(3)
「ぼくの名は伊吹。君は?」
「小夜だ。『迷い人の村』に住んでいる」
「ああ、やっぱりそうか。どうりで軽装なわけだ」
伊吹は小夜から茶碗を受け取ると、ちょっと待っていてと立ち上がり、隣の部屋へと姿を消した。
部屋に一人残された小夜はふうと大きく息をはく。
今自分が置かれている状況を少しずつ頭の中で整理してみる。
伊吹が言っていることが真実ならば、ここは森の奥「神域」と小夜たちが呼んでいるところになる。そうして、ここが「神域」であるならば、自分は――……。
小夜は首を振った。
(冷静になろう……)
言い伝えはあくまでも言い伝えだ。たとえここが神域であったとしても、きっと無事村に帰れるに違いない。実際、少年はここで暮らしているではないか。もし、言い伝えが事実ならば、神の怒りに触れて少年――伊吹はこの地に住まうことなどできなかったはずなのに。
と、そのとき、少年が姿を消した隣の部屋から小さな影がするりとやってきて、気がついたときには小夜のひざの上に乗っていた。
それは小さな動物だった。真冬の朝に降り積もった雪のような真っ白な毛並みに、先がぴんととがった大きな耳と綿毛のような尻尾を持っていた。大きさはちょうどリスと同じくらいだろうか。瞳は真っ赤で、それがとても印象的だ。
(兎か…いやでも耳が違うよな…。猫にしては小さすぎるし…。犬でもないよな…)
小夜が手を出すと、その動物は何の警戒もせずに小夜の手のひらに乗ってきた。
(きれいな…色をしているな…)
今まで見たことも、そして聞いたこともないような動物に、小夜は一瞬うっとりと見とれてしまった。それほどまでに姿はとても美しく、その仕草は非常に愛らしかった。
「お前、名前は?」
小夜は優しく頭をなでてやりながら尋ねた。きゅうんと嬉しげにその動物は鳴いた。
「あ、いつの間にっ!」
隣りの部屋から伊吹が現れる。手にはお盆を持っており、その上には湯気がゆらゆらと立つ粥が乗っていた。
「ほら、叉羅沙どいて。小夜はこれからこれを食べるんだから」
彼の言葉にぷいと横を向く。
「叉羅沙って言うのか?」
「ん、そうだよ」
伊吹はお盆を床に置くと、小さな台を後ろから運んできて小夜の近くにおいてくれた。その上に先ほどのお盆を乗せると、どうぞ、と小夜にすすめる。小夜は礼を言うと遠慮なく粥を口に含んだ。
木の実が入った粥は少々の塩で味付けしてあるだけの実に質素なものではあったが、二日も寝つづけていた小夜のお腹にとっては、非常にありがたいものだった。一口、口にすると急激にお腹が空腹だということを主張し始めた。小夜は他人の家だということも忘れ、椀の淵に口をつけ、一気に食べつくした。おばばが見たら「なんと行儀が悪い」とあきれていたであろう。
密かに少しばかり物足りないかも、と思いつつ、椀を空にした小夜は手を合わせると「ごちそうさまでした」と頭を下げた。