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森人の詩  作者: すばる
終章
49/49

(1)

 シャラン……


 大樹が枝を揺らした。

 ほうっと光を帯び、あたりを照らす。幻想的な景色の中で、大樹は感慨深げに呟いた。

  ――これであの者の役目も終わり……――

 小夜という土人形を作ったのは大樹。

 この世界から、外の世界へと伊吹を連れ出すために。

 すでに森人は必要なくなっているのだから。運命を外の「森人」たちに伝えることも、運命に反してやってきた人をもとの世界に戻すことも、もはや人は必要とはしていない。己の力で人は十分やっていける。

 だから、伊吹は出たいと強く願いさえすれば、この空間から出ることができるのに。

 大樹はずっとずっと悩んでいたのだ。

 どうすれば伊吹は外の世界へ、元の世界へと戻ってゆけるか。どうやったら、彼は自分を許すことができるのか。

 家族を失った孤独。自分のせいで、大切な者を失ってしまった悲しみ。誰もいないこの世界へ踏みこんでしまった恐怖。そうして――迷い込んでくる魂を、元の世界へと戻すことへの躊躇いと、そう感じてしまう自分への嫌悪。

 自分自身と同じ理由でやってくる星の数ほどの魂。それを元の世界へ導くのが伊吹の役目。自分は「ここ」に居つづけるのに! 現実から逃げたままずっとずっとこの世界にいるのに……なのにその自分が彼らを説得するのだ。「現実から逃げたままではだめだよ」と――。そんな自分が許せなくなっていくのだ。

(もう、十分ではないか……)

 大樹は悩み苦しむ伊吹を見るたびに、心を痛めていた。

かといって、無理やり外の世界へ追い出したのでは、何にもならない。伊吹自らが望み、元の世界へ戻らなければ、何の意味もない。自分ですべてを納得し、かつ、元の世界で生きていくことを選択しなくては――。

 そうでなければ、彼は再びここに戻ってきてしまうだろう。そしてそうなれば、もう二度と外の世界へ戻ろうとはしないだろう……。それこそ永久に闇に囚われたまま生き続けるのだ……。

 彼はもうじゅうぶんにこの世界がどんな場所かわかったはずだ。そして、それとともに、世界のどこにいても、苦しみや悲しみから解放されることはないのだと、知ったはずだ。

(きっかけさえあれば、伊吹は外に出て行ける……)

 そこで、大樹は小夜を森の土から作り、「ひと」の形と成した。土人形が「ひと」に育てられ、十分に「ひと」らしくなって伊吹の元へやってきたとき、伊吹はきっとすべてを悟る。

 自分の身にかつて起こったできごとが、今度は逆の立場で起こるということを気づくはずだ。

 そうすれば、彼は外に出て行くだろう。

 大樹はそう信じていた。

 だが――だが、現実はそうはならなかった。

 小夜は実にうまく伊吹を外の世界へと誘ってくれた。たとえ、小夜本人にその意思はなかったとしても、伊吹が心の底にずっと抱いていた思いを、再び自覚させるほどに。

 大樹もまた、機会があるたびに小夜をこの世界へと誘った。そして伊吹の心に触れさせた。

 けれど、伊吹にとってそれは逆効果だったのだ。

 小夜が現れたことで、伊吹はより内の世界へとこもってしまった。 小夜を想うあまり、伊吹は外の世界を望みながらも、この世界に残ることを選んでしまった……。

 もう無理かと大樹もあきらめかけたとき、あの土人形はじつによい働きをしてくれた。それは大樹も予想しなかった言葉だった。そして最終的には伊吹ははっきりと自分の意志で、この世界から現実へと帰っていった。

 もう二度と、森人と呼ばれるものたちがこの地を訪れることはないであろう。そしてこの地は、今度こそ本当に伝説と化すであろう。

 だがそれでいい。


 人の子よ、私はここからおまえたちを見守っていよう。永遠に。

 だが、決してここに来るではない――。

 ここは闇に覆われた世界。

 人の子よ、おまえたちには光が似合うのだから。

 だが、心が傷ついたときは休むがいい。

 逃げることもときには必要だろう。

 だが、人の子よ、決して忘れるな。

 おまえたちは、自分の足で再び立ち上がっていく必要があるのだということを。


 シャランシャラン……

 軽やかな音が鳴る。

 すうっと、一つの珠の光が深い青色へと変わった。

  ――また一つの魂が迷い込んできた。しかし、この世界にあの魂たちを迎える森人はもういない……。

これにて『森人の歌』第一部は終了となります。

――はい、第一部は。

そのうち第二部もこちらで連載させていただきたいと思いますので、その際にはぜひまたご覧にただければと思います。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

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