(3)
「この世界を統べるあなたなら、小夜がどこに出てしまったのか知っているはずだ。教えてほしい」
だが、大樹からは伊吹の問いに対する答えは返ってこなかった。逆に大樹から感じたのは、強い問い。
泣いて、この世界から出たいと叫ぶ遠い昔の自分が脳裏に浮かんだ。
(どうしてこんなものを見せる? 今は関係ないはずだ)
言葉ではなく、心で返す。
言葉がきつくなってしまったのは、この先、大樹が言わんとしていることをどこかで感じ取っていたからなのかもしれない。
小夜がここに来たことで、伊吹の心にも変化が出てきている。大樹はそれに気づいているのだ。
大樹は大きく息を吐いた。
お前は充分すぎるほど知っているはずだ。今このときこそ、お前がもとの世界へと戻る時だと。
この閉じた世界が、小夜という一人の人間を招き入れたのはどうしてかお前は知っているはずだ。
心ではお前も望んでいたはず。この世界から出ていく未来を。
人間の世界へ再び足を踏み入れることを。何よりも欲していたのはお前のはずだ――。
次から次へとあふれてくる大樹の言葉。それを伊吹は遮った。
「小夜の居場所は――?」
伊吹は低い声で大樹に鋭い視線を送りながら訊ねた。
ぴんと張り詰めた空気が辺りを支配した。どちらも何も言わない。
だが、やがてその場の雰囲気に負けたように大樹は枝をさわりと揺らした。
伊吹の心に大樹から送られたイメージが鮮明に再生される。
こぽこぽとあふれ出る水。そして闇。
それだけで伊吹には充分だった。
「そう……」
――伊……吹――
「……」
――分カッテイル……ハズ。アノ娘ガ……来タ理由……コノママ娘ヲ……――
「それ以上、言うなっ! ぼくは、ぼくはあの女性のようにはならないっ」
いつになく激しい伊吹の叫びに大樹は驚き言葉を失ったようだった。
伊吹はそのままくるりと背を向けると、暗闇に向かって歩き始めた。
その後を、とてとてと叉羅沙がついていく。
――伊吹……――
「……」
――スマナイ……――
伊吹はぴたりと立ち止まる。
「――気にしていない……」
振りかえることもせずに渇いた声でそれだけを言うと、再び歩き出した。
気にしていない――。
嘘で塗り固められた言葉。本心ではない偽りの。
本当は違う。本当は大樹の言葉が真実だからこそ怒鳴ってしまったのだ。あれ以上、大樹の言葉を聞いていたら、閉じ込めたはずの自分の真の叫びがあらわれてしまうから……。