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森人の詩  作者: すばる
第一章 出会い
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(4) 

「お粗末様です」

 伊吹は笑いながら椀をさげて、代わりに茶をくれた。

 ほどよく冷めた茶をすすりながら、小夜(さよ)は改めて叉羅沙(しゃらさ)を見た。本当に不思議な動物だ。このような生き物を小夜は今まで見たことはないし、聞いたこともない。興味引かれ、伊吹に尋ねる。

「なんて言う動物だ」

「さあ?」

「知らないのか?」

 呆れる小夜に、仕方ないだろう、と伊吹は苦笑した。

「だって、 叉羅沙(しゃらさ) は名乗らないからね、自分が何者かなんて」

「それはそうだろうな」

「名乗らないくせに、ぼくの言葉はわかるからね」

 ぴんと叉羅沙のおでこを人差し指で軽くつついた。

 叉羅沙はむっとしたように少年を見ると、ぷいと小夜の方を向いた。

「ほらね、こうやってすぐにすねるんだ」

 こら、叉羅沙、と伊吹はこぶしを振り上げる。が、叉羅沙には一向に効き目などない。

 そんな伊吹と叉羅沙のやりとりがおかしくて、思わず小夜は吹き出してしまった。

驚いたのは伊吹と叉羅沙だ。伊吹は叉羅沙をつつく手を思わず止め、叉羅沙の方は不思議そうに伊吹と小夜を交互に見比べて首を傾げた。

「いや、悪い……クッ……」

 謝りながらも小夜は肩を震わせて笑い続けている。

「――そんなに面白いこと言った?」

「いやいや……」

「?」

 小夜はおかしさのあまり出てきた涙をぬぐいながら伊吹にヒラヒラと手を振った。

「叉羅沙のほうが伊吹より強いんだなと思ってな」

「そ、そんな~」

 情けない声を出す伊吹に、再びぷっと吹き出す小夜。

「お前、面白いな」

「――小夜が笑いすぎなんだよ」

 今までそんなこと言われたことなかったのに、と不満そうに伊吹はぶつぶつと呟く。一方、叉羅沙はというと、勝ち誇ったように、小夜のひざで、そう人間であったならば「ほくそ笑む」という言葉がぴったりな雰囲気で、伊吹を見ている。

 それがますますおかしくて笑いがこみ上げてくる。が、小夜はこれ以上笑いつづけては、伊吹にも失礼かと思い、手にしていた茶を飲み干した。

 それを見て伊吹はすぐに茶を新たにいれ、「熱いから気をつけて」と手渡してくれた。

 伊吹自身もお茶をすすっているのを見て、叉羅沙は少々不満げに伊吹を見上げる。自分にも何かよこせ、とでも言いたそうだ。

「ダメだよ。叉羅沙はさっき食べたばかりじゃないか」

 きゅいんと切なげに鳴く叉羅沙を見て、先ほどの仕返しだと言わんばかりに、伊吹は意地悪く言う。

 だが、叉羅沙も負けてはいなかった。

 伊吹が叉羅沙の頭を叩こうと差し出した手を――かぷり。

「うわっ、ばかっ!」

 取り落としそうになった茶碗をこれまた危機一髪で守る。叉羅沙は一度かぶりつきはしたものの、それで満足したらしく、素直に伊吹の手から口を離していた。

「本当にお前たちは仲がいいんだな」

 くすくす笑いながら小夜は感じたままを口にする。

 まるで仲のよい兄妹のようだ。しかも兄の方が少々頼りないとくる。そんな兄妹がじゃれあっているように小夜には思えた。

 小夜には兄弟姉妹がいない。本当の両親さえ小夜は知らない。小夜だけではない。村人たちも小夜の両親のことは誰一人として知らない。

 小夜は「迷い人」であった。

 森の中を歩いているうちに、道を見失い、さまよい、運良く村に流れ着いたもののことを「迷い人」と言った。

 小夜の村には時折「迷い人」がたどり着く。

 それは十年に一度あるかないかといった具合だったが。

 小夜はその「迷い人」の一人だった。

 いや、正確に言えば、迷い人が連れた子どもであった、というところだ。恐らくは、さまよい歩くうちに親と離れ離れになってしまった、というところであろう。

 そんな小夜をたまたま森に入って、きのこ狩りを楽しんでいた村長が見つけてくれたのだ。

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