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森人の詩  作者: すばる
第五章 失った過去
28/49

(1)

 伊吹が生まれたのは、今の小夜(さよ)が住んでいる村と大して変わりない山間の村だった。

 わずかばかりの農地で作物を育て、日々の糧にしていた。農作物以外に、とくにこれといった特産物もなく、それゆえ天災がくれば、人々はどうすることもできないような、そんな村だった。

 伊吹は、そこで両親と少し年の離れた姉の四人で暮らしていた。おなかいっぱいの米を食べることも、都で流行りだという絹の美しい織物を手にしたこともなかったが、それでも伊吹は幸せだった。

 しかし、不幸とは突然やってくるものだ。村を流行り病が襲った。

村ではここ数年、天候不順で作物が思うように実らなかった。なのに、国に納めなければならない税は決して軽くなることはなかった。

病が村を襲ったのは、食べていくのに困るような家も出始めた頃のことだった。

 それにかかったものは、突然の高熱や腹痛に苦しめられる。そうして、熱が下がってきた頃に、今度は手足や顔に発疹が徐々に現れる。麻疹か何かかと思っている間に、発疹はやがて全身に広がり、そうなってしまったが最後。病人の多くは命を失うはめになるのだった。

 貧しい村では薬を求めようにも、薬師すらいなかった。いや、いたとしても、そもそもこの病に効く薬などありはしなかったのだ。

何が原因かもわからず、どうすることもできなかった。

 多くの者が死に至った。

伊吹にとっても、病は無縁、というわけにはいかなかった。まず、姉が病にやられた。次いで母も病に倒れ、十数日の後この世を去った。看病をしていた父も直に病にかかり、母が亡くなってからちょうど五日目、母の後を追うように帰らぬ人となってしまった

 ――伊吹、六歳の春のことだった。

 幼くして最愛の人々に先立たれてしまった伊吹。

 幼い少年が一人で生きていくのは難しい。だが、村人たちも伊吹の面倒を見てくれるほど余裕があるわけではない。

 両親が残してくれたわずかばかりの食糧を食い尽くした後、伊吹は途方にくれた。

 村人助けを乞おうにも、伊吹がやってくるのを見ると、一様に戸を堅く閉ざしてしまい、それは望めないことだった。

 ――みな、自分自身が生きていくだけで、精一杯だったのだ……。

 秋の実りが盛りである頃であったならば、多少は食いつなぐことができたかもしれない。

 しかし、季節は大雪が過ぎたばかり。もはや木々は葉を落としてしまい、実がなっているものはほとんどなかった。

 泣く気力も、歩く気力も失った頃、一人の男が伊吹の前に現れた。村を治める長だった。

「わしのところに来なさい」

 思っても見なかった言葉。伊吹は村長に命を救われたのだった。

 だが、それは善意からではなく、伊吹の両親が作った借金のかただったのだと、後に伊吹は知った。

 伊吹は下働きとして村長のもとで働くことになった。幼いからといって、特別扱いはしてもらえない。

 朝は日が昇る前からたたき起こされ、掃除から朝餉の支度までさせられた。伊吹たちに許される食事はわずか一日一食。それも茶碗半分の麦と粟が半々のぱさぱさした飯と、小さな芋が入った味噌汁、そしてわずかばかりの漬物だけだった。育ち盛りの伊吹はいつも腹をすかせていた。

 夜になれば、無性に悲しくなり、部屋の片隅で声を殺して泣いていた。

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