(7)
小屋を一歩出たとたん、小夜の瞳には色鮮やかな紅葉の姿が飛び込んできた。
沈む間際の太陽のように真っ赤な、あるいは炎のような橙色。黄色から赤へと変わり行くさまを一枚で示そうとしている葉さえある。
それらの紅葉は日の光を受けて、より一層鮮やかに見えた。
葉からこぼれ落ちた日は、地に舞い落ちた葉に優しく注がれている。
あまりにも美しすぎる目の前の風景に、小夜は足を進めることさえ忘れ、その場に立ち尽くした。
「小夜」
ぼうっとした顔のままの小夜を見て、伊吹が笑って手を差し出した。
「まだ小屋から出たばかりなのに、迷子にならないでよ」
「――あ、うん」
気の利いた返事もできないでいる小夜を見て、伊吹はぷっ、と吹き出した。
「ほら、おいで。帰り道をちゃんと案内するから」
伊吹に手を取られ、小夜は歩みを進めた。
森の中を続く細い道。短い草に覆われたそれは、よく注意して見なければ道とは分からないほどのものだった。それはつまり、人があまり通ることがないことを示している。
もちろん、ここは伊吹が言うことが真実であるならば、神域だ。人間は恐れてこの区域に足を踏み入れることはない。小夜だとて、まさか自分が神域に入りこんでしまったとは知らなかったのだから。あのようなことがなければ、このようなところへ来ることなど一生涯なかったに違いない。ここは小夜たちにとってそのような場所なのだ。だから、当然、他に人が住んでいるという可能性は無きに等しい。
さやさやと揺れる森の木々が運ぶとても気持ち良い風の中、小夜は伊吹と話をしながら歩いた。
「何だか、この森は不思議だな……」
小夜がいつも戯れている森とは異なる印象を受ける。
村の周囲に広がる森は、自分たち人の手が明らかに入っているものだ。人は木を切り倒し、また日々の糧をそこから得ている。しかし、この森には人が手を加えた跡も、深く分け入った跡も見られなかった。自然元来の姿をそのまま保ち続けている……。
葉の合間から見える光の帯にそっと手をかざせば、指の隙間から零れ落ちた光が優しく小夜へと降り注ぐ。吹きぬけてゆく風は気持ちよく、まるで夢をみているような心地にさえさせられる。仲間と呼び交わす鳥の声は、美しい音色で小夜の心に優しく語り掛ける。
ここは何もかもが清浄なのだ。美しく、穢れなど知らない無垢な天女のようなのだ。
「この森は――特別だから」