(2)
「小夜、こっちに来て!」
「痛い、伊吹……」
いままで泣いていた少年とは思えないほどの強い口調。いつもの伊吹からは考えられない。そして強い力。
小夜の手首を掴んだまま、彼が向かった先は、銀色の大樹のもとだった。
相変わらず大樹はとても美しく、そして、そこにある一つ一つの球もまた綺麗だった。
大樹のすぐ下まで来ると、伊吹はようやくそこで小夜の手を放す。強く握られていたせいで、小夜の手首はうっすらと赤くなっていた。
その場所には不似合いな厳しい表情で伊吹は叫んだ。
「小夜、君はもうぼくのところにきちゃいけない!」
「――?」
「――教えてあげるよ。君の村の巫女がどうして君を次代の巫女にこんなにも急いでしようとしているのか!」
「!」
ざわり、と銀の樹が揺れた。まるで、これから伊吹が言わんとしていることをとめるかのように。だが、伊吹はかまわずに続けた。
「僕が伝えたんだ! このまま…このまま君は村にいることはないって!」
突拍子もない伊吹の言葉。
「な…に……?」
自分がここに来てはいけない理由と、急遽決まった巫女の交代がどうして関係あるのか、小夜にはまったく理解ができなかった。
自分は村にずっといるつもりだ。いや、村の外に出て行こうとしても、それはどだい無理な話なのだ。
もちろん、村人の中には村を出て行こうとするものも、まったくいないわけではない。
いや、それよりも村人であるならば、誰もが一度は夢見るのだ。商人たちから伝え聞く都のようす。蒼い空に映える朱塗りの美しい建物、きらびやかな人々の衣、唐からわたってきた珍しい品々があふれる市を。
桃源郷のような姿を目にしたい、そこで自分も成功するのだと村を出て行くものも皆無なわけではない。特に若い者たちほど、外の世界への憧れは強く、年に一人二人と出て行く者がいるのも事実だ。
しかし、小夜には村を出て行くなどといった選択肢は用意されていない。もちろん、彼女自身が強く望めば道は開けるかもしれない。
だが、小夜は村を出て行くつもりなど毛頭なかったし、そもそも物心ついた頃から村にいて、村で育ったのだ。村がとても愛しいし、そこに住む村人たちも愛しい。
あえて彼らを捨ててまで都に行こうとは思わなかった。なによりも、森で道を失った彼女を助けてくれた養父を置いて村を出ることなどできようか。小夜はそこまで薄情にもなれない。
このまま村でおばばの跡を継いで巫女になり、やがてはおばばのように後継者を育て…いつまでも安らかに村で暮らすことになるだろう。そう思っていたのだ。
だから、伊吹の口から出たことは、まったくもって小夜にはぴんとこないものだった。
「――小夜は……村を去る。それが運命……」
「私が? なぜ?」
他人事のように思える言葉。
小夜はあきれたように伊吹に問うた。
しかし、伊吹はとてもまじめな顔で首を横に振ったのだ。「答えられない」と。
「理由がわからないんじゃ、私は伊吹の言葉を信じようにも信じられない」