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森人の詩  作者: すばる
第五章 失った過去
33/49

(6)

 いつも伊吹と瑠璃(るり)が会う場所――。もしかしたら、瑠璃がみつかったのか、と思ったが、輪の中心にいたのは村の巫女だった。

 何が起こったのか気にはなったが、所詮使用人の伊吹には縁のないことだ。それよりも今は一刻も早く家に帰らなければならない。これから夕食の仕事や、明日の朝食の仕込みもしなくてはならないのだ。

 足早にその場を通り過ぎようとした伊吹を、輪の中心にいた巫女が目ざとく見つけた。

「お待ち、そこの」

 伊吹はまさか自分が呼ばれているとは思いもしなかったから、立ち止まらず歩き続ける。

「そこの籠を背負っているおまえだよ、お待ち」

ぎょっとなって、伊吹は足を止める。振り返ると、巫女が手招きをしていた。

「お主、伊吹と言ったな」

 無言で頷く。

「災いの元に出会わなかったか?」

 何のことかわからず、首を少し傾げる。

「年の頃は主と同じくらいじゃな。薄汚い小娘じゃ。つい最近、このあたりをふらついておるのを目撃されておる。きっと近くにおるでな、これから山狩りじゃ」

 心臓がばくんと脈打った。

「主は今日、山に入っておったじゃろう。その途中で会わなかったか?」

――瑠璃のことだ……。

 恐ろしくて動くこともできなかった。

 それを巫女は否定だと受け取り、「そうか」と村の衆を見渡した。

「奴はまだこのあたりにいるはずじゃ。これ以上、村に災いがくる前に奴をどうにかせねばならん。皆の衆、しっかりと探すように」

 老女の言葉を受け、村人たちは方々に散っていった。

 気づくと、伊吹は一人そこに残されていた。

 ――このままではいつか瑠璃は見つかってしまう。

 だが、どうすればいいのか、伊吹には思いつかなかった。今はまだ村人たちが村周辺だけを探しているようなので、大丈夫ではあろう。

 しかし、何も知らない瑠璃がここにきてしまったら……。

 恐ろしさに体が震えた。どうにかして瑠璃に伝えなくてはならない。村に近づいてはいけないと。村人たちが瑠璃を探していると。一刻も早くこの地から去らなければならないと――。

(行かなくちゃ……)

 伊吹は山を見やる。もう一度瑠璃の元に行かなくては…。籠をその場に下ろす。

と、視界の先に夕焼け色の着物が映る。

「っ!」

 それが誰なのか、伊吹には一瞬でわかった。

来たらだめだ、と叫ぼうとしたが、声がでなかった。

 目の端に村人の姿が映った。

 だめだ、もう。

村人に見つかってしまうことは確実だった。

 伊吹はばっと走り出した。

 駆け寄ってくる瑠璃の腕をぎゅっとつかむ。

「伊吹…?」

 驚き、目を見開く瑠璃に説明している暇などなかった。

今はこの場を逃げ出さなければならない。村人たちがこちらに気づき、近づいて来る前に。

伊吹はそのまま瑠璃を引っ張り走りだそうとした。

「よくやった!」

「おいっ! いたぞーっ!」

 そんな伊吹の腕を、駆け寄ってきた村の男がきつく握り締めた。

 引き離される二人。そしてあっという間に取り押さえられる瑠璃。

「離してっ!」

 瑠璃は突然のことに、何が起こったのかわからず唖然としていたが、やがて大声で叫びだした。

「私は何もしていないっ!」

しかし、叫ぶ声は村人たちの怒声に遮られる。

「お前がいること自体が村にとって問題なんだっ」

「お前は不幸を運ぶ。今回の凶作も、流行り病もお前のせいだ」

「私の子どもを返してっ」

 元凶を捕らえたという知らせを受け、次々と村人たちが集まってきた。

彼らは瑠璃を縄で締め上げると、村の広場にある大木の幹にくくりつけた。

「よう捕まえた。あの娘は疫病神の娘だ。村をこんな風にしたのはそいつじゃ。元凶がなくなれば、村は平和になろうっ!」

 あたりに響く巫女の声。

 伊吹はただただ恐ろしくて後ろで震えていた。その場で立っているのが精一杯だった。

 一瞬、瑠璃の己を見つめる視線と目が合う。だが、堪えられなくなって顔をそむけた。

「こいつは凶事を運んできた。さっさと殺してしまわなければ、さらなる凶事が村を襲うことになるだろう」

 巫女が叫んだ。

 それを皮切りに、そうだ、そうだと声があがる。

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