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森人の詩  作者: すばる
第一章 出会い
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(5) 

 大きな樹のそばで疲れ果てて眠っていたところを発見したのだ、と後に村長は語ってくれた。

「母上はどうした?」

 優しく訊ねた村長に向かって、小夜(さよ)は黙ったまま首を横に振った。

 両親については何も語らない。どこからきた、と村長が訊ねても、「あっち」と森の奥を指差すだけで、それ以上のことをたずねても、首を横に振るだけだったという。

 そのとき、小夜の首からは、組みひもに通された玉がかけられていた。

「あんな見事なもんは見たことがなかったな」

 よほどすばらしいものだったようで、村長はこの話をしてくれるたびにそう繰り返す。

 あまりにも見事な玉だったため、村長は当初、都のどこぞの貴族の姫かとも思ったらしい。だが、幼子が見つけているもので高価なものは、それだけであった。衣服は村人たちが着ているものとさほど変わりはしなかった。なによりも、貴族の姫がこのような山奥にくる理由なぞありはしない。親が見つかればいずれわかるだろう。

 しかし、いつまで待っても親が現れる気配はなく、少女は村長の子として大切に育てられることとなった。そのとき、小夜はまだわずか五歳であった。

 それから十年。

 小夜は目を見張るような見事な黒髪を持つ、愛らしい少女へと成長した。非常に利発で明るい小夜は誰からも好かれている。

 小夜が村の外の子どもであることを気にするものは誰もいなかった。そして、小夜自身も自分が村の者ではないことは幼い頃から長に幾度となく聞かされていたため、知っていた。けれど、自分が純粋な村人ではないということにこだわることもなかった。

 本当の両親のことが、まったく気にならない、といえばうそになる。

 だが、小夜はこの村に来る前のことをまったく覚えていなかったのだ。

 両親の面影も、自分がどこに住んでいたのかも。

 記憶のない両親のことを尋ねられても、いまいちピンとこないのはだからだろう。

 「冷たい娘だ」と思われるかもしれないが、こればかりは小夜にもどうしようもなかった。それよりは、森でうずくまっていた自分を引き取り、今まで育ててくれた村長や、幼い頃から可愛がってくれている隣に住むおばばのほうが、よほど小夜にとってはかけがえのない存在であり、家族なのだ。

 村長の養い子。村で頼られる唯一の巫女、おばばのお気に入りの娘であり、それゆえ、自然と決まっていた次代巫女の地位。恵まれた環境。

 同年代の子どもたちは決して小夜のことを「小夜」とは呼ばない。どんなに幼い子どもであっても、必ず「小夜さま」と呼ぶのだ。それは大人も同じ。村で己の名を呼び捨てするのは村長とおばばだけだ。

 小夜は決して自分が不幸だと思ったことはない。たとえ自分の生みの親の顔を知らなくても。大切なのは「今」この時であり、自分を育ててくれた人々なのだから。

 けれど、「小夜さま」と呼ばれるたびに、なんとなく村人たちとの隔たりを感じずにはいられない。

 だから……

「羨ましいな」

 ふと口をついて出た言葉。

 伊吹と叉羅沙のように、自分のすべてをさらけ出し、冗談を言いあえるような者が自分にはいないのだということを再認識させられた瞬間だった。

「羨ましい?」

「ああ、お前たちが羨ましい」

「どうして?」

「お前たちはまるで本当の家族のようだもの」

 小夜は、今までの伊吹とのやりとりから当然「冗談っ!」というような軽い言葉が返ってくるものとばかり思っていた。だが、小夜の予想に反して伊吹は沈黙を返したのだ。

 一瞬の間。

 時が凍りついたように思えた。冷たい空気が辺りを支配する。小夜は自分が言ったことの何がいけなかったのか皆目見当もつかず、かと言って、伊吹に問うこともできず、これまた固まったまま動けないでいた。

 その静寂を破ったのは叉羅沙だった。スルリと小夜の膝から降りると、伊吹の背中を伝って肩へと一気に駆け上る。

「きゅ……」

 伊吹の頬に擦り寄る叉羅沙。

「叉羅沙……」

 伊吹は愛しげに叉羅沙の体をゆっくりとなでてやった。

「――叉羅沙はぼくのたった一人の大切な家族だから」

 消え入りそうな小さな声でそういった伊吹の瞳はひどく悲しげだった。さきほどまで冗談を言っていたとは思えないほど、深い愁いに満ちた瞳だった。

 小夜にはそれ以上伊吹に何も訊くことができなかった。いや、違う。伊吹がそれ以上小夜に何も尋ねさせなかったといったほうがいいだろう。小夜が問うことを許さぬ雰囲気を作ってしまったのだ。だから、小夜は口をつぐみ、じっと黙って、伊吹の次の言葉を待つしかなかった。

「あ、ちょっと足出して」

黙りこんでしまった小夜に気づき、気まずそうに伊吹は話題を変える。

「?」

 小夜は言われて布団をめくった。下から出てきた自分の足を見てそこで初めて気づく。

「えーと……これは?」

「気づかなかった?」

 先ほどまでの気まずい雰囲気がまるで嘘のような屈託ない声。くすくす笑いながら、伊吹は小さな壺から茶色の液体を少しだけ布にしみこませた。

「足、くじいているんだよ。もうだいぶはれはひいたから歩けるとは思うけどね」

「そうか――お前が手当てしてくれたんだな」

「まあね。ぼくが驚かせてしまったのも原因ではあるし」

 伊吹は慣れた手つきで、小夜の右足に巻かれた布を解くと、患部に当てていた布を外し、先ほどの布と交換した。そうして、再び布をくるくると早業のように巻きつけていく。

「お前、器用なんだな」

「そう?」

「私なんて、不器用この上ない、なんていわれるぞ」

「それはまた……」

 笑いを堪えながら、伊吹は手際よく処置をする。

「これでよし、と」

 どう、痛む?と伊吹は小夜の顔を覗き見た。

 足をくじいた時の奇妙な感覚と、患部の腫れは感じる。だが、痛みはそれほど感じなかった。小夜は首を横に振る。

 そうしてそのまま立ち上がると、数歩歩いて見せた。

「うん、大丈夫だ。痛まない」

「そう、よかった」

 小夜は窓の外に目をやる。

 窓の外には見事な楓の樹。風に揺れているのを視界に映しながら、小夜は伊吹に訊ねた。

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