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森人の詩  作者: すばる
第四章 大樹
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(2)

「――今日、夢を見た」

「夢?」

 伊吹のもとに着く早々、小夜(さよ)はそう切り出した。

「何の夢を見たの?」

 面白そうに伊吹は聞いた。

  ――やはり信じられない。

 目の前にいる少年はいつもどおり笑顔だった。本当に暗闇で出会った少年は伊吹だったのだろうか。そして、夢で出会った、ひとり泣き続けている少年も……。

 もしかしたらただの勘違いなのかもしれない。

 小夜の強い思い込みなのかもしれない。

 そんな思いが頭を掠めた。

 しかし、小夜は己の中にあるわだかまりを消すためにも、次の言葉を口にした。

「――お前に…会った」

「へえ。ぼくに?」

 相変わらず興味津々で小夜に話の続きを促す。

「――泣いて…いた。お前はずっと泣いていた。たぶん…」

小夜は一瞬ためらった。目の前の少年が、自分ではない誰かのことを想って泣いている姿を見てしまったことが、ひどく気まずかった。けれど、小夜はひと呼吸おくと、言葉を続けた。

「たぶん、お前は『瑠璃』という少女を想って…泣いていたんだと思う」

 瞬間、それまで楽しそうに聞いていた伊吹の顔が見る見る間に青ざめていった。それをみて、小夜は確信した。あの夢は、夢であっても、決して小夜が作り出した世界ではないのかもしれない、と。

 そうして小夜は考えた。夢が幻でないのであれば、あの暗闇での夢のようなできごとも、そこで見た少年も…幻ではないのかもしれない。もしかしたら、伊吹と関係があるのかもしれない、と。

 小夜は顔を上げると、まっすぐに伊吹の瞳を見つめた。

「この前のこと、覚えているか? あのときお前が助けに来てくれる前、私は闇の中でお前に会った。いや、正確に言えば今のお前ではないかも知れない」

「小夜……」

「最後まで聞いてくれ、伊吹」

 口を挟もうとした伊吹の言葉を小夜は強く遮った。

「闇の中で出会ったお前は泣いていた。泣いて私に助けを求めていた。あの少年は私に言ったんだ。『もりとなんて嫌だ』って。お前、何か心当たりはないか?」

 半ば詰め寄るような小夜の勢いに伊吹は大きく瞳を見開き、そうして最後にはフイと視線をそらしてしまった。

 ああ、確かに伊吹は何かを知っている。そうして、それを隠そうとしている。

 いつもの小夜であれば、相手が隠そうとしていることを無理やり聞きだそうとすることはしない。本当に必要になれば、いつか相手から話してくれるだろうから。それまで自分はじっと待つだけだ。それだけの辛抱強さは持っている。

 しかし、今の小夜は違った。

 せめて、夢や闇の中で見た「伊吹」が笑顔でいたのであれば、小夜はこのままそっとしておいたのかもしれない。けれど、あの少年は泣いていたのだ。身を引き裂かれんばかりの悲しみにむせび泣いていたのだ。

 イタイ、イタイ…心ガイタイ…助ケテ……。

 小夜の心に響く少年の声。

 ほうっておけるはずなどなかった。

 たとえ、目の前にいる「伊吹」が笑顔でいたとしても、その影でもう一人の「伊吹」は泣いている。

 なぜ小夜がもう一人の伊吹と出会えたのかはわからない。しかし、出会ったからには、そこには何かしらの意味があるはずだ。普通にしていれば、決して出会わないはずの彼。伊吹の――心。

 彼は自分に助けを求めていた。それは、目の前の伊吹では成しえないものなのだろう。

 だから……せめて彼から悲しみをぬぐいさってやりたいと小夜は思った。助けられるものならば、助けたい…。そう小夜は強く願った。

 けれど、伊吹は沈黙でもって、強い拒否感を示した。

  ――自分にはどうすることもできないのだろうか。夢の中でまでも助けを求めに来たもう一人の伊吹を救うことが、自分にはできないのだろうか…。

 それが、ひどく悲しく、そして情けなかった。

「――私では…私ではだめなのか? 私では力になれないのか?」

 私はお前に助けられた。お前には恩がある。少しでもいい、お前に恩を返したいのに、私には何もできないのか? お前の心はあんなにも悲しみで満ちてしまっているのに。せめて少しばかりでも……悲しみを癒すことができたらいいのに――。

私にはお前の心がいつも深い悲しみの中にあるように思えてならない。いつも見せてくれる笑顔の向こうでお前が泣いているように思えてならないのだ…。それなのに…私は……何ひとつできない……。

「――……」

「なんで、なんで目をそらすんだ…伊吹……私ではだめなのか…」

 強い想いが膨らみ、涙があふれた。ぽたりと大粒の涙が零れ落ちる。

 伊吹は小夜の涙を見て、それが己のためであると知り、少しばかり動揺したようだった。しかし彼はゆっくりと首を横にふった。

「――だめだよ……」

静かだけれど、強い強い否定の意思。

「なぜだ……?」

小夜は深い絶望に襲われた。それは己を否定されたことに対して、というより、それは己の無力さを思い知らされたことに対してだったのやもしれない。

「やっぱり私では信用できないのか? 私では…」

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