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森人の詩  作者: すばる
第三章 闇の中で
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(2)

「伊吹っ」

「口では都合のいいことを言って……でもぼくがしていることを考えると、吐き気がすることさえあるよ……」

 先ほどとは打って変わって、伊吹はまるで自分をおとしめるかのように自分への嫌悪を激しく口にし続けた。

 小夜(さよ)の言葉が、伊吹のもっとも心の奥底にあるものに触れてしまった。ずっとずっと閉じ込めてきた想いを、彼女はいとも簡単に掘り起こしてしまったのだ。そうして、それが引き金となり、伊吹は次々と自身に対する否定的な言葉があふれてきてしまった。

 それは伊吹自身にも止めようがなく、目の前の彼女がとても悲しそうな顔をしているのに、どうすることもできなかった。

 そして、やがて彼女の表情が悲しみから怒りへと変わるのがわかっても、伊吹には自分の言葉を止めることができなかった。

「――私はそんな伊吹は嫌いだ」

 ついに、彼女の口から出てきた言葉で、ようやく伊吹の否定的思考が中断させられる。

 小夜の瞳はじっと伊吹に向けられていた。

(なぜ、そんなことを言う!)

 小夜の心の声がまるで聞こえてくるかのようだった。だが、伊吹は何も言い返すこともできず、静かに座したまま瞳を伏せた。

 言い返さない――すなわちそれは、小夜が言った言葉に同意したことを示していた。そんな伊吹の態度がますます小夜の感情を逆なでた。

 がたんと立ち上がると、小夜はひとこと「帰る」とだけ言い残し、戸口へと向かった。

 そのときになって、伊吹はようやく顔を上げ、小夜が戸に手をかけるのを見ると、今度は慌てて大声で叫んだ。

「ダメだ!」

 だが、時はすでに遅かった。

 小夜は伊吹の声を聞いたときにはすで戸を開きかけていた。

「小夜!」

 慌てて止めようとしたが、伊吹の手を振り解き、ガタンと戸を開け放って、外へと飛び出した。

 その直後、激しい風が小屋の中を襲った。

 机がズズズ…と風に押されて移動し、花瓶が大きな音を立てて床へと落ち、割れた破片が飛び散った。反対側にあった窓はガタガタと揺れ、棚の上に置いてあった小物がすべて床へと落ちる。

 しかし、それは瞬きするほどの間のことで、小屋の中を荒らした風はすぐにピタリおさまった。

「叉羅沙……?」

 きゅんと声がして、棚の隙間から叉羅沙が顔を出した。突如襲った風に壁際まで飛ばされたものの、すぐに近くにあった小さな棚の影に隠れていたらしい。

 外傷はどこもなさそうであることを確認し、伊吹はまずはほっと胸をなでおろした。

 戸に歩みより、カタンと一度閉める。

「小夜のこと、探しに行かなくちゃ……」

 一人呟く。

「叉羅沙も来る?」

 もちろん、というように叉羅沙はスルスルと差し出された伊吹の腕を伝わって、肩の上へと移動した。

 戸に向き合い、静かに瞳を閉じる。そうしてそのまま戸に手をかけ、そっと引いた。

 伊吹が再びその双眸を開いたとき、風景はいつも見るものとは異なっていた。

 明らかに小屋の外とは違う。それどころか、まだ日は高かったはずなのに、そこは暗闇に包まれていた。

 だが、伊吹は何も言わずに歩み始める。

 背後にあった戸がそれと共に、闇の中へすうっと姿を消した。

 やがて前方がまばゆい光で満たされていく。

 闇から光へ。急激に変わった空間に伊吹は堪えきれず、まぶたを閉じた。

――伊……吹……――

 太くどっしりとした声が響く。

 伊吹がこの世界に来て、たった一人になってから言葉を交わした初めての相手。そして、今でもかろうじてではあるが、この世界で言葉を交わすことができる唯一の大切な存在。

 伊吹はゆっくりと双眸を開くと、その相手を見上げた。

 大きな大きな樹を。

 天に届かんというほど大きくたおやかに枝を伸ばし、大地にはこの世界を支えんとするようにたくましく根を張る。

 これがこの世界を統べる大樹。

 葉は銀色に輝き、日の恵みのないこの暗闇の中でもキラキラと光を放つ。

「小夜が光に呑まれた。あなたなら知っているだろう?」

 伊吹は大樹の幹に触れる。

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