風になびかせながら、猫耳を違和感なくつけ、縞々のモコモコした上下に、どうなっているのか動くしっぽを風に遊ばせていた。

「顔…?」

不思議そうに稀璃架は首を傾げつつ、顔に手をやり、ハッとしたように俯いた。それもそのはず、鼻にティッシュを詰めたままだったのだから…。

「まあ、その程度だったら普段と大差ないから気にしないかもしれないけどね…。」

「え?!」

稀璃架は猫男の発言に呆然と固まってしまった。その様子を見て猫男は、満足げに目を三日月のように細め、口はもとより三日月なのでニヤニヤと言うのがぴったりの笑顔になった。

「ちょっと酷くない?初対面だよねぇ。てか、ちゃんとうち名乗ったし、失礼なことも言っていないし…。」

この世界にきて何度目だろうか、稀璃架はまたしてもぶつぶつ言っていた。

「別に教えてあげてもいいけどね。ところで稀璃架はどこから来てどこに行きたいんだい?」

「学校のウサギ穴から来て、元の世界に帰りたいんだ。今何処に居るのかもわからないし…。ここ何処?猫さん。」

猫さんという言葉に反応したのか、猫男は耳と尻尾をピンッと張り、笑いを更に深くした。

「僕は、猫さんではなく、アレクサンドル・ウォルシュ・ガーネットという名前があるんだよ。まあ君の頭じゃ憶えられないだろうから、アレクでいいけどね。」

まだ、出会ったばかりだというのに、かなり馬鹿扱いを受け、内心ムカムカしている稀璃架に、追い打ちをかけるようにアレクは話を続けた。

「ここがどこか分らないって…携帯のGPS使えばわかるじゃん。てか、使えないの?持ってないの?どんなアナログ人間なんだろうね稀璃架ってさ。」

「携帯くらい持っています。兎少年に盗られたんです。じゃなきゃこんな所でうろうろしてないですよ。」

稀璃架はアレクの物言いに内心ぶちギレながら質問を繰り返した。

「兎少年知りませんか?」

てか、使えるのかよ!ここで。異世界なのに圏外じゃない訳??とでもツッコミそうな稀璃架だったが、馬鹿にされる気がしたらしく必死に堪えているようだった。

「兎かぁ、確かあっちでお茶会していたと思うよ。」

「ふぇ?教えてくれるの?」

稀璃架は予想していなかったアレクの言動に呆然した。

「うん。そうだよ。だってこれ以上馬鹿の相手はキツイからね。」

この世界で初めて触れる優しさに感激していた稀璃架は固まり、ニヤニヤし続けるアレクにキレた。

「馬鹿じゃない。人のこと馬鹿馬鹿言っている方が人としておかしいよ。」

「フムフム、では馬鹿でない証明に僕の名前を言ってごらんよ。」

「うっ、アレクサンドリア…」

「残念っ!アレクサンドル・ウォルシュ・ガーネットだよ。馬鹿稀璃架ちゃん。因みに、僕の事を猫さんと呼んだのだから人の原理を押し付けちゃだめだよ。」

ニヤニヤからニッコリ笑いに変わったアレクに、稀璃架は、何も言えずに先程教わった方へ走って逃げ出した。稀璃架は、後ろからアレクが追って来ていないことを確認しつつ、座り込んで休んだ。

「帰りたい。」

切実な稀璃架の願いだった。






この世界には、まともな奴はいないのか…と嘆きながら肩を落とし、よろよろとアレクに教わった道を再び、歩き出した。

やっとのことで森を抜け、同時にアレクの言う通りにお茶会をしている者達を見つけた。これでやっと携帯を取り返せると喜んだ稀璃架だったが、お茶会しているメンバーにあのクラウスと名乗ったコスプレ少年を発見できず、代わりに兎コスプレのおじさんを見つけた。

「おっさんの癖に美形って…なんか悔しい。どうせ…うちなんて。てか、アレクの野郎に、だまされた。兎は兎でも年取り過ぎだろ!うち、ちゃんと少年っていったのに…。言ったよね、うん…。」

ぶつぶつ言う稀璃架に気付いたのか、帽子を被った黒ずくめの男が声を掛けてきた。

「おやおや、これはまたお若いお嬢さんですね。お茶会に参加してはどうですか?」

「えっ?!いいのですか?」

「はい、どうぞ。申し遅れましたが、私、ユーリアス・アルバ・イルヴァーシュと申します。」

「これまた、長っ?!」

「アハハ、そうですか?馬鹿じゃなければ、誰でも覚えられる程度の長さですよ。」

ニッコリ笑った帽子男ことユーリアス・アルバ・イルヴァーシュが言った言葉に固まった稀璃架だったが、どうにか気を取り直した。

「まぁ言い難いので、通称ユーリですが…。」

「えっと真山稀璃架です。銀色の鎖付き懐中時計を持った兎少年を捜しています。」

「少年ですか?あれでは無いでしょうし。」

さも当然そうに仲間をアレ扱いした帽子男もといユーリに稀璃架は思わずツッコミを入れた。ツッコミ体質の悲しい癖である。

「えっ!アレ扱いですか?茶飲み仲間では…。」

「フフフ。そう見えましたか?」

異様に圧迫感のあるユーリの笑顔に、稀璃架は無意識のまま首を横に振っていた。きっと彼女の本能は危険を察知したのだろう。 顔色を変えていた彼女を満足そうに見て彼は爽やかとしか言えない笑顔で笑った。

「と、ところで、先程も言いましたが兎少年知りませんか?大切な物を盗られちゃったんです。」

必死な表情で稀璃架は震えながらも話を変えた。

「おい、ギル…、ギルバート・ヴィルム・クライセン知っているか?」

わざとらしく長い名前を一息で言い切ったユーリに顔を引きつらせながらも無言を保った。例え内心「嫌味かよ」とツッコミを入れていたとしても懸命に無言だった。ユーリの言葉に、何処か憂欝そうな兎おじさんことギルは、眠そうな瞳を擦りながら答えた。

「まぁ残念ながら知らないなぁ。探すのも良いが、せっかくお茶会をやっている。参加してみないかい?」

ユーリの目が輝いた途端、ギルと稀璃架は、二人同時に勢い良く顔を背けた。

「良いの?実は喉乾いていて…。ありがとう。」

稀璃架は、ギルに何処か同類臭を感じて横の空席に座った。

「さあ、またまた今日も楽しみましょう。仲間が増えて盛り上がれ。わいわいガヤガヤ、騒げ!騒げ!騒げ!」

突然訳の分からない歌を歌ったユーリは、巨大なやかんを軽々片手で持ち上げた。そして、何処から取り出したのか巨大なコーヒーカップに勢い良く注ぎ始めた。

「健闘を祈る。」

憂欝そうどころか、沈み込んだギルが稀璃架の手を掴み、ぼそりと呟いた。

「えっ?えっ?何があるの。健闘って…」

挙動不審な動きをしながら、稀璃架はユーリに視線を戻した。ニッコリ笑って注ぐユーリの手元では、紫?色の液体からもくもくと湯気がでていた。ユーリは零れる事など気にも止めず、稀璃架の前にどんっと勢い良く置いた。

「何?!」

「もてなしのお茶ですよ。参加者は一気飲みがルールです。」

「飲めるの?!これ、なんか変な匂いするし…、てか凄い量なのに一気飲み??」

あたふたしつつ、ギルに助けを求めるも目線を逸らされた。嫌な気配のするほうに目を向けると…。修羅がいた。

「ええ、勿論。何ですか?私の注いだお茶が飲めないのですか?まさか、そんなことありませんよね。ねぇ、稀璃架さん?」

笑顔、めちゃくちゃ笑顔にも関わらず急に気温が下がっている。強制力を持った笑顔に稀璃架は冷や汗を流しながら、コクコクと頷いた。

「喜んで飲ませて戴きます。…うっ」

カップを持った手が震えているのは、歓喜故か恐怖故か…。とにかく稀璃架は震える手で一気に飲み干した。

「うちは誰?ここは何処??…ってボケてる場合じゃなかった。」

虚ろな目で、十分以上何処かへ旅立っていた稀璃架だったが我に返ってギルに掴み掛かった。

「まだ何かあるの??目を背けたくなることって…。」

「安心なさい。アレさえ済めば楽しいお茶会だよ。」

笑顔で答えてくれたおかげで、落ち着きを取り戻した稀璃架だった。確かに慣れてくると楽しいらしく、稀璃架は和んで来たようだった。時々、のんびりお茶を飲んでいるユーリを怯えた目で見ながらも性質の似た二人は和気藹藹と盛り上がっていた。

「ところで、お茶会ってどの位の周期でやっているの?」

「周期…。3ヶ月。」

「3ヶ月に一度??結構間が空くね。」

「違う。」

「へっ??違うの?!」

「3ヶ月毎日だよ。朝から晩まで。期間は全部ユーリが決めるから…。」

遠い目をして固まってしまったギルにあたふたしながらも、稀璃架は質問した。

「えっ!途中で退席不可?!」

「いや、出来るよ。ユーリを恐れなければ。」

「無理じゃん。」

ちらりとユーリに目を向けると、ニコニコしながら様々なモノ(材料?)を片手に新作を作っているようだった。

「何かアレ動いているよ。アレ何?」

ユーリの前に山盛りになっている材料の中に蠢くモノが存在していた。

「世の中知らない方がいいこともあるさ。うん。」

「えっ?!知らない方がいいって…。何?そんなにヤバいの?」

「アハハ、そんなに知りたいかい?」

ギルが荒みきった目で問い掛けてきたことに怯えたのか、稀璃架はビクリと肩を震わした。

「い、いや、やっぱりいい。人間知らない事も有った方がいいよね。あはは」

無理矢理に作った笑顔で…乾いた笑い声で笑いつつ稀璃架はギルに笑い掛けた。

「ああ、思い出したぞ、兎少年と言えば、一人思い当たる奴がいるのはいるが…。」

「本当?!」

「ああ、女王さま付きの連絡係だから、なかなか会わないと思うのだが。名はクラウス∙プランサスロンス∙ブランシュ∙ローゼンヴァルトという奴だ。」

「その人って黒髪で、若い?」

「ああ、黒髪で君位の歳だよ。」

稀璃架は、兎コスプレ少年の情報を入手出来そうなことに目をキラキラ輝かし、話に聞き入った。

「何処にいるの?」

「残念ながら、分からないんだ。奴は“時間が…時間が…“言いつつ走り回っているからな。」

確かにそれは、初めて会ったあの時にあの兎少年が言っていた言葉に当てはまる。

「そいつだ。居場所が分からないならせめて、奴の苦手なモノを教えて!」

必死な形相の稀璃架にビビり、ギルは咳払いをして考えた。

「んーと確かクラウスは雷が苦手だったと思うぞ。どうしたんだ苦手なものなんて知ってどうする。」

「雷か…ってそんな自然の驚異じゃなくてもっと手軽なものだよ。仕返し出来ないじゃないか。まったく、ギルは役立たないね。」

「役立たないって…お前も言うようになったな。はぁ~。」

きっとギルは苦労人なのだろう。こんな扱いをされても怒りもせず、聞き流す辺りはどこか修行僧のようですらある。こんな修行を好む人はいないだろうが…。

クラウスを捜して携帯の奪還が目標なのだが、稀璃架の目下の目標は、ユーリの恐怖の新作茶を飲まずにお茶会から抜け出すことなのだ。

「どうやって、ここから抜け出そう…。」

「人間、諦めが肝心さ。」

「お前は人間じゃないだろ!!」

肩を叩いて励ましてくれるギルに、稀璃架の突っ込みは容赦なかった。稀璃架によりギルはかなりのダメージを負った。そのせいでギルはため息をつき、沈み込んでしまった。

「あぁ、どうしよう。…ん?なんか聞こえる?」

丁度その時、稀璃架の耳に「時間が、時間が!」と言う声が聞こえてきたのだった。

「お!噂をすれば何とかだな。クラウスじゃないか。」

懐中時計を片手に、全力疾走しているのは、確かにあの携帯泥棒のコスプレ少年であった。

しかし、早い早い!クラウス選手すごい勢いで走っております。おおっと、そこに稀璃架選手が加わりました。おや、ギル選手も強制参加でしょうか?稀璃架選手に引きずられ、クラウス選手の後を追います。あ!今、ユーリ選手が巨大ティーポットを片手に後追い始めました。

実況解説が似合いそうな程、稀璃架たち一行はダッシュしていた。もはや、傍目に見ると超スピードでマラソンか何かの競技をしているような勢いである。

「稀璃架、ギル、突然席を立つなんてしてはいけない行為ですよ。分かっていますか?せっかくの楽しいお茶会が台無しじゃないですか。」

「ほら、ユーリ見てみなよ。ギルの嫌そうな顔。もう、ギルもお茶会なんて飽きたってさ。」

「なんですって?ギル?」

「えっ?なんで俺?」

「旅は道連れ世は情けって言うでしょ。」

「いや、旅してないから。ただの道連れ、いや、生贄…。っあちっ!って…うわぁ~。」

「ギル??」

クラウスを一心不乱に追い掛けていた稀璃架だったが、ギルの声に慌てて振り返りギルを掴んでいた手を放した。そして稀璃架はギルの叫びと共にスピードを上げた。何故なら、ユーリの後ろに何かおぞましい未確認生物と恐ろしげな空気、そして似非爽やかさMaxのスマイルを張り付けたユーリがポットの中身をギルにぶっかけていたのだから…。

「あちっ!!お茶は凶器じゃないだろ、普通は。なんで俺に掛けるんだよ。掛けるならあっちだろ。3ヶ月も毎日付き合ったじゃないか。」

だが、ユーリは懸命に走りながら叫ぶギルの言葉を聞き入られなかったようだ。彼は、張りつけたような笑顔のままスピードを上げて2人を追い掛けた。

クラウスを先頭に、稀璃架、ギル、ユーリの順にすごい勢いで走っている様子は、滑稽であったが、残念なことにその様子を見ているものはいなかった。少しするとギルはユーリに捕まってしまった…。その後ギルがどうなったかは別の話。


「はぁ、はぁ、あ…れが、城?キ…ツイ、なか…な、か、追い、付け…ない」

お茶会から会場から30分は走り続けただろう所に、巨大な城が建っていた。その中へと走り込むクラウスを追って中に入ろうとした稀璃架だったが、トランプの兵士によって阻まれた。

「早く帰りたいだけなのに…。」

「お前は何者だ!この国のものではないな。」

なぜ分かるのか聞きたくなった稀璃架だったが、兵士の顔を見て止めた。ずらりと並ぶ兵士たちもまた美形としか言いようのない顔をしていたのだ。

「何って国だよ。」

「不条理の国だ。」

思わず突っ込んだ稀璃架の言葉に生真面目な兵士は態々(わざわざ)国名を教えてくれた。

「なるほど!確かに不条理ばっかりの国だよね。みんな美形だし…好き勝手にしていて道理なんて無視っぽいし…。例外もいたけど。」

ぶつぶつと愚痴り続けていた稀璃架に、トランプの兵士はさっさと去るように告げた。愚痴を邪魔されたからだろうか、稀璃架はトランプの兵士に飛び蹴りをかまし、高笑いを始めた。

「ほーほっほ!キモいんだよ。ぺっらぺらの体をしちゃってさ。顔だけ立体的で、ヘンテコだっての。何偉そうにしてんだよ。けっ!」

そう言って稀璃架は、ストレス発散とでも言うように、次々と兵士を蹴散らし回った。最早歩く暴力マシーンである。兵士から見れば、お前こそ不条理の塊であろう。そこいらにいた見張りを5人ばかり倒して満足げに笑い、城へと向かって行った。









「ここはどこだ~!」

とりあえず城へ入り、うろついていた稀璃架だったがとうとう根をあげてしまったようだ。声のする方へ行っては、隠れ、兵士を発見して、隠れを繰り返していたせいで、とうとう自分の来た道さえ分からなくなったのである。当然ながら、かなりの広さの城の中で一人の人間を見つけ出すのは至難の業である。初めての場所なので尚更のことである。

「早く帰りたい。…何で私がこんな目に……。」

稀璃架は、ふかふかの赤絨毯に座り込んで嘆いていた。段々と発言がクラウスに対する呪詛めいてきているのは、何故だろう。

「……あのクソ野郎のせいだ。マジでブン殴る!ビバタコ殴り。」

文句を言ったせいで清々したのか、爽やかですらある笑顔を浮かべて立ち上がり、フフフ~♪と鼻唄交じりに歩き始めた。あてもなく彷徨っていた稀璃架だったが、どうにか目的を達成できそうだ。

「おっと、発見!!!ん?わぉ、超絶美人さんも発見しちゃったよ。」

稀璃架が覗き込んだ豪華な扉の先は、どうやら謁見の間のようだ。クラウスは、臣下の礼とでもいうのだろうか、片膝をつき、胸に手を当てて俯いていた。その正面の一段高くなった椅子に座っているのは、この城の主人らしい。稀璃架が今まで見たことのない程の雪のように澄んだ白い肌、つり気味ながらもパッチリ二重のアーモンド形の碧眼、腰ほどの艶やかな金髪、すらりと伸びた手足、芸術家ならその美しさを自分の作品で表現したがること間違いなし。その身を包む眼に痛いほどの真紅のドレスは、彼女の為の美しさを引き立てているようだ。手にしている杖にハートが付いていることからして、不思議の国のアリスならば、ハートの女王の役であろう。…ドレスに描かれたスペードの柄は、きっと気にしたら負けなのだ。

「うーん、ハートの女王?スぺードの女王?うーん、どっち?ってか、二人とも一切動かないけど何してんだろ?美人女王も表情ないし…。不思議だ。」

扉から眼だけを覗かせて見ている稀璃架の様子は、明らかに変である。はっきりいってストーカーにしか見えない。それが原因だろう。

「おい!お前、そこで何している。」

大柄の偉そうなトランプの兵士が、大鎌を手に稀璃架に向かってきた。

「げっ!見つかった。ってか鎌かよ!怖ぇ~。」

そう言って稀璃架は謁見の間へと飛び込んで行った。

「女王様失礼します。」

そう叫びながら、稀璃架は全力ダッシュでクラウスへと飛び蹴りをかましたのだった。

「……何。」

突然の乱入者に対し、女王は眉さえ動かすことなく稀璃架に尋ねた。

「女王様、失礼致します。うちは、このコスプレ野郎に恨みがありまして…。あっ!あったあった。うちの携帯!!お帰り~。」

飛び蹴りをした後、クラウスを踏みつけ、彼のポケットを漁る稀璃架だったが目的の携帯を発見して、クラウスを踏みつけたまま飛び跳ねた。うっ…とクラウスが呻いているのは、稀璃架には聞こえないようだ。

「…クラウス。…大丈夫?」

女王の声色は心配そうだったが、顔は相変わらずの無表情であった。それとは対照的に、クラウスは苦しそうに顔を歪ませ、稀璃架はすっきり爽快とでも言えそうな満面の笑みを浮かべていた。少し待っても返事をしないクラウスを余程心配したのか、女王は手にしているハートの杖を打ちつけ、兵士を呼んだ。

「は!女王様お呼びでしょうか。」

「アレ、…邪魔。」

ぞろぞろと‘何処に居たんだ’とか‘どれだけ耳がいいんだよ’とツッコミを入れたくなる程大勢の兵士達が、謁見の間に列をなして入室してきた。勿論、ツッコミ体質の稀璃架

は、ツッコミを入れていた。

「ん?アレ?うちってアレ扱いなわけ?ひどくねー。美人女王様酷い!!」

美人と言われた途端、無表情ながらも赤くなった女王を、稀璃架は目を真ん丸にして見つめた。

「可愛い!女王様、美人な上に可愛いなんて素敵すぎる。」

興奮気味に女王を見つめていた稀璃架だったが、慌てて走って逃げだした。何故なら先程女王に命令を受けた兵士達が、大鎌を向けて近づいてきたのだから…。





「…はぁ…はぁ…ま、まだ、いる。」

謁見の間から走り続けている為に、息切れの酷い稀璃架であった。謁見の間からかなり離れた、最早、城の敷地かさえ稀璃架には分らない森に入ったにもかかわらず兵士は追い掛けているのである。

「し、つこい。…少人数、なら、倒せるのに…。あんな、に、多くちゃ、無理。ってか、全員、鎌持っ…ていて、怖ぇー。」

あてもなく走り続けていた稀璃架だが、重要なことに今更気づいて声を上げた。

「帰り、方、知らない…!!ここ、何処?や・ば・い!誰、か助けてー。帰、り方…教えてー。」

「いいよ。」

「って、うわー!」

稀璃架は、まさか返事が返ってくるだなんて考えていなかったため、アレクからの返事に飛び上がって驚いた。声のした方…つまり上を見上げると、身軽に、滑るように木々を

移動するアレクがいた。アレクが、ふかふかの尻尾を風に靡かせる様はかなり優雅で、同じ速さなのに息切れしまくりの自分と比べてしまった稀璃架は凹んだようだ。

「いい加減うざいんだよね。稀璃架はこの国に合わないからさっさと追い出しちゃおうと思って。まあ見世物程度としてならいてもいいかもね。…いや、やっぱよくないや。」

稀璃架の顔を見ながら、即座に自分の発言を撤回したアレクであった。

「…かなり酷くない?!マジこの国理不尽だよ。もうどうでもいいから帰り方教えてよ。」

半ば自暴自棄になってしまった稀璃架を見て、アレクは満足げに笑った。彼はかなりのサディストのようだ。

「今から僕が言う言葉を、一言一句間違えずに詠唱するんだ。そうしたら帰れるから。」

「わかった。この世界から一分一秒でも早く帰りたいから頑張るよ。」

「あっそうだ!この腕環をしておく方が確実だから…。」

そうアレクは言うと、稀璃架に向けて木の腕環を投げた。一方稀璃架はと言うと、後ろから追われていることには変わりないため、必死に走っていた。

「いって!!」

走ることに必死になっていた稀璃架は、顔面で木の腕環をキャッチする破目になり、本日二度目の鼻血流血となった。文句を言いつつ、鼻血の手当と腕環の装着をし終えた頃、アレクが口を開いた。

「いくよ。D^8RG:EQCGRRW0`@*D-9#XK;M\F5.OF*F_;E@/&DW%……。」

「D^?えっ?!ちょっ!待って。分かんない。もう一回。」

「よく聞いてよね。D^8RG:EQCGRRW0`@*D-9#XK;M\F5.OF*F_;E@/&DW%……。」

「D^8??無理だよ。どうしよう。ってか走りながらすること自体に無理があるよ。」

後ろからは、未だに大量の兵士達が追い掛けてきているのだ。どうやら稀璃架はそれが気になって、意識が逸れてしまうようだ。

「それは、稀璃架の自業自得だから仕方ないよ。女王様がクラウス好きってこの国じゃ有名なことじゃないか。なのに、クラウスに飛び蹴りなんてしちゃったんだからさ。ね!馬鹿稀璃架ちゃん。」

「…馬鹿言うな。うち、この国の住人じゃないからそんなこと知らないよ。ってか、何でうちのしたこと知ってんの?!ストーカー??」

アレクは木の上からスタッと降りて、にやりと笑い稀璃架の横に並んだ。丁度木の種類が変わったのか、枝の高さの違う木々の並ぶあたりであった。

「なんで態々降りてくる訳?ってか横に並ぶなよ。帰り方教えてくれないなら、さっさと何処かに去ってよね。」

「何言ってんの?ちゃんと教えてあげたよ。稀璃架が馬鹿だから帰れなかっただけでしょ。」

「そうですよ。」

突然聞こえた声に驚きつつ、声のした方を向くと、先ほどまではいなかったはずのクラウスが悠然と走っていた。

「はぁ?!お前、いつの間に来たんだよ。ってか足早っ!!来んな。お前のせいでうち追われてんだよ。」

「あはは」

必死の稀璃架の叫びを笑ってすまし、悠々と走るクラウスに、稀璃架は青筋が浮かんでいくのがわかった。そのやり取りを楽しそうに見つめるアレクに気づかない方が稀璃架には幸せだろう。

「稀璃架ってやっぱり馬鹿だよね。クラウスは性悪だからわざと女王さまの前から動かなかったんだよ。」

「はぁ~!お、お前なんてことしてくれてんだよ。」

「「あはは」」

「うぜ~っ!!!マジうぜー。お前らついて来るな!」

「「あはは!」」

「笑うな!…だから、ついて来るな~!!」

暖簾に腕押し、糠に釘とはこの事だろうか、という程に二人は稀璃架の言葉を無視して笑っていた。

「あははー。稀璃架!稀璃架!後ろ見てみなよ。」

普段の稀璃架なら“こんなに口って開くのかよ!”などとツッコミをいれること間違いなし!という程の笑みを浮かべたアレクが、稀璃架に話し掛けた。

「何だ…ょ…って近ぁ~!!!」

振り返らなきゃよかった。後悔先立たずとでも言いたげな表情を浮かべ、稀璃架は叫んだ。

アレクとクラウスに構ってしまった所為でスピードが落ちたのだろう。兵士たちとの距離は、先ほどの半分くらいしかなかった。焦った稀璃架はスピードを上げようと力み、力み過ぎて…足元の木に足を取られ、転んでしまった。

「ぐえっ!って来た!!どうしよう。や、やばい…。」

テンパってしまった稀璃架は、わたわたするだけして、立ち上がりもせずにいた。取り敢えず近くにあった蛍光オレンジの目に痛々しい木の実を拾い上げ、力の限り兵士に投げてみた。

「「「「「「「うおっ!」」」」」」

兵士たちは、本当に小さな木の実に当たっただけで倒れてしまった。

「えっ!!弱っ!てか何事??」

茫然と口を開けたアホ面のまま、稀璃架は兵士達を見続けた。対照的に納得面のアレクとクラウスは、満足気に笑って説明を始めた。

「それは、トランプ兵士の弱点の実ですよ。よかったですね!かなり運がいいですよ。」

「運がよかったら、こんなところに来ていないよ!ただの不幸中の幸いだよ。」

兵士の弱点を城内?に植えていいのかよ!っと内心ツッコミつつも、稀璃架は、弱点らしい木の実を一心不乱に拾った。そして、アレクのようにニヤリと笑った。

「ほーっほっほ!仕返しの時間が来た~!!」

そして、先程までのわたわたが、嘘のような態度で拾った木の実を振りかぶった。だが、その瞬間に目の前が真っ暗になってしまい、稀璃架は戸惑った声を上げた。

「えっ!な、何?!何が起きてんの?」















「ん?」

気が付けば、稀璃架は大きな鏡の前の踊り場で倒れていた。どうやら高さからして三階のようだ。

「何でここなのさ!夢じゃない訳??だって…うち教室で寝てたんだよ。…確か。」

確かに稀璃架が寝ていたのは、教室の彼女の机だった。その証拠に彼女の机の上には、枕にしていた鞄があり、その鞄には、頭の大きさ分の凹みがあった。稀璃架は、一応常識のある女子高生として、廊下で寝るような趣味を持っていない。

「もうどうでもいいよ。うん!さっきまでの事は忘れてしまおう。」

そう自分に言い聞かせ、立ち上がった稀璃架は、腕環が視界に入った途端悲鳴を上げた。何を隠そうその腕環は鼻血流血事件の際、凶器となったあの腕環だったのだ。

「マジで?!超恐怖体験?こんな腕環持ってなかったのに…。ってかこれさえなければ、唯の悪夢と思えたのに…。」

稀璃架はそう言い、力なく俯いて握った拳を震わせた。そして…。

「反撃できなかった。…あと少しだったのに……ちくしょー!!!!」

キッと上を向き、怒りに赤く染まった顔で叫んだ。とんでもない世界に行ってしまったことよりも、反撃出来なかったことの方が稀璃架には大きな問題だったらしい。

「ちくしょー!!!」

その渾身の叫びは、夕闇に染まりゆく校舎に響き渡った。



                   <完>












~おまけ~

 稀璃架の渾身の叫びが響き渡った頃、鏡の裏では、アレクとクラウスが笑い合っていた。

「次の金曜日って、何日だっけ?」

 稀璃架の受難は続くのか??


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです。 特にユーリが…(笑) これからもがんばってください。
2012/08/21 18:59 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ