(6)
いつも伊吹と瑠璃が会う場所――。もしかしたら、瑠璃がみつかったのか、と思ったが、輪の中心にいたのは村の巫女だった。
何が起こったのか気にはなったが、所詮使用人の伊吹には縁のないことだ。それよりも今は一刻も早く家に帰らなければならない。これから夕食の仕事や、明日の朝食の仕込みもしなくてはならないのだ。
足早にその場を通り過ぎようとした伊吹を、輪の中心にいた巫女が目ざとく見つけた。
「お待ち、そこの」
伊吹はまさか自分が呼ばれているとは思いもしなかったから、立ち止まらず歩き続ける。
「そこの籠を背負っているおまえだよ、お待ち」
ぎょっとなって、伊吹は足を止める。振り返ると、巫女が手招きをしていた。
「お主、伊吹と言ったな」
無言で頷く。
「災いの元に出会わなかったか?」
何のことかわからず、首を少し傾げる。
「年の頃は主と同じくらいじゃな。薄汚い小娘じゃ。つい最近、このあたりをふらついておるのを目撃されておる。きっと近くにおるでな、これから山狩りじゃ」
心臓がばくんと脈打った。
「主は今日、山に入っておったじゃろう。その途中で会わなかったか?」
――瑠璃のことだ……。
恐ろしくて動くこともできなかった。
それを巫女は否定だと受け取り、「そうか」と村の衆を見渡した。
「奴はまだこのあたりにいるはずじゃ。これ以上、村に災いがくる前に奴をどうにかせねばならん。皆の衆、しっかりと探すように」
老女の言葉を受け、村人たちは方々に散っていった。
気づくと、伊吹は一人そこに残されていた。
――このままではいつか瑠璃は見つかってしまう。
だが、どうすればいいのか、伊吹には思いつかなかった。今はまだ村人たちが村周辺だけを探しているようなので、大丈夫ではあろう。
しかし、何も知らない瑠璃がここにきてしまったら……。
恐ろしさに体が震えた。どうにかして瑠璃に伝えなくてはならない。村に近づいてはいけないと。村人たちが瑠璃を探していると。一刻も早くこの地から去らなければならないと――。
(行かなくちゃ……)
伊吹は山を見やる。もう一度瑠璃の元に行かなくては…。籠をその場に下ろす。
と、視界の先に夕焼け色の着物が映る。
「っ!」
それが誰なのか、伊吹には一瞬でわかった。
来たらだめだ、と叫ぼうとしたが、声がでなかった。
目の端に村人の姿が映った。
だめだ、もう。
村人に見つかってしまうことは確実だった。
伊吹はばっと走り出した。
駆け寄ってくる瑠璃の腕をぎゅっとつかむ。
「伊吹…?」
驚き、目を見開く瑠璃に説明している暇などなかった。
今はこの場を逃げ出さなければならない。村人たちがこちらに気づき、近づいて来る前に。
伊吹はそのまま瑠璃を引っ張り走りだそうとした。
「よくやった!」
「おいっ! いたぞーっ!」
そんな伊吹の腕を、駆け寄ってきた村の男がきつく握り締めた。
引き離される二人。そしてあっという間に取り押さえられる瑠璃。
「離してっ!」
瑠璃は突然のことに、何が起こったのかわからず唖然としていたが、やがて大声で叫びだした。
「私は何もしていないっ!」
しかし、叫ぶ声は村人たちの怒声に遮られる。
「お前がいること自体が村にとって問題なんだっ」
「お前は不幸を運ぶ。今回の凶作も、流行り病もお前のせいだ」
「私の子どもを返してっ」
元凶を捕らえたという知らせを受け、次々と村人たちが集まってきた。
彼らは瑠璃を縄で締め上げると、村の広場にある大木の幹にくくりつけた。
「よう捕まえた。あの娘は疫病神の娘だ。村をこんな風にしたのはそいつじゃ。元凶がなくなれば、村は平和になろうっ!」
あたりに響く巫女の声。
伊吹はただただ恐ろしくて後ろで震えていた。その場で立っているのが精一杯だった。
一瞬、瑠璃の己を見つめる視線と目が合う。だが、堪えられなくなって顔をそむけた。
「こいつは凶事を運んできた。さっさと殺してしまわなければ、さらなる凶事が村を襲うことになるだろう」
巫女が叫んだ。
それを皮切りに、そうだ、そうだと声があがる。