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森人の詩  作者: すばる
第四章 大樹
24/49

(1)

 その日、小夜(さよ)は夢を見た。

 真っ赤な紅葉。

 その中で、ひとり空を仰ぎ、佇む少年。

 彼は泣いていた。声を殺して。

 頬を伝う涙をぬぐうこともせず、ひとり、泣いていた。

 風に舞う紅葉が、そんな彼の心を優しく包み込むようにふわりふわりと、踊っていた。

(彼は………誰?)

 陽炎のように揺らめく光景――。

 近くに遠くにと、定まらない風景の中、小夜は少年の顔をはっきりと認識した。

(伊吹……?)

 そこにいたのは紛れもなく、伊吹だった。

 ただ、彼は小夜が知る伊吹とは異なり、髪の色がとても美しい黒色をしていた。

 しかしそれを除いては、昼間に会っていた彼と違うところは何もなかった。

「伊吹!」

 声を出したつもりだった。しかし、小夜の声は、「音」として、伊吹に届くことはなかった。

(あっ……)

 小夜は手をのばす。

 うっすらと手を通して向こうの景色が見えた。

 瞬間、景色が大きく揺らめいた。

「伊吹!」

 消えていく少年に向かって叫ぶ。

 ――だが、やはり小夜の声は少年には聞こえないようだった。

 次に現れたのは小さな村だった。眼下に見える風景にもっと近づきたくて、小夜は身をのりだした。それと同時に一気に視界が近づいてきた。

 気づくと小夜は村に降り立っていた。

 相変わらず、己の身は透けていてこの世の者とは思えなかった。

(これは……夢……なのか……)

 ここにきてようやくその考え思い至り、小夜は小さく苦笑した。

(そう……だよな……こんなこと、あるわけない……)

 それにしても、ここはいったいどこなのだろう。

 己の記憶をはっきりと思い出せるときからずっと、育った村以外の村に行ったことがない小夜には、当然のことながら見覚えのない光景だった。

 どこにでもあるような村の風景ではあったが、どこか、この村は活気がないように見えた。

 赤や黄色に染まる、周りの木々を見る限り、今の季節は秋まっさかりだ。秋といえば実りの季節。すでに稲の収穫は終わっているもの、冬に備えてやらねばらぬことは多い。

 そうだというのに、真昼にも関わらず、外に村人の姿はまばらだった。

 小夜はゆっくりと村の中を歩いて回った。いや、歩いて、というのは正確ではないかもしれない。小夜は歩いているように見えて、その足は地についていなかったのだから。

 まるで水の中を歩くように、ふわりふわりと空を歩く。

 この不思議な感覚が心地よく思えてきたころ、前方に木陰で一人ひざを抱えている少年を見つけた。

(伊吹……)

 彼はやはりここでも涙を流していた。

 その理由は今の小夜にはわからない。ただ、肩を震わせ、ひとり泣いていた。

 小夜は彼に近づくと、そっと手を手を彼の肩に置こうと手を伸ばした。

(!)

 すっと、手は彼の身体を通り抜けてしまった。あの闇のときと同じだ。あのときも少年に手を伸ばしたが、彼の体を突き抜けてしまった。

 ぎゅっとこぶしを握り、小夜は唇を強くかんだ。

 悲しみにくれる伊吹が目の前にいるのに、声をかけることはおろか、触れることすらできない……。

 これが夢だとわかっていても、それはとても辛いことだった。

 それはあの暗闇の中で、泣いている少年に出会ったからかもしれない。あれが、伊吹なのだと、そう感じたから……。

 ここにいる少年もまた泣いている。

(なぜ……)

 どうして、幻の中で出会う彼はいつも泣いているのだろう。現実の彼はいつも優しい笑みを絶やさないのに。


 何が悲しいの…?

 何がつらいの…?


()……()……」

 不意に泣いている少年の口からこぼれた名。

 小夜の胸は、なぜだかきゅうと締め付けられるように痛みを覚えた。

(だ……れ……?)

 シャランシャラン…。

鈴の音が激しく鳴り響いた。途端、空間が大きくゆがむ。

(また……飛ばされる…)

「!」

 小夜はゆっくりと目を開いた。

 柔らかな朝の光が差し込んできていた。

 光に向かって手をかざす。

 しかし、先ほどとは異なり、手の向こう側が透けて見えることはなかった。

「夢……だったんだよな……」

 不思議な夢だった。

 あまりにも現実のようで。

 まるで目の前にあの少年がいるかのような夢だった。夢の中で「これは夢なのだ」と認識はしていたが、そこで見たものが、小夜が夢の中で無意識のうちに作り出したものだとは思えなかった。

 あれは…もしかしたら、本当に伊吹だったのかもしれない。

 少なくとも、あの泣いていた少年は彼の心の片鱗のように思えてならなかった。

「小夜、今日はいいのか」

 土間のほうから養父の声が聞こえた。

「わかってる。もう行くから」

 いつもより若干遅めの起床になってしまったことを、養父の言葉で知り、小夜はあわてて身支度を整えた。そのまま、朝ごはんも食べずに、外へ出て行こうとした。

「何もそんなに急がんでも……ほら、これをもっておいき」

 養父から手渡されたのは、小さな握り飯だった。

「すまない。日暮れ前には帰ってくるから」

「おばばに頼まれたものも忘れんようになあ」

 飛び出した小夜の背に、のんきな養父の声がかけられた。

 最近、小夜はこうしてほぼ一日おきに伊吹のもとを訪れていた。

 はじめは何事ぞ、と不思議そうに思っていた村長やおばばも、小夜があまりにも楽しそうに出かけていくので、止めるのも無粋だと、今では大目にみてやっていた。

 その代わりに、森に入るときは、今回のおばばのように、ついでに薬草を取ってきたり、木の実を見つけてきたりとすることを引き受けるようになっていた。

 小夜は、森に入ると、まずはおばばに頼まれた枸杞の実を探すことにした。

 枸杞の木は以前、森の中を流れている川の近くに群生しているのを見かけたことがあった。

 伊吹のもとへ行くには、少々遠回りになるが、それもまたしかたがないことだと、小夜はさっさと用事を済ませてしまうことにした。

 枸杞の木は、実・葉ともに薬用として使われる。小夜の村では古くから長寿の薬として伝えられていた。

(あった、あった)

 この季節、枸杞の木は遠くから見てもすぐにわかった。真っ赤な美しい実をたわわにつけているからだ。

 小夜は必要と言われた分だけ、実を採り終えると、丁重に腰につけていた袋の中にしまった。

(これでよし、と……)

 思いのほか、すぐに作業はすんだため、寝坊した分はこれで取り返せるだろう。

 小夜はそのまま神域へと、伊吹の住む地へと向かった。

 ひとつの決心を胸に秘めて。

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