(6)
「今、どのくらいの時刻だ?」
「ん……そうだな。昼を過ぎたころかな?」
「帰る」
ひどく簡潔に告げる。驚いた伊吹が何かを口にしようとするのを遮って、小夜は再び繰り返す。
「私は帰る。これ以上ここにいたら、村のみんなにも心配をかけてしまうから」
小夜の言葉に、何を言っても無駄だと知った伊吹は、じゃあ、と自分も立ち上がった。
「途中まで送っていくよ。足だってまだ万全じゃないだろ?」
「大丈夫だ。帰り道さえ教えてくれれば、帰れるぞ」
「――また迷う気?」
「だから、道を教えて欲しいと頼んでいるんだ」
語気強く言う小夜に対して、あくまでもゆっくりとしたペースで、でもねえ、と伊吹は困ったように小夜を見た。
「ここは神域だからねえ……土地勘のない人がそう簡単に抜け出せるようなところじゃないと思うけど」
「?」
「だって、小夜だって言ったじゃないか。ここは神様の住む場所なんだろ? そこに踏み入った人間は生きては外に出られないんだろ?」
うっと言葉につまる。
確かにそのようにおばばからは聞いている。だからこそ、初めにここが神域だと知ったときにあんなにも取り乱したのだから。二度と自分はここから生きて出ることは叶わないのだと信じて。
「――お前、性格悪いな……」
うらめしそうに横目で伊吹を見やる。
「そうかな? 長い間生きた人に会ってなかったからね。嬉しいんだよ、きっと」
これはお前の愛情表現かとぶつぶつと文句を言いつづける小夜を、心底嬉しそうに伊吹は見ている。
「さ、行こう。早くしないと、日暮れまでに村に帰れなくなるよ」
それはかなわない、と小夜は首を振った。
二日も気を失って眠りつづけていたのだ。きっと今ごろ村では大騒ぎになっていることは明白だ。これ以上、みんなに心配をかけないためにも、今日中には村にたどり着かなくてはならない。
伊吹は叉羅沙を肩に乗せると戸を引き、まず自分が出てから小夜を外へと招いてくれた。